第164話 ユウキの危機
ゲラドの声に信者たちは一斉に3人に襲い掛かって来た。ユウキは魔法で暗黒の霧を放って足止めし、マヤがゲイボルグを横に薙いで、一度に何人もの信者を斬り倒すが、如何せん相手の人数が多い。次から次と襲い掛かって来る。
「フェーリス様を庇いながらでは防ぎきれない! マヤさん、フェーリス様を連れて逃げて! ここはボクが抑える!」
『しかし、それでは、ユウキ様が危険です!』
「早く! フェーリス様を助けることが優先だよ。早く行って、これは命令だよ!」
『は…、はい! フェーリス様、こっちです!』
ユウキはマヤがゲイボルグで目の前の教団信者たちを排除しながら、フェーリスを連れて裏門方向に走り去るのを見届けると、イズルードとゲラドを倒すため、暗黒の炎を巻き起こす魔法を放ち、握り締めた白夜と共に、教団信者たちの中に飛び込んで行った。
「ハアハアハア…、い、息が…」
『フェーリス様、もう少しでララ様とカロリーナ様が待っている場所に着きます。頑張って!』
マヤは、フェーリスの手を引いて走りながら、念話で助さんと格さんに話しかける。
『助さん、格さん、ユウキ様がピンチです。裏門に向かってユウキ様を助けて下さい!』
『何だと! くそ、何やってんだマヤ! お前だからお嬢を任せたんだぞ!』
『後でいくらでも謝罪します。助さん、早くユウキ様を助けに向かって!』
『ダメだ。物凄く腕の立つ奴がいて、俺も一杯一杯なんだ!』
『この役立たず! 格さんはどこ!』
『今、裏門に向かっています。しかし、兵士の数が多く少々時間を要しそうです』
『何て事…。ユウキ様…』
「あっ、ララ。マヤさんとフェーリス様が来たよ!」
「カロリーナ、ユウキは?」
「えっと…、あれ? ユウキがいない…」
『フェーリス様をお連れしました! 早くここから逃げましょう!』
「マヤさん、ユウキは?」
『ユウキ様は…、ユウキ様は私たちを逃がすために囮になりました…』
「何ですって! ユウキを助けに行かなきゃ」
ララとカロリーナは王宮の方に駆け出そうとしたが、マヤに腕を掴まれ、止められてしまった。
『行ってはいけません! 行けばお2人も危険です。私たちはフェーリス様を早く安全な所にお連れしなければいけません。それが、ユウキ様のご命令なのです』
「でも、ユウキが!」
『でもも、だってもありません! またフェーリス様が奴らの手に落ちたらユウキ様の努力は無駄になってしまいます。助さんと格さんにユウキ様の元に向かうよう指示しました。私たちは、フェーリス様をお守りして、ダスティン様の家に向かいましょう。急いで!』
ララとカロリーナは、悲痛な表情を浮かべ、必死に自分たちを説得するマヤを見て従うことにした。今更、ユウキの元に向かってもどうにもならないことは2人も分かっている。もし、ユウキが捕まったとしたらチャンスを見つけて助け出す。そう心に決め、ここから逃げることにした。
「わかったわ。急いでここから離れましょう」
ララの言葉にカロリーナも頷き、4人は街中に向かって走り出した。
(ユウキ様…、私のためにごめんなさい。ごめんなさい…)
フェーリスはマヤに手を引かれて走りながら、心の中でユウキに謝るのであった。
裏門ではユウキが危機を迎えていた。魔法と剣によって信者の多くを倒したが、それでも相手の数は多く、周囲を囲まれてしまい、逃げ道を失っていた。
「はあ、はあ……」
「はははは、お疲れの様ですね。しかし、攻撃魔法を使えるとは驚きです。しかも、威力が桁違いだ。それにあなたの魔法、四元魔法じゃありませんね?」
イズルードの問いかけに、ユウキは何も答えない。
「まあ、いいでしょう。魔力も底を尽きかけているはず、ゲラド!」
「は、大司教様。信者たちよ、今こそあの魔女を捕らえろ! 四方から縄をかけるのだ!」
ゲラドの命令に、ユウキの前後左右から信者の男が進み出て、投げ輪を掛けて来た。ユウキは前方から飛んできた投げ輪を切り落としたが、後方と左右からの投げ輪がユウキを捕らえ、両腕と胴体を締め付ける。あまりの苦しさに、白夜を手から放してしまった。
「う、くううう……」
縛られ、身動きがとれず、苦しさで呻くユウキの首に、信者の男が首輪を掛けた。
「その首輪は装着者の魔法を封じる魔法具です。一度装着すると封印の魔術が働いて、簡単には外せない様になっています」
「大司教様、これを…」
ゲラドがイズルードに白夜を渡す。ユウキの手を離れた白夜は本来の輝きを失っていたが、魔法剣としての力は残していた。イズルードは繁々と白夜を見て、
「ふむ、素晴らしい剣ですね。魔法剣など既に失われた技術とされています。この剣はマルムト様に献上するといたしましょう。あなたにはもう不要の物ですからね」
「ま、待て…。ボクの、ボクの剣を返せ…」
「ゲラド、魔女を明日の朝まで閉じ込めておきなさい。ただし、狼藉を働いてはなりませんよ。そのようなことをした者は問答無用で神の名の下に、命をもって償ってもらいます」
「はは、大司教様の御心のままに…」
ゲラドはイズルードが去ると、ユウキを嘗め回すように見てニヤニヤ笑う。
「明日にはお前の命運は尽きる。民衆の前で盛大に魔女として告発し、お前の罪を暴いてやる。フェーリスには逃げられたが、代わりにお前が罪人として死ぬのだ。この国を苦しめた稀代の魔女としてな! グワハハハッ、アーッハッハッハ!」
「連れて行け!」
「は、放せ! ボクは魔女じゃない! 放せー!!」
ユウキは信者の男たちに両腕を掴まれ、引きずられるように、拘置所に連れられて行った。
『何という不覚…。ユウキ様の危機に間に合わなかったとは…。あの厳重な警備では、私1人では突破してお嬢様の元に辿り着くのも難しそうです。ここは一旦…』
何とか裏口に辿り着いた格さんであったが、ユウキが捕まるのを見て、救出を考えたが警備の厳重さに断念し、マヤたちと合流するため、信者たちに見つからない様にその場を去るのであった。
『フェーリス様はどうされていますか?』
「今、ララがお風呂に入れているわ。何日も地下牢にいたから凄く汚れていて可哀そうだった。下着と服は私のを貸してあげるつもり」
『そうですか…。簡単な食事を用意しましたので、お風呂から上がったらフェーリス様に食べさせてあげてください。私は王宮に戻ります。ユウキ様を助けなければ』
『そいつは無理だ』
マヤが玄関に向かった時、外から2人のスケルトンが入って来た。
『助さん、格さん…。ユウキ様は一緒ではないの?』
『スマン、マヤ。お嬢はアイツらに捕まってしまった…』
『申し訳ありません。私が裏門に着いた時には、もう手を出せない状態でした』
『……役立たず』
『そう言われても仕方がない。敵に物凄い男がいて流石の俺も何とか逃げ切るのが精一杯だったんだ。くそっ…』
『マヤ、ユウキ様は明日処刑されるかも知れません。教団の禿げデブ男がそう言ってました。恐らく、魔女裁判にかけた挙句、公開処刑するつもりだと思います』
「そんな…。ユウキが、ユウキが処刑される? そんなの、そんなのって…」
カロリーナがプルプルと震えて絞り出すような声を出し、ペタリと床に座り込んでしまった。
「そんな事許さない!」
お風呂から上がったララがフェーリスとリビングに入ってきて、全員を見回して言う。
「ユウキは絶対に助ける。格さんの言う通りなら公開処刑までは殺されないって事よ。その時にユウキを助け出す。必ず助ける。いいわね!」
『ララ様…。そうです、その通りです。必ずユウキ様を助け出しましょう! いいですね、助さん、格さん』
『おう、邪魔する奴は全員叩き切ってやる! このデス・ゲイズでな!』
『燃えてきました。必ずやお嬢様のおっぱいを取り戻して見せますぞ!』
「ふふ、格さんはやっぱりブレないね。私も気落ちしてられない。頑張らなくちゃ」
「うん、カロリーナ。私も頑張るよ!」
「あの…、私にもお手つだいさせてください。私のせいでユウキ様が酷い目に逢うなんて耐えられないです。私もお役に立ちたいです」
おずおずと協力を申し出て来たフェーリスの手をララとカロリーナがしっかりと握って、一緒にガンバロウと励まし合うのだった。
ユウキは、拘置所の1室に閉じ込められていた。部屋は窓もなく、灯りもなく、扉も鉄でできていて逃げ出すことは出来ない。武器や防具だけでなく、マジックポーチまで取り上げられてしまった。また、手首には枷を付けられ、自由に動かせず、魔法も使えない。真っ暗の部屋の中で、ただ膝を抱えて座り込むしかなかった。
「フェーリス様は上手く逃げられたかな…」
「この部屋は真っ暗だ…怖い。明日は処刑だって言ってた。魔女として大勢の人の前で殺されるんだ…」
「お姉ちゃん。ボク、お姉ちゃんとの約束を守れないかも知れない…。この世界で幸せに生きるっていう約束を…」
「マヤさん、助さん、格さん、オヤジさん。ララ、カロリーナ…。死ぬ前に一目でいい、会いたいな…」
(マクシミリアン様は助けに…来てくれるかな…。ううん、考えちゃダメ。考えちゃ…ダメ)
王宮の一室でマルムトはイズルードたちから事の報告を受けていた。
「ふむ、黒髪の魔女とその仲間がフェーリスを取り戻すために襲撃してきたと。そういう事だな」
「はい。王宮の門を破壊したのは、そこに注目を集めるための陽動と思われます。しかし、配下にアンデットを要しているとは思いも寄りませんでしたが」
「王宮に詰めていた第2騎士団の兵士が大分やられました。2体は相当高位のスケルトンと思われます。私も結局、相手と剣を合わせるので一杯でしたから」
マグナが悔しさを滲ませた表情で、助さんとの戦いを思い出して言う。
「フェーリス王女は逃がしてしまいましたが、魔女は捕らえることが出来ました。明日は、王女の代わりに、あの女を民衆の場で魔女裁判にかけ、公開処刑することとしたしましょう。国王夫妻亡き今、民衆の憎しみは魔女に集まっていますからね。魔女を捕らえたマルムト様の評判は上がり、何より…」
「王女の処刑より、大いに盛り上がることでしょう。クッククク」
「マルムト様、魔女の仲間たちは必ずや、魔女を取り戻しに来るでしょう。フェーリスも姿を現すかもしれません。フェーリスも魔女の仲間として捕らえるチャンスと思います。我々の信者と併せ、騎士団の配置をお願いします」
「わかった。マグナ、手配は頼む」
「は、お任せください」
「ハハハハ、魔女を処分すれば、残りは大した実力もない兄妹だけだ。これで王国の完全掌握も目前だ。明日はせいぜい盛り上げてやろうではないか」
(グフフフ、魔女め待っておれ、この俺様が直々に審問してやる…。民衆の中で徹底的に辱めて殺してやるぞ…。ヒャハハハハ)
ゲラドはユウキに対する憎しみを沸々と滾らせるのであった。