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第186話 北の大地からの船出①

「つ、着いたぁ~」


 ハウメアー市にカロリーナを送り届けた後、街道をひたすら歩き続け、港町リーズリットに10日もかかって到着した。その間、人目を避けて野宿をしてきたため、服はドロドロ、髪の毛はゴワゴワ。体からは雑巾が腐ったような臭いがしている。


「は、早く宿を探そう…。これ、絶対女の子が発していい臭いじゃないよ…」

「おまけに、さっき水溜まりで盛大にコケちゃったから、お尻の辺りがとんでもないことに…。周りの人たちの見る目が痛い…」


 道行く人々が遠巻きにユウキを見て、ひそひそと話をし、目が合うとサッと視線を逸らす。それほどまでに、酷い恰好になっていた。


 大通りを歩いて、やっと温泉と宿の看板が出ている建物を見つけた。ユウキは目をキラリと光らせると、全力疾走で建物の中に入り、カウンターに走り寄る。体中が汚れ、異臭を発しながら必死の形相で向かってくる女の姿に、受付の男性は戦慄した。


「おじさん! 美少女1人、部屋とお風呂、早く!」

「は、はい、1泊夕食と朝食付きで銀貨1枚、温泉は自由に入れます。部屋は3階の302です」

「よし! 何日か泊まらせてもらうから。はい、金貨1枚、お釣りは精算時にお願い!」


 ユウキは金貨1枚をカウンターに叩きつけるように置くと、部屋の鍵を受け取り、一目散にお風呂に走って行った。


「な、何だったんだ、一体…」


 嵐のようにやって来た女性客に、受付の男性は呆気にとられ、呆然と立ち尽くすのであった。そして、ユウキが去った跡には、浮浪者のような、すえた臭いが漂っていた…。


 ユウキは浴場を見つけると入り口を開けて脱衣場に入り、豪快に服を脱ぐ。汚れた服は頭陀袋に突っ込んでマジックポーチに入れた。ポーチから石鹸とタオルを取り出すと、スッポンポンのままダッシュで風呂場に突入し、洗い場の椅子に腰かけて体を洗い始めた。


「うわあ、体の汚れで泡が立たないよ。どんだけなの…。うっ、お股が激臭い…」

「髪の毛もごわごわで、指が通らない…。泣きそう…」


 時間を掛けて体と髪の毛を洗い、何とか汚れを落とし、臭いも消して綺麗になった。満足したユウキはゆっくりと湯船に浸かる。


「ふああ~、気持ちいい…。何日ぶりのお風呂だろ」


 ゆっくりと湯船に浸かり、心と体がほかほかになって満足したユウキは、新しい下着と服に着替え、宿の洗濯サービスに汚れ物が入った頭陀袋を預けた。中を見た店員が露骨に顔を顰め、割増料金を取られたが、ユウキは黙って支払った。


(わたしだってそうするよ。だって、超絶臭いもん。特に下着…)


 部屋に戻ってサービスのお茶を飲んで一息ついた。外を見るとまだ日が高い。夕飯までは時間がありそうだ。


「何しようかな? 少しベッドで休むのもいいけど…。そうだ!」

「夕飯まで時間がありそうだし、髪の毛を整えよう。自分で切ったからか、少し不揃いに伸びて来たんだよね。ついでにムダ毛処理もして、身体を磨こうっと」


 ユウキは美容の魔道具を取り出して、髪の毛を整えていく。ユウキは肩の上あたりで切ったが、あれから半月ほど経ったので、今では肩に掛かる位に伸びている。ユウキは鏡を見ながらキレイに前髪と襟足を整え、可愛いショートヘアに纏めた。

 髪を整え終わったユウキは、下着姿になり、美容の魔道具のころころ部分を使って体の隅々まで転がし、ムダ毛を取ってお肌を綺麗にした。さらに下着を脱いで裸になり、胸回りとお股の周辺を念入りに魔道具をかけてお肌を磨いた。


「以前、お股の毛をこの魔道具で剃ってつるつるにしたら、生えて来なくなったんだよね…。もうずっとつるつるなのかな? まあ、可愛いからいいけど。それと、これでころころするとお肌が本当にしっとりするんだよね、何気に凄いよ。この魔道具」


 ユウキは、部屋に備え付けてあった卓上鏡で全身をチェックして満足すると、ワンピースとハーフズボンに着替え、頭にはスカーフを巻いた。しかし、以前マヤに作ってもらったワンピースは、胸の辺りが少しキツくなっていた。


「うっ、また胸が大きくなったかも…。お姉ちゃんは真っ平の地平線胸だったのに、どうしてわたしの胸は大きく育つのかな…」


 そうこうしているうちに、日が暮れて夕飯の時間になった。ユウキは1階の食堂に降りて、「302」の木札が置いてあるテーブルに座る。間もなくして、給仕が夕食を運んできた。海辺の町らしく海鮮料理が中心で、久しぶりの温かくて美味しい食事にユウキは満足だった。


「明日はどうしようかな…。できれば南に行く船を探したいけど、どうしたらいいか分かんないな」


 食後のお茶を飲みながら思案に暮れていると、隣のテーブルにいた港湾労働者らしい男性が話しかけて来た。


「姉ちゃん、南の大陸に行く船を探しているのか?」

「う、うん。そうだけど…」


「ハハハ、そう警戒するなよ。今時、南に行くやつは結構いるからな。西側の埠頭に南へ行く船が何隻か停泊しているから当たってみろよ。ただ、金は結構かかるぞ」


「そうなんだ、西の埠頭だね。教えてくれてありがとう」


「いいって事よ、美人には優しくするぜ。それが港町の漢ってもんだ!」

「は、はあ、そうなんだ…」


「ただ、中には野盗まがいの事をする連中もいるし、最近は海賊も出るっていう話だからな。船を選ぶときは十分気をつけろよ」


 ユウキは男たちの話を聞いて「南に行くのも一筋縄では行かなさそうだな」と思うのであった。


 夕食後、もう一度温泉に入って体を暖めたユウキはベッドに入ると、疲労が蓄積していたこともあって直ぐに深い眠りに落ちた。翌朝、目が覚めたユウキは朝食を食べ、早速身支度をして波止場の方へ向かった。

 波止場では大勢の港湾作業員が荷物の積み下ろしや食料、水の補給など忙しく働いている。船が停泊していない場所で釣りをしている親子連れもいた。


「西側の埠頭だったね。西は向こうかな、行ってみよう」


 波止場の中を若い女性が歩いているのが珍しいのか、作業をしている男たちが手を止めてじろじろ見て来る。ユウキは可愛いワンピースにミニのプリーツスカート、水色のサンダルといった装い。それに、黒髪を隠すため、つばの広い帽子を被っているので否が応でも目立ってしまう。


「作業員のおじさんたち、胸ばかり見ているような気がする。嫌だなあ、もう」


 30分ほど歩くと、西側の埠頭に到着した。埠頭には4隻ほどの大きな船が停泊し、荷物の積み込みなどを行っている。ユウキは、歩きながら船の形状を観察してみた。


(大きな船は4隻、岸壁奥から1隻目と2隻目は貨物船だね。お客を載せるような船じゃないな。3隻目…これも貨物船。最後の船は…、あ、この船、客室が付いてる、貨客船だ)


 貨客船を見つけたユウキは、船の搭乗口に立っている男に近付いて話しかけた。


「あの、すみません。お尋ねしたいことがあるんですけど…」


 男はじろりとユウキを見て、「何か用か」と答えた。


「あの、この船は貨客船ですよね。どちらに行かれるんですか? もし、南の大陸に行くのなら、乗せてもらいたいんですけど…」


「この船はサザンクロス号だ。エルヴァ島のエリスを経由して、南のラミディア大陸の玄関口、スクルド共和国の港町マッサリアに向かう予定だ。ちょっと待ってろ…」


 男はパラパラとノートを捲り、何かを確認すると…、


「船の船室にはまだ空きがある。お前1人か?」

「はい」


「女1人だと安い大部屋では無理だな。鍵付き個室になるが高いぞ。10日間の航海で食事込み1人金貨1枚と銀貨50枚だ。払えるか?」


「えっと、大丈夫です。今、払ってもいいですよ」

「そうか、それなら乗船の手続きをしよう。こっちに来な」


 ユウキは埠頭に設置されていたテントの中に案内され、テーブルを挟んで男と対面で座った。男は「乗船申込書」と書かれた紙を出し、サインするように言ってきた。


「ユウキ・タカシナっと…」

「ユウキ…? 最近、どこかで聞いた名だな」

「(ドキ!)そ、そうですか? どこにでもある名前だから聞いたことあるんじゃ…」

「ん…、そうだったかな? まあいいか」

「ハハ…そうそう。はい、乗船代金」


 ユウキはマジックポーチから小袋を出して、その中から金貨2枚を渡した。


「確かに。これは乗船チケットと釣りの白銀貨5枚だ。船は明後日の昼に出港だから遅れないように来てくれ。乗船口でチケットと船室の鍵を交換するから、チケットは無くすなよ」


「はい、わかりました」


 ユウキは乗船チケットをマジックポーチに仕舞うと、受付テントを出て、停泊しているサザンクロス号を見上げた。


「この船が、わたしを新しい世界に連れて行ってくれる…。ラミディアの大地はどんなところなんだろう、この国は楽しい事より辛くて悲しいことが多すぎた…。新しい世界では楽しいことがたくさん待ってるといいな。今度こそ、お姉ちゃんとの約束、わたしの幸せを見つけるんだ…」

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