第196話 冒険者斡旋所
サザンクロス号が埠頭に着岸し、タラップが取り付けられた。ユウキは船員にお礼を言って他の乗客と一緒に下船してマッサリアに降り立った。
「ここがラミディアの玄関口、港町マッサリアかぁ。何だか北とは空気が違うね。街の雰囲気もエキゾチックな感じがする」
「これからどうしようかな…。今日の所は、まず冒険者登録をする。この国の情報を仕入れる。宿を探す。この3つかな。明日以降は、また考えようっと」
ユウキはマッサリアの中心街に向かって歩き出した。冒険者への登録は「冒険者斡旋所」という場所で行うことはリューリィから教えてもらっているが、場所がわからない。とりあえず中心街に行って探してみようと思ったのだ。
港から中心街へ向かう通りの脇には飲食店や服飾店、宝石店、武器・防具の店など様々な店舗のほか、日用品や食料、アクセサリー等を売る出店も並んでいて、多くの買い物客で賑わっている。しかし、ユウキは店舗よりも道行く人々を興味深そうに見ていた。
「北とは全然違うな…」
「ロディニア王国は肌の白い人がほとんどだったけど、ここは白い人はもちろんの事、わたしのように黄色っぽい肌の人や、赤銅色の人も多い。髪の毛の色も様々で、ブラウンって言うのかな? 茶色い髪の人もいる。ここなら私の黒髪も目立たないかも知れない。それに…」
「けも耳や尻尾がある人がたくさんいるよ。わあ~、凄い、獣人って初めて見た。この国じゃ人と獣人が仲良く共存してるんだ。感動しちゃうね! うわ、あの猫耳の女の子とお母さん、すごく可愛い!」
「おっとと、見とれている場合じゃなかった。斡旋所は何処かな…」
街の人に斡旋所の場所を聞くとマッサリアには何ヶ所かあるとの事で、いくつか教えてもらった。ユウキは目立つのが嫌だったので、聞いた中から少し街外れにある斡旋所に向かうことにした。
「ここだね…」
斡旋所は2階建ての小さな建物で、ぱっと見、普通の人家みたいだった。隣は冒険者の宿泊所なのだろうか、アパートみたいな集合住宅になっている。
ユウキはそっと扉を開けて中に入る。中は小さな食堂になっていて、四角いテーブルが4人掛けのテーブルが6つ並んでいる。そのうちの1つに神官服らしい着物を着た女性が座って飲み物を飲みながら本を読んでいた。
奥を見るとカウンターと掲示板があり、カウンターには髭を生やした強面のオヤジが座っていた。ユウキはオヤジの威圧感に圧倒されながらも、カウンターに近付いて冒険者登録の申請をお願いした。
「あの…、わたし、冒険者の登録をしたいんですけど、お願いできますか?」
オヤジはユウキを、じろりと一瞥する。
「お前が冒険者? そんなヒラヒラのカッコした女がか? やめとけ、酷い目に遭って後悔するだけだぞ」
「え、でも、冒険者登録をしておけば、国境を超える時の身分証代わりになるって聞いたから…。わたし、この大陸を巡る旅にでるんです。何とかお願いできませんか? もちろん、路銀を稼ぐために仕事もするつもりです」
「旅をする…。女1人でか? そりゃ無茶だ、あまりにも危険だぞ。野盗なんかに捕まった日にゃ、慰み者にされて奴隷として売られてしまうのがオチだ。止めといたほうがいいと思うがな」
「オヤジさん心配してくれるの? ありがとう。で、冒険者登録はお願いできますか」
「うむ…、仕方ないな。身分証は必要だし、冒険者は登録さえしておけばどの国の斡旋所やギルドでも一定の支援を受けられるからな。ホレ、これに必要事項を記入しろ。登録料は銀貨2枚だ」
オヤジは冒険者登録申込書と書かれた紙を出してきた。ユウキは名前や年齢など必要事項を記入し、登録料を添えて渡す。
「うむ、いいだろう。ユウキ・タカシナ17歳か、少し待ってろ」
そう言うと、オヤジはカウンターの奥に行って何やらガシャンガシャンと機械らしきものを動かし、取り出した金属板を持って戻って来た。
「ホレ、お前の登録証だ。失くすなよ。再発行は登録料と同じ金額を貰うことになるからな。それと、依頼を受けたいときはそこの掲示板を見るといい。ただし、自分の能力を超えた依頼は受けるなよ。失敗したら違約金が発生するぞ」
「わかりました。ありがとう、オヤジさん」
「ふん、せっかくだ。飯でも食ってけ」
そう言えば、丁度お昼時になっていたことを思い出し、ここで食事をすることにした。料理もオヤジがするようで、出て来たランチを食べたが、不味くはないが美味しくもなく、何とも微妙な食事となった。ただ、値段が安かったのが救いだった。
「ねえ、お姉ちゃん」
食事を終えたユウキが、斡旋所を出ようと立ち上がろうとした時、1人の少女から声が掛けられた。
「あたしアリッサっていうの。あの髭オヤジの娘よ。お姉ちゃん、この大陸初めてなんでしょ。どう、これ買わない?」
アリッサと名乗った女の子が持ってきたのは、この大陸の全体図と国々の場所が記入された地図であった。
「地図ね。うん、これはぜひとも買いたいわ。いくらなの?」
「金貨1枚」
「うぐ…、た、高い…。もう少し安くならない…?」
「えー、地図は貴重品であまり出回らないんだよ。うーん、じゃあ銀貨80枚。これ以上は無理。さあ、どうする?」
「う、まだ高いけど、いいよ。買った!」
「まいどぉー、はい地図。ついでにこの大陸の事教えてあげるね」
アリッサはユウキの食べ終えた食器を下げて、テーブルを布巾で拭いて綺麗にすると地図を広げて、大陸の国々の情報を話し始めた。
「えーとね、これがラミディア大陸の全体。鳥のもも肉みたいな形しているでしょ。大陸の隣の大きな島は、パノティア島っていうの」
「ここ、スクルド共和国は、大陸の一番北側、北の大陸との玄関口として発展してきたのよ。隣はイザヴェル国、大きな河や湖がいくつもあって、水の国とも言われてるよ。さらに、その隣はビフレスト国、精強な傭兵団を持ってる戦闘国家。でも、この大陸は平和だから今は軍縮?っていうのをしてるらしいよ。この3つを総称して、ヴェルト3国というの。ヴェルト海峡に面しているからね」
「ヴェルト3国の南はこの大陸最大の国家、カルディア帝国だよ。通称「帝国」この国は大陸の3分の1を占めるほど大きいの。帝国の南はスバルーバルれ、連合…、そうそう、連合諸王国。えへへ、難しいね。あとはね、帝国とスバルーバルの西には、獣人の国と魔族の国があるよ」
「獣人と魔族…、ちょっと怖そう」
「あはは、大丈夫だよ。魔族の国はね、人間の国と仲がいいんだ。帝国宰相のお嫁さんも魔族だというよ。ただ、獣人の国はダメね。人間を敵視してる人も多くて、帝国も神経を尖らせているみたい」
「そうなんだ…。この、パノティア島は?」
「パノティア島はね、森が深くてほとんど人が住んでないのよ。一応、帝国の直轄地で、港と小さな町もあるけど、それだけだね。この島の森の奥深くには精霊が住まう国があるっていう伝説があるんだけど、森に入って生きて出られた人はいないんだって。だから、帝国では「人喰い森」って呼んでるらしいよ」
「どう、参考になった?」
「うん、とっても。ありがとうねアリッサ」
「いえいえ、どういたまして。あ、お姉さん、せっかくだから、もうしばらくこの国にいた方がいいよ。1ヶ月後に、国を挙げてのお祭り「謝肉祭」があるんだ。見て行って損はないよ」
「おお、それは楽しみだね。うん、お祭りを見るまではこの国にいることにするよ」
ユウキがアリッサにお礼を言うと、アリッサは嬉しそうに厨房の方に戻って行った。
「ふう、さすが新章の初回は説明っぽいね」
「さあ、1ヶ月くらいは滞在することになるし、宿でも探しに行こうかな」
用を済ませたユウキが斡旋所を出るため、入り口の扉を開けようと手を伸ばしたら、いきなり扉が開いて、ユウキより一回りも大きい男たちが入ってきて出合い頭にぶつかってしまい、ユウキは思いっきり跳ね飛ばされて床に尻もちをついてしまった。
「あいたたた…。き、気をつけなさいよ。危ないじゃない!」
「なんだぁ、そっちがぶつかって来たんだろうが! ん~、冒険者の斡旋所に、女が何の用だ、ここは女の遊び場じゃねえぞ!」
「む!」
ユウキは相手を睨む。ぶつかって来たのは大柄で体格の良い獣人の男で、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべると、バカにしたような目付きで見降ろして来る。
「お、やるってか?」
「おい、ウルス。この女いい体してるぜ。娼婦じゃねえのか? 男でも探しに来たんじゃねーのか? ギャハハハ!」
(ヤダ、早速テンプレ展開のお約束。どうしてわたしは、いっつもこうなのよぉ! 南の大陸に着いて1日も経ってないのに~。これはエリス様の試練なのですか!)
ユウキが、半ば諦めた目をして心の中で嘆いていると、男たちがユウキを捕まえようと近づいて来る。これは一戦交えなければ収まりは着かないだろう。
斡旋所のオヤジはカウンターからむっつりとした顔で見ている。アリッサは突然の事にあわあわしている。どうするユウキ、頑張れユウキ、未来の幸せを手にするために!
第4章からユウキの幸せを探す旅が本格化します。どんな出会いと冒険が彼女を待っているのでしょうか。この先、ユウキの物語が面白いと感じていただけたら、☆で評価していただけると有難いです!!