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第184話 これからの事と思い出の家

 フォンス伯爵に助けられて数日経った。ユウキは伯爵家の一室を充てがわれ、十分な食事や入浴によって元気を取り戻してきた。また、衣服や下着も与えてもらって大いに助かった。何故、親切にしてくれるのか伯爵に尋ねたところ、クレスケンとの戦いの顛末が、伯爵にとって満足できる内容であり、そのような無理を聞いてくれたユウキに感謝しているからと言っていた。


 本当は、直ぐにでもお暇したかったのだが、カロリーナの状態が思わしくなく、ずるずると滞在を伸ばしている。しかし、ここに居ればいずれは伯爵に迷惑が掛かる。このため、今日は、ある決意をもってカロリーナの部屋を訪ねた。


「カロリーナ、体の方は大丈夫?」

「あ、ユウキ。今日は大分調子いいよ。ユウキの魔法と極光のお陰だね。でも、中々体が自由に動かなくて…」


「うん。その事だけど、カロリーナの体の傷が思ったより深くて、多分、神経を大分傷つけたんだと思う。これを治すにはリハビリといって、少しずつ体を動かす練習をするしかないんだ。そして、これは辛いし、時間が掛かるんだ」


「そうなの…」


「だからね、ボク、カロリーナをハウメアーの実家に送ろうと思っている。実家で御両親や兄弟の協力をもらって、体を治してもらいたい」


「え、イヤよ。ユウキと離れるの、絶対イヤ!」


「カロリーナ、ボクもカロリーナと離れるのは寂しい。でも、ボクはこの国に居てはいけないんだ。だから、旅に出ようと思う。だから、今のカロリーナを連れて行けない」


「い、イヤよ。イヤイヤ、ユウキと離れるの嫌だよ…。ふえええん、何でそんな事言うの…。なら、ユウキもハウメアーに住めばいいじゃない」


「ありがとう、そんなにボクを慕ってくれて…。でも、それは出来ない。ボクたちは死んだ事になってるし、死者がうろうろするのは問題だよ。カロリーナは実家に匿ってもらうのが一番なの。お願い、わかって」

「それに、生きていればまた必ず会うことが出来る。ボクとカロリーナの絆は永遠だよ。必ず会うことが出来ると信じてる」


「…ユウキ、時々旅先からお手紙くれる?」

「うん、絶対書くよ。カロリーナも近況教えてね。リハビリの成果も」


「わかった。もう我がまま言わないわ。その代わり、お手紙書くっていう約束破ったら承知しないわよ」

「ふふ、じゃあ指切りげんまんしようか」


「指切りげんまん?」

「うん。約束を必ず守るという、ボクの元居た日本のおまじない。お互いの小指をこう絡ませてね、こう言うんだ「指切りげんまん、ウソついたら針千本のーます!」さあ、一緒に言おう」


「うん。指切りげんまん、ウソついたら針千本のーます!」

「うふふ、ユウキの元いた日本って面白い事あるね。行ってみたくなっちゃう」

「そうだね、カロリーナを色々案内してみたいな。きっと、ビックリする事だらけだよ」


「じゃあ、ボク、フォンス伯爵と話をしてくるから。カロリーナは休んでて」

「うん…。行ってらっしゃい…」


 ユウキが部屋を出て行ったのを見届けると、カロリーナは布団をかぶって声を殺して泣き出した…。



 ユウキは伯爵の執務室に来ると、ドアをノックして話があることを告げ、許可を得るとドアを開けて部屋に入った。伯爵は応接セットにユウキを座らせると、自ら紅茶を入れて、ユウキの前に置き、対面の位置に腰かけた。


「話があると言うことだが…」


「伯爵様。ボクとカロリーナを匿っていただいて、本当にありがとうございます。でも、ボクはそろそろ、お暇したいと考えてます」


「それは、どうしてだね」


「はい…。ボクはこの国、いえ、この大陸に居てはいけない存在になってしまいました。今でもボクのことを恨み、憎んでいる人が大勢います。ボクは、それだけの事をしてしまいました…」

「この国に仇成した魔女はフィーアとヒルデの魔法で死にました。だから、魔女はこの大陸では生きていてはいけないんです」


「ですから、ボクはこの大陸から姿を消したいと思います」


「そうか。この大陸から…というと、南へ行くのか?」

「はい。南の大陸で一から出直そうと…。そこでボクはある人との約束を叶えたいと思います」


「約束…?」

「はい」


 ユウキは自分が異世界転移者であること、この世界に転移してから今までの事を話して聞かせた。伯爵は驚いた表情をしていたが、黙って話を聞いてくれた。


「驚いた話だな…。そのような事があるのか。いや、今の話で色々納得できる部分もある。そうか、新たな世界で姉との約束を果たすというのだね」


「わかった、好きなようにしたらいい。出発するまではこの屋敷で自由に過ごしてくれ。それと…」


 伯爵は立ち上がり、机の引き出しから袋を出すとユウキの目の前に置いた。


「これは?」

「金貨が100枚入っている。これからの旅に必要だろう、持って行きなさい」

「ええ、こんな大金もらえませんよ!」

「いいんだ。これは息子、クレスケンの魂を救ってくれたお礼だ。受け取ってくれ」


「……はい、では有難くいただきます。あの、ずうずうしいと思いますが、ハウメアーまで馬車を出してくれませんか? カロリーナを実家に送りたいんです」

「いいだろう。出発が決まったら教えてくれ」


 ユウキは丁寧にお礼を言うと、執務室を後にした。1人になった伯爵は「これからの彼女に幸あらんことを…」と一人呟くのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 自室に戻ったユウキは、家政婦さんに借りて来た鋏を使って、腰まで伸ばした艶やかな自慢の髪を肩の上でバッサリ切った。


「今までのユウキは死んだんだ。これからは生まれ変わって生きるんだ。もう、ボクじゃなく、女の子らしく「わたし」と言う事にしよう。そう言えばあと数日で17歳だ。17の誕生日を旅立ちの日に決めた」


「そうだ。一度オヤジさんの武器店に行ってみよう。実は白夜の力で転移が出来て以来、自分でも短距離なら転移魔法が使えるようになったんだよね」


 ユウキは魔女になった際にダーインスレイヴの力を借りで潜在能力の解放を行い、強大な魔法を使えるようになった。その力は元のユウキとなった今も引き継がれている。ただ、召喚魔法だけは、一度に呼び出せる数は10体程度までに落ちていた。


 思い立ったが吉日で、ユウキは早速、魔法でダスティンの武器店に転移した。武器店の入り口や窓は騎士団の突入時に破壊されたが、室内は野盗に入られた様子もなく、比較的綺麗だった。ユウキは周りに人がいないのを確認すると中に入った。


「主のいないお家は寂しいな…。オヤジさん、もう一度会いたいな…」


 ユウキは周りを見渡し、誰も見ていないことを再確認すると、秘密の入り口を開けて、地下室に入り、室内を見回した。


「ここにあるもので使えそうなものは貰って行こう。あ、これ、ボク…、いや、わたしのマジックポーチ!」

「マルムトたちに持って行かれたと思っていたけど、オヤジさん、取り返してくれていたんだ…。グスっ…、ありがとう」


「でも、これで色々持って行けるようになった。他にも探してみよう…」


「この剣はわたしが初めてここに来た時に貰った鋼の剣だ。凄くキレイ…。オヤジさん、ずっと手入れしてくれてたんだ。白夜もなくなったし、貰って行こう。バルコムおじさんから貰ったミスリルダガーもある」


「あ…これ、王様から頂いた金貨。オヤジさんとっててくれたんだ…。でも、わたしには伯爵から貰った金貨もあるし…。そうだ、カロリーナに渡そう」


 鋼の剣と金貨をマジックポーチに入れて、ミスリルダガ―を鞘に納め、腰に帯剣したユウキは、地下室から出ると、まず、カロリーナとマヤの部屋に行って服や小物をマジックポーチに入れた。

 カロリーナの部屋では「バストアップ大作戦」とか「あなたもこれで巨乳に!」といったタイトルの本が大量にあって、複雑な気持ちになり、マヤの部屋からはユウキのために作ったと思われる服や超絶に際どい下着。生理用品などのほか、ユウキの子供の頃の服が大量に保管してあり、マヤの優しさに思わず涙した。

 これを全てマジックポーチに収容した後、改めて自分の部屋に入った。


「熊の置物…。ふふ、ユーリカのお土産だったっけ。結局、ずっと机に飾っていたな…」

「服や下着、アクセサリーとバルコムおじさんから貰ったお気に入りの絵本を全部マジックポーチに入れてしまおう」


 マジックポーチに荷物を入れる作業を終えて、熊の置物をどうしようか考えていると、下から階段を上って来る足音が聞こえて来た。


(だ、誰…? か、隠れなきゃ…。どこに…。そうだ、ベッドの下!)


 ユウキがベッドの下に隠れて直ぐ、ユウキの部屋のドアが開いて2人の女性が入って来た。


「ふふ、私がユウキさんのお土産に買った熊の一刀彫だ。まだ飾ってある」

「相変わらずの存在感ですね。女の子の部屋に似つかわしくない強烈さです」

「うふふ。ユウキさん、いつも同じ事言ってました」


(ユーリカとフィーアだ)


 2人はユウキのベッドに腰かけて、思い出話をし始めた。


「この部屋、ユウキさんの匂いがしますね。懐かしい匂い…」

「ホントだ。まるで近くにいるみたいです」


(ドキ!)


「本当に…。学園から帰るとこの部屋にみんなで集まってましたよね。その日の出来事をおしゃべりして、ユウキさんやカロリーナをからかって笑い合って…。楽しかったな」


「そうしているうちにマヤさんが「ご飯ですよー」って呼びに来るんですよね。リビングに降りると美味しそうなご飯が用意してあって、ダスティンさんがおかずを肴にお酒を飲んでいるんです。そんな日常の風景…。ずっと、ずっと続くと思っていた…」


「ユーリカさん…」


「私もこの家の他愛のない日常の風景が好きでした。お休みの日の朝、2階の窓から中庭を覗くとマヤさんとユウキさんが、いつも一緒にお洗濯物を干しているんです。それは楽しそうに笑いながら。本当の姉妹みたいに仲良く一緒に…。私、その光景が大好きでした。心が温かくなって…」


「フィーアさん。私、マヤさんもダスティンさんも大好きでした。マヤさんはアンデッドなのに本当に人間らしくて茶目っ気があって、可愛いお姉さんって感じの人だった。私がちょっとしたことで落ち込んだ時、いつもそっと温かい飲み物を出してくれて『どうしたんですか? 悩み事ならマヤが聞きますよ』って言ってくれるんです。ダスティンさんもそう。いつも不愛想にしているくせに、人一倍心配性で、帰りが遅くなるといつも店の前で待っているんですよね。本当にいい人だった…」


「ここの生活は、確かに私たちの時代の一つでした…。あんなに友達や家族と思える人たちと濃密に過ごした時間はありませんでした。本当に楽しかった…」


 2人はそれっきり黙り込んでしまった。ベッドの下に隠れているユウキが耳を澄ますと、すすり泣きの声が聞こえて来る。


(フィーア、ユーリカ…。泣いているの…)


「どうしてこうなったんでしょう…。貴族の娘だからこの国を守らなければならないなんて、本当はただの建て前。私はユウキさんを助けたかった。ただ、それだけだったのに…。でも結果はどうだった? 私はダスティンさんを傷つけて死に追いやり、ユウキさんとカロリーナさんをこの手で殺した…」


「そう! 殺したんです! ダスティンさんもユウキさんもカロリーナさんも。私が殺したんです! 建て前を、さもその通りであるかのように振りかざして、大切なお友達を! 大好きだった親友を殺したんです! わたしが! この手で!! 殺したのよぉ…。うぐ…うっ…ぐすっ」


 ユーリカはフィーアを抱き寄せて優しく涙を拭くと、フィーアの背中をさすりながら自分の想いも話した。


「フィーアさん、それは私も同じです。ユウキさんを大切なお友達と言っておきながら、ユウキさんの味方に付くのが怖かったんです。この国の敵になるのが怖かった。ユウキさんの元に走ったカロリーナのような勇気が私には無かったんです…」


「最後の戦いの時、カロリーナは私たちに神剣を向けなかったですよね…。神剣を使えば死んでいたのは私たちだったかも知れないのに。何故だかわかりますか?」


 フィーアはわからないと首を振る。ベッドの下ではユウキも首を振っている。


「カロリーナはとても心の優しい子なんです。ですから私が思うに、ユウキさんが魔女と化した時、あの子は…、カロリーナは見捨てることが出来なかったんだと思います」


「きっと、ユウキさんの悲しみを見て自分だけでもユウキさんに最後まで寄り添いたいと考えたのに違いありません。恐らくユウキさんと一緒に死ぬ覚悟だったのだと思います」


「ですから、私たちに剣を向けることもしなかったのだと。カロリーナは本当に優しい子だったから。私、結局ユウキさんも、カロリーナも、ダスティンさんも、マヤさんも救えなかった…。誰も救えなかった…。ユウキさんを救ったのはララさんとカロリーナだけだった…」


 ユーリカは静かに涙を流す。今度はフィーアがハンカチでそっとユーリカの涙を拭いてあげた。そしてポツリと、


「もう止めましょう。この話は…」と言い、ユーリカも頷くのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「フィーアさん…、あの、フィーアさんはこれからどうするのですか?」


「はい、実は私の顔の知らないフィアンセって、レウルス様だったんですよね」

「ええ~、それはまた、古い話ですよね。今になってその伏線を持ってきましたか…」


「ええまあ。私、この話を受けようと思ってまして。レウルス様と一緒に新しい国王を支えて行こうと思っていますの。それに、レウルス様も結構、美男子ですしね。うふふ」


「本音が出ましたね」

「ユーリカさんはどうなさるの?」


「あ、はい…。実は、モーガンさんから求婚されまして、お受けいたしました」

「まあ! それは良かったですね。ユーリカさんの初恋が叶ったということですか。モーガンさんは大きなおっぱいが好きみたいですし、お似合いですよ」


「何ですかそれ、モーガンさんは私の人柄に惚れたんですよ、もう…」

「うふふ、ユーリカさんって可愛いですね」


「そう言えば、ヒルデとルイーズはどうするのですか」

「ええ、あの2人はオプティムス家に下宿させます。近々学園の仮校舎が出来るので、再開後は、私の家から通わせることにしました」


(ヒルデ、ルイーズ、よかった…)


「あと、シャルロットですが、フレッド君とお付き合いしているようですよ」

「なんと! でも、考えてみると凄くお似合いですわ」


(なんですとぉ~、あの2人いつの間に…)


 2人はしばらく周囲の人たちの近況を話していたが、日が傾いてきたのを見て、ベッドから立ち上がると、


「さあ、行きますか…。もうここに来る事は無いでしょう…」

「はい。さようなら、私たちの思い出の家…」


 最後にこの家に別れを告げ、2人は部屋を出て行った。ユーリカの最後の別れの言葉が凄く寂しそうで、ユウキの心にいつまでも残っていた。



「わたしもカロリーナの所に帰ろう…。それと、この熊の置物は持って行こう。ユーリカとの大切な思い出の品だから…」


 ユウキも、この思い出の家に別れを告げ、転移魔法を発動させた。

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