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第175話 嵐の前

「まずいな…」

『ああ、ダスティンのオヤジ、どうする?』

「とりあえず、全員をリビングに集めろ。俺に考えがある」

『分かった。格、お前は引き続き見張りを頼む』

『お任せあれ』


「どうしたの? オヤジさん」

「うむ、街中に騎士団兵が多数うろついている。どうやら俺たちの居場所を探しているようだな」

『えっ、マズいですね。早くここから移動しなければ…』

「それなんだが…」


『皆さん大変です! 騎士団兵がこの家に突入しようとしています!』

 格さんが、家の中に飛び込んできて報告すると、ダスティンを除く全員が色めき立って、慌て始めた。


「落ち着け、説明している時間はない。必要な荷物だけ持って俺に付いてこい」

 ダスティンはそう言うと、椅子から立ち上がり、全員に付いてくるよう言った。


 一方、その頃、外では第1騎士団兵がダスティンの武器店の回りを取り囲んで、いつでも突入できるよう準備を整えていた。


「間違いなくここに魔女がいるんだな?」

「はッ! 中隊長殿、密偵による捜索で、魔女とその仲間の姿が確認されたそうです。外への移動の報告はありませんので、恐らく、現在も中にいると思われます」

「よし、合図をしたら一斉に突入しろ。転移魔法を使われる前に取り押さえるのだ。抵抗したら殺しても構わん。準備はいいか? 行くぞ、3、2、1、突入!」


 中隊長の合図で、玄関の扉や家の窓、店の入り口を壊し、騎士団兵が一斉に家の中に踊り込んで行き、部屋部屋を回ってユウキたちを探し始めた。


「中隊長、家の中には誰もおりません!」

「なに、そんなバカな! 密偵の報告では家の中にいるのではなかったのか?」

「はあ。確かに報告ではそうだったのですが…、全部の部屋を見て回ったのですが、どこももぬけの殻でして…」

「クソ…、偵察兵の無能どもめ。わかった、見張りに数人残して撤収する!」


 撤収命令を受けて、騎士団兵が引き揚げて行く。


『どうやら帰って行ったようですね。ユウキ様、大丈夫ですか?』

 騎士団が引き揚げたことで、マヤがホッとした様子で言い、ユウキに何もないか確認すると、ユウキはこくんと頷いた。


「オヤジさん、工房の下にこんな地下室あったんだ…」

「おう、何かあった時の用心のためにな。冒険者やってた頃は命を狙われたこともあったからな。ガッハッハ!」

『アンタは一体何をやっていたんだよ…』

 助さんが呆れたように言い、カロリーナもうんうんと頷いた。


「とにかく、ここはそこらの兵隊じゃ見つけられない。当面安心していいぞ。また、最低限の生活が出来るようにしてあるし、ベッドもある。女たちはそこで寝ればいい」


『それはいいとして、今後どうするんですか?』

「うむ…。それはユウキ次第だな…」


 全員でユウキを見つめるが、ユウキは不思議そうに地下室の中を眺めていて、みんなの視線には気づかなかった。


(ユウキ、もう元に戻らないのかな…? 元のユウキに戻ってほしいけど、このまま、魔女として生を終えるのもありなのかな…。ううん、どっちでもいい。私はユウキとずっと一緒って決めたから。フィーアもユーリカも、学園のみんなもユウキと敵対している。1人位ユウキの味方がいてもいいよね。ユウキ、何があっても私はずっと側にいるからね…)


 ユウキの横顔を見て、カロリーナは1人心に決意を秘めるのであった。



 王宮の会議室。マクシミリアンを始め、ゼクス、ビッグスの各騎士団長とモーガン、フローラ副騎士団長、ラブマン分隊長のほか、武官や文官が勢ぞろいしている。


「まず、先般アクーラ要塞が破壊され、学園生徒の所に魔女が現れた件だが、イングリッド、報告してくれ」

「はい(マクシミリアン様、もうユウキさんを名前で呼ばなくなったわね…)。アクーラ要塞ですが、魔女の魔法によって、完全に破壊され、復旧はほぼ不可能です。何より、要塞内に詰めていた騎士団、民間人含めて約5千人のうち、死亡3千7百人、1千3百人が重軽傷を負い、リーズリットに開設した臨時の野戦病院に収容されています」


「なんてこった…。残してきたのは第6騎士団の連中だぞ。魔女のヤツ、絶対に許さん!」

 ビッグスが顔を顰めて、テーブルに拳を叩きつける。


「え、えっと、学園生徒がいた訓練場だけ破壊されず、魔女が出現しました。何か目的があったようですが、内容までは不明です」


「また、魔女は死霊兵を召喚し、学園生徒を襲わせ、多数の死者と負傷者が出たとのこと。なお、フェーリス様はご無事でしたが、魔女を説得しようとして逆に死霊兵に殺されかけまして、精神的ショックが大きかったようで、塞ぎ込んでしまい、今はレウルス様とルーテさんが側に付いているようです」


「フェーリスが…。くそ、可哀そうに…」


「最後に先日、魔女が潜伏していると報告のあったダスティン氏の武器店を捜索しましたが、誰かいた形跡はあったものの、既に抜け出した後で、捕縛に失敗しました…」


「わかった。全員聞いてくれ」

「これ以上魔女の跳梁を許す訳にはいかない。王都だけでなく、王国内の市や町に攻撃されたら、何万と言う犠牲者が出る恐れがある。その前に魔女を討つ事にする。決戦場はこの王都、ロディニアだ!」


「マクシミリアン様、王都を戦場にするというのですか!?」

 ゼクスが、思いも寄らない案に驚いた顔で聞く。


「そうだ。野戦の場合、魔女の破壊魔法がモノを言う。接近する前に全滅させられかねん。さらに、骸骨騎士を何万と呼び出されたら、我々の勝ち目がなくなってしまう。だからこそ、ヤツの優位性を潰すために王都での市街戦を選択しようと思う」


「そういう事であれば、解りました。我々も最善を尽くすとしましょう」

「ありがとう、ゼクス団長」


「しかし、魔女をどうやって誘き出すんだ?」

「単純な事さ。アイツは王家を、わたしを恨んでいる。正々堂々と呼び出せばいい」


「文官諸君、君たちは市民の避難計画を立ててくれ。避難先は北方のラナンと西方のハウメアー、東方のセレスだ」


 マクシミリアンの命により、各々自分の役割を果たすために動き始めた。目的はただ一つ。王国に仇成す魔女を討ち、再び平和を取り戻すこと。全員が会議室を出た後で、イングリッドだけ、椅子に座ったまま沈んだ顔をしている。


(マクシミリアン様とユウキさんの間に何があったのかしら…。ユウキさん、マクシミリアン様のこと好きだったみたいね。できれば、平和な世で、正々堂々恋のライバルとして戦いたかったな…。あんなに美人で、胸もおっきくて、可愛らしい人だもの。いい勝負できたと思うな…。私はユウキさんを殺させたくない…。でも、もう駄目ね。ユウキさん、多くの人を殺し過ぎた。もう、誰もマクシミリアン様を止められない…)



 そして、ここにもユウキとの戦いを前に沈んでいる女の子が2人、王宮内の接客室の窓からぼんやりと外を眺めていた。フィーアが外を見ながら、ポツリと話しだした。


「私、時々今の状態が信じられなくなるんです。だってそうでしょう、ユーリカさん。私たち、ついこの間までとても仲良しだったんですよ。ユウキさん、私が王都に来て初めてのお友達だったのに…どうして…」


「フィーアさん、私も同じ思いです。私が今、ここに居られるのもユウキさんのお陰。1年生の時の武術大会、私の無理にユウキさん、嫌な顔一つせず、付き合ってくれました。嬉しかったし、楽しかったな…」


「ふふ、そうですね。楽しかったと言えば、学園祭の出来事も美少女コンテストも楽しかったです」

「あ~、ユウキさんをたくさん泣かせたヤツですか? あれは可哀そうでしたね」

「うっ、あの後、激怒したユーリカさんに長時間正座の刑を頂きました。黒歴史です」


「あははっ、そうでしたね」

「あと、メイド喫茶でのアルバイトや2年の時のビーチバレーも楽しかったなあ…」


「ほらほら、忘れちゃいけないアレがあるでしょう」

「アレ?」

「そうですよ、演劇大会です」


「…ああ、アレですか…。あの後、私とユウキさん、カロリーナに男の子が全然近づいてこなくなったんですよね。それまでモテモテ女だったユウキさん、地味に落ち込んでいましたっけ」

「うふふ、継母と姉の3悪女、今思い出しても笑えます。ぷ、くくく」


「止めて下さいよ~。今でもあれは遣り過ぎだったと思っているんですから。もう…」

「うふふっ」


 フィーアとユーリカは思い出話に花を咲かせるが、段々と今の現状とのギャップに心が痛くなり、顔は笑っていても涙が溢れてきて止まらなくなり、最後は2人とも声を上げて泣き出してしまった…。


 しばらくして2人が泣き止み、再び沈黙が部屋を支配した頃、トントンとノックの音がして、3人の女の子が入って来た。


「フィーアさん、ユーリカさん。お邪魔してもよろしいですか…」

「ええ、どうぞ。ヒルデさん、ルイーズさん。あら、シャルロットさんもいらしたんですね。アクーラ要塞では大変でしたね…」


「う、うん…。ユウキと少しお話ししたよ…」

「ユウキ、凄く怖かった。あのほんわかとした雰囲気が全く無くて、瞳が真っ赤に燃えてて、フェーリス様を「敵だ!」と言って殺そうとしたの…」


「ユウキさんがフェーリス様に…。あんなに仲が良かったのに…」

 ヒルデが泣きそうな顔をし、フィーアもユーリカもまた、目に涙が浮かんできた。


「ユウキ、要塞に何しに来たと思う?」

「さあ…、分からないです」

「ユウキね、ララの荷物を探しに来たんだよ。あたしがユウキと会った時、ユウキ、ララの小さなリュックを大事そうに抱えてた」


「ユウキさん、ララさんのこと忘れられないんですね。彼女が辛い思いをした時、いつも側で支えていたのはララさんでしたから…。それだけに怒りが大きいのでしょうね…」


「あたし、ユウキに言ったの。今は苦しい事、悲しい事が重なって、周りが見えなくなっているだけだから、みんなで楽しく過ごしたあの日々を思い出してって」


「そしたらユウキ、あたしを突き飛ばしてどっか行っちゃった…。でも、その時ね、ユウキ凄く辛そうな顔してた。だから、あたし思うの。ユウキは全部が闇に染まっていないんじゃないかって…」


「だから、あたしも戦いに参加するよ。ユウキの心、取り戻したいから」


「私たちも一緒に戦います! 私もルイーズさんも、シャルロット先輩と同じ思いです!」

「わかりました。ヒルデ、ルイーズ、貴女たちもあの下宿で生活した仲間。一緒に戦いましょう」


 ユーリカの言葉に、その場にいた友人たちは「うん」と頷き、少しの間話をすると、シャルロット、ヒルデ、ルイーズの3人は帰って行った。また2人残ったフィーアとユーリカは再び、それぞれの想いに耽って行く。ユーリカは、幼馴染の女の子、カロリーナを思い浮かべていた。


(カロリーナ…、ユウキさんと戦うことになれば、彼女とも戦わなければならなくなる。どうしてこうなってしまったのかな…。泣き虫で引っ込み思案だったカロリーナ。小さくて愛らしくて、いつもからかってしまう。その度にぷんすか怒る顔も可愛くて、ふふっ)


(もう、元に戻れないのかな…。私に向かって「私の敵だ」と言ったカロリーナは昔のカロリーナじゃなかった。あんな怖い顔、初めて見ました…。私はどうすれば良かったんですか? 教えて下さい、カロリーナ…)


 外を眺めているユーリカの目に映る景色が、段々滲んできて、とうとう見えなくなってしまった…。



 ダスティンの武器店の地下室、灯りもない部屋の中で、明り取り用の小窓からわずかに見える夜空を見ながら、物思いに耽る女の子がいた。


(何となくだけど、最後の戦いが近づいているような気がする。きっと、ユーリカやフィーア、シャルロットも出て来るでしょうね…。あの子たちと敵対してしまったことは後悔はしていない。だって、私はユウキの事が大好きだから。その気持ちはララには負けない…。でも、ユウキの事が心配。やっぱり魔女のまま死なせたくはないな…)


(ゴメンね、ユーリカ。小さい頃からの私の親友…。「私の敵だ!」って言っちゃって…。ホント、ゴメンね。許してもらえないかもだけど、謝っておくね。最後の戦いになったら、ユウキも私も終わりだから。ユーリカ、私、どうせ死ぬなら、貴女の手で死にたいな…)


 夜空を見上げるカロリーナの頬に一筋の涙が光る。その時、背後から「カロリーナ…」と名前を呼ぶ声が聞こえ、振り向くとダスティンが立っていた。カロリーナはダスティンの顔を見ると、涙が次から次へと溢れ出し、その胸にしがみ付いて声を出して泣いた。ダスティンは黙って、カロリーナの頭をいつまでも撫でてあげるのであった…。


 マヤは、ベッドで眠るユウキの脇に座り、髪の毛を優しく撫でている。


『ユウキ様…。マヤは、マヤはずっと、ずっとユウキ様と一緒です…。貴女のためなら私は戦う。魔物と化してもいい…。ユウキ…私の可愛い妹…。私の一番大切な人…』

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