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第166話 魔女裁判(後編)

「魔女を立たせろ!」


 ゲラドの命令に執行人は、ユウキの髪の毛を掴み、無理やり立たせた。


「い、痛い…。止めて…。お願い、髪を引っ張らないで…」

 ユウキがあまりの痛みに髪の毛を引っ張らないよう懇願するが、執行人はニヤニヤ笑いながら止めようとしない。


「聞け! ここに集いし者どもよ。ここにいる魔女は魔物を操り、王国の食料供給を魔物を使って妨害し、諸君らを飢えさせた元凶である。諸君らの中にも食べる者がなく、飢えて死んだ家族、親戚、友人たちもいただろう。全て、この魔女の仕業である!」


「それだけではない! 魔女は王家に取り入り、第2王子を篭絡し、その庇護を受けて様々な災厄をもたらした。強力な魔物の出没が増え、女たちは多くが行方不明になり帰って来なかった。全てはこの魔女が、王都に来てから起こった事である!」


「さらには魔物の大群が押し寄せ、多くの町や村が壊滅し、そこに住む人々が犠牲となった。国に大きな損失を与えたのだ」


「諸悪の根源たる魔女と王家のうち、国王夫妻は既に処刑した。この魔女も今ここで殺すべきだと思うが、諸君らはどうか!」


 ゲラドのユウキに対する、でっち上げの断罪に民衆は「魔女を殺せ!」と叫ぶ。ユウキは満足そうに笑顔を浮かべるゲラドを、痛みに耐えながら睨む。


「何度言ったら分かるんだ! ボクは魔女じゃないし、魔物を操ったこともない! 証拠もない癖にでっち上げを言うな!」と大きな声で叫んだ。


「証拠ならある」

「え、う、ウソを言うな!」


「お前は2年半前、この国の北方、イソマルトに王都に行きたいからと突然現れたそうだな。イソマルトの住民は誰もお前の事を知らなかったと言うぞ。お前はどこから来たのだ?」

「それに、その髪と瞳の色。この世界の人間に黒い髪と瞳を持つ人間はいない。しかし、古代の文書には魔女は黒い髪を持つという記述がある」


「そ、それは…」


「ガハハハッ! お前はイソマルトの付近に住んでいたと言ったらしいが、イソマルトの近くには、あの「黒の大森林」しかない。そう、お前は絶対不可侵の「魔物の巣喰う大森林」からやって来たのだ。魔物か魔女以外に大森林に住めるものか!」


「まだあるぞ」

 ゲラドがユウキと集まった民衆を交互に見る。


「魔物の跋扈、食料危機、女たちの行方不明…。全て、お前が王都に来た2年半前から起こっている。これは偶然なのか? 違うだろう、全てお前の仕業とすれば辻褄が合う。正直に答えたらどうだ?「全て私の仕業です」と…」


「それにだ、行方不明になった女たちは、大森林の中で魔物の子を産む道具にされたと言うではないか。お前は、そうやって増えた魔物を使って王都を混乱させ、人々を飢餓に陥れ、とうとう魔物の大軍団を国に引き込んだ。こんなことが出来るのは、大森林を棲み処としていた魔女しかできないではないか」


 処刑台の周りに集まる民衆から「死ね魔女め!」「妻を返せ!」「死んだ子供を返せ!」などといった言葉がユウキに浴びせられる。ユウキは叫びを上げる人々の中に、しばらく前まで笑顔で話をしていた商店街の店主やおかみさん、一緒に遊んだ街の子供たちの姿を見つけ、悲しい気持ちで心が一杯になってしまった。それでも、精一杯声を上げて抵抗する。


「ボクは何もしていない! よく見ろ! ボクは魔女じゃない。ユウキと言う名のただの女の子だ。魔女じゃない、絶対に魔女じゃない!」

「それに、今の話は全てそこにいるマルムトが国を簒奪するために仕組んだことだ! そして、マルムトを操っていたのはお前たち「新世界の福音」じゃないか!」


「マルムト様だ!」

 ゲラドはユウキの頬をビシャッと張り、ユウキは「きゃあっ!」と悲鳴を上げて倒れた。



「ユウキ! あの野郎…もう我慢できねえ!」

「おい、ダスティン! しょうがねえ、待て。俺も行く」


 ユウキに対する仕打ちに我慢が出来なくなったダスティンが処刑台に向かって駆け出し、オーウェンも後に続く。しかし、人混みが凄く「どけ、お前ら!」と言って割って入るが、中々前に進めない。


「いいか、お前が魔女であるという証拠はまだあるぞ」

「ただの小娘がこの世の理である四元魔法と真逆の魔法を使えるか? お前の放った魔法は暗黒魔法。はるか昔に、この世から失われた魔法だ。どうやって会得した?」


「………」


「グフフフ、言えまい。皆の者よく聞け、昨夜王宮を襲った魔女の仲間はな、ゾンビにスケルトンだった。アンデッドを自在に操れる人間がこの世にいる訳がない。お前が魔女だという何よりの証拠だ!」


 ゾンビとスケルトンを操る魔女。その言葉に集まった民衆は戦慄し、魔女を殺せと騒ぎ始めた。


「違う…。マヤさんたちは魔物じゃない。大切な家族だ…。ボクは、ボクは魔女じゃない…ユウキだ…。ただの女の子…。う、ううっ、うわああああん」

 周囲から浴びせられる怨嗟の声と憎しみの視線に耐えられず、心が完全に折れてしまったユウキは大粒の涙を流し、泣き出してしまった。


「ユウキっ!」


 近くからユウキを呼ぶ友の声が聞こえた。ユウキがその声の主を探すと、処刑台に集まった人々の最前列にララとカロリーナの姿があった。


「ララ、カロリーナ…。ボク…、ボク魔女じゃない。魔女じゃないよ、分かって…」

「当たり前よ! ユウキはドジで泣き虫なただの女の子よ! しっかりして!」

「ユウキ! 絶対に奴らに殺させはしない。諦めないで!」


 ララとカロリーナがユウキを励ますが、ユウキの目からは涙が止めどなく零れ落ちる。ユウキがふと人々の列の最後方を見ると、建物の陰に隠れてユウキを見ているマクシミリアンと目が合った。


(マ、マクシミリアンさま! ボクを助け…に…、ああ…)


 ユウキと一瞬目が合ったマクシミリアンは目を逸らし、側にいたイングリッドとともに建物の陰に隠れてしまった。それを見たユウキは、自分の想いはもうマクシミリアンには届かない事、マクシミリアンの気持ちはもう自分には無いことを確信し、絶望のどん底に落とされた気持ちになった。



「皆、フェーリスを取り戻した今、ここにいる理由はない。全員この場から撤退する。地下通路を通ってアクーラ要塞に向かう」


 マクシミリアンは、フェーリスを助け出してくれたユウキに感謝しつつも、この場の全員を危険にさらす愚とユウキの命を天秤にかけ、ユウキを見捨て、撤退することを決めた。王となる者は多くを救うために、犠牲を厭わなければならない時がある。そう、自分に言い聞かせ、心を鬼にして命令を下したのであった。


「そんな…、お兄様。ユウキ様を見捨てるって言うんですか!」

「マクシミリアン様、考え直してくださいまし! ユウキさんを、ユウキさんを助けて下さい!」

 フェーリスやフィーアが、マクシミリアンにユウキを助けるよう懇願するが、マクシミリアンはきっぱりと言った。


「フェーリス救出は果たされた。私だってフェーリスの命の恩人たるユウキ君を見捨てるのは本意ではない。すまん…、ここにいる全員の命を危険にさらす訳にはいかない。我慢してくれ…。撤退だ!」


 絶望に沈んだユウキの表情を見て我慢できなくなったマヤは、『もう我慢できない!』と言ってユウキを助けるため、潜んでいた物陰から飛び出した。


『お、おいマヤ! 仕方ねえ、俺たちも行くぞ、格さん!』

『応!!』


「ゲラド司教、裁判はもういい。心が折れた雌豚なぞ見たくもない。処刑しろ」

「はは、マルムト様」


「さあ、ご裁断は下された。この国に仇成した魔女は死刑と決まった! 只今より、魔女の首を刎ね、死刑を執行する!」


 ゲラドが手を上げると、執行人がユウキを四つん這いにした後、首切り斧を頭上高く振り上げた。ユウキは鈍く光る斧の刃を涙で潤んだ目で見上げる。


(ああ、ボク死んじゃうんだ…。お姉ちゃんとの約束守れなかった…。ゴメンねお姉ちゃん。ボク、ここまでだよ…)


 ゲラドの手が、今、正に振り下ろされようとした時、『させません!』という裂帛の声とともに、漆黒の魔槍が飛んできて執行人の胴体を貫いた!


『戻れ、ゲイボルグ!』


 投擲したゲイボルグを再び手に取ったマヤは、邪魔となる教団の信徒や兵士を次々と斬り倒し始めた。そこに、遅れて飛び出してきた助さんと格さんも参戦する。


「うわああ、魔物だ! スケルトンだ!」

「た、助けて! 魔女の使いが来た!」


 凶悪な姿をした助さん格さんを見て、集まった民衆は恐れおののいてパニックになり、処刑台の周辺は大混乱に陥った。


「マルムト様、魔物は私が対処します。早く安全な場所へご移動ください。アイリ、マルムト様を早くお連れするんだ」

 マグナはアイリに指示を出すと、混乱の場に向って走り出した。


「ゲラド、その魔女を早く処刑しろ!」


 マルムトはゲラドに処刑を命じ、見物台から広場に降りて、アイリと共に安全な場所を探して移動を始めた。この混乱で、ララとカロリーナも民衆に揉みくちゃにされていた。


「今がチャンス! 私、ユウキを助けに行ってくる!」

「あっ、ララ、待って私も…。きゃあっ! いっ、痛あ~」

 ララがユウキの元に向かって走り出し、カロリーナも続こうとしたが、逃げる人々に突き飛ばされて処刑台の下で転んでしまった。


『ユウキ様、今行きます!』

「行かせるか!!」


 処刑台に向かって走るマヤの頭上に、突然、剣が振り下ろされた。マヤが辛うじてゲイボルグの柄でその攻撃を防ぐと、聖騎士の鎧を着た剣士が大剣を向けている。


「我が名はマグナ。マルムト様の邪魔はさせん! 魔物よ、ここで主人と共に滅するがよい!」


『くそ、助さん、格さん。ユウキ様の元に向かって。この男は私が抑える!』

『任せろ! 気をつけろよマヤ、その男、相当強いぞ!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「一体何が起こったの…?」


 ユウキは、突然の出来事に呆然としていた。目の前にはユウキの首を刎ねようとしていた執行人の死体が転がっている。


「この魔女め! やはり、お前は災厄を呼ぶ魔女だ! 死ね!」

「ゲラド!」


 ゲラドが首切り斧を持って近付いてきた。ユウキは手足に枷を付けられているため動けない。ゲラドはユウキを侮蔑したような目つきで見下ろすと、ユウキの頭めがけて首切り斧を振り下ろした!

 ユウキが、自分の目の前に迫って来る斧を見つめ、今度こそダメかと思ったその時、


「ダメぇええええ!」


 突然、目の前に大きな声を上げて影が飛び込んで来たと思ったら「ズシャアア!」という肉と骨が切断される嫌な音とともに、真っ赤な血がユウキに降りそそいだ。そして、切断された体の下半身部分がユウキに当たって目の前に転がり、上半身部分は処刑台の下に落ちて行った。ユウキは落ちて行く上半身の、その顔をはっきりと見た…。


「きゃああああああ! ラ、ララぁーーー! いやああああ!」


「おのれ、邪魔をしおってからに…。魔女め、今度こそ殺してやる!」

『死ぬのはテメエだ!』


 ゲラドは再度ユウキに向かって首切り斧を振り被るが、ユウキの元に駆け付けた助さんが背後からゲラドをデス・ゲイズで頭から縦に両断し、ゲラドは「グボォ…」という声を最後に血と内臓をまき散らして絶命した。


『お嬢! だいじょうぶ…か…』


 助さんがユウキに声をかける。しかし、ユウキは肩口から斜めに両断されたララの下半身部分を抱き締め、ぶつぶつと何か呟きながら、虚ろな目で飛び散った内臓をかき集めていた。


『い、いかん! マヤ、来てくれ。お嬢がヤバい!』

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