第204話 大陸最強戦士決定戦(後編②)
「試合開始!」
審判のコールとともにユウキはマントを翻し、漆黒に輝く槍をフランに向けて構える。フランは、今まで見て来たユウキとは全く違う迫力に押され、いつものように飛び掛かって行くことが出来ないでいた。
(く…あの槍…、物凄い迫力…。それに何か凄い力を感じる…。あの槍は一体…)
「フラン、教えてあげるわ。この槍はわたしを最後まで信じて付いてきてくれた人が最後に託してくれたもの。その名を魔槍ゲイボルグ!」
「ゲイボルグ…」
「さあ、ゲイボルグ。わたしに力を貸して! パワースラッシュ!」
ユウキはゲイボルグを頭上で一回転させると、しっかりと柄を握り、猛速でフランに切りつける。フランは剣での迎撃は力負けすると判断し、バックステップでゲイボルグの斬撃を躱すが、ユウキはそれを読んでいて、無理やり斬撃を止めると大きく踏み込んで反対側にスラッシュを放つ。
この攻撃に完全に虚を突かれたフランは、左脇をゲイボルグの柄で強かに打たれ、床に叩きつけられた。「うぐうっ!」とくぐもった声を上げて蹲るフランに会場のファンからは大きな悲鳴が上がる。
「な、なに! フランが倒されるだと…? 信じられん」
「ユウキ様凄い…。これが本当のユウキ様の実力…」
ヴァルターは立ち上がり、声の限りにフランに呼び掛ける。
「フラン立て。自身に防御魔法を厚くかけろ! ヤツの槍は小回りが利かない。接近戦に持ち込むんだ!」
(ぐうう…、い、痛い…。あばら骨が2,3本持っていかれたかも…。でもヴァルター様の声が聞こえる…。期待に応えなきゃ)
フランはふらふらと立ち上がると、自分自身に水系防御魔法を重ねがけする。魔法の効果で淡く体が光ったフランは、ユウキに向かって剣を構える。その表情は痛みに歪んでいるものの、闘志は失われていなかった。
ユウキはフランの闘志を見て取ると、自身の表情を引き締め、高速でゲイボルグの突きを繰り出した。
「たありゃあああ! 烈風槍!」
ユウキが繰り出す高速の突きをフランは躱すのが精一杯。会場からはフランを応援する声とユウキの胸がゆさゆさと揺れる度に上がる歓声が交互に響き渡る。
(い、痛みで体が思うように動かない…。それに、槍の攻撃がきつくて懐に飛び込めない。どうする…? そうだ!)
ゲイボルグの大きく鋭い一撃が迫って来る。フランは槍が自分を貫く寸前に床に向かって飛び込み、ユウキに向かって前転すると、足首目掛けて蹴りを放った。
「あっ、わあっ!」
フランの想定外の動きにユウキは一瞬対処が遅れ、右足首を蹴り上げられてバランスを崩して倒れてしまい、ゲイボルグも手放してしまった。
「やった! ここから反撃っ!」
「よくやったぞフラン!」
フランとヴァルターが同時に叫ぶ。
足を蹴られて尻もちをついたユウキにフランが剣を振りかざして飛び掛かる。ユウキの体にショートソードが届く寸前、フランの手をユウキが押さえ、力づくで押し返していく。
「やるわねフラン。2年連続チャンピオンの名は伊達ではないね」
「貴女も…。あたしをここまで苦しめるの、貴女が初めて。でも、これで終わり」
「そう上手くいくかな? 教えてあげる。上には上がいるってことをね!」
「たああーー!」
ユウキはフランの腕を押さえたまま、お腹に左足を掛けて大きく蹴り上げ、巴投げの要領で投げ飛ばした。フランは空中で1回転し、床に片膝を着いて着地する。ユウキも立ち上がると、観客に気付かれないように、治癒魔法を蹴られた足に流してダメージを回復する。
(ユウキは槍を手放している。ここで勝負を決める! 脇腹痛いけどもう少し。もう少しでヴァルター様の願いが叶う!)
「うわあああ! ユウキ、これで最後ぉおお!」
フランが1本のショートソードを投げ捨て、もう1本を両手に持って体の脇で構え、瞬足を持ってユウキに飛び掛かって来る。この一撃で勝負を決めるつもりだ。ユウキもまた、身構えると大きな声で「戻れゲイボルグ!」と叫ぶ。
会場の観客はユウキの求めに応じ、ふわりと浮かび上がって、一瞬でユウキの手に収まったゲイボルグを見て驚愕する。フランとヴァルター、エヴァリーナは何が起こったのか理解できない。
ユウキは真っ直ぐ向かってくるフランを迎撃するためゲイボルグを上段に構え、力いっぱい振り下ろした。全力でユウキに向かっていたフランは、いつの間にかユウキの手に握られているゲイボルグを見て驚くが、今更攻撃を止めることも回避することも出来ず、上段から叩きつけられたゲイボルグの一撃をまともに背中に受け、「ズドオォオオン!」という凄まじい音とともに、床に正面から叩きつけられた。
この一連の攻防に会場は沈黙した。審判も体を硬直させて床に倒れているフランを見つめている。
「審判さん…」
ユウキの呼びかけにハッとした審判は、ユウキの右手を高々上げて「勝者、ユウキィイイイ」と叫んだ。審判のコールに会場も歓声と怒号に包まれる。ユウキ親衛隊はスタンディングオベーションでユウキコールを叫んでいる。
(あはっ、ありがとうみんな。みんなの声援で勝つことが出来たよ。それ、サービス!)
ユウキは、ミニスカートを両手で少し持ち上げ、くるりと体を1回転させると、ふわりとスカートが広がって、黒のスケスケセクシーランジェリーが露になる。親衛隊はそのしぐさの可愛らしさとエロいランジェリーに目が釘付けになり、ハートを粉砕される。
そんな親衛隊の様子見て、ふふっと笑顔になったユウキは、貴賓席に向かって手を振り、次いでフランを見た。ゲイボルグの一撃を受けたフランは完全に気を失っており、担架で運ばれて行く所であった。
ユウキはゲイボルグを手に取ると、ふっと寂しそうな顔を見せ、フランが運ばれて行く様子を見続けていた。
「フ、フランが負けた…? そんな馬鹿な。そんな…」
「お兄様」
ヴァルターが機械人形のようにゆっくりと首を回しエヴァリーナを見る。
「お兄様、ユウキ様の勝利です。約束を忘れてはいませんよね。今晩、お兄様のお泊りになっている別荘に伺います。約束どおり私のお話を聞いていただきます」
エヴァリーナは無言で立ち尽くすヴァルターに背を向け、ソフィとティラを連れて貴賓室を後にするのであった。
控室に向かう人気のない長い廊下を1人俯いて歩くユウキ。ゲイボルグは既に異空間にに戻している。
(この格好、ゲイボルグを構えるわたし、完全に「魔女」だ。「暗黒の魔女」)
(フランと戦っているとき、暗黒の力が体に漲ってきた。暗黒の力をもって本気で戦ったらどうなっていたんだろう…。ふふ、恐ろしいね…。やはり、わたしは「魔女」の烙印から抜け出せないのかな…。ううん、そんなことない…)
「ユウキ様!」
その声にハッとして振り向くと、エヴァリーナとソフィ、ティラがニコニコ笑いながら手を振って走り寄って来た。エヴァリーナはユウキの手を握ると、満面の笑顔でお礼を言ってきた。
「ありがとうユウキ様! 私との約束を守って下さって。これで、お兄様に私の想いを伝えることが出来ます。本当にありがとう…。うっ…ふぐっ…」
「あはは、エヴァリーナ様、泣くのは早いですよ。泣くのはヴァルター様にあなたの想いが伝わった時です。エヴァリーナ様の戦いはこれからです」
「ユウキ様…。ええ、そうです。そうですとも。わたし頑張ります!」
「うふふ、エヴァリーナ様は美人なんですから、泣いた顔より笑顔ですよ」
ユウキとエヴァリーナのやり取りにソフィとティラは心がほっこりとする。そんないい雰囲気の中、ユウキのお腹が「グ~~ッ」と鳴った。
「あは、あははは。決勝戦があるからって与えられたお弁当じゃ全然足りなくて…。ご、ゴメンなさい。はしたなくて恥ずかしい…」
「うふふ、ユウキ様ったら…。ホテルに戻ったら最高級の御馳走でお祝い会しましょうね」
「さすが帝国宰相家、太っ腹!」
控室でユウキの着替えをみんなで手伝い、その後行われた表彰式でエヴァリーナとユウキが一緒にトロフィーを受け取ると、会場からは割れんばかりの拍手が送られた。
いい気分で闘技場の入り口を出ると、ユウキ親衛隊が2列に整列しており、見事な敬礼をユウキに送る。ユウキは列の真ん中に立ってにっこりと可愛く笑う。
「親衛隊のみんな、応援ありがとう。みんなの声で頑張れたよ。ホントにありがとね」
そうお礼を言って1人1人と握手をした。親衛隊員はとても帝国兵とは思えないにやけ顔でテレテレとなっている。
その光景を見たエヴァリーナは「はあ~」と深いため息をつき、全員に向かって1枚の紙をぴらっと開いた。
「あなたたち、これは本国からの召喚状です。ソフィ兵曹長とティラ上等兵以外の兵士は直ちに帝都に帰還し、宰相家へ出頭する事。宰相様直々に皆様の勤務内容について確認したいそうです。そういう訳で準備を整え、明日早朝には出立してください」
親衛隊から「えー」「告げ口ですか、卑怯な」「このド貧乳!」といったブーイングが上がるが、エヴァリーナはじろりと睨みつけると「さっさと解散!」と言って親衛隊を解散させた。
「全く、あのバカたれ共は…。誰が貧乳ですか…。人が気にしていることを…」
「あ、あははは(気にしているんだ…)」
ユウキとソフィ、ティラは顔を見合わせ、苦笑いするとぷんすかしながら前を歩くエヴァリーナを追ってホテルに帰るのであった。
マッサリア市の繁華街の一角にある倉庫の中に、ヴァルターに付いていたメイドがいた。その周囲にガラの悪い男が数人、屯っている。
「以前から話していたエヴァリーナの件だけど、今夜ヴァルターに会いに屋敷に来る。その時、必ずここを通るハズ。必ず捕まえて始末して」
「わかっている。任せておけ」
「これは前金よ。残りは成功したら払う」
金貨の入った小袋を男の前に置く。男は、中を確かめるとニヤリと笑う。
「少し足りねえな。もう少しイロ付けろや」
「ふふ、欲張りね。エヴァリーナを始末したらたっぷり楽しませてあげるわ」
薄暗い倉庫の中で、男女の卑下た笑いが響き渡るのであった。