第182話 Final battle with the dark witch(Part7:マヤの想い)
ユウキはマヤに連れられ、王都の路地を走っていた。しかし、負傷したカロリーナを背負っているため速度は上がらず、体力も尽きかけている。
「はあはあ、ぐっ…、はあ、はあ…」
『ユウキ様、頑張って下さい。とにかく、遠くまで…』
「うん、カロリーナ…、大丈夫?」
「う、うう…。ユ、ユウキ…」
『もう少し…もう少しで、城壁の隠れた亀裂に…』
ユウキは元に戻った影響で転移の魔法が使えなくなっていた。このため、マヤは、いつか王都に侵入した時に使った亀裂から脱出しようと、路地を巧みに利用して逃げている。もう少しで、亀裂に届こうとした時、後方から大勢の足音が近づいてきた。
『くっ、あと少しだというのに…』
狭い路地を見つけて入り込み、物陰に隠れて追跡して来た王国兵をやり過ごす。
『ユウキ様、このまま物陰に隠れながら進みましょう』
「う、うん」
(助さんと格さんの反応が消えた…。ありがとう、2人とも…。2人の想いに答えるためにも、何とかユウキ様とカロリーナ様だけでも逃がさなければ…)
マヤとカロリーナを背負ったユウキが物陰から出て、路地を進み始めた。その3人の進む路地の先に何人もの人影が現れた。
「フィ、フィーア。ヒルデ、レオンハルトさん、モーガンさんも…」
『…………』
「捕まえたぞ! 魔女とその眷属!」
その声にマヤとユウキが振り返ると、マクシミリアンと配下の騎士団が反対側の出口を塞いでいる。マヤとユウキは進路を完全に塞がれてしまっていた。
「お前に従っていたスケルトンもドワーフも討ち取った。残るはお前たちだけだ。王国の敵め、覚悟しろ!」
マクシミリアンがユウキを指さし、怒りを込めた口調で話す。
「う、うそよ…。助さんも格さんも…、オヤジさんも死んだというの…? う、うう…」
「我々も多大な犠牲を出した。イングリッドも…。魔女ユウキ、私は、私はお前だけは許せなくなった…。私に勇気を与え、王族としての生き方を示してくれたことは感謝する。しかし、お前と友であったのは過去の話、今のお前は私の敵だ。今ここでお前を討つ!」
「ユウキさん…私たちももう貴女を助けられない…。マヤさんも…、ごめんなさい」
フィーアが悲しみを湛えた声で、ユウキに告げた。
「わかった…。ボクは逃げも隠れもしない。だけど、ボクにはボクの事情がある。そのためにもここで倒れる訳にはいかない。ただ、一つお願いがある。フィーア、聞いてくれないかな」
「お願い…?」
「うん、カロリーナを引き渡す。カロリーナは助けてあげて。これがお願い」
「わか…」
「ダメだ!」
ユウキのお願いにフィーアが了解しようとしたとき、マクシミリアンがユウキのお願いを却下した。
「魔女に従ったものは誰であれ王国の敵。全て死刑に処す! これは王家の意思だ」
「そんな…。マクシミリアン様、私のお友達を助けて下さい!」
(マクシミリアン様…、そんなにボクが憎いの…。ボクは最後まであなたの事が好きだったのに…。もう、マクシミリアン様の心はボクへの憎しみしかないんだ…)
マクシミリアンはフィーアの願いを無視すると、大きく腕を振り上げて「魔女とその仲間を討ち取れ!」と命を下し、王国兵たちは一斉にマヤとユウキに襲い掛かって来た。
『ユウキ様、私が道を開きます! その間にカロリーナ様を連れて逃げて下さい』
マヤはユウキの手を掴み、フィーアたちに突進すると、ゲイボルグを一閃させた。さらにゲイボルグを振り回し、その場にいた者たちを遠ざける。路地から出た所でフィーアやヒルデ、モーガンたちは魔槍の一撃を避けるため、大きく後ろに下がり、左右に別れたことから道が開けた。
『ユウキ様、行って!』
「マヤさん…。ボク、ボクはマヤさんと一緒に…」
『ダメです! ユウキ様はノゾミ様との約束を果たさなければなりません! ここはマヤに任せて早く行って下さい。これが最後のお別れではありません。私の心はいつも貴女の側にいます!』
「でも…」
『ユウキ様!』
「マヤさん…、ごめんなさい!」
ユウキはカロリーナを背にして、マヤが開いた道を一目散に駆け出した。ユウキの背中を見てマヤはにこっと笑うと、王国兵に向かってゲイボルグを構えた。
『さあ、貴方たちの相手は私です。ユウキ様を魔女に仕立て上げ、殺そうとしたこの国の者たちよ。魔槍ゲイボルグの露と消えるがいい!』
ユウキはマヤの声を聞きながら、力の限り走っている。助さんも、格さんも、ダスティンもユウキを生かすために死んだ。今また、マヤも最後の戦いに向かっている。ユウキは悲しくて悲しくて、涙で視界が滲む。しかし、ここで倒れる訳にはいかない。倒れたら4人の想いが無駄になる。そう心に言い聞かせて走り続ける。しかし、涙が溢れ、速度は遅くなってしまうのであった…。
『いやあああ! 烈風槍!』
ゲイボルグが一閃する度、王国兵十数人が一度に斬り裂かれ倒れて行く。致命傷を負わなくてもゲイボルグの魔力で体の内部が切り刻まれ、血を吐いて倒れる。
「マヤさん、ごめんなさい。いきます! タイフーン!」
マヤの強さに王国兵が距離を取ったタイミングで、ヒルデが風と水の合体魔法をマヤに向けて放った。しかし、マヤはゲイボルグを一閃させ、ヒルデの魔法を斬って消滅させた。
「何ですって! じゃあ、これではどう! ダウンバースト!」
『無駄です!』
ヒルデ最強の風魔法も、マヤはゲイボルグの横薙ぎで消滅させる。
「あ、あの槍は魔法も斬ることが出来るというの…。そ、そんなバカな…」
「ヒルデちゃん下がれ、魔法は無理だ。あの女とは直接戦うしかない」
「モーガンさん、はい…。では私、ユウキさんを追っているフィーアさんに合流します」
再びマヤに向かって王国兵が同時に飛び掛かるが、高速の突きによって、次々と鎧ごと胴体を貫かれ、屍を晒していった。
「そこまでだ!」
『…あなたは?』
「私は王国第1騎士団副団長モーガンだ。君の名前を聞かせてもらおう」
『私はマヤ。ユウキ様に授けていただいた、大切な名前です』
「そうか、ユウキ君に…。いい名だ」
『貴方はユウキ様を魔女と呼ばないのですね…。ありがとうございます』
「行くぞ、王国騎士の剣技、味わうがいい!」
『魔槍ゲイボルグ、私に力を!』
モーガンとマヤが真っ向から打ち合う。モーガンの大剣とゲイボルグがぶつかり合う度に火花が飛び散る。高速で打ち合う2人に入り込む隙は無く、周りの者たちは見ていることしかできない。
「やるな…」
『そちらこそ…。でも、ここで終わりにします。流星槍!』
マヤはゲイボルグを空高く放り投げた。上空高く飛んだゲイボルグは10本に別れ、モーガン目掛けて流星雨の様に一気に降り注ぐ。
モーガンは、かつてマヤと戦った者たちと同じように、降り注ぐゲイボルグを跳ね飛ばそうと大剣を薙いだが、剣が当たった瞬間、ゲイボルグが消えた。
「幻影!」
『そうです! 流星は夜空に光る星々の幻影。ホンモノはここです!』
モーガンが声のした方を振り向くと、目前にゲイボルグが迫っているのが見えた。
『もらった!』
「させないっ!」
ゲイボルグがモーガンを貫こうとする直前、横からバルディッシュの打撃がマヤを襲った。マヤはバルデッシュの直撃をゲイボルグで辛うじて防いだが、横から叩きつけられた衝撃をまともに受け、地面に倒されてしまった。
「大丈夫ですか。モーガンさん!」
「あ、ああ、危ない所だった…。助かったよユーリカちゃん」
『く、うう…、ユーリカさん…。やってくれましたね…』
マヤは、辛うじて立ち上がったが、打撃のダメージを大きく受け、ゲイボルグを構えるのが精一杯の状態となっている。
「マヤさん…もう止めて下さい。私、もう、ダスティンさんの下宿の人たちが傷つくのは嫌なんです。もう誰も傷ついて貰いたくないんです。だから、もう止めて…」
ユーリカが、目に涙を浮かべてマヤに話しかける。
『ユーリカさん、私もあの生活は楽しかった。皆さんとの日々は掛け替えのない宝物です』
「なら!」
『でも、あなた方はユウキ様を許さないでしょう。私はユウキ様がこの世界に来てからずっとお世話をしてきました。ユウキ様は私に名前を下さり、心を与えて下さった。アンデッドの私を家族と言って姉のように慕ってくれた…。ユウキ様は私の全てなんです。お申し出はありがたいのですが、私はユウキ様のために戦います。この力尽きるまで!』
マヤは、傷ついた体を奮い立たせ、ゲイボルグを握ると、ユーリカに背を向け、再び王国兵に、マクシミリアンに向かって戦いを挑んで行った。ゲイボルグはマヤの心の力を得て力を増幅させ、王国兵を次々と斬り裂き、貫いた。そして、マクシミリアンまであと一歩まで近づいた。
『マクシミリアン! ユウキ様を悲しませた罪、死によって償ってもらいます!』
「黙れ、王国民を、イングリッドを殺した罪、償ってもらうぞ!」
マヤがマクシミリアンの頭上からゲイボルグを叩きつけたが、ラブマン以下5人の精鋭が壁になり、魔槍の一撃を防ぎ止める。その隙に、マクシミリアンがハルバードの斬撃をマヤに加え、服もろとも斬り裂いて体に裂傷を負わせた。
『きゃあっ…。く、烈風槍!』
マヤはゲイボルグを高速で回転させ、裂帛の一撃をマクシミリアンに向けて放った。
「ぎゃあっ!」「ぐはっ!」という呻き声とともに、第4騎士団時代からマクシミリアンに付き従ってきた精鋭2人がゲイボルグに斬られて倒れた。これにより、マクシミリアンの前の壁が崩れ、マヤの目の前にその姿を晒している。しかし、周囲から多数の王国兵がマヤに突撃して来ているのも目に入った。
『これが最後の機会! 飛べゲイボルグ。私の願いとともに!』
マヤは開いた壁の隙間からマクシミリアンを狙って、力一杯ゲイボルグを投擲した。その直後、接近した王国兵がマヤの背中から、何本も剣を突き立て胸まで貫いた。
「きゃあああああっ! マヤさんーー!」
ユーリカの絶叫が響き渡る。マヤは自分の投擲したゲイボルグを霞む目で追ったが、いつの間にかマクシミリアンの前に立ったモーガンが、ゲイボルグを弾いたのを見て、想いが叶わなかったのを知った。
『う、うぐ…げほっ…。まだ、まだです…。ゲイ、ボルグ…、わたしの…、元に…』
マヤがゲイボルグによろよろと近づき、手を伸ばそうとしたが、ラブマンがマヤの前に立ちはだかり、大きな胸の真ん中に大剣を深々と突き立てた…。
『うあ、あぁ…あ…』
(ユウキ様…、ごめんなさい…。マヤは、マヤはここまで、です…。貴女の幸せになった姿を見届けたかっ…た。さようなら、私の可愛いユウキ様…。さよう、なら、わたし、の、可愛い、いもう、と…)
マヤは心の中でユウキに別れを告げ、ドサリと地面に横たわった。そのマヤに向かって、王国兵は止めとばかりに、槍を何本も突き立てて串刺しにした。最後の瞬間、マヤが思い浮かべたのは、ユウキがまだ小さい頃、あの台地の家で、2人で笑いながら絵本を読んだり、夕焼けを見たり、着せ替えをして楽しんだ、懐かしい風景であった…。