第154話 簒奪者
「魔物との戦況はどうなってる」
「は、伝令兵の報告によりますと、戦闘は最終局面に移行しており、第1、第6騎士団が敵軍を包囲し、ゴブリンエンペラーの直前まで迫っているとのことです」
「うむ、苦しい戦いだったが、間もなく終わるか。しかし、第4騎士団を始め多くの犠牲を出してしまった…」
王宮の会議室では、伝令からもたらされる戦況の分析を行っていたが、魔物が追い詰められているという報告を受けて、室内には安堵の空気が流れ始めていた。しかし、その時、親衛隊長ルーテが、部下共々、顔を青ざめさせて会議室に入って来た。
「国王様、大変です! 東門から第2、第3騎士団が王都に進攻! 主要省庁を制圧し始めています!」
「何だと!」
国王マグナスが、突然の事に立ち上がると、親衛隊の伝令兵が飛び込んで来た。
「報告します。財務省、国務省、第1騎士団駐屯地は既に制圧されました! 王国憲兵隊庁舎では激しい戦闘が行われています。一部は王国高等学園にも向かっているらしいとのことです」
「何だと…。いかん! そいつらの狙いはフェーリスだ。フェーリスが危ない!」
マグナスが愛娘フェーリスの危機に顔を青ざめさせていると、また、新たな伝令兵が飛び込んできた。
「報告します!」
「今度はなんだ!」
「王宮が囲まれています。紋章は第2騎士団! また、親衛隊からも寝返った部隊がいて王宮の門を解放し、敵兵がなだれ込んできました!」
「それと…」
「それと何だ! 早く報告しなさい!」
ルーテが、焦りの表情で伝令兵に迫る。
「は、はい、第2騎士団を指揮しているのは…マルムト様です!」
その報告に、その場の全員が固まってしまった。
「なんということだ…」
マグナスが呻いたときに、王妃マルガリータと第1王子レウルスが執事長ギルバートに連れられて会議室に入って来た。
「あなた!」
「父上! これは一体…」
「お、おお、お前たち無事だったか。マルムトが…、マルムトが王位簒奪を図って政変を起こしたのだ!」
王都の主要官庁が制圧され、王宮で第2騎士団と親衛隊が戦端を開いたとき、学園部隊から除外されたフェーリスたち1年生は授業を行っている最中だった。
「ねえ、フェーリス様。外が騒がしくありませんか?」
「え、ええ、そうですね。何にかあったのかしら…」
外の喧騒にフェーリスが同級生と何事かと話をしていると、フェーリスの護衛をしている女性騎士2人が慌てた様子で教室に飛び込んできた。
「フェーリス様! 大変です。王都で政変が起こりました! 王宮で親衛隊と第2と思われる騎士団が戦ってます! 学園にも1個中隊ほどが攻め込んできました。きっと、フェーリス様のお身柄を確保するためだと思われます。急いで逃げなければいけません!」
政変の話に教室は大騒ぎになり、フェーリスは護衛騎士に手を引かれて走り出した。
(政変…、政変ですって? 一体誰が…って、マルムト兄様しかいないじゃない! 王宮は? お父様やお母様はご無事なの?)
フェーリスたちが学園の裏口から出ると、数人の騎士が武器を構えて襲ってきた。
「フェーリス様、お逃げください! ここは私たちが抑えます! 早く!」
護衛騎士がフェーリスを庇うように騎士に向かって行く。フェーリスは後ずさりし、逃げ出そうとした瞬間、体が押さえつけられて地面に倒されてしまった。
「きゃあっ!」
「フェーリス様! 貴様、その汚い手を退けろ!」
護衛騎士がフェーリスを押さえつけている騎士たちに叫んだ時、戦斧が護衛騎士2人を深々と斬り裂いた。
王宮内のあちこちでは親衛隊と第2騎士団が激しく戦っていた、その中を国王マグナスやマルガリータ、レウルスが緊急時の隠し通路に向けて走っている。しかし、相手は身内のマルムト。緊急脱出の手の内は知られており、前方の隠し通路側からも、背後からも第2騎士団兵が迫って来た。
「もう、こんな所にも…」
ルーテが騎士団兵を斬り倒しながら活路を開こうとするが、騎士団兵の数は多く、親衛隊員の数は少ない。親衛隊員が次々倒され、逃げ道は完全に塞がれてしまった。
「ルーテ、私と王妃はここまででいい。レウルスを連れて脱出してくれ。そしてマクシミリアンのいる第6騎士団の司令部まで逃げるのだ」
「し、しかし、それではお2人のお命が…」
「構わん! 命令だ。行け!」
「レウルス…、さようなら。無事に逃げるのよ」
「お父上、お母上、すみません! 必ず助けに来ます。それまでご無事で!」
国王と王妃の別れの言葉を聞きながら、ルーテとレウルスは目の前の敵となった騎士団兵を斬り倒しながら、脱出のため走り出すのであった。
「マルムト様、王宮は完全に制圧しました。国王マグナス、王妃マルガリータは確保しましたが、レウルス王子は脱出した模様です。現在、追跡隊を送っています。また、フェーリス王女は学園で捕らえることに成功しました」
「また、主要官庁のほとんどはこちらの手中に落ちました。ただ、王国憲兵隊は今だ頑強に抵抗していますが時間の問題でしょう。国王親衛隊は半数がこちらに寝返り、それ以外の者はほぼ制圧しました」
「省庁の各大臣は捕らえるか殺害しましたが、財務局長オプティムス侯爵は取り逃がしてしまったため、現在捜索中であると報告が入っています」
王宮内の玉座に座るマルムトにイズルードが状況の説明を行っている。
「王都内はどうなっている」
「今の所、騒ぎが起こっている様子はありません」
マルムトは満足そうに頷くと、玉座の間の窓辺まで歩いて行き、外の様子を眺めながら声を出さずに笑い、グッと手を握り締めた。
「イズルード、各省庁には俺の仲間を送り込め。この国を完全掌握するのだ。また、国王と王妃はひとまず地下牢にブチ込んでおけ。ただし、フェーリスだけはオレの前に連れてこい。絶望に歪んだアイツの顔を拝んでやる」
「それと各騎士団の団長と副団長を集めろ。今後の事を話し合う。マグナとアイリも呼んで来い」
(ククク、いいぞ、順調だ。魔物達は全滅したが邪魔な第1騎士団は弱体化した。俺の野望はこれからだ…。これからこの国を世界最強の国家に仕立て上げてやる…。ふふ、ふははははっ)
冒険者組合では事務所の中で女子職員同士がひそひそと話しをしている。
「リサ、どうしよう…」
「どうしようって、逃げるしかないでしょう。あんな暴徒みたいな奴らに捕まったら、私たちどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないわ。脱出よ、脱出!」
「どこに行くっていうのよ」
「南の港町リーズリット。北には拠点がないし、東はあいつらが抑えているから無理だし、西のハウメアーは魔物に荒らされて復旧に時間が掛かるもんね。南しかないっしょ」
「それに、組合長も拠点って考えればリーズリットしかないと思うはずよ」
リサを筆頭に女子職員たちは王都からの脱出に向け、準備を進めるのであった。
「大隊長、あいつら第2と第3騎士団の奴等ですぜ。すっかり囲まれてます」
「ここから一番近い門はどこだ」
「北門です。恐らく、南や西に比べれば守りも薄いと思います」
「動けるのは1千6百人ほどか…。強行突破になるが、行くか。マクシミリアン様の元に」
第4騎士団の生き残りたちもまた、大隊長の言葉に頷き合い、王都を脱出してマクシミリアンの元に向かうことを決意したのだった。