第153話 ミザリィ平原の戦い(決着編)
開始時3万5千の魔物兵を擁した主力軍も、いまや兵数1万を切り、伝説級の魔物も全て倒された。さらに、前後から騎士団、右翼から傭兵・民兵の混成団、左翼から学園生徒が襲い掛かり、逃げ道もなくなっていた。
『ぐぬ…、こうなったら1人でも多くの人間を地獄に送ってやる…。戦え魔物どもよ! 人間に魔物の恐ろしさを叩き込んでやれ!』
ゴブリンエンペラーは吠え、魔物たちが気勢を上げて戦いに向かって行く。
「アル殿、今こそ修行の成果を見せる時ですぞ!」
「おおう! 最近、出番がすっかり減ったが、ここでいい所を見せるぞ!」
「それは2人きりで過ごした時間が長かったから仕方ないですぞ!」
「だから、誤解を招くこと言うな! すっかりホモだと思われてんだぞ!」
「違うのですか! アル殿はてっきり拙者の事を…」
「てっきりとは何だ! お、お前もしかして…、ホンモノ? うおおおおおおお!」
ホブゴブリンの集団に飛び込んだヘラクリッドとアルは持てる力を振り絞り、当たると幸いに殴り、斬りつけて倒して行く。その姿を見た同級生男子たちも「愛の力はすげえな」と言いながら、後に続いた。
一方、女子生徒は魔法を使える者を中心としてゴブリン集団に攻撃を仕掛ける。そして陣形が崩れた所を狙って、アンジェラやリンといった武器戦闘組が斬り込んでいった。
「バケモノども! 今まで女の子にしてきた仕打ち、100万倍にして返してやるから!」
「お前たちのち〇ぽ、全部斬り落としてやる!」
「私を振った男共々なます切りにしてやるー! わたしのどこが悪いのよー!」
「ふふふ、ついでに浮気したあの男も一緒に…」
鬼の形相をした女子生徒の猛襲にゴブリンやオークは震え上がり、逃走を始めるが、防御魔法を転じた魔法障壁により逃げ場を失って次々に斬られていった。それを見た男子たちもまた、震え上がるのであった。
「おい、ダスティン。魔物の圧力が弱まって来たぞ。上位種もほとんど見えない。ゴブリンやオークたちばかりだ」
「おう! 終焉が近いってこった。ゴブリンども待ってろよ、今ぶち殺してやるからな…。行くぞオーウェン!」
「ゼクス団長! ゴブリンエンペラーの本陣に取りつきました!」
「よし! 全戦力で総攻撃を仕掛けろ! エンペラーは我が第1騎士団が討ち取るのだ!」
「ビッグス団長! フローラ様の部隊が道を開きました!」
「うっし! 第6騎士団総員突撃! ゼクスなんかに手柄を取られるな。立ちはだかるヤツぁ皆殺しにしろ! 王国国民を傷つけた罪を思い知らせてやれ!」
「マクシミリアン隊長、エンペラーが見えてきました!」
「あれか! 第4騎士団の仇、傷ついた王国国民の仇だ! あいつは我々が打ち取るぞ!」
「了解、全員隊長に続けぇ!」
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ヒュドラー、ケルベロスとペルーダを倒したユウキたちは、戦場を見渡せる丘の上に来ていた。
「もう、ほとんど決着は着いたようなものですわね。残っている魔物もゴブリンやオークと言ったものばかり。騎士団の敵じゃありませんね」
「うん、フィーアの言うとおりだ。多くの犠牲を出した戦いももうすぐ終わる…」
「ユウキ、エンペラーを倒しに行く?」
「ううん、行かないよカロリーナ。アイツは騎士団が倒さないと意味がないと思う。この戦いは王国の存亡をかけた戦い。だから王国騎士団が決着を付けるべきなんだ」
「そうだね…。その通りだと思う」
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「ゴブリンエンペラー! いや「フォボス」ついに追い詰めたぞ!」
『俺様の名を知っているのか? 矮小な人間め! 殺す前に貴様の名前を聞いてやる!』
「私は、王国第4騎士団第1歩兵大隊大隊長マクシミリアンだ! そして、この国の第2王子でもある。よくもこの国を散々荒らしてくれたな! 今ここでその罪を贖ってもらうぞ!」
『ほざけ、身の程知らずが! 体中の内臓を大地にまき散らして死ね!』
フォボスが巨大な偃月刀を振り下ろす。マクシミリアンと7人の騎士は散開し、思い思いの方向から攻撃を開始した。
「フォボスの足を狙え! 奴は巨体だ、倒さなければ体に致命傷を入れられない!」
「了解! 全員奴の膝関節を狙え、関節の筋を斬るんだ!」
分隊長のラブマンが配下の騎士に指示を出す。剣を持ったマクシミリアンと3人の騎士が一緒になってフォボスの剣を受け止め、その隙に戦斧を持った騎士が、足の関節を狙って攻撃する。フォボスの表情が斬られた傷みで段々苦痛に満ちて来る。
『ヌォオオオ! 砕け散れ!』
フォボスの一撃がイングリッド目掛けて振り下ろされた。イングリッドは間一髪避けることに成功したが、剣圧で弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「きゃあああ! あぐっ! がはっ…」
イングリッドは、地面に打ち付けられた衝撃で息が詰まり、動けなくなった。フォボスは再びイングリッド目掛けて偃月刀を振り下ろしてきた。
(だ、だめ…。体が動かない、逃げられない)
「イングリッド!」
フォボスの剣がイングリッドを切裂く寸前、マクシミリアンが彼女を抱きかかえ、ごろごろと転がって攻撃から逃れた。
「イングリッド、大丈夫か?」
「は、はい…、大丈夫です。ケガはありません」(マ、マクシミリアン様に助けられた。また、抱かれてしまった…。はあ~、こんな近くにお顔が、お顔が…)
「イングリッドはここで待機していろ。私はヤツを倒しに行く」
そう言って、マクシミリアンはフォボスの元に走って行った。
(今、何て言ったの? 私のためにフォボスを倒すって言ったの? 私のために…)
マクシミリアンはそういう意味で言ったのではなかったが、イングリッドの脳内変換機能は都合の良い解釈を全開にしたのだった。
「ラブマン、奴の様子はどうだ?」
「はっ、大分足にダメージを入れているのですが、どうにもタフなヤツで、中々倒れる様子がありません」
「……ラブマン、ひとつお願いがあるのだが」
「はい、何なりと」
「第4騎士団集合!」
ラブマンが5人の団員を集め、指示を出し、フォボスの気を引くために1人で攻撃に向かった。5人はフォボスの気がラブマンに向かったのを確認すると、急いでフォボスの死角に入り、半円陣を組んで全員で手を組む。
「マクシミリアン隊長! 来てください!」
団員たちが合図をすると、槍を持ったマクシミリアンは全速で半円陣に向かい、ジャンプして組んだ手に足をかける。それを確認た団員は「せーーーの!」と掛け声をかけて、力いっぱい腕を振り上げ、マクシミリアンを上空に放り上げた。
フォボスの身長より高く放り上げられたマクシミリアンは、上空で一回転すると真っ逆さまに落下しながら、持っていた槍を肩口から深々とフォボスの体に突き刺し、さらに一回転して地面に降り立った。
『グオオオオオオオッ…。グァアアアア!』
フォボスは悲鳴を上げてよろめく。そこに、フローラが指揮する弓騎兵が走り込んできて、フォボスに矢を射かけた。
多数の矢を体に浴びたフォボスは、地響きを立てて地面に倒れ伏す。その元にマクシミリアンがゆっくりと近づくと、フォボスが憎悪に満ちた目で睨んで来 た。
「フォボス、終わりだ。地獄の業火で永遠に焼かれるがいい」
そう最後に一言告げ、眉間に槍を突き刺し、フォボスの命を断つと、全軍に向かって大きく叫んだ。
「敵の総司令官、ゴブリンエンペラーの「フォボス」は第4騎士団第1歩兵大隊が討ち取ったぁあああ!」
その声を聞いた第1騎士団、第6騎士団と傭兵、民兵、学園生徒の全員が歓喜の声を上げる。魔物の大侵攻と言う前代未聞の辛い戦いに終止符が打たれた瞬間だった。
「マクシミリアン様がやったか…」とゼクスは呟き、
「美味しい所を持って行かれちまったぜ」とビッグスは笑う。
「はあ、やっと終わったか。早く帰って酒でも飲みてぇぜ」とオーウェンとダスティンがその場に座り込む。
「オヤジさん!」
ダスティンの元に、ユウキとマヤ、ララとカロリーナたち下宿している女の子全員が集まって来た。そして、全員の無事を祝い合う。
「ダスティンの所は華やかでいいねぇ」
女の子に囲まれるダスティンにオーウェンがニヤニヤ笑って冷やかしを入れ、周りの傭兵や民兵が大笑いする。
「ラブマン、皆ありがとう。全員の力で魔物を撃退することが出来た。何度も危機に陥ったが、皆がいてくれたお陰で生き延びることが出来た。心から感謝する。君たちは英雄だ、これからもよろしく頼む」
マクシミリアンはそう言って、配下の騎士全員と固く握手をした。
「そう言えば、イングリッドはどうした?」
「はあ、副長ならあそこに…」
ラブマンが指さした方を見ると、フォボスの頭に「えい、えい!」と蹴りを入れているイングリッドがいた。
「イングリッド、何をやっているんだ」
「あ、マクシミリアン様。こいつのせいで危なく死ぬところだったんで、怒りを込めて蹴りを入れていたところです!」
「プッ、アハ、アハハハハハ! イングリッド、君は面白い子だね」
「あの~、それ褒めてます?」
「ああ、凄く褒めているよ。アハハハハハ。いや、君のその明るさにいつも助けられる。本当にありがとう。これからもずっと私の副官をしてくれるかい」
「えっ、も、モチロンです。モチロンですとも。生涯お側に置いてください。あと、結婚式の日取りはいつにします?」
「え、そういう意味じゃなかったんだけどな。でも、まあいいか」
ユウキはマヤとララ、カロリーナ、フィーアと連れ立って、マクシミリアンにお祝いを言いに来たのだったが、マクシミリアンとイングリッドが手を取り合い、抱き合って喜んでいる姿を見て、悲しい気持ちで胸の奥が一杯になり、足が進まなくなっていた。
「ユウキさん、もう戻りましょう。お祝いは、また今度顔を合わせた時でもよろしいかと思います。ほら、そんな悲し気な顔をしないで」
「うん、フィーアありがとう。ボク、全然大丈夫だよ。さあ、学園部隊に戻ろうか」
(無理に笑っちゃって。これ、絶対夜中に布団の中で泣くパターンだよ。しかし、中々会えない遠くの美少女より、いつも側に居て一緒に困難を乗り越えた仲間の少女か。ありがちだよね。仕方ないとはいえ、ユウキの気持ちはどうするのさ。少し酷いんじゃない)
(ユウキ、ここまで一生懸命頑張ってきたの、マクシミリアン様の事もあったからだったんだけどな。気持ちは届かなかったんだな…。ちょっと可哀そう)
マヤに慰められながら歩くユウキの少し寂し気な背中を見て、カロリーナとララは複雑な気持ちになった。
戦場となったミザリィ平原では、騎士団員と民兵団が大きな穴を掘り、ゴブリンやオークなどの死骸を投げ入れ、魔術師が死体を燃やした後、埋めるという作業を行っている。また、野戦病院では戦って傷ついた者の治療が行われ、戦死した者は認識票が集められた後にまとめて埋葬されている。
その一角に、大型の天幕が張られ、臨時の合同司令部が置かれた。
「集計の結果、第1騎士団兵員1万5千のうち、戦死2千7百、負傷3千5百、戦闘可能な者8千8百です。第6騎士団は、兵員1万3千5百のうち、戦死1千5百、負傷2千8百、戦闘可能な者9千2百です。」
「全体で4割近い損害か…。まあ、これでも少なく済んだほうだろうな」
「傭兵と民兵の損害はどうだ」
「4千人中、2千2百人が生き残りました。なお、学園生徒はけが人はいるものの、死亡者はいませんでした」
「それは何よりだ…」
ゼクスがぼそりと呟き、次いで部隊に戻って来たモーガンに尋ねた。
「モーガン、学園生徒部隊にとんでもない生徒が2人いたとのことだが?」
「いえ、その様な生徒はおりません」
「だが、北方部隊の魔物を損害なしで退け、伝説の魔獣を何体も倒したのが学園生徒ではないのか?」
「そうですが、全て私の指示の元、罠や策を弄し、生徒が協力して戦った結果です」
「……………」
「ゼクス、もういいじゃねえか。それより、戦場掃除が終わって部隊を再編したらオレたちは本拠地に戻るぞ」
「あ、ああ。来てくれて助かった。お前たちが来てくれなければ、勝つことは難しかっただろう」
「へえ、ゼクスがオレに礼を言うなんて珍しいこともあるもんだ」
「ふん。貴様のような野蛮人と違って、私は礼節は尽くす」
「言ってくれるじゃねえか…」
ゼクスとビッグスが睨み合っていると、1人の伝令兵が慌てた様子で入って来た。
「大変です! 王都で…、王都ロディニアでクーデターです! 第2、第3騎士団が王都を制圧、王宮で親衛隊と激しい戦闘が行われているとのことです!」