第188話 王都冒険者組合仮事所で
「リ、リサさん…」
「ユウキさん、黙って着いてきてください」
リサはユウキの前に立って路地の中を歩き始める。ユウキは覚悟を決めてリサの後に続く。いくつかの細い路地を抜けて、人通りの少ない裏通りに出て、1軒の建物前に来た。その建物は一見すると2階建ての倉庫の様であったが、リサは周りに人がいないのを確認すると、建物の裏に回って裏口を開けてユウキを招き入れた。
「ここはどこなんです?」
リサはユウキの質問に答えず、ある部屋の前に止まってノックをする。中から「入れ」と声がして、リサはユウキと共に中に入った。部屋の中にいたのは口髭を生やし、頬に大きな傷を持つ精悍な男。王都の冒険者組合組合長オーウェンだった。
「オーウェンさん…」
「ユウキ、やはり生きていてくれたんだな。お前が死ぬわけないと思っていた。まあ、座れ」
ユウキは部屋の中央に置かれている応接セットのソファに座る。オーウェンは向かい側に座るとリサにお茶を入れるよう申し付けた。
「あの…」
「ユウキ、ダスティンは死んだのか?」
「えっ?」
「ダスティンは死んだのか?」
オーウェンが厳しい声で聞いて来る。
「はい…。オヤジさんは魔女を…、わたしを逃がすために最後まで騎士団と戦って、死にました…」
「そうか…。最後までヤツはお前のために戦ったんだな? そうなんだな?」
「はい。オヤジさん…。お父さんは最後までわたしのために戦って…戦って…。う、ううっ、ふぐっ…ふぇええ…」
ユウキはダスティンが最後に見せた笑顔を思い出し、悲しみで心が一杯になってしまい、手で顔を覆って泣き出した。リサがユウキの隣に座り、肩を抱きかかえて慰める。その様子を見てオーウェンは深いため息をついた。
「ユウキ、済まなかったな。辛いことを思い出させて…。ただ、俺は確認したかったんだ。お前を実の娘のように大切に思っていたダスティンが、どのように死んだのか…とな。ヤツは娘のために死んだんだな。本望だったろう」
「ユウキ、お前が生きていてくれてよかったぜ。お前が死んだらダスティンの献身が無駄になるところだった」
「オーウェンさん…。わたしを捕まえて王国に引き渡すんですか?」
「馬鹿かお前は? 誰がそんな事するかよ。暗黒の魔女ユウキは死んだんだ。それが王国の公式発表だ。今俺の目の前にいるのは魔女じゃない別のユウキだ。そうだろ」
「は、はい。ありがとうございます」
「でも、どうしてオーウェンさんはここに?」
オーウェンは魔物戦争後のクーデターで王都に戻ることが出来なくなり、リーズリットの冒険者組合で情報収集に努めていたが、そのうち、リサと数名の事務員の女性たちが避難して来たことを受け、この倉庫を借り受けて臨時の王都冒険者組合仮事務所を立ち上げたが、その後、暗黒の魔女の出現で冒険者は再度傭兵として強制招集されることになり、その対応を王家に命じられ、冒険者をあちこちから確保し、送り出す業務を延々と行っていたとのことだった。
「王家…、いや、マクシミリアンのヤツ、冒険者を使い捨ての道具にしやがって…。アイツのせいでどれだけの冒険者が戦場に送り出され、死んでいったと思ってやがる。クソッタレのインポ野郎が!」
「(インポ野郎…)でも、その原因は魔女にあったんだし…」
「ユウキ、それは違うぞ。確かに直接の原因はお前が召喚した死霊兵との戦闘だったが、ユウキが魔女と化した原因を作ったのは誰だ? ユウキを救おうとせず、国の敵にした挙句、討伐しようとしたのは誰と誰だ? この国の奴らだろうが! 王家のバカどもの権力争いが発端だったろうが!」
「国王様と王妃様は素晴らしい方だった。しかし、バカどもはこの2人を殺し、魔物の脅威から国を救ったユウキを処刑しようとし、ユウキの心を壊して魔女にした。その挙句がこれだ。俺はこの国を見限った。特にマクシミリアンの得意面は見たくねえ! 虫唾が走る」
「わたし…、マクシミリアン様の事、好きでした…。ううん、愛してたと思う」
「ユウキさん…」
リサがユウキの頭を自分に寄せる。ユウキはされるがままに、リサの胸に頭を預けたまま、ぽつぽつと話始めた。
「マクシミリアン様、わたしに色々と目を掛けてくれて、いつも話しかけてくれて、お話しするのが楽しかった。お話しすると心が温かくなって、ほんわかしたの」
「マクシミリアン様が卒業するとき、ペンダントを差し上げたんです。わたしの事を忘れないでって…。その時、マクシミリアン様、任務を終えたら迎えに来るからって言ってくれたんです。わたし、舞い上がってしまいました。もしかしたら、わたしの事を好きなんじゃないかって……」
「だからわたし、魔物との戦争ではこの国を守ろうって頑張ったんですよ。フェーリス様が捕らわれた時もマクシミリアン様の悲しむ顔は見たくないから、何とかしようって頑張ったんですけど、結局、わたしの想いは届かなかったみたいで…」
「いつの間にかマクシミリアン様の隣には別の女の子がいて、わたしは捨てられたんです。裏切られたんだ、捨てられたんだと思ったら、悲しくて、辛くて心が壊れる原因の一つになってしまいました…」
「魔女となったわたしと対峙したマクシミリアン様は恐ろしかった。憎しみに燃えた目でわたしを殺すと…。国に仇成す魔女と呼び捨てられ、この手で殺すと言われてしまいました。まあ、わたしもそれほどの事をしたんですけどね…」
「ふふふ、初恋は実らないって言うけど、ホントだったんですね。わたしも、もうあの方には会いたくない…。顔を見るのもイヤ。だから、この国にはいたくない」
ユウキの悲しい告白に、オーウェンは目を閉じて黙り込み、リサは激高する。
「あんの、クソインポ野郎! 乙女の純情を踏みにじりやがってぇええ! ユウキさんが可哀そう。こんな純情可憐な美少女で妬ましいくらいの巨乳の持ち主のどこが不満だって言うのよ! チンポが一生勃たなくなる呪いをかけてやるぅううう!」
「あの、リサさん…下品です。お嫁の貰い手がなくなりますよ。でも、わたしのために怒ってくれて、ありがとう…」
「リサ落ち着け。ところでユウキ、これからお前はどうするんだ。リーズリットにいるということは…、南に行くのか?」
「ラミディアで一から出直そうと…。安住の地を探して、わたしの姉との約束を果たそうと思ってます」
「異世界からお前と一緒にこの国に来て、お前を守るために亡くなったと、カロリーナから聞いたが…」
「……はい。姉はわたしに「この世界で幸せになって」と言いました。本当はこの国で約束を果たしたかったけれど、この国にわたしの居場所はないし、辛い思い出が多すぎます。だから、南に向かいます!」
「実はな、俺達も帝国に向かうつもりだ。さっきも言ったが、俺はこの国を見限った。俺の女房のいとこの遠い親戚の知り合いから、帝都の冒険者ギルドのマスターの声が掛かっていてな。そこに行こうと思ってる。既に女房子供もリーズリットに呼び寄せている」
「それ、ほとんど他人ですよね。親戚要素が全くない…」
「私も一緒に行く予定です。南の国でいい男を見つけて必ず結婚します!」
「リサさんは、ただの決意表明になってます」
「30を目前にした女に時間はないのです!」
「そういう訳だ。お前が南へ行くのなら、きっとまた会えるな。お互い元気で頑張ろうぜ」
ユウキとオーウェンとリサは固く握手をして、またの再会を誓い合うのだった。