第237話 暗黒魔法を使う少女
突然の告白に、その場の全員が驚いた表情でユウキを見る。
「わたしは…暗黒魔法を、治癒魔法を使える。この世界でアンデッド以外で治癒魔法を使えるただ1人の人間。賢者の鏡も知らない真実です」
エッチな衣装に身を包んだ少女は、大きな胸に右手を当てて、リシャールやジョゼット、アンリたちに向かって堂々と宣言する。
「信じる信じないは別にして、どうかわたしに女王様をお助けする機会を与えて下さい」
黙り込むリシャールを押しのけて、ジョゼット、シェリーがユウキの前に来て、懇願する。
「本当に、本当に治癒魔法が使えるんですの? そうなら、本当にそうなら助けて。お母様を助けて下さいまし。お願いします!」
「お願いします! お母様を助けてください!!」
「君はユウキと言ったね。もう私たちには選択肢はない。君が治癒魔法を使えると言うなら、ぜひお願いしたい。母上を助けてくれ」
「ただし、報奨金欲しさに私たちを欺いたとわかったら問答無用で死罪に処す。覚悟はしておいてくれ」
「お兄様! それは酷いです!」シェリーが抗議の声を上げる。
「いいんです。リシャール様のおっしゃる通りです。もし、わたしが皆様を欺いたと思った時は死罪にしていただいて構いません」
「リシャール様、3つお願いがあります」
「なんだ?」
「ひとつは治癒魔法を使うに当たり、この部屋に誰も入って来ない様にしてください。もうひとつは…、わたしの従魔を出して手伝いをさせたいのです」
「ふむ…、従魔と言うのは危険なものではないのであれば許可しよう」
「最後の願いはなんだ」
「わたしが治癒魔法を使える事を秘密にしてもらいたいのです」
「理由は?」
「治癒魔法は奇跡の技。これが知れ渡ると、わたしを独占し、利用しようとする者が現れるでしょう。世の中が大混乱になるかも知れない。その様な事は絶対に避けたいのです」
「わかった。この場にいる者には箝口令を命ずる。破った者は厳罰に処す事を約束しよう」
「ありがとうございます」
「ドゥルグ、扉の外で警備を頼む」
ドゥルグはリシャール王子に見事な敬礼を返すと、何故かラビィを連れて扉の外に出た。ステラは王子と王女にベッドから離れるようお願いし、自らもアンリの手を引いて離れる。
ユウキは、全員がベッドから離れたのを確認すると。右耳に装着していた黒真珠のイヤリングに手を触れて、つい最近従魔となったアンデッドを呼び出した。
ユウキの前に漆黒の渦が巻始め、ひとつになって黒い穴が出来た。そして、その中から王冠を被り、豪華な王者の青で染められたチュニック、艶やかな模様が刺繍された緋色のマントを着け、大きな碧玉で装飾された王杖を持っている骸骨1体。ワイトキング「エドモンズ三世」が現れた。
アンリを除く王子王女はワイトキングを見て硬直してしまっている。執事長のバートは短剣を取り出して王女たちを庇うように立ち、メイド長はベッドの陰に隠れてしまった。
『フハハハハハ! フハハハハハ! 驚いたか小童ども、心して聞くがよい。儂の名はエドモンズ! アベル・イシューカ・エドモンズ三世じゃ。決してエロモンズじゃないぞ』
『ワハハハハハ! お主らも王族なら聞いたことがあろう。遥か300年前、この「白鳥宮」を建設し、イザヴェル王国発展の礎を築いた偉大な王の名を。それが儂! お前ら、俺の名を言ってみろぉおおお!』
ユウキは高笑いするエドモンズ三世の後頭部を「ベシン!」とひっぱたいた。
「いい加減にしなさい! バカみたいに高笑いして。ほら、シェリー様、ビックリして泣いちゃってるじゃない。謝りなさい」
『お、おお…。思春期少女の泣き顔、尊い! 可愛い! お嬢ちゃんすまんかったの。儂、いい奴だから。ほらほら、儂の恥骨だよー。綺麗じゃろ』
「バカか、アンタは! どこの世界に王女様にケツ向けて恥骨を見せびらかすアンデッドがいるのよ。このド変態!」
ユウキが背後からエドモンズ三世を蹴り飛ばし、ずざざっと滑って倒れたエドモンズがユウキを指さして反撃する。
『ムカ! 毎日布面積が少ないエグイスケベパンツを穿いている女に言われたかないわい!』
「何で知っているのよ! いいでしょ、好きなんだから…」
「あ、あの…。エドモンズ三世ってホントですか? あの、結婚した王妃様にストーカーまがいの事をし、変態行為を強要して塔に幽閉されたっていう…」
何とか意識を戻したジョゼット王女が立ち上がって腰骨辺りをさすっているワイトキングを見て聞いてきた。
「はい…。そのエドモンズです。ついでに言うと加齢臭も原因の様です」
「まあ…」
『フハハハハハ! 驚いたか王女よ。ふむ、ジョゼット王女17歳。お主のバストサイズは84のCじゃな。ちなみにユウキは92のFじゃぞ。同い年なのに圧倒的差じゃのう。プークスクス。儂がひとつアドバイスをして進ぜよう。毎日下から上に揉み上げると2cmは大きくなるぞ。精進せい!』
部屋の男性陣の視線がユウキとジョゼットの胸部に集中する。ジョゼットは顔を赤くして胸を隠し、ユウキは後ろからゲシゲシとエドモンズ三世に蹴りを入れている。揺れるバストが男性陣の視線を捕らえて離さない。
「もう、話が先に進まないじゃないの! 早くこっち来て手伝ってよ!」
ユウキは強引にエドモンズを連れて来ると、メイド長にお願いして、女王の布団を捲ってもらう。そしてエドモンズに向かって一緒に治癒魔法を使うようお願いした。
『治癒魔法か…。確かに暗黒魔法の系統だが、儂は使ったことがないぞ』
「相手をこう治したいというイメージが出来れば大丈夫だよ。治癒魔法が使えるようになれば、この世界で3人目だよ。凄い事だよ」
『ふむ…。やってみるか。儂はお主のためなら何でもすると言ったからな。それに、このグレイスと言う女王。全ての国民に愛されておる。死なせたくはないものだ』
『まさか、暗黒魔法の使い手が他にもいたとは…。我もまだまだだな。お前達、1人は毒を消し、もう1人は内臓の修復を行うのだ。その方が効率的で効果が高い』
「ん、わかったよ賢者さん。適時アドバイスをお願い」
『任せられよ』
「じゃあ、エロモンは毒消しをお願い。イメージしやすいでしょ。毒が消え始めたら合図して。わたしが治療を始めるから」
『相分かった』
王子王女たちが見守る中、ユウキとエドモンズ三世による治療が始まった。まず、エドモンズ三世が持っている宝杖をグレイスの胸に当て、魔力を流し始める。
『毒が消え去るイメージ…』
少しすると宝杖先端の魔法石から淡い緑色の光が流れ始め、グレイスの体を包み込む。
『む…、成功じゃ。少しずつ毒が消えていく感じがするぞい』
『うむ、我も感知した。蟲毒が薄まってきている。娘よ治療を始めるがよい』
「わかった」
ユウキはグレイス女王の右手を取ると、そこから治癒の魔力を流し込む。女王の体を包んでいた黄緑色の光が強くなる。ユウキとエドモンズによる治癒魔法を見ていた、王子王女たちは目の前で起こっている奇跡に驚き、声も出せずに固唾を飲んで見守っている。
(内臓を修復するイメージ…。難しいけど、健康な体はこうなのかな…)
『ワイトキングよ、蟲毒は消え去った。この娘の治癒を手伝うがよい。少々手こずっているようだ。肝臓の修復が上手くいっておらん』
『儂に命令するな。だが、ユウキを手伝うぞ』
エドモンズがユウキのサポートを始め、魔力を毒の消去から治療に向ける。治療を始めてから既に3時間は経っているが、効果は徐々に表れ、女王の顔に赤みが差してきた。
さらに2時間が経過した頃、女王の内臓は完全に元通りになり、呼吸も心臓の鼓動も正常に戻った。血流も良くなり、頬はすっかり赤みがさしている。
ユウキはグレイス女王の治療を終えると、魔力を大分消費したこともあって、部屋の隅にあるテーブルの椅子に腰かけて休むことにした。エドモンズ三世はユウキが移動した後もグレイスを観察していたが、完全に蟲毒の影響から脱したのを確認すると、ユウキの元に移動した。
ユウキとエドモンズ三世が離れた後、女王の周りにアンリを始め王子王女が様子を見るため集まって来た。あの土気色で今にも呼吸が止まりそうだった女王の顔は赤みが差し、呼吸も正常に戻っている。アンリやジョゼット、シェリー、ジャンは母親の顔を見てながら、命の危機が去った事を賢者の鏡から説明されて安堵していた。
一方、リシャールは目の前で起こった治癒の奇跡に言葉もなく、椅子に座ってワイトキングと楽しそうに話している1人の女の子を見るのであった。
(なんだ、あの娘は…。一体何者なんだろうか…)
『皆の者、女王が目覚めるようだ』
賢者の鏡がグレイス女王が目覚めることを教えて来た。リシャールを始め、全員が女王を見つめる。そして…。
「う、う…ん」
女王がゆっくりと目を開ける。その目に入って来たのは、愛する子供たちの涙にぬれた笑顔であった。




