第171話 マルムト王子の最後
マクシミリアン率いる王都奪還軍は、然したる妨害もなく、王宮まであと少しという所まで来た。しかし、先行する偵察兵が慌てて戻ってくると、第5騎士団を全滅させた白骨騎士の軍勢が向かってきていると報告してきた。
「ぜ、ゼクス騎士団長! 前方から白骨騎士が迫ってきます。数およそ数千!」
「何だと、ここに来て魔女が現れたというのか! 仕方ない迎撃するぞ。縦深陣を取れ! 押し込まれるな。押し返せ! 魔法兵は防御魔法を前衛に掛けろ! 急げ!」
後方に控えるマクシミリアンの下にも、白骨騎士の大部隊が現れて、前衛の第1騎士団と激戦中であることが報告された。また、王宮の庭園でも、第3騎士団と白骨騎士が戦っているという。
「どういうことだ? ユウキはこのタイミングで両方に仕掛けたというのか。何故だ…。ええい、考えても仕方ない。ここを突破しなければ王都奪還は難しくなる。イングリッド、ゼクス団長に、白骨騎士を中央から両サイドに押し分けて道を開くように言ってくれ。そして、空いた道から第6騎士団を突入させるんだ!」
「は、はいぃ!」
「第6騎士団が突入したら、我が第4騎士団も続くぞ! ラブマン、突撃陣形で待機するよう第2大隊長に伝えてくれ」
「いよいよユウキさんと戦う時が来ましたわね…。ユーリカさん、本当に良かったの?」
「はい、フィーアさん。覚悟はできています。恐らく、ユウキさんを救うには魂を解放するしかありません。それなら、友人である私たちが、行うべきと思うんです…」
「そうですね…。でも、どうしてこうなってしまったんでしょう。少し前まで私たちあんなに仲良しだったのに…、もう、遠い過去のように思えてしまう…」
「ユウキさんもそうですが、私たちも、もう後戻りできなくなってしまいましたね…」
フィーアとユーリカは、楽しかった学園生活や下宿での思い出が、もう遠い過去のように思えて、悲しい気持ちになり、涙で視界が滲んで来るのであった。
フィーアたちの後方、第4騎士団の部隊の中に、ユウキへの怒りを沸々と滾らせるアルがいた。アルはハルバードを血が出るほど強く握り締め、前方を鋭く睨んでいる。
「ユウキ…、お前のせいでララが、ララが…。絶対に許さないぞ…。」
「どうした、外が騒がしいな」
「マルムト様! 王宮の前庭に突然、白骨騎士が現れ、現在、第3騎士団と戦闘中です。また、南門からマクシミリアン率いる第1、第6騎士団が向かってきています。ただ…」
「何だ。早く報告しろ」
「そちらの方にも白骨騎士が現れ、激戦中とのことです」
「どういうことだ…。魔女のヤツ両方に仕掛けたというのか?」
考え込んだマルムトに、イズルードが話しかける。
「恐らく、魔女は両者の戦力を同時に弱体化させると同時に、手出しできない様に抑え、その隙にマルムト様のお命を狙ってくるものと考えます」
「何だと…」
「もう王宮に入り込んでいるかもしれません。ここは早く逃げるべきです」
「仕方ない、マクシミリアンたちが使った地下通路があったな。そこから逃げるぞ」
マルムトたちが逃げるため、謁見室の扉に向かおうとしたが、その扉の前に魔法陣が展開し、煽情的でありながら禍々しい鎧を着て、真紅に燃える瞳をした少女が現れた。また、その後ろには、ドワーフと人間の少女、魔女の眷属である3人のアンデッドが立っている。
「あ、暗黒の魔女…。もう来たのか…」
「マルムト、イズルード、お前たちの勝手な行いのせいで、わたしは大切な宝を失った。決して失ってはならない宝石のような少女を…。お前たちは、人を心が傷つくのも平気で弄ぶ…。お前たちに明日を生きる資格はない。今ここでお前たちを殺す。永遠に地獄の業火で焼かれるがいい…」
謁見室の外からどやどやと大勢の足音が聞こえて来た。
「ハハハ、死ぬのはお前たちだ! この部屋の周辺には腕の立つ精鋭騎士を配置している。お前たちには逃げ場はないぞ」
ユウキはちらとマヤに視線を送ると、マヤは助さんと格さんに指示を出した。
『助さん、格さんは廊下から来る騎士たちの相手をして。私は、ユウキ様と戦う』
『任せておけ! 行くぞ、格!』『応!』
「俺も行こう」
『ダスティン様、お願いします』
3人が廊下に出て行くのを確認したカロリーナは、マルムトたちが逃げられないよう、扉を氷の魔法で封印する。
「アンタたち、もう逃げられないわよ。覚悟しなさい。ララは私にとっても大切な友人だった。絶対に許す訳にはいかない」
「マルムト様、後ろに下がってください。こいつらの相手は私が」
アイリが防御無視の魔槍を持って前に出て来た。それを見てマヤがゲイボルグを構えて進み出る。
『貴方の相手は私です。容赦はしません。覚悟してください』
マヤとアイリは同時に飛び出し、激しく槍をぶつけ合う。アイリはゲイボルグの突きを魔槍の柄と石突を使って躱すと上と横から薙ぎの一撃を加えて来る。マヤはその攻撃をバックステップで躱してアイリの足元にゲイボルグを突き入れ、上に向かって切り上げる。
アイリはその攻撃も、柄で叩いて防ぐと、魔槍の刃先で足払いを掛けた。
マヤは、足払いの攻撃は避けられないと見て、ゲイボルグを立てて、上の方を掴んで支点にすると大きくジャンプして、支点反力を利用して体を回転させ、アイリの背後に着地した。
「へえ、胸ばかり大きくて鈍重かと思ったけど、意外と身軽ね」
『胸が小さいあなたには分からないでしょうけど、大きな胸には夢と希望が詰まっているんです!』
「何を言ってるのか、分からないわ!」
再びアイリが攻勢に出て、鋭い突きを打ち込んで来た。マヤはその全てをゲイボルグと体捌きで躱すと、マグナを倒した必殺技を放った。
『ゲイボルグ!夜空に流れる星々のように敵に降りそそげ!流星槍!』
アイリは、流れ星のように落ちて来る多数のゲイボルグを魔槍を横に払って跳ね飛ばそうとしたが、槍が当たった瞬間、ゲイボルグは幻のように消え去った。
「えっ、幻影…。あっ、あの女はどこ!」
『私はここです!』
後ろからの声に、アイリが振り向こうとしたが、その前にゲイボルグが背中からアイリを貫いていた。
「ゲホッ…、マ、マル、ムトさま…」
『まずまずの強さでしたが、私の敵ではありませんでした』
アイリが倒されたのを見て、マルムトとイズルードは進退窮まったことを感じている。ユウキがマルムトに向かったのを見て、イズルードは扉に移動し、開けようとしたが、カロリーナの魔法で凍らされていてピクリとも動かない。
「どこに行こうって言うの…」
その声にイズルードが振り向くと、カロリーナが立っていた。カロリーナの頭上には黄金に輝く剣が浮かんでいる。イズルードはごくりとつばを飲み込むと、汗を流しながら、最後の抵抗を試みた。
「お嬢さん、私を見逃してくれないだろうか。もし、見逃してくれたら我が教団の持つ財宝を全て差し上げよう。どうだ、いい話だろう。一生遊んで暮らせるぞ。お願いだ、扉に掛けた魔法を解いてくれ」
「そうね…。私の宝物を返してくれたら考えてもいいわ」
「宝物? なんだ、何でも言ってくれ。直ぐに準備しようではないか」
「じゃあ言うね。ララを返して」
「え、ラ、ララとはなんだ…。宝石か? 聞いたことがないが…」
「ええ、とっても貴重な宝石よ。でも難しいかもね…。あなたたちが殺した少女の名前だから! ユウキと私にとって、何より大切な宝石だった! 返して、ララを返してよ!」
「こ、このくそアマァ! 舐めやがって、死ねぇええ!」
イズルードが隠し持っていた短剣を振りかざして、カロリーナに向かってきた。
「あなたたちは人間じゃない。人の皮を被った魔物よ! 極光、あの人の形をした魔物を討伐なさい!」
カロリーナの命を受けた極光は、輝きを一層増すと、目にも止まらない速さで飛び、一瞬でイズルードの胴体を両断した。イズルードは自分に何が起きたのかも理解する間もなく絶命し、ここに、王国を裏から支配しようとした「新世界の福音」の野望は潰えた。
「マルムト…、アイリもイズルードも死んだ。残るはお前だけだ」
ユウキがマルムトに冷たく言い放つ。マルムトはユウキから奪った魔法剣を抜き、ユウキに向かってきた。
「黙れ! オレは死ぬわけにはいかない。お前を倒して再起を期す!」
「悉くオレの野望を邪魔しやがって…、暗黒の魔女、お前に関わったがためにオレの計画は全て瓦解してしまった。お前が、お前のせいで! 死ね!」
マルムトがユウキの頭上から魔法剣を振り下ろしたが、ユウキは片手で受け止める。
「なにぃ!」
「マルムト…、この剣はわたしの物。わたしの「白夜」。返してもらう」
ユウキは、剣体を受け止めた反対の手で、マルムトの手を掴み、力づくでグリップから手を引き剥がすと、マルムトを蹴り飛ばした。
「ぐはあっ!」
マルムトは、謁見室の壁まで吹き飛ばされ、身体を打ち付けた衝撃で息が詰まり、その場で蹲まった。ユウキは、マルムトから奪い取った白夜を握る。
「ま、マヤさん見て…。ユウキの剣、白夜が…、白夜が黒く染まっていく…」
『え、ええ…。一体何が起こっているのですか…』
ユウキが白夜だった剣を振り上げた。その剣は以前の白銀に輝いていた美しい剣ではなく、黒く鈍い光を放ち、暗黒のオーラを発している。
「この剣の光はわたしの心…。わたしの憎しみを力に変える暗黒剣。マルムト…、お前の勝手な野望がわたしの大切なものをたくさん奪った。わたしの悲しみを、絶望を思い知るがいい…」
ユウキは倒れているマルムトの髪の毛を掴んで無理やり立たせる。
「た、助けてくれ…」
「お前は、わたしの処刑の際に助けてくれたか? お前はわたしを雌豚と蔑み、早く殺せと言った。また、お前は数多くの女性を魔物の子袋にした。女性たちは皆「助けて」と言ったハズだ。だが、お前は1人も助けてはいない」
「マルムト…。お前には「助けて」という資格はない。後悔して死ね!」
そう言うと、ユウキは暗黒剣を素早く横に薙いで、マルムトの首と胴を切り離した。床に倒れた体の頸動脈からは、まだ脈打つ心臓の圧力で血が吹き出している。ユウキは、その血が止まるまでマルムトの胴体を見つめていた。
しばらくして、外から助さん、格さんとダスティンが戻って来た。全員、返り血を浴びて真っ赤に染まっている。
『終わったのか…』
『ええ。後は、マクシミリアンたちが来るのを待つだけです』




