第215話 新たな目的地
グルメグランプリの翌日、準備を整えたタコ焼き屋さんチームはフェリシアの住んでいる孤児院でタコ焼きパーティーを開催した。
タコ焼きを作る係はエヴァリーナ。ねじり鉢巻き姿の金髪紫眼の美少女は、シャツ1枚とショートホットパンツ姿で塩を舐め舐め水をがぶ飲みして、踊るようにタコ焼きを焼いていて、子供たちからやんやと喝采を浴びている。アリスは、生地作りとプルプ切の担当だ。タコ焼きが焼き器から出ていく側から、生地を流し込んで行き、休む間もなくエヴァリーナがくるんくるんと形作っていく。
子供たちは初めて食べるタコ焼きの美味しさに驚き、何回もおかわりをしに行くため、エヴァリーナの焼きの技術はどんどん上達し、両手に持った串でタコ焼きをポンポンと器用に回していく姿は芸術の域に達していた。
フェリシアは、孤児院の先生方と一緒に世話をしていたが、子供たちに乞われて水芸を始めていて、大きな声援を浴びていた。
「やっぱり、神官より大道芸人の方が向いてると思うけどな…」
ユウキは両手の指から噴水のように水を出して、皿回しをするフェリシアを見てそう思うのであった。
パーティには商工会のイオリを始めとした地域振興担当のメンバーも来てくれ、魔法で作った氷でかき氷を作ったり、氷を使って冷たいレモネード作ってを配っている。ユウキはかき氷器を回したり、レモンを絞ったり、力仕事を任されて忙しい。
「なぜ、わたしには力仕事ばっかり回って来るの…? 解せぬ…」
午前中から始めたパーティーも昼過ぎには材料が底をついた。満足した子供たちはアリスやエヴァリーナ、商工会のメンバーに「ありがとうございましたー」とお礼を言い、身の回りの片づけをして、孤児院に戻って行った。
残り物でユウキたちや商工会のメンバーがお腹を満たし、片づけを終わらせた頃には、すっかり夕方になっていて、日も暮れようとした頃だった。
商工会のメンバーが帰り、そして今、ユウキとエヴァリーナもアリスとフェリシアに別れを告げようとしている。
「アリス、フェリシア、わたしたち明日トゥルーズを出ることにしたの。だから、ここでお別れ。でも、またトゥルーズに来る事があるかも知れない。その時は必ず会おうね」
「アリスさん、タコ焼きは素晴らしい食べ物です。この国だけじゃなく、ラミディア大陸全体に普及されることを祈りますわ。フェリシアさんも大道芸頑張ってください」
「ユウキさん、エヴァリーナ様…。本当に、本当にありがとうございました。また会えますよね。あたしたちの事、忘れないでくださいね…。グス…、うぇええん、ふぇえええん」
「お2人とも気をつけて旅をしてくださいね。それから、私は神官で、大道芸人じゃありませんから。でも、次に会う時はもっと凄い芸をお見せしますよ」
「あはは、楽しみにしてる。アリスも泣かないで。じゃあ、みんな元気で!」
4人はしっかりと握手して別れた。帝国大使館の宿泊所へ戻るユウキが後ろを振り向くと、アリスとフェリシアがいつまでも手を振っているのが見えた。ユウキはもう1度手を振ると、エヴァリーナと並んで歩き出した。
帝国大使館の宿泊施設でお風呂を頂いた後、談話室で地図と大使館備え付けの各国ガイドを見て、次の目的地を相談しているユウキとエヴァリーナ。
「イザヴェル王国への街道は大きく3つだね。ひとつはトゥルーズから王都ウールブルーンへ続く主要街道。もうひとつは最短だけど山越えの山岳街道。最後は大きく北西から海岸線と山を越える沿岸街道」
「主要街道と沿岸街道は乗合馬車がイザヴェルまで出ています。山岳街道は距離は短いですが、道が細くて徒歩で山越えするルートとなります。どれも一長一短がありますわね…」
「う~ん…」
「ん…。沿岸街道の国境近くの町、何かマークが付いているね。エヴァ、知っている?」
「ええ、これはリゾート地の印ですね。この町はポーティアといって温泉リゾートで有名な都市ですよ」
「温泉! いいね。わたし温泉大好き! あれ、ポーティアから山側に細い街道が出ているね…。えと、辿って行くと…、突き当りにサヴォアコロネ村ってのがあるね」
「ええと、ガイドによると…、人口800人ほど。主要産業は農林業の何の変哲もない村ですね。あれ、手書きで注釈が付いてます。なになに…」
「小さな3軒の宿があり、いずれも異なる泉質の温泉を引いている…。各源泉の効能が書いていますわね…、あっ! 美肌・美容に効果のある湯がある!」
美肌・美容の書き込みに2人の目がきらりと光る。
「エヴァ、次の目的地が決まったね」
「はい! 美肌・美容の湯…。女性には悪魔の囁きですわ」
「じゃあ、明日出発だね!」
目的地を決め、出発だという日、早速ユウキは躓いてしまった。
「あはは、相変わらず間の悪い…。来ちゃいましたよ女の子の日が…。エヴァには悪いけど、出発を1週間遅らせてもらおう。今回もキツイ…」
ユウキがベッドの中で悶々としていると、トントンとノックの音に続いて、青い顔をしたエヴァリーナが寝間着姿のままで入って来た。
「ユウキさん、御免なさい。アノ日が来ちゃいまして…。出立を何日か遅らせていただいてもよろしいですか…? 私、どうしても重くて…。精神力低下中なんですの…」
「エヴァ、実はわたしも始まっちゃって…。申し訳ないけど、お出かけは無理なの。もう1週間ここに泊まらせてもらっていいかな?」
「それは大丈夫です。管理人さんにお願いしてきました。ただ、1日当たり食事と管理料として銀貨1枚頂くとのことでしたが」
「いいよ、助かります」
エヴァリーナはのろのろとユウキが寝ているベッドに近付くと、もぞもぞと入り込んで来て、ぴったりと抱き着いてきた。
「うう~、ユウキさん温かい…。温まると少し楽になる~。それにいい匂い…」
「エヴァったら…」
エヴァリーナがスースーと寝息を立て始めたのを見て、ララやカロリーナとよくこうやって一緒に寝たなと思い出し、懐かしい気持ちになった。そのうち、ユウキも眠くなり、エヴァリーナと並んで横になると深い眠りに落ちて行くのであった。
女の子の日3日目。暇になったユウキは何か本でも読もうかと、ロディニアから持ってきた本をマジックポーチから出してみた。その中に1冊の手作りの冊子を見つけた。
「これは…」
ユウキがその冊子を読んでいると、ノックの音がしてエヴァリーナが入って来た。
「ユウキさん、お邪魔してもよろしくて? 今日は体調が少し良いのです。あら、何をお読みなのですか? 私にも読ませていただいてもよろしいかしら」
エヴァリーナはベッドに腰かけると、ユウキから冊子を受け取り、パラパラとめくり始めた。
「あら…、これは演劇の台本ですか? 題名は「シンデレラ」ですか、へえ…」
「んん? うぐっ…、ぶはっ…、あはははは! わはははは!」
「こ…、これ何ですか? 不幸な少女が幸せになる王道ストーリーなのに周囲の人間が酷すぎる…。継母と姉が強烈に面白過ぎる。ぷっ、ぷははははは」
「それ、ロディニアの高等学園にいた頃、クラスでやった演劇の台本なの。わたしの役は、性格が悪くて陰険な姉1…」
「あははははは! ユウキさんが…陰険な姉…。ぴ、ぴったり…」
「どこがよ! あと、笑いすぎ!」
「はーはー、面白かったですわ。この台本書いた方は天才です。お会いしてみたいわ。今もロディニアにおられるのですか?」
「……ううん、もういない。亡くなったの。ロディニアの戦乱でね、わたしの一番の親友だった…」
「あ…、ご、ごめんなさい。変な事を聞いて」
「ううん、もういいの。終わった事だから。でも、その台本、面白いでしょう。何回読んでも笑っちゃうよね。劇も大受けだったんだよ。うふふ、思い出すと可笑しい…」
「ユウキさん…」
寂しそうに笑うユウキの横顔を見て、エヴァリーナはキュッと心が締め付けられるように感じた。
(やはりユウキさんの過去には何かある…。いつか話してくれる時が来る。その時までは待ちましょう。今はその時ではない…)
エヴァリーナはユウキに寄り添うと、キュッと抱き締め、温もりを感じるのであった。
さらに数日が経ち、女の子の日が終わって、体調が回復した2人は、準備を整えている。ユウキは白のブラウスに紺のプリーツミニスカート。鋼の剣を帯剣し、エンジ色のマントを羽織っている。エヴァリーナは、白のフリルが可愛い紫色の清楚なワンピース。ユウキから貰った流星剣を装備している。
「準備できた? じゃあ、新しい町にしゅっぱーつ!」
「はいですわ!」
2人は意気揚々と乗合馬車の停留所に向かった。次の町では何が2人を待っているのであろうか。期待に胸を膨らませながら。
「温泉に入りに行くだけだよ! 人生、平穏無事が一番です!」
「ユウキさん、誰に向かって言ってるのですか?」