第172話 友との決別
王宮の正門まで後少しといった所まで来た王都奪還軍は、第1師団の尽力で何とか白骨騎士を押し退け、進撃路を啓開した。第6騎士団とマクシミリアンの部隊が、開かれた道を突進し、王宮の正門前に辿り着くことができた。しかし、目の前には第3騎士団員の死体と破壊された白骨騎士が累々と横たわる凄惨な光景が広がっていた。
正門内に踏み込み、マクシミリアン達は前に進むが、王宮前の庭園には数千にも及ぶ白骨騎士が不気味に光る槍を構えて待ち構えていた。
「まだ残っていたか。マクシミリアン、ここはオレたちが相手をする。お前は王宮内に突入しろ! マルムトを倒すという目的を果たすんだ!」
「第6騎士団、全員突撃! フローラは王宮入り口の骸骨野郎を蹴散らせ!」
ビッグスの命令に、第6騎士団の精鋭たちが白骨騎士に突撃して行った。そこに、第4騎士団第2大隊長がマクシミリアンに近づいて来た。
「マクシミリアン様、我々も第6騎士団と共に突入路を開きます。マクシミリアン様は王宮内に向かってください。必ず、マルムトを倒して下さるようお願いします」
そう言うと、「第2大隊の残存兵よ! 我に続け!」と言って、白骨騎士団との戦いの中に飛び込んで行った。
マクシミリアンは、ビッグスや第2大隊長の背中に向かって、「ありがとう」と礼をすると、イングリッドとラブマン以下5名の精兵、フィーアとユーリカを連れて、フローラが切り開いた通路を抜けて、王宮内に進入した。その背後でアルもまた、マクシミリアン達に気づかれないよう、王宮内に入り込んでいた。
「一体、どうしたことだ。これは…」
王宮内は多くの騎士団兵と信者兵が倒れており、1人として動くものがいない。マクシミリアンたちはその様子に驚きながらも、警戒を緩めず前に進み、ついに謁見室の前まで来た。
「ここにマルムトがいるはずだが…。何だろう、嫌な予感がする」
ゆっくりと扉を開き、謁見室の中に入ったマクシミリアンたちが最初に見たのは、胸から血を流して倒れている少女と胴が両断された男の死体だった。
「これは…、アイリさんですね」
「男の方は、確か教団幹部で、イズルードと言ったような…」
フィーアとユーリカが死体を確認していると、目の前に若い男、マルムトの首がゴロゴロと転がって来た。
「ひいっ…!」
急な出来事にフィーアが小さく悲鳴を上げ、身を竦ませると、部屋の奥から数人の人影が現れた。マクシミリアンやラブマン以下、配下の騎士が剣を抜いて構える。
「ユ、ユウキ…さん」
フィーアとユーリカは改めて間近でユウキを見た。身体のほとんどを露出し、胸と腰回り、膝下の部分を禍々しい漆黒の鎧で覆い、血の色をした赤く輝く瞳が、じっとこちらを見つめている。その姿、表情を見ているだけで恐ろしく、背筋が凍るような感じがする。
フィーア、ユーリカ、マクシミリアンが言葉もなくユウキを見ていると、ユウキが口を開いた。
「マルムトとイズルードは殺した…。次はお前たちの番だ…」
「ユウキさん! もう止めて下さい。あなたはもう十分殺したではないですか! これ以上殺戮を繰り返すのは止めて。でないと…でないと私たちは、貴方を殺さなければならなくなる!」
フィーアが必死の表情でユウキに呼び掛けるが、ユウキは全く反応しない。むしろ、憎悪を一層強くした目で見つめて来る。
「何、勝手な事言ってんのよ…」
「カ、カロリーナさん」
「何でユウキがこうなったのか考えてみなさいよ。私は言ったわよね。ユウキはこの世界の悪意に耐えられなくなったって…。ララが死んだのは何故? 王家の勝手な事情でユウキを魔女に仕立て上げ、殺そうとしたからじゃない!」
「ユウキを、王国を混乱させるための道具に仕立て上げ、要らなくなったら殺そうとしたからじゃない! 全て王家やこの国のせいよ! ララは最後までユウキを守ろうとした。そして死んだわ。ユウキが壊れちゃうの当り前よ。そして何? 今度はアンタたちがユウキを殺そうって言うの?」
「フィーア、ユーリカ。アンタたちマクシミリアンに付いたのね…。ユウキの敵になったという事ね。じゃあ、話は簡単だわ。アンタたちは私の敵よ!」
「私の極光は、ユウキを守るために授かった剣。私がアンタたちをユウキの敵と認識すれば、極光はためらわず斬り裂いてくれる…。フィーア、ユーリカ、私の極光と戦う勇気、ある?」
「カロリーナ…そこまで…」
ユーリカは、もう永遠にカロリーナと交わることは出来ない事を悟った。小さい頃は一緒に泥だらけになって遊んだカロリーナ…。何故と言う思いがユーリカを逡巡させる。
「確かに、我々の身勝手な争いに君たちを巻き込んでしまったことは申し訳なかった。また、ララ君を死に追いやったのも、こちらに非があると思っている」
「マクシミリアン様…」
イングリッドが、マクシミリアンの手を握る。その様子を見ていたユウキの心の中で燃える憎悪の炎が一層強くなる。
「しかし、ユウキ。お前は多くの何の罪もない多くの市民を殺した。いや、殺したでは済まない。虐殺したんだ。この罪は絶対許す訳にはいかない。私はお前を王国の敵と認め、討伐命令を下した」
「ユウキ、君は私に勇気を、人を守る大切さを教えてくれた。とても感謝している。しかし、君がこれ以上王国の民を傷つけると言うなら、私はお前を排除せねばならない」
マクシミリアンがユウキに剣を向け対峙する。ユウキは無表情でマクシミリアンを見ているだけだ。しかし、その後ろではマヤたちが武器を構えてユウキを守る体勢を取っている。この場の緊張がこれ以上なく高まった時、マクシミリアンたちの背後から、アルがハルバードを振りかざして飛び出してきた!
「うおおおっ! ユウキぃー、よくも、よくもララを殺したなぁー! お前のせいでララは、ララはぁあああ!」
「……わたしが…、ララを、こ、ころし…た? ううっ!」
「ユウキっ!」
アルの声に一瞬驚いた表情をし、頭を抱えて苦しみだしたユウキにカロリーナが駆け寄り、倒れそうになったユウキを支える。その間にユウキの目前に近付いたアルが、ユウキに向かってハルバードを振り下ろした。
「きゃああっ!」
カロリーナが思わず悲鳴を上げた時「ガッキイイン!」と音がして、ダスティンが戦斧でハルバードの一撃を防ぎ、その隙に、格さんがアルの腹に強烈な蹴りの一撃を見舞った。
「ぐほあっ!」
アルは謁見室の壁際まで吹き飛ばされてゴロゴロと床に転がった。慌ててユーリカが駆け寄ってアルの状態を確認すると、息はあり、気を失っているだけだとわかり、安心するのだった。
「う、うう…。ララを、ララを殺したのは、お前たちだ…。許さない…。わたしは、お前たちを…根絶やしにする…。次に会った時が…最後だ」
ユウキは、カロリーナに体を支えられながら、マクシミリアンに向かってそう言うと、転移魔法を発動させ、どこかに消え去った。
「アルさん大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
気が付いたアルを、ユーリカが立たせて、マクシミリアンたちの下に歩いてきた。
「あのまま戦っていたら、全員殺されていました。とりあえず、ホッとしました…」
「まさか、カロリーナだけでなく、ダスティンさんもいたとは…」
「しかし、困ったことになりましたね…」
フィーアが沈んだ声でいうと、ユーリカが「何がですか」と聞き返してきた。
「カロリーナさんですよ」
「カロリーナが? どうしてですか。私たちの敵になったから?」
ユーリカはさっぱりわからない。マクシミリアンも不思議そうな顔をしてフィーアを見て来る。
「ユウキさんやダスティンさん、マヤさんたちは強いと言っても戦い要はある。でも、カロリーナさんだけはダメです。彼女の持つ神剣は、伝説級の魔物も一撃で屠るほどの最強の剣。それに、カロリーナ自身も、強力な防御魔法の使い手です」
「あ…、まさか…」
「そうです。自分自身を魔法で守りながら神剣を使われると、私たちでは手が出せない。最強かつ最悪の相手です…」
フィーアの言葉に、その場の全員がシンとなる。
「皆、今ここで悩んでいても仕方がない。幸い、ユウキが撤退したお陰で、白骨騎士も消えた。マルムトも…、倒された。王国奪還を国民に宣言し、王宮に入るとしよう。ラブマン、国中に宣言文を布告してくれ。イングリッド、王宮の片づけを行うのに、王都市民の協力を貰ってくれ。また、ユウキに殺された市民の名簿作成も必要だ」
「一通り、作業を終わらせたら、ユウキ…、暗黒の魔女にどう対処するか考えよう」
マクシミリアンが全員を見回して言い、それぞれの役割を果たすため動き始めた。しかし、アルだけはユウキに対する怒りを滾らせ、ユウキを殺すという目的を果たすため、王宮を出て行くのであった。
ユウキと邂逅した翌日、王宮の会議室でマクミリアンを始め、副官イングリッド、ゼクスとビッグスの両騎士団長、副騎士団長が集まって、昨日の戦闘の結果と王都の被害状況を話し合っていた。さすがに、昨日の今日であるため、全員に疲労の色が濃い。
「えっと、昨日の戦闘による我が方の被害は、第1騎士団が戦死8百人、負傷1千6百人、第6騎士団が戦死5百人、負傷8百人です。それと、第3騎士団ですが…、約1万の兵で我々を迎え撃つハズだったそうですが、白骨騎士に急襲され、生存者僅か百十数人です」
イングリッドが報告を続ける。
「今回の戦闘で巻き込まれた王都市民はいませんでした。しかし、家屋には大分被害がでたようで、現在集計中です」
「被害集計は出来るだけ急いでくれ。それと、騎士団の再編だ。とにかくユウキ、いや、魔女を何とかしなければ…。これ以上被害を出したくない」
「それと、魔女一味の居場所について、捜索隊を編成し、一刻も早く探し出すのだ」