第230話 監獄塔探索②
監獄塔の危険な罠を潜り抜け(ユウキだけ)、いよいよ最上階に到着した。アンリがもう一度「トーチ」を唱え、周囲を明るくする。ユウキは何者かの思念を感じ、重苦しい気分になる。ステラも何か感じているのか不安そうな顔をして周りを見ているが、その手はしっかりとアンリと繋がれている。
(ちっ…。う、羨ましくなんかないんだからねっ)
「この階の半分は一つの大きな部屋になっているね。鉄の扉が付いているけど、覗き窓がないから開けてみるしかないんだけど、へっぽこスカウトに任せて大丈夫かな…」
「へっぽこスカウトで悪うござんしたね。鍵開け位は出来ますよぅ」
首周りに手の跡を付けたラビィが、涙目になりながら道具袋から針金で出来た鍵開け器具を出して鍵穴に入れ、カチャカチャし始めた。しかし、中々解除ができない。
「うーん、中が錆びてて上手く回らないな…。ひっ、きゃあああっ!」
鍵穴を覗いたラビィが悲鳴を上げて尻もちをついた。顔は青ざめてがたがた震え、鍵穴に指をさしてあわあわしている。
「とっととと、とび、扉の向こうから、誰かのぞっ、覗いて、目が…、目がこっち見てたあああ!」
「はあ、何を言っているんですか。僕が見てみるからラビィは下がってて」
アンリがラビィの前に出て鍵穴を覗く。ステラはアンリとラビィの背後から心配そうに様子を見るが、肩に誰かが手を置いたのを感じた。
(ん、ユウキさんかな?)
しかし、ユウキはステラから少し離れた所で胸の下で両手を組み、ドゥルグと並んでアンリを見ている。
(だ、だだだ、誰ですか、この手は…)
ステラは少しだけ顔を動かして、肩を見てみると青白くやせ細って皺だらけの手が乗っていて、手首から先は闇の中に消えていた…。
「ふ、ふぎゃああああ!」
悲鳴を上げてドスンと飛び込んで来たステラにビックリしたユウキは、どうしたのか聞くが、要領を得ない答えばかりが返ってくる。ドゥルグとラビィもビックリした目でステラを見る。
「手が、手がぁ~、私の肩にぃ~。おっ、おば、お化けだよう、やだやだやだぁ」
「どうしたのステラ、肩には何もないよ。何か見間違えた?」
「ふえ…、ホ、ホントに? ホントだ。何もない…」
「もう、しっかりしてよね。アンリ様、何か見えますか?」
「何も見えない。ラビィ、鍵開け作業を続けて」
「ふえええい…」
開錠作業を見ていたユウキは、ふと背後に何かの気配を感じ、素早く抜剣すると背後に向けて振り抜いたが、手応えはなく空振りに終わった。
「ど、どうしたの?」
「アンリ様…。背後に何かの気配を感じて…。でも、もう何も感じなくなりました」
「そう? それより鍵が開いたよ。扉を開けて入ってみよう」
ラビィが取っ手を持ち、こくんと頷いて少しずつ扉を開け始めた。鉄の扉は腐食が進んでおり、床の石材と擦れてガリガリと嫌な音を立てながらゆっくりと開いてゆく。ある程度隙間が出来たところで、ラビィは扉を一気に押し開けた。
全員が扉の向こうを見るが、部屋の中は窓もないようで真っ暗な闇に包まれており、無数の良く分からない思念が渦巻いているのを感じる。意を決して部屋に入ろうとした時、暗闇の奥から一斉に目と口を持つ青白い火の玉がいくつも飛び出て来た。
「ゴーストだ! みんな気をつけて!」
ゴーストは闇の中から次々と飛び出てきてユウキたちの周りをぐるぐると回り始め、苦しみや悲しみ、怒り、恐れといった様々な負の感情をまき散らす。その感情に当てられたアンリやステラ、ラビィは胸を押さえて苦しみ出した。ドゥルグも辛そうな顔をしているが、魔晶石の短剣の力か、ゴーストの影響をある程度抑えられているようで、短剣を振り回してゴーストを追い払っている。
ユウキの周りでもゴーストが飛び回り、負の感情をぶつけて来る。しかし、元々暗黒の力を有するユウキには効果が少ない。多少の気持ち悪さを感じながら周りを見るとステラたちがかなり危険な状態に陥っているのが見えた。
(もう、厄介なお化けだね。冥界に送るしかないか…)
「ゴーストども、ここはお前たちのいるべき場所じゃない。本来いるべきところに帰りなさい。ダークホール!」
魔法を唱えたユウキの前の空間が歪み、霊的な存在を吸い込む漆黒の空間が現れて、ゴーストを吸い込み始めた。それまでユウキたちの周囲をぐるぐると回って負の感情をまき散らしていたゴーストの群れが底なしの穴に次々と吸い込まれ、やがて最後の1体が穴の中に落ちると、ダークホールは閉じて消え、静けさが戻って来た。
「冥界で冥府の鬼たちと遊んでいなさい。ゴースト」
「もう大丈夫だよ、みんな」
「あ、ああ、助かったぞユウキ。にしても今の魔法はなんだ? 初めて見たぞ」
「ドゥルグさん、乙女にはたくさんの秘密があるんです。ナイショ…です」
「………(この娘、何者だ? 底が見えんぞ)」
ドゥルグがユウキを見て考え込んでいると、ステラたちが集まって来た。ラビィはかなり苦しそうでふらふらしている。
「ラビィ、大丈夫?」
「う、うん…何とか。ゴーストって怖いんだね。子供の頃に「へっぽこラビィ」っていじめられたことが思い出されて苦しかったよ」
「今もへっぽこじゃん」
「ユウキちゃんのいじめっ子!」
アンリがトーチを唱えて灯りをともすが、部屋の中は闇が深く、薄明り程度にしかならない。ユウキとドゥルグを先頭に部屋の中に踏み込んだ。慎重に歩を進め、部屋の中ほどまで来たと思われた時、アンリに向かって、青白くやせ細った皺だらけの手がぬっと伸びて来た。並んで歩いてたステラがそれを見て悲鳴を上げる。
「きゃあああっ! アンリ様にお化けの手ぇ~!」
その声に全員が振り向くと、薄明りの下に魔術師のローブを頭から被り、皺だらけの青白い肌をした老人のような妖魔が、不気味な笑みを浮かべてアンリの肩を掴み、肉体から魂を引き剥がそうとしている。それを見たユウキが素早く抜剣し、妖魔に斬りつけたが、剣は体をすり抜けてしまいダメージを与えられない。
「剣がすり抜けた! こいつ霊体なの? なら、これでどう! ダークホール!」
霊的存在を冥府に送る暗黒魔法を放ったが、妖魔は吸い込まれる気配も見せず、持っていた杖を振るってファイアボールを放ってきた。ユウキは全員の前に出て魔法防壁を展開し、ファイアボールを防ぐ。妖魔の注意がユウキに向いた間にラビィが妖魔からアンリを奪い返した。
「ユウキちゃん、アンリ様は無事だよ!」
「よかった。でも、こいつ霊体のハズなのに、なんでダークホールに吸い込まれないの?」
「ユウキ、コイツは「レイス」だ。レイスは霊体、実体どちらにも変化できる厄介な魔物だぞ。しかも、コイツは魔術師のレイスだ。攻撃魔法はほとんど効かないぞ」
ドゥルグが妖魔の正体を見破ったが、攻撃に合わせて霊体、実体と変化させるという能力にユウキは困惑してしまう」
(どうする…、魔法が効かないなら剣で斬るしかないんだけど。霊体を斬る剣があれば…)
「そうだ! ドゥルグさん、耳を貸して…。あのね…………、どう?」
「いいだろう、確かにその方法しかないな。やってみるか」
ユウキとドゥルグが頷き合う。
「ラビィ、レイスの気を引いて。出来れば魔法攻撃を受けちゃって!」
「ひえっ、な、なに故でおじゃりますか」
「囮に決まっておろうが、このたわけ! 言うこと聞かないと違約金だよ!」
「ユウキちゃんのいじめっ子! おっぱいお化け! うわぁああああん」
ラビィが泣きながら2本の短剣でレイスに斬りかかるが、霊体に変化した体を短剣はすり抜けてしまい、ラビィ自体も勢い余ってレイスの体を通り抜けて反対側に転んでしまった。
「うわったた…」
レイスは転んで起き上がれないラビィに向かって振り向くと杖を振り上げて、ファイアボールを放った。
「うぎゃあああ」「ファイアボール!」
迫る火球に可愛くない悲鳴を上げるラビィ。火球が直撃する寸前、別の方向から飛んできた別の火球が当たって方向を変え、ラビィを掠めて飛んで行き、部屋の壁に当たって消えた。この突然の出来事にレイスが困惑して動きが止まる。
レイスとラビィがファイアボールを放った主を見るとステラに支えられたアンリが、肩で息をしながら、こちらに向けて右手を突き出していた。
動きを止め、アンリを見ていたレイスの背後からユウキが飛びかかり鋼の剣による斬撃を加える。レイスは体を霊体にしたまま、剣の攻撃を無効にする。しかし、これは罠だった。ユウキはニヤリと笑う。レイスが不審な目を向けた時にはもう遅かった。ユウキの背後からドゥルグが飛び出し、魔晶石の短剣でレイスの胸を斬り裂いた!
「……………!!」
魔力を持った短剣で霊体を斬り裂かれたレイスは苦悶の表情を浮かべると、体を実体化させる。今度はユウキが鋼の剣でレイスを一刀両断にした。レイスは塵となって消え、一同はホッとする。ユウキがラビィを見ると、アンリ王子に抱き着いてわんわん泣いていて、ステラが頭をポンポンしている。
「こ、怖かった~。アンリ様ぁ、助けてくれてありがとう~。一生ついて行きますぅ」
「いや、迷惑だから気持ちだけでいいよ。しかし、レイスって恐ろしいね。危うく魂を抜かれるところだった」
「ユウキさんは大丈夫ですか?」ステラがユウキの側に寄って来た。
「うん。ステラもアンリ様を守ってくれてありがとう」
「えへへ…」
「ユウキちゃあん、あたしは? あたしは褒めてくれないのぉ~」
「さあて、部屋の中を調べようかな」
「無視しないで!」
レイスが消滅した途端、トーチの灯りが増して周囲が明るくなった。ユウキは部屋の中を見回すが、がらんどうの何もない部屋だった。
(昔の冒険者たち、ゴーストとレイスにやられたんだね…。あのゴースト、ここで無念の死を遂げた人たちの慣れの果て…か)
「ここに扉がありますよ。う~ん、動きます…。開きそう」
部屋の一角に木の扉があることにステラが気づき、取っ手を持って引っ張った。扉は古く蝶番は錆びていたが、ギ…ギ…と軋んだ音を立て、少しずつ開いて行った。
やがて扉が完全に開くと、ひんやりとした湿った空気が流れて来る。
「なんとなく嫌な臭いだね。入るのが躊躇われるよ…」
「でも、ここまで来たんだ。中を確かめたい」
ユウキはこれ以上進むことに躊躇するが、アンリは中に入るという。雇い主の言葉にユウキは従い、しぶしぶ後に続く。中は5m四方の狭い部屋だったが、前の部屋と異なり外に開いた窓があり、星明りが入っていて薄明るい。よく見ると部屋の真ん中に玉座のような大きな椅子ぽつんと置いてあり、異様な気配を放っている。
(………何かいる!)
ユウキが椅子に近付こうとするアンリやステラを制止して警戒するように言い、ラビィが腰に差している短剣を抜いて、椅子目掛けて思いっきり放った。短剣は「ドスッ!」と音を立てて、背もたれに深々と突き刺さる。
「ヒドイよユウキちゃん! 人の剣を勝手に!」
「シッ!」
ラビィの抗議を抑え、ユウキはジッと椅子を見る。そのうち、椅子の周囲の空間が歪み始め、渦を巻きだした。今度はドゥルグがバトルアックスで椅子を斬りつけたが、歪んだ空間に体ごと弾き飛ばされ、床に叩きつけられた。
「う、ぐお…。な、なんだ…」
「気をつけて、何か出て来る!」
全員の前に現れたのは骸骨の姿をしたアンデッド。頭には王冠を被り、豪華な王者の青で染められたチュニック、艶やかな模様が刺繍された緋色のマントを着け、大きな碧玉で装飾された王杖を持っている。
全身から闇の闘気が溢れ出し、恐ろしいほどの存在感を醸し出していた。
『我が名はエドモンズ三世。人は儂を「偉大なる死霊の王ワイトキング」と呼ぶ…』