第222話 再びサヴォアコロネ村
石を積み上げた簡易かまどに鍋を置き、ミナが野菜や干し肉を使った即席のスープを作る。サヴォアコロネ村で買った調味料やお土産で貰ったキノコの詰め合わせも出したが、流石にキノコは遠慮された。
「はい、出来ましたよ」
ミナがスープをお椀によそい、ユウキとエヴァリーナ、ステラが全員に配って全員に行き渡ったのを確認し、食べ始める。夜はまだ少し冷えるし、疲れたこともあって、暖かいスープが体に染み渡って美味しい。ユウキは3杯もおかわりし、エヴァリーナに呆きれられ、ステラやレナに笑われた。
簡易かまどから鍋を外し、木の枝をくべると勢いよく燃え上がり、パチパチと火の粉が弾けて周りを明るく照らす。
「あの…、そろそろ話してくれませんか」
ユウキがオーガの親子に向かって言うと、疲れて眠っている父親に代わり、母親が話を始めた。
「父親の名前はユピト。見ての通りオーガです。私はマーサ、人です。私はもともとイザヴェルの山間の町出身で、夫はイザヴェルの人里離れた山奥のオーガの里の出です。15年前、薬草採取で訪れた森で怪我をして動けなくなっていた夫を見つけて介抱したのが縁で、私たちは愛し合うようになりました。この2人はわたしたちの子で女の子はステラ。14歳になります。男の子はソル。10歳です」
「ステラちゃんとソル君はオーガと人間の混血なのですね。でも、ステラちゃんは人間にしか見えない。肌の色も同じだし、角もない。瞳が赤いのが特徴って言えば特徴かな」
「ええ、ステラは私の血が強いようで、オーガの特徴がほとんどないんです。力も強くないし…、ソルの方が父親に似ていますね」
「それでどうして、ゴブリンに襲われていたんですの?」
エヴァリーナの問いに沈黙が続く。パチパチと火がはぜる音が爆ぜる音だけが響く。ソルとリム、レナもうつらうつらして来たので、ユウキと暗黒騎士とで荷馬車に運んで寝かせた。そして荷馬車の周りを見張るよう、暗黒騎士に言いつけて、ユウキが戻る。沸かした湯でミナがお茶を入れ、ミナの長女であるマリーが全員に配った。
マーサがポツリポツリ話し出す。
「魔物と人間の恋は双方にとって受け入れ難いものです。特に私は1人っ子でしたから、親に激怒され、二度と来るなと住んでいた町を追い出され、ユピトの家に転がり込んだのですが、オーガの世界では人間は憎むべき敵なんですよね。ユピトは私を守るため、里を逃げ出したんです」
「まあ、愛の逃避行ですか…」
「それで、山を越えてこの地域の山奥に辿りつき、小屋を建てて住み始めたんです。夫は狩りを、私は小さな畑を作って慎ましやかに…。そのうち、ステラとソルが生まれて、幸せに暮らしていたんですが、つい先日、ゴブリンが大挙して侵入してきまして…」
「ゴブリンが、何故?」
「夫が言うには、大きな魔物か何かがゴブリンのテリトリーに入り込んで来たんじゃないかって…」
(あれだ…。グレイトグリズリーだ)
ユウキとエヴァリーナは同時にこめかみを押さえる。
「それで、侵入して来たゴブリンが私たちを見つけて襲ってきたので、戦いながら逃げて来たんです。多分、私とステラを狙って来たのではと…」
「そしてあそこで追い付かれて、襲われたと…」
「はい。ユウキさんとエヴァリーナさんが助けてくれなければ、夫と息子は殺され、私とステラは今頃…」
「ねえ、エヴァ」
「ユウキさん、私も今そう思ってたところです」
ユウキとエヴァリーナはお互いの想いが一緒だったことに嬉しくなり、ニコッと笑い合う。
「マーサさん。よかったらこの国のサヴォアコロネ村に移住してみない? 山奥の何にもない村だけど、自然は美しいし、皆いい人たちばかりなの。それに、そこの人たちは人や獣人、魔族といった人種で差別はしないよ」
「ええ、実は私も人と魔族のハーフなんですの。でも、村の人はわたしにも親切にしてくれました」
「エヴァの場合は別な理由でしょう」
「う、ぐ…、やめましょう。その話は…」
「ミナさんは一旦ポーティアでいい? 戻ることになるけど…」
「……あの、良かったら私もサヴォアコロネ村に行ってみたいです。実は、ヒルドの実家は兄夫婦が仕切っていて、私、義姉と折り合いが悪いんですよね。それなら、いっそ新天地もいいかなって思うんです」
「おお、小姑のイジメ、実際にあるんだ…」
「ユウキさんは確か演劇で、嫌味な小姑の役をしたと言ってましたね」
「ハイ…。凄くハマっていて、お嫁にしたくない女って言われました…」
ユウキのオチに全員が笑い、ほっこりしたところで寝ることにした。既に寝入っているユピトは暗黒騎士にテントまで運んでもらい、マーサが付き添った。ミナとマリー、ステラは荷馬車に入り、ユウキとエヴァリーナはもうひとつのテントに入った。見張りは暗黒騎士に任せ、全員ゆっくりと眠りについたのだった。
翌朝、ユウキとエヴァリーナが目を覚ますと、既にミナとステラが朝食の準備をしていた。その側にユピトの姿も見える。
「おはようございます。ユピトさん、体は大丈夫なんですか?」
「ああ、君がユウキさんかい、昨日は助けてくれてありがとう。お陰様ですっかり元気だよ。それに、移住先も世話してくれるんだってね。感謝してもしきれないよ」
「いえいえ。でも、受け入れてくれるかは皆さんしだいですよ」
「ああ、分かっている。特に僕はオーガだからね。せめて、マーサとステラ、ソルだけでも受け入れてもらえればいいと思っている」
ニコッと笑うユピトに好感を持ったユウキはかつて人を愛し、愛に殉じた1人のオーグリスの少女を思い出す。
(ルナ…)
荷馬車の子供たちも起きてきて、エヴァリーナの魔法で出した水で顔を洗い、歯を磨いて、みんなで一緒に朝食を食べる。出発までの時間、大人たちは片づけをし、子供たちは暗黒騎士に纏わりついて遊んでいる。ソルとレナは肩車されて楽しそうだ。
(わたしも小さい頃、ああやって格さんに肩車してもらったっけ…。あの頃は楽しかったな…。マヤさん、助さん格さん、やっぱりいないと寂しいよ…)
ユウキの想いとは裏腹に、暗黒騎士と遊ぶ我が子を見て、ユピトとマーサ、ミナは複雑な表情をしている。
出発の準備が終わり、全員が荷馬車に乗り込む。ユウキは暗黒騎士たちに「ありがとね」とお礼を言って送還すると、御者台に乗り込み、馬車を出発させた。
「準備はいい? サヴォアコロネに向けてシュッパーツ! ハイヨー、シルバー!」
「ユウキさん、何ですのそれ。何かのおまじないですか?」
「えへへー、言ってみたかっただけ!」
エヴァリーナがため息をつく。その表情が可笑しくて、皆で笑い合うのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガタゴトと来た道を再び戻り、昼過ぎにはポーティアに到着した。大通り広場の目立たないところで荷馬車を止め、馬に飼葉と塩、水を与えて休憩させる。その間にユウキとミナ、マーサが商店街で食料品や日用必需品を買い込んだ。
買い物を終えて馬車に戻る途中、偶然、荷馬車に乗った村の村長アルベールに出会った。聞くと今から村に戻るのだという。ユウキは偶然に感謝し、自分たちの馬車まで連れて行った。
「おやおや、1日見ないうちに大所帯になったのう。おお、熊殺しのエヴァちゃん、また会えて嬉しいぞい」
「熊殺し…?」
ユウキとエヴァリーナを除く全員が首を傾げる。当の本人はあわあわして、唇に人差し指を当てて、村長に「しーっ、しーっ」と合図を送っていて、それを見たユウキは思わず笑ってしまった。笑いの収まったユウキはアルベールに向かい、連れて来た理由を話す。
「村長さん。実はこの人たち、行く所が無くて移住先を探しているの。だから、サヴォアコロネ村を紹介しようかと思って向かう所だったのよ。お願いできないかな」
「ほう…、それはそれは…。ふむ…」
「どれ、紹介してもらってもよいかのう」
ユウキはユピト一家とミナ一家を、何故移住先を探しているかを含めて紹介した。アルベールはユピトとマーサを見て驚いた表情を見せている。
「こりゃまた…。オーガと人の娘っ子が夫婦とは、長生きはするもんじゃ。ビックリたまげたのう」
「えっと、お願いできませんか…(やっぱり、サヴォアコロネ村でもダメかな…)」
「ええよ」
「えっ」
アルベールのあっさりした返答に、ユウキとエヴァリーナは間抜けな声を出してしまった。
「ええよ。お前さん方が良ければ村に来るがよい。何軒か空き家もあるから融通してやろう。その代わり、なーんにもない村じゃぞ」
「あの、僕はオーガ、魔物ですよ。本当に受け入れてくれるんですか?」
恐る恐る聞き返すユピトに、アルベールは手をヒラヒラさせると、マーサや子供たちを見て言った。
「なに、お前さん方を見ていると悪いモンじゃないという事が良く分かるよ。そちらの奥さん一家も来なさい。サヴォアコロネ村はお前さん方を歓迎するぞい」
「それに、ユウキちゃんと熊殺しちゃんの頼みじゃ断れんじゃろうて、ほっほっほ」
「熊殺し…?」全員がエヴァの方を見る。
「さ、さーさー、ユピトさん。村長さんの荷馬車に移って下さいな。村長さん、ユピトさん一家をお願いできまして?」
「ほっほっほ、恥ずかしがることないのにのう」
2台の荷馬車はポーティアを出発し、サヴォアコロネ村への街道に入った。緩やかな上り坂が続く道の左右は、進むにつれ林から森になり、鬱蒼としてきて鳥達の鳴き声が煩く響く。進み始めて少し経つと崖から湧き水の流れる少し開けた場所があったので、とりあえず一旦休憩することにした。
冷たい水で喉を潤し、草むらにシートを広げて休憩しているユウキの所に、ステラがやってきて、隣に座った。ユウキは改めてステラをまじまじと見る。
ステラの背はエヴァリーナよりやや小さく、体付きはオーガの血を引いているとは思えないくらい華奢で、髪の毛は綺麗な銀髪のショートで前髪をぱっつんと切りそろえている。紅い瞳の目は大きくて、中々の美少女だ。
(胸は…、ふむ、控えめね。でもエヴァよりは大きいかも。わたしが14歳の頃はもうバインバインの巨乳だった。実はこの大きなおっぱい、気に入ってるんだよね)
ユウキがじっと見ていることに気づいたステラが、恥ずかし気に顔を赤らめ、次いで口を開いた。
「あの…、ユウキさんとエヴァリーナさんって、大陸を巡る旅をしているって聞いたんですけど、本当なんですか?」
「うん、そうだよ。わたしは自分の居場所探し、エヴァは世の見分を広めるために旅をしているの。まあ、自由気ままに旅をするって感じかな…。でも、まだこのスクルド共和国しか巡っていないんだ。次の目的地イザヴェルに向かう途中で、ステラたちに出会ったんだよ」
「そうだったんですか。私たちのためにスミマセン…」
「ふふ、いいんだよ。新しい出会いも旅の醍醐味だしね」
「あの…、あのですね…」
ステラが何か言いかけた時「おーい、出発するぞー」と声がかかったので、ステラは何か言いたげな表情を見せた後、荷馬車に戻って行った。
(何が言いたかったんだろう?)
ステラの後姿を見て、ユウキは首を傾げるのであった。
再び、荷馬車はガタゴトと峠の街道を登り始める。凄まじい揺れに荷台の子供たちは「ひゃああ」と悲鳴を上げて飛び跳ねている。手綱をエヴァリーナに任せたユウキが、御者台の背もたれにしがみついて後ろを見ると、マリー、リム、レナと一緒にソルも乗り込んでいて、きゃあきゃあ言いながら跳ねまわっている。
(へえ、子供たちはすっかり仲良しになったんだね。よかった…)
峠道となった街道を抜け、村の入り口から続く村道をトコトコとゆっくり荷馬車を走らせる。すると、野原で遊んでいた子供たちが目ざとく荷馬車の手綱を持っているエヴァリーナを見つけると、わらわらと集まってきた。
「わー、熊殺しのお姉ちゃんだー。戻って来たー、みんなぁ、熊殺しのお姉ちゃんだよー」
「えっ、熊殺しのお姉ちゃん? ホントだ、熊殺しだ!」
「キャー! 熊殺しよ! 聞かせてー、熊をぶち殺したときのお話聞かせて―!」
子供たちがエヴァリーナに纏わりつき、御者台から引きずり落ろして草原に引っ張って行った。
「ひえええ~、助けてえ~、勘弁してえ~。熊殺しって呼ばないで~。うえええん!」
「エヴァ…、ご愁傷様。頑張って」
子供たちに連れて行かれたエヴァリーナを見て、ミナやマリーが不思議そうに聞いてきた。
「あの…、熊殺しのお姉ちゃんって…」
「うん、実はしばらく前、この村にグレイトグリズリーっていう熊の魔物が現れたの。その魔物をたまたまこの村に滞在していた、わたしとエヴァリーナで迎え撃ったんだけど、途中わたしはグレイトグリズリーの攻撃で気を失ってしまって、結果、エヴァリーナ1人で戦って倒したのよ。だからね、エヴァリーナはこの村の英雄なの」
「はあ、それで熊殺し…」
「ぷくくく、本人は凄く嫌がるのよね。その呼び名」
「ほっほっほ、熊殺しちゃんは凄い人気じゃのう。今日はもう日が暮れる。新緑亭にでも泊まって、明日にでも村役場に来なさい。その時に改めて今後の事を相談しよう」
ユウキがユピト一家とミナ一家を連れて、新緑亭に入るとルシアとリーナが突然の事にも関わらず、笑顔で迎えてくれた。2人ともユピトとソルを見て、一瞬驚いた顔を見せたが、直ぐに普通に戻り、暖かく接してくれた。ちなみに本日も他のお客はおらず、部屋は空いてるとのことだった。
宿の食堂で、全員がテーブルを囲んで夕飯を摂る。リーナはマリーと年が近いこともあって直ぐに仲良くなった。温かい食事でみんなが落ち着いた頃、ボロボロになったエヴァリーナが新緑亭に現れた。
「こ、子供たちが離してくれなくて…。死ぬかと思った…」
「大変だったね、熊殺しのエヴァちゃん」
「やめれ、おっぱいお化け」
エヴァリーナとユウキのやり取りが面白く、ステラは思わず声を出して笑うのであった。




