第193話 女神エリスとの邂逅
(ユウキ…、ユウキ…、私の声が聞こえますか…。私はエリス…この世界を統べる女神エリスです…)
ユウキが目を開けると、自分が真っ白な世界の中にいることに気づいた。
「え、さっきまで教会の礼拝堂にいたはずなのに…。ここは…どこなの?」
(ユウキ、ここは私の…、女神エリスの世界…。精神世界です)
「エ、エリス様! ほ、本当にエリス様ですか! 姿を、姿をお見せください!」
ユウキがエリスの名前を呼ぶと、目の前が黄金色に輝き、1人の女性が現れた。輝くような金髪をした非常に美しい女性で、サフラン色の1枚布を体に巻き付け、豊かな胸から足元までを覆っている。
「エリス様…」
「ユウキ、異世界からの来訪者ユウキ。私は貴女がこの世界に来てから、ずっと見守っていました」
「エリス様、教えて下さい。何故わたしは…、いえ、わたしと姉はこの世界に来たのでしょう。どうして、姉は命を落とさねばならなかったのですか? この世界でわたしは何を成さねばならなかったのでしょうか」
「エリス様、わたしは姉の遺言に従って、安住の地を、人としての幸せを見つけるためにロディニアに行きました。たくさんの友人も、この世界の父とも呼べる人も出来た。優しい人たちに囲まれて最初は楽しかった…。でも、結局そこで待っていたのは、迫害と裏切りと殺戮……」
「ユウキ…」
「わたしは…、わたしから大切な人を奪った者たちへ復讐するため、暗黒の魔女と化してしまった。街を破壊し、多くの人を殺した。そして、戦いの果てに家族同然だった人たちを、友人たちを、わたしが大切にしてきた全てを失った…」
「何故なんですか…。わたしはただ平穏に暮らしたかっただけなのに…。わたしが異世界人だから? この世界の異物だから? わたしは…、わたしは…、う、ううっ…ひぐ、うう…」
ユウキはエリスの足元に蹲って泣き出した。涙が止め処なく流れ落ちる。今まで胸の中に溜めていた想いをエリスにぶつけた。普通の17歳の女の子ならとても耐えられない、辛く悲しい気持ちを…。
「ユウキ、泣かないで…。貴女とノゾミがこの世界に来たのは、神である私も想定外の出来事でした。正に奇跡と言っていい出来事だったのです…」
「…………」
「この世界は高度に魔法文明が発達した世界でした…。しかし、発達した文明は衰退に向かう。貴女がこの世界に来た時、多くの魔法技術は失われ、人々はそれを当然と受け入れ、今を甘んじて享受する、変化のない世界になっていた」
「ですから、異世界から2人が現れた時、私は期待したのです。この世界、イシュトアールに変革をもたらす者として。ですから、バルコムにあなた方を助けるよう仕向けました。ただ、ノゾミがあのような結果になり、ユウキが女の子になった事までは、私が関与できる範疇を超えていて…、本当に申し訳なかったというしかありません」
「エリス様…、いいんです。女の子になった事は、新たな世界をわたしに見せてくれたから。女の子として生きる決意は済ませています。それに、姉は命を落としましたが、体はわたしの中で生きている…。すみません、エリス様、取り乱してしまって…」
「いいのです。私の勝手な想いを貴女に負わせてしまい、謝るべきは私の方です」
エリスは座り込んで涙を流すユウキを抱きかかえ、優しく言葉をかける。
「ユウキ、変革を成すためには多くの血を流す必要があります。あの戦乱によって、ロディニアは人々の生き方も考え方も大きく変わって行くでしょう。周りの国々も変えていく程に。ありがとうユウキ、貴女には辛く悲しい思いをさせてしまったけれど、私は感謝しているのですよ」
「エリス様ぁ…」
「これからは貴女の幸せだけを見つけなさい。この世界で何を成すべきかと言いましたが、貴女はロディニアの変革を促すきっかけを与えたと言う点で成し遂げました。私の期待に応えてくれたんです。ですから、これからは自分の人生だけを追い求めなさい。私はいつでも貴女を見守っていますよ…」
「え、エリス様…。うううう~っ、ひぐぅう…うえええ…」
「さあ、もう泣くのはお止めなさい。ノゾミやララ、ダスティンは天の世界で幸せに暮らしています。マヤたちアンデッドも私の力で浄化し、神の世界に引き上げました。これらの者たちは、いずれ現世に人として転生することでしょう」
「もしかしたら、ユウキの子供と邂逅することがあるかも知れませんね」
「はい…。もし、そうだったら嬉しいです」
「さあ、私は戻ります。異世界からの来訪者ユウキ、貴女はこの世界の奇跡です。幸せになってね。それが私の願いです。また、いつかお会いしましょう。私はいつでも見守っていますからね…」
「エリス様、ありがとうございます。エリス様、わたし幸せを見つけます。絶対に…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
女神エリスはユウキの目の前から消えた。ユウキが周りを見回すと、周囲の白い世界は元通りになり、教会の礼拝堂の中で祈りを捧げている姿勢のままの自分がいた。
「あ、あれ…?」
「どうされました? ユウキさん」
「え、えと…、今、エリス様がいませんでした?」
「ここには私とユウキさんしかいませんよ。お祈りはもうよろしいんですか?」
「あ、はい…。あの、レナさん、わたし、どのくらい祈りを捧げていました?」
「はあ、そうですね、1分くらいですかね…」
(え、そんなもの? 大分長い時間エリス様と話していたように感じたけど…。精神だけどっか行ってたのかな? でも、エリス様とお話しできて良かった…。心が軽くなった気がする。ありがとうございますエリス様。また、お会いできればいいな…)
その後、レナに孤児院の生活について聞いていたらレンたちが帰って来た。ユウキとレナが玄関で出迎えると、両手いっぱいに荷物を抱えている。
「わあ、いっぱい買って来たね。早速、食事の準備をしようか」
ユウキはレナと一緒に料理を始めた。ユウキもマヤに料理を習っていて、あまり難しいものでなければ、人並みに作ることが出来るようになっている。
「さて、メインディッシュの準備はレナさんに任せて、かまどに火を起こそう」
ユウキはかまどに薪をくべて、魔法で火をつける。
「ダークファイア、ちっちゃいのっと。おお、上手くつきました。んと、レナさんは肉を焼くみたいだから、わたしは海鮮スープを作ろうかな」
ユウキは、鍋に水をたっぷり入れ、レンが買ってきた海鮮のうち、エビとムール貝に似た貝を取り出し、良く洗って、エビの頭と貝を鍋に入れて火にかけた。鍋の中が熱くなってきて、エビの頭と貝から出た出汁で、泡立ってくる。ユウキは丁寧にお玉で泡を取り除いていく。泡が出なくなった頃、エビの身と魚の切り身を加え、塩と少しの砂糖、白ワインで味を調えた。
「レナさん、海鮮スープ出来ました。割と自信作です。そっちはどうですか?」
「はい、こちらも大体できましたよ。ポテトサラダとボア肉の香草焼き、塩を振った鳥の串焼きにフルーツの盛り合わせ。子供たちが大好きなものばかりです。こんな御馳走、本当に久しぶりなので喜びますよ」
ユウキは、子供たちを呼んで配膳を手伝ってもらった。子供たちは久しぶりのごちそうに目を輝かせている。配膳が終わって全員がテーブルに着き、食前のお祈りをする。そしてレナの合図で食事を開始した。
子供たちは、「おいしー!」「うめー!」と言ってバクバク食べている。レナやユウキ、は子供たちが美味しそうに食べている様子を見て、嬉しくなった。
「いただきます」
ユウキも食前の挨拶をして、食べ始める。ふと見ると、レンが不思議そうにユウキを見ていた。
「どうしたの、レン。わたしの顔に何か付いてる?」
「う、うん。「いただきます」って何?」
「ああ、わたしの小さい頃いた国の言葉でね、食事を始める時の挨拶なの。意味はね、料理を作ってくれた人、野菜を作ってくれた人、魚を獲ってくれた人たちへ感謝の心を表しているのとね、肉や魚、野菜や果物にも命があるでしょう。だから、自分が生きるために「命をいただきます」って食材に感謝する意味があるのよ」
「へー、そうなんだ。じゃあ、おいらも言うよ、いただきます」
レンの真似をして、みんな「いただきます」といい、ユウキは微笑ましくなって笑ってしまった。
食事が終わって片づけを終わらせた頃には、すっかり日が暮れてしまった。
「ああ、これじゃ今夜は宿を取るのは無理ね。船に戻ろうかな…」
ユウキが、外を見ながら言うとレナが船に帰るのを止める。
「夜のこの辺は治安が悪くて危ないですよ。今夜は教会に泊まって行ってください。余分なベッドがありますから大丈夫ですよ」と言ってくれ、ユウキはお言葉に甘えることにした。
子供たちはユウキが泊まると聞いて大喜びし、一緒にお風呂に入ろうと、ユウキを引っ張って行った。お風呂は比較的大きく、ユウキと女の子6人が一緒に入っても大丈夫そうだった。
ユウキが服を脱ぐと、女の子たちは「すごいおっぱい…」「レナ先生より大きい…」「どうしたら大きくなるの?」と言ってぺたぺた触って来る。
ユウキと女の子たちは体と髪の毛を洗いっこし、一緒に湯船に浸かって、歌を歌ったり、お話ししたりと楽しい時間を過ごす。ユウキはこの孤児院に出会って、守ることが出来て本当に嬉しい気持ちで一杯になった。
お風呂から上がって歯を磨いた後、寝るために当てがわれた寝室に入ると、女の子全員が布団を敷いて待っていた。どうしても一緒に寝たいんだという。ユウキは微笑ましくなって「ふふっ」と笑うと、子供たちの間に入って一緒に寝ることにした。
「おやすみなさーい!」
ユウキは、久しぶりに心安らいだ気持ちで眠りについたのだった…。
翌朝、すっかり仲良くなった孤児院の子たちと一緒に朝食を作り、一緒に食べる。
「いただきまーす!」
「いただきます」もすっかり定着したようだ。ユウキは、朝食を食べた後、孤児院をお暇する事にしている。その事はレナには伝えているが、子供たちにはまだ言えないでいた。
「みんな、わたしは南の国へ行くの。お昼には船が出るので、もう行かなきゃならないの…。仲良くなったみんなとお別れするのは辛いけど、元気でね。みんなでシスターレナを支えてあげてね。レン、君は一番の年長だから、みんなの面倒を見てあげるのよ」
子供たちがユウキに抱き着いて「いやだー!」「行かないでー!」と言って大泣きする。ユウキも思わずもらい泣きしてしまいそうになる。その様子を見ていたレンが、子供たちを引き剥がして、ユウキと子供たちの間に立った。
「お前たち、わがまま言うな。お姉ちゃんにはお姉ちゃんの行かなきゃならない理由があるんだ。だから、おいらたちは笑って送ってあげるんだ。それにイイ子にしていたら、また会いに来てくれるかも知れないぞ」
「うん、レンの言う通りだよ。いつかまた遊びに来るから。その時はまた、一緒にお風呂入って歌を歌おうね」
ユウキも涙を浮かべて再会を約束する。それを聞いた子供たちも、やっとユウキを解放してくれた。
「うん、お姉ちゃん。待ってるからね」「バイバイ、必ず来てね」と子供たちが別れの挨拶をしてくれた。
「ユウキさん、本当にありがとうございました。貴女のお陰でこの孤児院は救われました。レンもすっかりお兄ちゃんになって…、本当に感謝しています。貴女の旅に神の祝福を…」
「はい、シスターレナもお体には気をつけて。みんな元気でね、さようならー!」
ユウキは孤児院が見えなくなるまで、手を振り続けた。
「はあ、楽しかったなー。子供たち可愛かったなー」
ユウキは埠頭に行く道すがら、中心街にあるエリスの大教会の前まで来た。折角だからと中に入ってエリス像の前まで進み、祈りを捧げる。
(エリス様…、これからの旅路、わたしを見守って下さい。それと、教会の像より本物のエリス様の方が何百倍も美しいです。ホントです…)
祈りを済ませると、シスターにお布施として銀貨1枚を渡して教会を出た。そのまま、市場通りを通り、昨日の果物屋さんでレーチを追加で1袋買って、換金所に寄った。
「孤児院の借金と寄付で、共和国金貨15枚使ってしまったから、補充しとかないと」
今日のレートは幸いにも昨日と同じ0.9だったので、王国金貨10枚を渡し、共和国金貨9枚を貰った。
「王国金貨も残り60枚か…。レートが低いから大事に使わないとね」
港に停泊しているサザンクロス号が見えて来た。忙しそうに船員たちが帆を張ったり、荷物を積み込んだりして、出港準備をしている。タラップを見ると、エリスに宿泊した乗客が乗り込んでいた。
ユウキも船員に外出券を返し、サザンクロス号に乗船する。船室に降りて行くユウキを見つめる2人の男、ミュラーとリューリィ。
「ユウキちゃん、帰って来たな。どこに行ってたんだ?」
「さあ、観光でもしてたんじゃないですか」
「観光か…。はっ、ま、まさか、観光地で開放感を満喫して、行きずりの男に体を解放して来たんじゃあるまいな!」
「アンタはどこのスケベオヤジですか! そんな事言っているから、ユウキさんに嫌われるんですよ。それに、ユウキさんはそんな人じゃありませんよ!」
「お前…、一国の皇子に向かって、アンタって、酷すぎだろ」
「アンタで十分ですよ! ボクまでユウキさんに嫌われちゃったじゃないですか。折角友達になれそうだったのに…」
「……悪かったな。だが、あのおっぱいを目の前にして、冷静でいられる男がいるか?」
「この男…、全く凝りてない…」
ユウキが船室で荷物を整理していると、外から「ジャアアアーーン!」と銅鑼の音が聞こえて来た。
上甲板に上がり、舷側の方に近付くと、岸壁に大勢の人たちが集まって、船の乗客に手を振っている。ユウキが岸壁の様子を見回すと、レナと孤児院の子供たちが見送りに来ていて、手を振っているのが見えた。
「わあ、子供たちが来ている!」
「おーい、さよーならー、みんな元気でねー、またいつか会おうねー!」
ユウキもぶんぶんと手を振って、別れの挨拶をした。やがて、船はエルヴァ島からゆっくりと離れて行き、エリスの岸壁も見送り客も見えなくなった。
「エルヴァ島、楽しかったな。またいつか必ず来たいな」
ユウキは島が見えなくなるまで、舷側から島を眺め続けた。
(エリス様…。わたし、頑張ります…)




