第168話 暗黒の魔女
「あ、あれは…、ユウキさん…なのですか?」
「ゆ、ユウキ、ユウキが…、ユウキが本当に魔女になっちゃった。ユウキが…」
フィーアとカロリーナが処刑台の上に浮かび、無表情で周囲を睥睨しているユウキを見て言う。マクシミリアンやフェーリス、ダスティンたちも、集まった民衆も呆然として言葉を発することが出来ない。
『ユウキさまぁ!』
マヤと助さん、格さんがユウキの下に駆け付け、ユウキに呼び掛けるが、ユウキは全く反応せず、その場にいた者たちに向かって言葉を発し始めた。
「この国の者たちよ…」
「わたしは、お前たちを皆殺しにすることに決めた…」
「マルムト、イズルード。お前たちは自分たちの欲望のため、魔物を使ってこの国を荒廃させ、多くの人々を殺し、わたしを大切にしてくれた国王様と王妃様を弑逆した…。また、自分たちの信頼を得ようとして、流言によって国民を扇動し、わたしを魔女に仕立て上げ、人々の憎しみを向けさせてわたしの心を壊した。ララは打ちのめされたわたしを見捨てず、殺されそうになったわたしを庇って死んだ…」
「ララはわたしの初めてのお友だち…親友だった。辛いときも悲しいときも、いつもわたしを明るく励まし、支えてくれた、わたしにとって命より大切な子だったのに…。それなのに、それなのにお前たちはララの命を奪った!」
「ララは…、ララは決してあのような死に方をする子ではなかった。幸せになるべき女の子のはずだったんだ!」
「お前たちだけは絶対に許さない…。この手で殺す。必ず殺す。地獄に送ってやる…」
「マクシミリアン…。お前はわたしの愛と信頼を裏切った。わたしはお前の言葉を信じてずっと待っていた。しかし、お前は私を裏切った。その時のわたしの悲しみと絶望をお前は知らない…」
「憎い…。ララを殺したお前たちが憎い! わたしを魔女と呼び、迫害し、殺そうとしたこの国の者どもが憎い! わたしを見捨てた男が憎い! この国の全てが憎い! 全員皆殺しにしてやる!」
「この国の生きとし生ける者どもよ、よく聞け! このわたし「暗黒の魔女」がお前たちに死を与える! 受け取るがいい!」
そう言うが早いか、ユウキが両手を高く掲げると、超高熱高圧の球体がいくつも浮かび上がる。
『ユウキ様、ダメです! お止め下さい! お願いやめて、殺戮者にならないで!』
『お嬢! 止めるんだ! 正気になれ。止めるんだ、お嬢!』
『ユウキお嬢様! この街を破壊するつもりですか! お止め下さい!』
マヤや助さん、格さんが必死に呼びかけるが、ユウキの心は完全に闇の力に取り込まれており、憎しみと殺意の塊になっていて、3人の言葉は全く届かない。
「メガフレア!!」
ユウキが叫ぶと同時に、超高熱高圧の球体は四方八方に飛んで、建物や人々を巻き込んで大爆発を起こした。ユウキは何度も高熱破壊魔法メガフレアを唱え、その度に破壊と殺戮が繰り返され、中央広場にいた民衆の多くやマルムト麾下の騎士団兵、教団兵が爆発と炎の中に消えて行き、周辺の建物は徹底的に破壊され、悉く崩れ去った。
マルムトとアイリ、イズルードは少数の兵とともに辛うじて離脱することに成功した。
「くそ、何という事だ。まさか本当に魔女として覚醒するとは…」
「とにかく、一旦王宮に避難する。マグナはどうした」
「はっ、マグナ殿は魔女の眷属の女と一騎打ちで敗れ、戦死されました」
「何だと! マグナが、マグナが死んだだと…。信じられん…」
「マルムト様、貴殿にはまだアイリ殿がおります。魔女の魔法で第2騎士団はほぼ壊滅状態になりましたが、王宮には第3騎士団の主力もおります。我が信者兵も多数残っております。とにかく、王宮に向かいましょう」
「うむ! アイリ、イズルード、行くぞ。とにかくこの場を離れるのだ」
マクシミリアン、フェーリス、イングリッドほか第4騎士団一行とフィーア、ユーリカ、カロリーナ、布に包んだララの亡骸を抱いたダスティンとオーウェンはユウキが魔法を放つ直前、秘密の地下通路に潜り込み、地上の破壊から逃れることが出来た。しかし、地上で起こっている爆発の振動が地下通路も震わし、天井からパラパラと細かい埃が落ちて来る。
「う、ううっ…。ユウキ…、ユウキが…魔女に、本物の魔女になっちゃった…。助けてあげられなかった…。ララ、ララも死んじゃった…うう、ふぐっ…」
カロリーナの嗚咽だけが地下通路の中に響く。
「ララが言ってた…。ユウキは、ユウキの心はガラス細工のように脆いって…。いつも1人で悩んで、辛いことを抱え込んでいるって…。だから、側にいてあげなくちゃいけないって…」
「ユウキにとってララは特別なの…。そのララが、ララが目の前で死んで、ユウキの心、壊れちゃったんだ…。どうして、どうして私、ユウキもララも助けられなかったんだろう。側にいたはずなのに…」
「カロリーナ…」
ユーリカが優しく肩を抱いて、今にも倒れそうなカロリーナを支える。その姿を見てフィーアはずっと考えていた。
(カロリーナさん…それは私たちも同じです。結局、ユウキさんを助けてあげられなかった。あそこに飛び込む勇気がなかった。それを持っていたのはララさんだけでした…。それに、ユウキさん、マクシミリアン様の事、深く愛していらしたのですね。でも、私の予感通りになってしまいました。愛する人の裏切り行為…。何よりも人の絆を信じていたユウキさんには耐えられなかったのですね…)
一行は、それぞれの想いを胸に、ひたすら王都から脱出を図るため進むのであった。
『何て事…』
マヤは、ユウキの放った魔法で瓦礫の山になった中央広場周辺を見る。周囲数百メートル四方には建物の姿はなく、また、人だったと思わしき黒焦げになった死体が無数に散らばっている。しかも、死体は五体満足のものは一つもなく、全てばらばらになっていた。その凄惨な光景に助さんや格さんも戦慄し、言葉を失っている。
ユウキは何の感情もない表情で黒焦げになった人間の破片を見た後、王国高等学園の方に体を向けると、再び両腕を高く掲げて魔力を集中させた。
マヤはその様子を見て、先ほどのメガフレアとは異なる魔法を行使しようとしていることに気が付いた。
『あ、あれは…。いけない! ユウキ様、ダメですその魔法は! 学園には1年生の生徒さんがいるんですよ。ダメ、ユウキ様! その魔法は使っちゃダメーーー!』
マヤが必死に呼びかけるが、ユウキはエクスプロージョンさえ上回る究極の破壊魔法を放った。
「星々の終焉の力、全てを破壊せよ。スーパーノヴァ!!」
元素の崩壊限界まで圧縮された小さな光の玉がユウキの掲げた腕の先から学園目掛けて飛び出し、学園上空で一瞬、途轍も無く明るく輝くと、凄まじい大爆発が起こり、巨大なキノコ雲が立ち昇った。学園から中央広場まで3km以上の距離があるが、ここまで爆風と衝撃波が襲い掛かってきて、建物の瓦礫や黒焦げになった人々を吹き飛ばした。
『ああ…ユウキ様…』
『大丈夫か、マヤ』
『はい…。助さんと格さんは?』
『俺たちも大丈夫だ。それより見ろ、お嬢の様子が変だ』
助さんに言われて、マヤがユウキを見ると、全身の力が抜けたように、ふらっとすると、そのまま地上に落ちて来た。地面に叩きつけられる直前、格さんが飛び込んでユウキをキャッチする。
『ユウキお嬢様は気を失っておられるようですが、怪我などはありません』
『そう…、きっと魔力を使い果たしたんだわ』
『マヤ、これからどうする?』
『とにかくここを離れて、ユウキ様を休ませましょう』
ユウキを連れたマヤたちは、頷くと瓦礫の中に消えて行った。