第158話 魔女の噂再び
結局ユウキは次の日の昼まで寝込んでしまった。目を覚ましたユウキを抱き起こしながらマヤが心配そうに訊ねる。
『ユウキ様、体調は大丈夫ですか? 大分魔力を消耗したようでしたが…』
「うん、もう大丈夫。ゴメンね心配かけて」
『なら良かったです。お腹がすいたでしょう。今、食事の準備をいたしますね』
マヤが部屋から出て行って1人になったユウキは、ベッドに腰かけて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
(ついに人の前で治癒魔法を使っちゃったな…。でもいいんだ、後悔はしていない。フィーアのためだもの…)
そんな事を考えていると、ララとカロリーナ、マヤが部屋に入って来た。
「ユウキ、目が覚めたんだってね。お腹すいたでしょ。マヤさんに無理言って私が食事を用意させてもらったの」
「ありがとうララ。わあ、美味しそう。食べてもいい?」
「うん! いっぱい食べてね。おかわりもあるから」
「いただきまーす。うん、美味しい」
「ふふ、良かった」
「ねえ、ユウキ。昨日アレス様を治療した時、熱湯に浸したタライの他に強いお酒を使ったでしょ。あれ、どういう理由でなの? やっぱり異世界の知識なの?」
カロリーナが興味津々で聞いてきた。
「カロリーナも知っていると思うけど、怪我をした部分を放置するとばい菌が入って化膿して膿んだり、場合によってはそれが元で死んだりする事もあるよね。この世界ではきれいな水で洗って様々な薬草から作った治療薬を使ったりするけど、それにも限度がある」
「うん」
「ばい菌を殺すには石鹸で洗ったり、熱湯に浸けたりするのは知ってるよね。でも、強いお酒に含まれる濃度の高いアルコールという成分もばい菌を殺す効果が高いんだ。そして、アルコールは手指や傷の消毒に使えるんだよ」
「だから、ボクの治療中にばい菌が入らない様に熱湯に浸したタライに強いお酒を入れて、その中で手を洗ったり、アレス様の傷を洗ったりしたんだ。実はね、手が一番汚いんだ。色々なところを触るからね。ボクのいた日本では、外から家に入る時は石鹸で手を洗いなさいってよく言われた。手を洗うだけで色々な病気を防ぐことができるからってね」
「だから、ユウキは外から家に入る時は必ず石鹸で手を洗うんだね。私たちも真似しているけど、やっと意味が分かったよ。さっすが異世界人」
『石鹸での手洗いはユウキ様に教えてもらっていましたけど、強いお酒で消毒ができるなんて知りませんでした。勉強になります』
「ふふん、少しはボクを見直したんじゃない? もっと褒めてもいいのよ」
「はいはい、凄い凄い」
「何それ酷い! カロリーナの乳無し!」
「こ、この女…、少しばかり乳がデカいからって…」
「あ~あ、いつものヤツが始まった。もう、この2人はしょうがないわね」
ララが、ユウキの食べ終わった食器を下げながら、苦笑いする。
ユウキとカロリーナが睨み合っていると、ユーリカが入ってきて、アレスが目を覚ましてユウキを呼んでいると知らせてくれた。ユウキはマヤに手伝ってもらって着替えると、ララとカロリーナを連れ立ってアレスの部屋に向かったが、廊下で出会う別荘の使用人たちのユウキを見る目が変なことに気づいた。
「なんか、メイドさんや騎士さんたち、ボクを見る目が変なんだけど。怖がっているというか、恐れているっていうか…」
「…………」
ララとカロリーナ、マヤはユウキにそんな目を向けて来る使用人たちを睨みつけ、「気にしないで行こう」とユウキの手を引っ張ってアレスの部屋に向かうのであった。
「あの、よろしいですか。ユウキです」
「どうぞ、入ってきなさい」
「はい」
ユウキたちがアレスが休んでいる部屋に入ると、マーガレットとフィーアのほか、ユーリカと数名の侯爵家騎士、使用人が揃っていた。
「ユウキさん、君が私を助けてくれたんだってね。ありがとう」
「いえ、侯爵様はいつもボクを気にかけて下さってくれましたし、何よりフィーアの大切なお父様ですから、当たり前のことをしたまでです」
「そうか…、感謝するよ。でも、どうやって私を助けたのか教えてもらえるかな。確か、私はかなりの怪我を負ったはずだったのだが、身体には傷跡一つ付いていない」
「……………」
ユウキは黙り込んでしまい、ララとカロリーナ、マヤが心配そうに見つめる。しばし沈黙が部屋を支配していたが、ユウキは意を決して話すことに決めた。
「ボクは治癒魔法を使えます。魔法の力で侯爵様の傷を治しました」
(もう、隠していても仕方ない…。大勢の人が侯爵様が治ったのを見てしまったし)
「治癒魔法? 治癒魔法と言ったのか? そんなバカな。遥か大昔にそのような魔法があったと古文書には記載されているが、我々の使う四元魔法とは異なる系統であり、人には使うことが出来ない上に、数百年以上前には失われたとされる魔法だぞ。そんな魔法技術をなぜ、君が持っているんだ」
「それは言えません。ただ、ボクは治癒魔法が使える。それだけです」
「人には言えない秘密があるのか?」
「……はい。できればこのことはずっと秘密にしておきたかった。でも、フィーアの悲しむ顔は見たくなかった」
「ユウキさん、ごめんなさい私のために…。でも、でもありがとう。お父様を助けて下さって本当にありがとうございます」
フィーアが、ユウキの手を握って涙を浮かべながら何度もお礼を言う。
「あなたがユウキさんね。フィーアから何度も話を聞かされています。夫を、アレスを助けて下さってありがとう。あなたがいて下さったから夫は命を繋ぐことが出来ました。本当にありがとう…」
マーガレットがユウキをギュッと抱き締めた。その瞬間、ふわっと柔らかい、いい匂いがして、ユウキは(ボクのお母さんの匂いもこんな感じだったのかな…)と、もう忘れかけ顔も思い出せない元の世界の母親に思いを馳せたが、使用人の中から恐れを帯びた声が聞こえてきた。
「バケモノ…。やっぱり魔女だったんだ」
「人じゃない、魔女だ…。でなきゃ治癒魔法なんて使えない」
「死人をも生き返らせる黒髪の魔女。噂は本当だったんだ…」
「誰! 今、私のお友達を魔女呼ばわりしたのは!」
フィーアが普段の彼女から想像もできないような鋭い声で、使用人たちを睨みつける。
「もう一度言いますわ。誰ですか、私の大切なお友達を、お父様の命を救ってくれたユウキさんを魔女呼ばわりしたのは! 名乗り出なさい!」
使用人たちは誰も何も言わず、顔を見合わせて立っているだけで、誰も名乗り出ようとしない。
「あなたたち…、あなたたち全員許さないわよ。ユウキを魔女呼ばわりしたこと、絶対に許さない…」
ララとカロリーナも使用人たちに詰め寄る。マヤはいつの間に取り出したのか、ゲイボルグを構えていて、それを見た使用人たちは青ざめ、騎士は抜剣して使用人の前に出る。
「みんなもう止めて! ボク気にしていないから。ね、止めて、お願いだから!」
「フィーア、ボクを庇ってくれてありがとう。大丈夫だから、あなたの家の使用人でしょう。もう止めて、落ち着いて、お願い!」
「ララ、カロリーナ、マヤさん、あなたたちもです。怒りを収めなさい。ユウキさんの立場が悪くなるだけですよ」
ユウキがフィーアを抱いて抑え、ユーリカがララたちの前に立って通せんぼする。それでもフィーアやララたちの怒りは収まらない。
「皆さん、いい加減になさい。侯爵様の御前ですよ。使用人の方々は下がってくださって結構です。各自の仕事に戻って下さい。フィーア、あなたも頭を冷やしなさい」
「ユウキさん、御免なさいね。使用人たちには後でしっかりと注意しておきますから」
「はい、ありがとうございます。マーガレット様」
「お母様、済みませんでした…」
「でも、フィーアがあんなに怒るなんて初めて見ました。よほどユウキさんを大切に思っているのですね」
「はい! だってユウキさんは、私の王都での初めてのお友達ですから」
「フィーア…、ありがとう」
「ところでお父様、何故あんな大怪我をしたのです? 騎士の方々もボロボロだったですし、王都の家はどうしたのですか」
フィーアがアレスに尋ねると、衝撃的な答えが返って来た。
「王都で政変が起こり、第2、第3騎士団が攻め込んできて、王都を制圧したんだ」
(イヤな予感が当たった! 魔物の侵攻を隠れ蓑にして、クーデターを起こしたんだ。マルムトのヤツ、自分の欲望のためにどれだけの人を苦しめたのか分かっているのか! そうだ、国王様やフェーリス様はどうなったの?)
ユウキはフェーリス王女の行方を心配するのだった。




