第194話 海賊さんがやってきた!
エルヴァ島を出発して3日、目的地のマッサリア港まであと2日という位置まで来た。海は穏やかで航海は順調に進んでいる。ユウキは船室でのんびりとレーチを食べながら景色を眺め、穏やかな空気を楽しんでいる。
「はあ、平和だね~」とユウキが呟いた時、トントンと部屋をノックする音がした。「どなたですか?」と声を掛けると、訪ねて来たのはリューリィだった。
「あの、リューリィです。ユウキさんにお話があって…」
「ゴメン、会いたくない」とユウキは返すが、リューリィは諦めずに、何度もお願いしてくる。とうとう根負けしたユウキは、戸を開けてリューリィを招き入れた。
「リューリィ、何か用? わたし、貴方の顔も見たくないんだけど」
「ごめんなさい、ユウキさん。ミュラーもボクも貴女を傷つける様な事をしてしてしまって…。嫌われても仕方ないんですけど、どうしてもボク、ユウキさんに謝りたくて」
「…………」
「ミュラーも悪い奴じゃないんです。ただ、ユウキさんに一目惚れしてしまって、舞い上がっているだけなんです。言い訳にはなりませんけど、許してやってくれませんか?」
「それに、ボクもユウキさんとお友達になりたくて…。申し訳ありませんでした」
「貴方の気持ちはわかったわリューリィ。でも、今すぐ答えは出せない。考えさせて」
「はい…」
「お話は終わり? 出て行って」
ユウキはリューリィを立たせて、廊下に押し出した。リューリィは少し項垂れて大部屋に戻って行った。
「ちょっと可哀想だったかな…。あ~あ、気分が滅入っちゃう。甲板に上がって気分転換しようかな」
ユウキは船室から外に出た。甲板を吹き抜ける風が爽やかで気持ちいい。そういえば、南は北と季節が逆だから、これから春になって行くんだと思ったら、何やら気分が軽くなるような気がしてきた。
甲板上を見ると何人かの乗船客が景色を眺めたり、テーブルを出して楽しそうに話をしている。ユウキも船べりに立って遥か彼方まで広がる海を見た。穏やかな海、水平線と一体となった青い空。下を覗くと、イルカに似た海生動物が船と並走しているのが見えた。
「わあ、何ていう生き物なんだろう? この世界にもイルカに似た動物がいたんだ。あそこにいるのは親子連れかな? かっわいいな~」
イルカに似た動物を眺めていたユウキは、ふと、目線を上げると、水平線に1隻の船が見えた。
「あれ、船だ。北に行くのかな? ん、何かこっちに向かってくるような…」
周りを見回すと船員の動きが慌ただしくなってきた。ユウキが何事かと見ていると「ジャアアアーーン!ジャアアアーーン!」と銅鑼の音が何度も鳴り響き「海賊だー!」「武器を取れ!」と言う船員たちの声が聞こえて来た。
「か、かかか、海賊! パイレーツ? ど、どどど、どうしよう」
ユウキは、海賊と言う声を聞いてあわあわし始めた。
「姉ちゃん下がってろ。船室に隠れるんだ! 女が海賊に捕まったらどんな目に遭わせられるかわからねえぞ!」
ユウキが接近してくる海賊船を見ていると、船員の1人がやってきて、船室に戻るように言ってきたので、ユウキは指示に従って船室に戻ることにした。
船室に戻ったユウキは部屋に鍵を掛け、丸窓から様子を伺う。海賊船はもう目と鼻の先まで接近していて、海賊たちがロープをサザンクロス号に引っ掛けようとしているのが見えた。
「これは最悪、戦わなければならないかも…。とりあえず、ダガーを帯剣してと、それと以前わたしが使っていた剣も準備して…」
ユウキはマジックポーチから鞘に納められた鋼の剣を出してこれも腰脇に帯剣する。そして、リュックや身の回りの物を全てポーチに収容した。
廊下を走る音が響き渡り、喧騒が激しくなる。ユウキが丸窓から様子を伺っていると、海賊船がぐぐーっと接近して来て接舷し、サザンクロス号が大きく揺れた。
「うわっとと…、はあ、危なかった…。今頃、海賊たちが大勢乗り込んできているね。船員さんたち大丈夫かな…」
上の甲板から喧騒と剣戟の音が鳴り響き、時折、悲鳴も聞こえて来る。ユウキは息を潜めて様子を伺っていると、甲板の方が静かになった。
「どうなったんだろう…」
ユウキが部屋の戸に耳を押し付けると、ドヤドヤと大勢の足音が鳴り響き、男の声で、
「部屋を全部改めろ! 客がいたら引きずり出せ、特に女は逃がすな!」
という声が聞こえ、ドンドン、バーンと強引に部屋の戸を開ける音がしてきた。ユウキが息を潜めていると部屋の戸がガチャガチャと引っ張られ始めた。
「おい、この部屋は鍵がかかっているぞ! 誰かいるかも知れん。ブチ破れ!」
(海賊が入ってきたら、魔法で動きを止めて、剣を使って気絶させよう。間違って殺さないようにしないと…。もう、人を殺したくない…)
海賊が叩きつけた手斧の刃が、鍵の部分をぶち破り、戸が開くと同時に海賊の男2人が部屋に飛び込んで来た。ユウキはすかさず身体拘束の魔法をかけて動けなくして、海賊の頭に鋼の剣の柄を叩きつけて気絶させた。
「よし、後はこいつらを縛り上げよう」
ユウキはシーツを裂いて繋ぎ、紐を作ると気絶している男たちの手足を縛り上げ、部屋の中に転がした。そして、廊下を伺い見て誰もいないのを確認する。
「上は静かだね、甲板の様子を見て見るかな…」
船室の出入り口から甲板を伺うと、船員や乗客の多くが甲板の中央に集められ、その周囲を海賊たちが取り囲んでいる。さらによく見ると、所々に怪我をした船員が倒れていて、痛そうに呻いている。幸いなことに死者はいないようだ。
「ん? 集められているの男たちだけ? あら、ミュラーも捕まってる」
「女性たちは別の場所に集められているのかな?」
ユウキが、甲板を見回すと女性たちが一か所に集められ、海賊たちに品定めされている光景が見えた。
「あいつら…海賊とか盗賊とか、どうして女を食い物にしようとするの…。きっと、自分たちで楽しんだ後、娼婦か奴隷にして売り飛ばすつもりなんだ…。許せない。あれ? リューリィも女性の中に入れられてる。ぷふっ…」
「ご明察、良く分かっているじゃねえか」
「!!」
甲板を伺っていたユウキの背後から海賊が数人忍び寄っていて、2人にカットラスという曲剣を突きつけていた。
(く…、油断した…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
平穏を望むユウキ。中々そうは世間が許さないのが辛い所である。
「ほら、キリキリ歩け!」
背中に剣を突きつけられ、ユウキは船員と乗客が集められている所に連れて来られた。ユウキの剣とダガーは海賊に取り上げられている。
「親分、まだ1人残ってましたぜ。しかも、かなりの上玉だ」
「ほぉーお、こりゃまたいい女だな…。顔といい、体付きといい、十分楽しめそうだ。高級娼婦として高く売れそうだなぁ」
ユウキは親分と呼ばれた男を観察した。親分は身長180cmはあり、体もがっしりとしている。顔中髭を生やして目付きも鋭い。それに、体から何とも言えない体臭がしている。
(正に海賊っていう風体ね。テンプレもここに極まれりって感じ)
「ユウキちゃん! てめえら、ユウキちゃんに手を出すな!」
「うるせえ!」
ミュラーが連れて来られたユウキを見て、海賊たちに飛び掛かろうとしたが、海賊は棒でミュラーを叩き、甲板に押さえ付け、蹴りを入れる。
「やめて、乱暴はしないで!」
「がははは、大人しくしてりゃ何もしねえさ。おい、乗客共、有り金、宝石、お宝全部出しな。命だけは助けてやるよ。ただし、男は奴隷、女は慰み者にするがな!」
「親分さん」
「ん、なんだ姉ちゃん。命乞いは無駄だぞ」
「違うよ。このまま引き上げてくれない? そうしたら見逃してあげるから」
「ん、うわはっははは! がはははは! 聞いたか、おめェら、見逃してくれるってよ。この姉ちゃん面白れぇな。うわははは、顔の割に冗談きついぜ」
海賊たちもユウキを見て大笑いする。一方、ミュラーやリューリィ、船員や乗客たちは不安そうにユウキを見ている。
「親分さん、もう一度言うよ。このまま、何もしないで引き上げて。そして、海賊家業はもうしないで」
「姉ちゃん、俺はつまんねぇ冗談はピーマンと同じぐれぇ嫌いなんだ。今度言ったら、女でも容赦しねえぞ」
「ユウキちゃん、止めるんだ。今は逆らうな!」
「ミュラー、心配してくれるの? ありがとう、でも大丈夫」
「親分さん、これが最後よ。さっさと引き上げなさい!」
「この野郎…。お前たち、この女を犯っちまえ! 男共の前で犯してしまえ!」
「ユウキちゃん! 逃げろ!」「ユウキさん、逃げて!」
ミュラーとリューリィが同時に叫ぶ。
海賊が飛び掛かって来るのを見たユウキは、右手を高く上げて大きな声で、あの武器の名前を告げた。
「来て、ゲイボルグ! 私に力を貸して!」
その瞬間、空間を斬り裂いて漆黒の刀身を持つ大きな槍が現れた。それを見た海賊もサザンクロス号の乗組員も乗員も一様に驚き、動きが止まる。
ユウキはゲイボルグを受け取り、頭の上で素早く1回転させると、ユウキの剣を取り上げた海賊の腹を石突で打って気絶させ、ミュラーを縛っていたロープを斬った。
「ミュラー! そこのダガーで乗員や乗客の拘束を解いて! こいつらは私に任せて!」
「わ、わかった!」
ユウキはゲイボルグの柄を海賊たちの頭や胴体に叩きつけ、次々に気絶させていく。剣で向かってきた海賊には手や足に掠り傷を負わせた。傷を負った海賊は、体の中から切り刻まれる痛みに、甲板上をのたうち回る。
1人1人では勝てないと見た海賊は、数人同時にユウキに襲い掛かるが、ユウキはゲイボルグを一閃させ、まとめて叩きのめし、一撃を逃れた海賊も、乗員乗客の拘束を解いたミュラーが参戦してきて、ユウキの鋼の剣を拾うと鞘から抜き放ち、海賊のカットラスを受け止め、鳩尾に鋭い蹴りをお見舞いする。
あっという間に海賊たちは叩きのめされ、残りは親分1人になった。親分の顔は青いを通り越し、白くなっていて、脂汗が滝のように流れている。ユウキは、ゲイボルグを親分の眼前に突きつけた。親分の後ろにはミュラーが立っていて、剣で背中をチョンチョンと突いている。
「さあ、どうする? あ、言っておくけど、この槍の名前は「ゲイボルグ」投擲すればどこまでも敵を追い、掠り傷でも体の内部から切り刻む、神話に出て来るような魔物ですら恐れる魔槍よ」
「い、いや…、す、すまねえ、俺たちが悪かった…。許してくれ…。頼むよ…」
「ふーん、助けてくれねぇ…。親分さん、あなた、今まで海賊をしてきて助けてくれって言った人、助けてあげた?」
「い、いや…。あ、ああ、勿論だ。お、俺はいいヤツだからな…」
「……とてもそうは思えないけど?」
「な、何だよ。助けてくれよ、頼むよ…。俺には愛する女房と子供がいるんだ。まだ、死ぬわけにはいかねえんだよ。助けてくれたら何でもするよ。お願いだ、お、おい、お前たちも謝れ!」
『すんませんでしたーーー!』
海賊たちは全身全霊でユウキに向かって土下座をする。
「どうしよっかなー。うーん、乗員乗客に死んだ人もいないようだし、許してあげよっかなー、悩むなー。あ、そう言えば、さっきわたしをみんなの前で犯すとか何とか言ってたような…」
「いえいえいえ、そんな事は言っておりません。お嬢様の幻聴でございます。私たちはお嬢様の忠実な下僕、どうか、どうか、お怒りをお鎮め下さい」
『お鎮め下さい!』
再び男たちがユウキに向かって土下座をする。
「何なのよアンタたち、何のプレイなのよ。止めてよ、もおー!」
「もういいわ。親分さん、乗客の人から奪ったお金や宝石を返してあげて。それから、もう海賊家業は止めるって約束して。そうしたら解放してあげる」
「お嬢さん、ちょっといいか? 私はこの船の船長でポルフィランという者だが…」
「船長さん?」
「ああ、乗員乗客を助けてくれてありがとう。けが人はいるが、幸い命に別状はないようだ。本当に助かったよ。ただ…」
「……?」
「海賊をこのまま解放するのは賛成しかねる。海賊を捕まえた場合は、その海域を管理する国に引き渡すのがルールだ。この場合、スクルド共和国の沿岸警備隊となる」
「そうなんですか…。あの、海賊の処分はどうなりますか?」
「海賊は重罪だ。簡単な裁判の後、全員、縛り首となる」
船長の話に、海賊たちから小さな悲鳴が上がり、次いで全員の首ががっくりと項垂れる。ユウキはその姿を見て、何だか可哀そうになって来た。
「船長さん、何とかならないですか? 奪ったものは返させ、海賊家業も止めると約束させますから。ほら、親分さんも何とか言って」
「金や宝石を返すのはいいが、海賊家業を止めるのは…。俺たちの地域は貧しくて、産業もないんだ。国も助けてくれねえ、奪うしかねえんだよ」
「でも、ここで約束しないと沿岸警備隊に引き渡されて、命を落とすわよ」
「だが、約束はできねえ…」
「おい、船長、親分、ちょっとこっち来い!」
突然、ミュラーが船長と親分を呼んで、船の端の方に連れて行った。ユウキは、突然の事にびっくりして追いかけようとしたが、リューリィに「大丈夫ですから」と止められてしまった。
しばらくして戻って来た親分は、ミュラーに「ありがとう、ありがとう」と何度も感謝し、ユウキに「申し訳ありませんでした。これからは真っ当に生きて行きます」と頭を下げ、奪ったお金や宝石を乗客全員に返すと、海賊船に乗り込んで帰って行った。
「一体、何があったの?」
ユウキは船長を見ると、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「うーん、何かの取引があったのかな…。まあ、いいか、海賊騒ぎもこれで終わり。でも、わたし、なんで平穏無事に過ごすことが出来ないのかなぁ。もう…」
「おーい、ユウキちゃん!」
声に振り向くと、ミュラーとリューリィが近づいてきた。
「ユウキちゃんて強いんだな。俺、強い女の子好きだぜ…って、お、おい…」
ユウキは厳しい顔をしてミュラーとリューリィにゲイボルグを向けた。
「近寄るな、女の敵。わたしは2人を許したつもりはないよ。それ以上近づいたらゲイボルグで切り刻むから」
「わ、わかった、わかったよ…。これ以上近づかない。でも、どうしたら許してくれるんだ? このままお別れするのは嫌だぜ」
「そんな事、自分で考えてよ」
ユウキはゲイボルグを虚空に戻すと、船室に戻って行った。その背中を見てミュラーとリューリィはガックリと肩を落とし、大きくため息をつくのであった。