第183話 ユウキの願い
マヤの、いや、マヤだったものの前でユーリカが泣いている。そこにシャルロットとルイーズ、フレッド、レオンハルトが来た。
「う、うわああああっ。マヤさんが、マヤさんがこんな姿にぃいい。うわあああん!」
激しく泣くユーリカに、シャルロットとルイーズが抱き着き、2人も泣き出した。フレッドとレオンハルトは、泣き続ける少女たちに声をかけることができず、ただ、立ち尽くすしかなかった。周囲を見ると、いつの間にかマクシミリアンを始め、王国兵は誰もいなくなっていた。
「ヘラクリッド君もアル君も死んだ…。学園の友人たちにも死んだ子が大勢いる…。王国の騎士もたくさん死んだ…。ダスティンさんも、マヤさんも…。何でこんな事になったのかな。この戦いは一体何だったんだろう…」
フレッドの呟きは、少女たちの泣き声にかき消され、誰にも届くことはなかった…。
「はあ、はあ、はあ。カロリーナ、もう少し頑張って…」
「う、うん。あの…、私をここに置いて行って。そしてユウキ1人で逃げて。私、ユウキのお荷物になりたくない…」
「バカな事を言わないで! カロリーナは絶対助ける。ボクと一緒に生き延びるんだ!」
「ユウキ…。うん…」
(何とか、オヤジさんの工房の地下室に…。あそこに隠れることが出来れば逃げられる)
逃げるユウキとカロリーナの背後から大勢の足音が迫って来る。ユウキは王国兵の目を欺くため、狭い路地を隠れながら進み始めた。
「遠回りになるけど仕方ない。あ、あれは…」
兵士の接近に気付いたユウキは、狭い路地の物陰に隠れて様子を伺うと、通りを走り抜ける王国兵の中にマクシミリアンの姿を見つけた。
(マクシミリアン様がボクを追っているということはマヤさんは…。ごめんなさい、マヤさん。ボクを逃がすために…。ごめんなさい…)
ユウキは手で涙を拭うと、カロリーナを背負い直し、裏通りを抜けて行った。王国兵から隠れて裏通りと路地を進んでいると、ダスティンの武器店の裏の広場に出た。ここはよくユウキが剣の訓練をした場所だ。
「カロリーナ、ここまで来れば大丈…夫…」
カロリーナに向かって、そう言おうとしたユウキの目に、2人の人物の姿が映った。
「フィーア、ヒルデ…」
「ユウキさん…」
「フィーア…、お願い。見逃して」
「ユウキさん、もうダメです。ユウキさんは王国の敵として国に認定されてしまいました。私は貴族の娘として国の安泰を図るという責務を果たさねばなりません。ですから…」
「ユウキさん、私、貴女を討ちます。今、ここで!」
「私の大切なお友達だからこそ、他の人には貴女を殺させたくない。だから、私が…」
「ヒルデも同じ気持ちなの?」
「…はい、ごめんなさい。私、実はエルフの王族に連なる者なんです。国から魔女を討伐するように命令が出たんです。このままだと、この国だけでなくエルフの国も危険にさらされる恐れがあるからって…」
「そうなの…わかったよ。もう、以前のボクたちじゃあないんだね…。それならばボクも遠慮はしないよ…」
ユウキの手に白銀に輝く剣が握られる。魔女の時は暗黒剣だった剣もユウキの心が戻ったことにより、再び「白夜」として復活していた。
「ヒルデさん、手を」
「はい、フィーアさん」
(ん、2人は何をするつもりなの?)
フィーアとヒルデは手を繋ぎ、反対の手を大きく上にあげて、同時に魔法の発動を始めた。
「風の神と水の神よ、全てを焼き尽くす天の光をここに!」
(あ、あれはまさか、クレスケンが使った裁きの雷! まずい、今のボクの魔力じゃ防げない。カロリーナ…気を失っている)
「ごめんなさい、ユウキさん。行きます!」
(転移魔法が使えれば…。今一度だけでいい。魔女の力をボクに使わせて! 転移魔法を短い距離でいい。マヤさん、助さん、格さんお願い。力を、ボクに力を貸して。たった1度だけでいい。カロリーナを助けて!)
「ジャッジメント!」
2人が同時に叫ぶと、天空から巨大な熱雷がユウキとカロリーナ目掛けて降り注いできた。熱雷の温度は3万度。触れた瞬間蒸発してしまうだろう。しかし、ユウキは諦めていない。
(飛んで! ボクとカロリーナを飛ばすんだ! カロリーナを助けるんだ! お願い白夜、ボクたちを守って!)
巨大な熱雷が轟音を立ててユウキが立っていた場所を直撃し、地面に当たった瞬間凄まじい電撃が弾けた。あまりの眩しさと熱に目を塞いで、防御魔法を展開していたフィーアとヒルデがゆっくりと目を開き、ユウキが立っていた場所を見る。そこは数m四方にわたって地面が黒く焼け焦げていた。
2人は焦げ跡に、ほとんど溶けた剣の残骸と、黄色の縁取りがされた緑色のリボンの焦げた小さな切れ端が落ちていたのに気付いた。
「これは、ユウキさんの白夜、ですね…。この切れ端はユウキさんの髪を結んでいた、ララさんの形見のリボン…」
「フィーアさん…。ユウキさんとカロリーナさんは、私たちが放った雷の直撃で蒸発してしまったんですね。死体も残らなかった…」
「ええ、溶けた白夜とリボンの切れ端…。これが証拠です。ユウキさんはこの世から消えた…。異世界から来た不思議な少女は、私たちの大切な友人は、この世界からいなくなったんです。思い出だけを残して…、カロリーナさんと一緒に…」
「ふ、ふええ…。ふえええん!」
「いいですよ、いっぱい泣いて…。わ、私も…、う、ううっ…うわあぁああ…」
抱き合って泣いている2人をマクシミリアンとモーガン、ゼクス団長が見つけ、事情を聴き、証拠の品を得ると、マクシミリアンは頷き、魔女討伐の終了を高らかに宣言した。
「皆、よく聞け! 王国に仇なした暗黒の魔女は眷属共々討ち取った。魔女は死んだのだ! これで再び平和な時が訪れた。我々の勝ちだ! この勝利は皆の力で勝ち取ったものだ。私は皆に言いたい。ありがとうと!」
マクシミリアンの周囲に集まった大勢の兵士が輪を作り、大声で勝利を喜び合う。しかし、輪の外では2人の少女が泣き続けており、その対照的な様子をユーリカやフレッドたちは沈痛な面持ちで見つめているのであった…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあ、はあ、はあ…。た、助かった…の」
気が付くとユウキとカロリーナは、以前ユウキが破壊した王国高等学園の瓦礫の中にいた。背負っているカロリーナを確認すると、気を失っているものの、命の危険はないようで、ユウキは安心するのだった。
「はあ…。雷が直撃する寸前、白夜が凄く輝いてボクたちを転移させてくれたんだ。ララのリボンもボクに力を貸してくれたような気がする。魔力が一瞬戻ったような感じがしたし、ララの声が聞こえた気がしたから。でも、2つとも失われてしまったみたいだ…」
「ありがとう。白夜、ララ。ボクとカロリーナを助けてくれて」
「さて、誰かに見つからない様に移動しなくちゃ。でも、どこに行こう…。しかし、ボク、ずっとこの格好なのかな。おっぱいとお股の部分しか隠れてない…。ぱっと見、露出狂か痴女だよこれ…。余計、誰かに見られたくない…」
ユウキは周囲を注意深く見回し、人気がない事を確認すると、カロリーナを背負い直して当てもなく歩き始めた。日が暮れて暗くなり、人目に付かなくなったのは助かったが、空腹と疲労で動くことが出来なくなってきた。
「とりあえず、もう一度、工房の地下室を目指そうかな…」
「ユウキ・タカシナ君」
「えっ…」
ユウキは急に名前を呼ばれ、心臓が止まりそうになった。今、追っ手に見つかれば魔力も枯渇し、体力の限界を迎えているユウキに生き延びる術はない。ユウキは恐る恐る後ろを振り向くと、1人の男性が立っていた。
「あなたは、フォンス伯爵…」
「討たれたと聞いていたが、私は信じられなくてね…。生きているのではないかと思って君を探していたんだ。行く当てがないのだろう? 着いてきたまえ、悪いようにはしない」