第174話 暗黒魔女の葛藤
「フェーリス王女! 危ない、逃げろ! くそっ、身体が動かん…」
バルバネスがフェーリスに向かって叫ぶが、フェーリスは腰が抜けてしまい、その場にぺたんと座り込んでしまった。そのフェーリスの頭上に骸骨大戦士が戦斧を振り下ろしてきた。
「きゃあああっ!」
フェーリスが両手で頭を覆って大きな悲鳴を上げる。戦斧が直撃する寸前、親衛隊長のルーテがフェーリスと骸骨大戦士の間に飛び込んできて、戦斧の一撃を剣で防いだ。
「フェーリス様! レウルス様、フェーリス様をお願いします。ここは私が防ぎます!」
「わかった! フェーリス、こっちだ!」
「お、お兄様…、私、腰が抜けて動けません…」
「しっかりしろ! 立つんだフェーリス。うおっ!」
フェーリスを立たせようとしたレウルスに暗黒騎士が斬り掛かり、斬り結んでいるうちにフェーリスから引き離されてしまった。再び1人になったフェーリスに別の骸骨大戦士が襲い掛かる。
「ひいっ…」
「アースウォール!」
土系魔法による防御壁がフェーリスを守り、骸骨大戦士の戦斧の攻撃が鈍い音を立てて弾かれた。
「フェーリス様、大丈夫?」
「シャ、シャルロット様、フレッド様…。あ、ありがとうございます」
フレッドがフェーリスの前に立ち、防御魔法を展開し、一緒に駆け付けたヘラクリッドが骸骨大戦士の戦斧を跳ね飛ばし、得物を失った大戦士と雄叫びを上げながら殴り合いを始めた。一度は死霊兵の出現に混乱に陥った生徒たちも、戦える者は戻ってきて、死霊兵と戦い始めた。その結果、ユウキの周りに死霊兵がいなくなり、ユウキ1人となった。
「ユウキ、ユウキっ!」
1人になったユウキを見て、シャルロットがユウキの名を呼びながら駆け寄り、その体に抱き着くと、涙を浮かべた目でその顔を見上げる。
「ユウキ、どうしちゃったの? 何でそんな変な格好してるの? 何でそんな怖い顔をしているの…? ユウキ、あたしを見て。お友だちのシャルロットだよぉ! 返事してぇ」
ユウキは必死になって自分の名を呼ぶ少女を見ているが、頭の中では何かが浮かんでは消えるを繰り返していた。
(だ、誰、この子…。私の名前を呼ぶこの子は…。う、うう…、思い出しそうで思い出せない…。でも、ララとカロリーナともう1人、同じような子がいたような…。あ、頭が…頭が痛い…)
「ユウキっ! どうしたの? あたしが、あたしがわからないの? シャルロットだよ。思い出して!」
「う…う、お前は誰だ…。わたしの名を呼ぶな…。わたしは、暗黒の魔女…。この国を亡ぼす魔女…だ」
「違う! ユウキは魔女じゃない! ユウキは友達思いの優しい子だよ。だって、ユウキが今抱いているのは何?」
「これは、ララの…」
「そう! ユウキはララが大好きだった! だから、ララが恋しくなって、ここに来たんでしょ。今は苦しい事、悲しい事が重なって周りが見えなくなって、怒りを周りにぶつけているだけ。思い出して。ララだけじゃない、みんなで楽しく過ごしたあの日々を!」
シャルロットは思いの丈をユウキにぶつける。
「ユウキ、以前の自分を思い出して! このままじゃ本当の魔女になっちゃうよ! もう、人殺しのユウキは見たくない! あうっ! あ、痛ぁ…」
「……っ!」
ユウキは、シャルロットを突き飛ばして自分から引き剥がすと、死霊兵を送還し、転移魔法を発動して消えた。
「おい、シャルロット。大丈夫か」
「せんせぇ…、バルバネスせんせぇ。ユウキは、ユウキはもう元に戻らないのぉ…。うっ、うわぁああ…」
「……わからん。ただ、わかっているのは、元に戻ろうが戻るまいが、待っているのは王国の敵として処刑されるという事実だけだ…。くそっ、どうしてこうなった…」
「しょ、処刑…。ユウキ、殺されちゃうの?」
「ああ、ユウキはもう王国の国民や騎士団を何万人も殺している。レウルス王子やフェーリス王女を殺害しようとした。そして、ここでもユウキが召喚したスケルトンによって、生徒に死者と負傷者が出てしまった!」
「そ、そんなぁ、うわぁあああ…。ユウキの、ユウキのバカァアアア!」
シャルロットはいつまでもバルバネスの胸の中で泣き続けるのであった。
ユウキは、再び要塞から離れた小高い丘の上に来ていて、大きな木の幹に寄りかかり、ララのリュックサックを抱えて蹲っている。その顔は青ざめ、苦しそうに歪んでいる。
「あの子…、シャルロットって言ってた…。シャルロット…、わたし知ってる。何か…、何か思い出しそう…」
そのまま、ユウキは倒れてしまい、気を失ってしまった。
気が付くと、ユウキは再び、真っ暗な場所に立っている。以前見た夢と同じ世界だ。やはり、周りを見回しても何も見えない。ユウキがその場に立ち尽くしていると、遠くに小さな光が輝いていることに気が付いた。その光はゆっくりとユウキに近付いてくる。光はユウキの目の前に来ると、大きく光り輝いた。ユウキは眩しさで思わず目を閉じる。
光の洪水に慣れてユウキがゆっくりと目を開けると、そこは何かの建物の中。そこでは多くの生徒が楽しそうに歩いていたり、机を囲んで談笑していた。また、窓の外を見るとグラウンドで運動に興じている生徒が見える。
(ここは…、わたしの通っていた学園?)
ユウキが中を進んでいくと中庭に出た。中庭では数人の女子生徒が楽しそうに話をしている。ユウキはゆっくりとその女子生徒達に近付いて行った。そして、そこでは、ユウキを囲んでララやカロリーナ、フィーア、ユーリカが笑っていた。ララはユウキの背中をぺしぺしと叩いてとても楽しそうだ。
(ラ、ララ…、カロリーナ…、わ、わたしがいる。わたし…、どうしてあんなに楽しそうなの…)
そこに、別の女子生徒がやって来た。女子生徒はユウキたちを見つけると、手を振って走って近づいてきた。
「ねえ、見てよ、コレ! あたし、こんなにラブレター貰っちゃった。こんなの初めて。どうしよう、どうしたらいい!」
「ぐぬぬ…、流石美少女コンテストチャンピオン。シャルごときに男で完敗を喫するとは…。恨めしい、妬ましい…。」
「あらあら、カロリーナさん。久しぶりに暗黒面がむき出しですわよ。ぷっ、くすくす」
「仕方ないですよ、フィーアさん。カロリーナとシャルロットさんでは同じ貧乳でも、美少女度に天と地、いえ、グリフォンとミジンコ位の差がありますからね。可哀そうと言うものです。せめて、もう少しおっぱいがあれば勝負できるのでしょうけど。あははっ!」
「ユーリカ、おのれえ…、乳がデカいのがそんなに偉いのか…。ユウキ共々乳首が真っ黒になる呪いをかけてやる…。エロイムエッサイム、我は求め訴えたり。2人の乳輪を大きくして黒く染め上げたまえ~」
「何よそれ! ボクを巻き込まないで! もう、ユーリカもカロリーナをいじめないでよ」
「あははっ、すみません。許してカロリーナ」
「う、ふええぇん、ゆるさないからぁ…」
「よしよし、泣かないでカロ。あたしのラブレター半分、分けてあげるから、ね」
「ありがとう、シャル…。でも、そんな優しさ要らない…」
「うふふ…。ねえユウキ、楽しいねえ。いつまでもこんな時間が続くといいな」
「うん! ララ、ボクもそう思うよ。えへへ」
ユウキとララは、お互い顔を見合わせて笑いあう。ララはユウキにキュッと抱き着いてきた。ユウキもララの背中に手を回して、お互いの温もりを感じ合うのであった。
(温かい…。何て温かい空気なの…。そうだ、ここにいる女の子、みんな私の友だち…。大切な、大切な友人たち…)
(……頭が痛い…。違う…この国の人間は全てわたしの敵…。ララの仇! 皆殺しにして…、やるんだ…)
(でも、それでいいの…? あそこでわたしを囲んでいる子、みな友達だよ。敵なの? 味方なの? 殺していいの…? カロリーナはわたしの味方…。間違いない。でも、他の子は…?)
(わからない…、わからないよ…。どうしたらいいの? 助けて、お姉ちゃん…ララ…)
ユウキの心の中が苦しくなって、頭の中が混乱し始めた。すると、今まで見えていた周囲の景色がパッと消えて、暗い草原が広がっているのだった。ユウキは自分はこの草原に倒れ、夢を見ていたことに気づいた。
「く、くそ…、アイツら…」
ユウキは先ほどまでいた訓練場に向かって、破壊魔法をぶつけようとしたが、途中で思い留まり、一瞬、悲しそうな表情をした後、いつもの感情を失った顔に戻ると、転移魔法を発動して立ち去った。
「ユウキっ、戻ってきたの!」
ユウキが転移した場所は、自分の部屋のベッドの上だった。戻って来たユウキは、全身の力が抜けたように、倒れ込み、気を失ってしまった。
『どうしたんでしょう。すっかり泥だらけになって、体も冷え切って…。このままでは、体が弱ってしまいます。直ぐにお風呂に入れて、暖かくして寝かせてあげましょう』
「そうね…、私も手伝うわ。あら?」
『どうかしましたか? カロリーナ様』
「うん、マヤさん。これ見て…」
『これは? 可愛らしいリュックサックですね』
「これ、ララのリュックサックだ。それに見て、ユウキの頭のリボン。これ、ユウキがララにあげたお揃いのリボンだよ。もしかして、これを探しに行ってたのかな?」
『ユウキ様…』
マヤとカロリーナは、ベッドの上に横になっているユウキを、しばらくの間、黙って見つめるのであった…。