第207話 ユウキ、エリスに愚痴る
チュン、チュン…、窓の外から小鳥の囀る声が聞こえる。ユウキはゆっくり目を覚ますと、すっかり外は明るくなっていた。
「……そうだった、昨夜は別荘に泊めてもらったんだっけ…。うう、酷い目に遭ったよ。何? あの鳴き声、怖かったぁ…」
ユウキがぼんやりと昨夜の「忘れられ事件」を思い出し、どよーんとしていると、突然「きゃああああ!」と女性の大きな悲鳴が聞こえて来た。
「わあ! 何があったの!」
ユウキはベットから飛び起きて、部屋の戸を開けると再び悲鳴が上がる。声のする方向に走り出すと扉を開け放った部屋の前で、メイドさんがぺたんと座り込み、ガクガクと震えながら部屋の中を指さしている。
「ど、どうしたんですか?」
ユウキがメイドさんに声を掛け、部屋の中を見て青ざめた。そこには縛り上げられて、涙目なってお漏らししているメイドのシェリルと、監視を命じていた暗黒骸骨騎士がでーんとベッドに鎮座している。そして何故か、騎士は頭にイチゴ柄のパンティーを被っており、鎧の隙間には女性用下着を詰め込んでいる。
(こ、このカオスな状態は一体なに? この部屋で何があったというの…?)
「この変態スケルトン、私がトイレに行きたいと言っても無視するし、我慢できなくなってお漏らししたら「カカカ」と笑ってガン見してくるし、挙句の果てにタンスの中の私の下着を漁り出すし、もおいやぁあああ!」
今度はシェリルが大声で泣き出した。この騒ぎに、エヴァリーナやヴァルター、別荘の使用人たちが集まって来て、カオスな状況に絶句し、使用人の何人かは暗黒骸骨騎士の怪しい姿に悲鳴を上げる。
「ヤバ…、すっかり忘れてた! 君、ありがとね。送還!」
イチゴ柄のパンティーを被ったままスケルトンは送還され、おしっこ臭い部屋の中は泣いているシェリルだけになった。とりあえず場を収めた(?)ユウキはほっと息をついたが、今度は集まった人たちが自分をじーっと見ているのに気が付いた。
「な、なに? わたしに何か…?」
「あの…、ユウキ様。自分の格好を見ました?」
エヴァリーナがユウキにおずおずと聞いて来る。
その言葉にユウキが下を見ると、薄紫色のスケスケなブラとパンティーだけのドエロい下着姿の自分がいた。顔を上げると、ヴァルターや男性の使用人たちがユウキの体を舐め回す様に見ている。
「きゃああああ! やっちゃったぁああー! 見ないで、見ないでぇえええ!」
顔を真っ赤にして、悲鳴を上げながらバタバタと走り去っていくユウキの後姿をガン見する男たち。パンティーから透けて見えるお尻のラインに思わず前屈みになり、女性たちはそんな男らに軽蔑の視線を送る。
「ねえ、エヴァリーナ様。ヴァルター様もやっぱりユウキみたいな、ぼっきゅんぼんがいいのかな…? あたし、全てが足りてない…」
「フランさん、女性の魅力は何も体付きで決まるものではありません。多分ですけど。要は心、気持ちです。内面の輝きこそ大事、男性はそこに惹かれるのです。恐らくですが」
エヴァリーナはフランにそう言うものの、そっと自分の胸に触れ、ほとんど成長しない自分のおっぱいと先ほど見たユウキの大きな生おっぱいの格差に、世の不条理を感じるのであった。
ユウキ親衛隊の帝国帰還を見送った(シェリルもソフィとティラに引き連れられていった)後、ユウキはクライス家の別荘を辞し、冒険者登録をした斡旋所に向かっていた。人気の少ない繁華街を歩きながら、周りを見る。
「繁華街の昼と夜って全然違うね。明るい時間は眠っているように静かだ…。昨夜だよね、あんなことがあったの。何か凄く前のような気がするよ…って、色んな事があり過ぎだよ。わたしはただ平穏に過ごしたいのに…。はあ…」
ぶつぶつ独り言を呟きながら歩いていると、いつの間にか繁華街を抜け、大通りに出た。ふと顔を上げると大きなエリス神殿が目に入り、ふらふらと中に入った。平日の昼前ということもあり、中は閑散としている。ユウキはエリス像の前に跪ずき、エリスに語り掛けた。
(エリス様…、エリス様はわたしに「この世界で平穏に生き、幸せになってね、それが私の願いです。私はいつでも見守っていますよ」と言いましたよね。本当にわたしに御加護を与えているんですか? この大陸に来た早々、スケベな冒険者に絡まれるわ、大陸最強戦士決定戦なるものに出させられるわ、挙句の果てにエッチな格好させられ、エロボディバーサーカーと呼ばれ、大勢の前でM字開脚させられ、チンピラには絡まれ……)
(ど・こ・が平穏無事なんですか? 波乱万丈じゃないですか! ここに来てまだ1ヶ月も経ってないんですよ。色々あり過ぎです…。先が思いやられますよ…。貴女の加護とやらは一体どこにあるんですか? もしかして、わたしの苦労を面白がっているんじゃ…)
(性格悪いですエリス様…、お嫁の貰い手がなくなります。ごめんなさい、言い過ぎました。お願いです。わたしに、わたしに平穏無事な人生を下さい…。もうエッチなのは嫌…)
その後も散々エリスに対して愚痴を言い続けたユウキは、神殿の巫女にお布施を寄付すると、再びふらふらと街の中に出て行った。
天上界でユウキの愚痴を聞いていたエリス。
「ユウキ、私は「平穏無事」とは一言も言っていませんが…。それに、人生は波乱万丈の方が面白く、充実するじゃありませんか。しかし、エロボディバーサーカーって…、くくく…、ぷははははは! ユウキにピッタリで面白いー」
「でも、ユウキの強さは本物ですね。この大陸での活躍も期待しますよ。異世界から来た奇跡の少年優季。今は世界の変革を促す少女ユウキ。私はいつでも見守っていますからね。ホントですからね。面白がっていないからね」
エリス神殿を出たユウキは、中心街の外れにある不愛想なオヤジのいる冒険者斡旋所に着くと、「ドッガラガッッシャーン!」と凄い音を立て引き戸を思いっきり開け、中に入った。
「おお、来たか。大陸最強の女、エロボディバーサーカー殿」
「やめてよ、その呼び方! お嫁の貰い手がなくなっちゃうじゃない! わたしはユウキっていう名前があるんですぅー」
「がっははは! ピッタリでいいと思うがな。しかし、よくやったな。俺の目に間違いはなかったってこった。ホレ、依頼完了の証書だ。署名をしろ」
「くそ、このヒゲオヤジ…。そのドヤ顔ムカつく。はい、サイン終わったよ」
「うむ…。これが報酬だ。帝国金貨20枚。共和国金貨で24枚分相当だ」
「へえ、帝国金貨の方がレートが高いんだ…。ん、確かに20枚頂きました」
「そういえばお前、優勝賞金はいくらもらったんだ?」
「おお、結構もらったよ。共和国金貨で100枚!」
「ほう、よかったな。じゃあ、次は戸の修理代だ。銀貨50枚寄越せ」
「え?」
ユウキが振り向くと、怒りに任せて開けた戸が完全に壊れて、室内の隅まで飛んでいた。
「お前、どんな馬鹿力してんだ? 戸を完全に粉砕しおって、アリッサが完全に怯えてるじゃねえか」
「ゴメン、怒りのボルテージがMAXになってたもんだから…」
「ったく…。ところでお前、これからどうするんだ? 何ならもうひとつ依頼受けてみるか?」
「絶対イヤですーぅ。どうせ碌でもないものに違いないもん。わたし、首都に行ってみようと思うの。お祭りのイベントで大きなパレードがあるんでしょ。折角だから見てみたいの」
「トゥルーズに行くのか? いいと思うが、今から行っても宿は一杯で取れないぞ」
「あ、そうか…、観光客でいっぱいだよね。どうしよう…」
「大丈夫ですわ」
「えっ、エヴァリーナ様。どうしてここに? どっから湧いて出たんですか?」
「あのですね、人をコバエみたいに言わないでくださいな」
「依頼達成書には依頼人のサインも必要なんです。それで来ていたんですよ」
「ああ、そうだったんですか。スミマセンでした。あの、大丈夫って…」
「トゥルーズには帝国大使館があって、宿泊施設も併設されているんです。そこに便宜を図ってもらいましょう」
「え、いいんですか?」
「ええ、もちろんですとも。ただし、条件がありますわ」
(一気にイヤな予感…)
「実は、別荘に居づらくなってしまって…。私もトゥルーズに連れて行って欲しいんです」
「居づらくなったって…、ヴァルター様と何かあったんですか? まさか殴り合いをして沈めてきたとか…」
「違います! どこからそういう発想が出て来るんですか。お兄様とフランさんがイチャイチャラブラブしてて、居づらいんですよ!」
「はあ…」
「だから、私もトゥルーズに連れてってください。私もパレードが見たいです」
「まあ、その位なら…。お宿も提供いただけるなら、こちらとしても嬉しいですし…」
「あともう一つお願いが」
エヴァリーナは胸元から1枚のプレートを取り出した。それを見てユウキは驚いた。
「エヴァリーナ様、冒険者登録をしたんですか!」
「ええ、しばらくは帝国には帰らないでこの世界を見て回ろうかと…。将来の帝国宰相を支えるためにも、視野を広げるのは必要と思ったんです。ユウキ様と冒険の旅に出たいと言ったら、お兄様からすぐ許可を出していただきました」
(ヴァルター様、フランとイチャイチャするため、体よくエヴァリーナ様を追い出したな)
「どうします? 私と一緒だと色々メリットありますよ。それに、私、魔族の血を引いているので、風系と水系の魔法が使えます」
ユウキはうぐぐと迷った挙句、一緒に同行することを認めた。
「やった! これからはエヴァと呼んでくださいね」
喜ぶエヴァリーナ、頭を抱えるユウキ。斡旋所のオヤジは面白そうに見ている。そのオヤジから、トゥルーズに着いたらこの斡旋所に顔を出せと1枚のメモを貰った。了解したユウキは壊した戸から外に出て空を見上げ、ため息をついた。
「はあ~」
空はどこまでも青く広がっている。ユウキの幸せを探す旅は始まったばかりだ。




