第147話 ルナの愛(ユウキvsクレスケン:後編)
「ジャッジメント!」
クレスケンの声に上を見上げたユウキに巨大な熱雷が直撃した。その瞬間、紫色の光柱が眩しく輝き、「ズガガガアーーン!」と凄まじい轟音を立てて飛び散った。
『ユ、ユウキさまぁあああ!』
雷に飲み込まれたユウキに向かってマヤの悲痛な叫びが飛ぶ。
「フハハハハハ! 熱雷の超高温でユウキは蒸発した。俺の勝ちだ、アハハハハハ!」
クレスケンの高笑いが周囲に響く。
『ユウキ様…。そんな、そんなこと…』
マヤががっくりと地面に膝を着いてうなだれた時『マヤ!あれを見て』とルナが雷が落ちた場所を指さした。マヤがその方向を見ると、土煙の中に人影が見えた。
『ユウキ様! ご無事だったんですね!』
「はあ、はあ、はあ、な、何とか耐えきったよ…」
雷が落ちる寸前、ユウキは持てる全ての魔力を使って魔法障壁を何重にもかけた。超高電圧、超高温の雷は魔法障壁を破壊しながらユウキに迫ったが、最後の障壁が破壊されようとしたとき、白夜が光り輝き、障壁を強化するとともに白夜自身も魔力を展開して雷の直撃を防いだのだった。
「くそっ!くそっ!くそっ! まさかジャッジメントを防ぐとは。だが、もう魔力は尽きたはず。これで最後だ!ジャ…」
『そうはさせない!』
再度、魔法を唱えようとしたクレスケンに向けて、マヤがゲイボルグを放った。ゲイボルグによって片翼を斬り飛ばされたクレスケンは、地面に叩きつけられ、その衝撃で呻き声を上げる。
「ぐお…、あのアマぁ、やってくれたな…。しかし、ダーインスレイヴがあれば損傷など直ぐに再生する。無駄な努力だ」
「ん、なんだ? 何故再生しない? 何故翼が元に戻らない!」
『あなたの翼を斬り飛ばしたのはゲイボルグ。この槍はかすり傷でも体内からズタズタに切り刻む力を持つ魔槍です。あなたの翼は再生できないほど傷ついているんです。今、この時もです!』
『ユウキ様、今です!』
「ありがとうマヤさん!クレスケン、決着の時だ!」
「小賢しい…。いいだろう、剣で決着をつける。ユウキ、ダーインスレイヴの糧となれ!」
ユウキとクレスケンはお互い力を振り絞り、決着をつけるため、最後の戦いを開始した。
『クレスケン様…。どうしてそこまでして戦うのですか。あの優しかったクレスケン様はどこに行ったの?』
ルナはユウキと戦うクレスケンを見つめる。そして、クレスケンに剣を教えてもらい、色々な知識を教えてもらった楽しい日々を思い出す。ルナはクレスケンの側に居るだけで幸せだった。だから、今のクレスケンを見ると悲しくなる。
ユウキは、友人たちと自分を信じて付いてきてくれるマヤ、助さん格さんの事を想い、自分にとって大切な人を守るという心を信じて戦う。白夜はユウキの心に反応し、輝きを一層増して力に変える。
クレスケンはユウキの攻撃の圧力に押されてきた。ユウキは何故ここまで俺と戦うのか、自分は本当は何のために戦っているのか、段々わからなくなってきていた。
(ええい、今更何を迷う! 俺は復讐ために生きて来た。全てを失い、全てを呪い、その元凶となったユウキを恨んだ。今、その願いが成就されようとしている。戦えクレスケン! 今こそ復讐を果たすんだ!)
戦うクレスケンの視界にルナが入る。普通のオーグリスより小柄で美しい少女。泣き虫で優しい心を持つ稀有な存在。
(ルナ、何故そんな目で俺を見る…。俺はお前を利用しただけだ。そうだ、ただ利用しただけだ。ルナ、悲しそうな顔をするな…)
「ウガアアアアア!」
クレスケンが叫び、ダーインスレイヴが白夜と激しくぶつかり合う。ユウキが体を半回転させ、クレスケンの首を狙って白夜を横に薙ぐが、クレスケンもダーインスレイヴで弾き飛ばす。ユウキは崩された体勢を直ぐに立て直し、隙を狙って袈裟懸けに振り下ろし、下から切り上げるがクレスケンもそれを読み、半歩後ろに下がって、突きを入れて来る。
「はあ、はあ、はあ、う…く…、体が重い、力が入らない」
「ハハハ、もう終わりか? 魔力切れの上に、女は体力的に男に劣る。ユウキよ、いかに技量が優れようと、純然たる事実の前にお前は敗れ去るのだ!」
「はあ、はあ、はあ…」
「うりゃああああ!」
クレスケンの振り下ろしたダーインスレイヴの一撃を後ろに飛んで避けたユウキだったが、疲労から足が思うように動かず、地面に足を引っ掛けて、盛大に転んでしまった。
「あうっ! し、しまった!」
「死ねえええ!」
『クレスケン様! ダメェーーー!』
ユウキとクレスケンは動きを止め、目を見開いて目の前で起こった事実を見つめている。そう、ユウキの前にダーインスレイヴに貫かれたルナがいたのだ。ルナの胸と背からは大量の血が溢れ出ている。
『ル、ルナ、どうして…』
マヤが悲痛な声を出すが、ルナには届かない。倒れそうになるルナをクレスケンが抱きかかえた。
「何故だルナ? 何故こんなことをした。ルナ、目を開けろ!」
『ク、クレス、ケンさ…ま、もう、止めて…、復讐、な、んて、止めて…。あの、優しかった、クレ、スケんさ、まに…、もどって…』
『わ、わた…。わた、し…、優し、して、くれた…、クレスケ、んさまが…、だいすき…、だい、すき、です。へへ…、い、いっちゃった』
「わかった、わかったからもう喋るな」
『くれす、け…、かお、…みえ…ない…よ』
「ルナぁあああっ! 死ぬな! 死ぬなぁあああ!」
ユウキもマヤも、ルナの亡骸をいつまでも抱いているクレスケンを見つめている。暫くしてルナの亡骸を置いたクレスケンは、ユウキをいつもの冷酷な視線で見ながら、ダーインスレイヴを向けて言った。
「決着をつける。お互い必殺の一撃を放って決めようではないか」
「いいよ。ボクがお前の魂を解放してあげる」
ユウキとクレスケンは正真正銘、最後の戦いのため対峙した。
「ウォオオオオオ!」
クレスケンがダーインスレイヴを大きく振りかぶってユウキの頭上から振り下ろしてきた。ユウキは全身の力を白夜に込めて、その攻撃を迎え撃つ。2つの剣が激しくぶつかった瞬間、ダーインスレイヴが「バキィン!」と音を立てて砕け散った。ユウキはすかさず、クレスケンの側に踏み込みこむと、白夜でクレスケンの胸を貫いた。
「ぐふっ…、見事、だ…。お前の…勝ちだ」
クレスケンはよろよろとルナの側まで歩いて行き、ドサリとルナに覆いかぶさるように倒れた。
「ル、ルナ…。お、オレもお前と一緒に逝くぞ。ルナ…、オレも…、お前の…こ…と」
そこまで言ってクレスケンは息絶えた。
「クレスケンは最後の最後で人の心を取り戻したんだ…。バカな男…」
ユウキは倒れたクレスケンを見てぼそりと呟く。
(ルナはクレスケンを愛していたのですね。愛を知った魔物…。あなたはその愛でクレスケンの魂を救ったのです。あの世でも仲良くね…)
ユウキはルナとクレスケンの亡骸を見るマヤの目に光るものを見た。ユウキはそっとマヤの手を握るのであった。
『大丈夫だったか。お嬢』
助さんと格さんがユウキの側までやって来た。
「2人も魔物を倒したんだね、ありがとう。でも、随分と時間がかかったね」
『いや、オレも格も相手を瞬殺したぜ。弱すぎるぞアイツら』
「え~、なら、何で早く助けに来てくれなかったのよ。ボクが死んだらどうするつもりだったの?」
『いや、1対1の決闘だったし、マヤもいたしな。もし、お嬢が死んだら、主人にアンデットにしてもらえばいいかなって。だから見物してた』
「アンデットって何よ。何が見物してたよ。もお、助さんのバカ!」
『しかし、戦っているときのお嬢様とマヤの乳揺れは素晴らしいものがありましたな』
「格さんはもう何も言うな!」
『3人とも、バカな事言ってないで、早くルナとクレスケンを葬ってあげましょう』
「そうだね…。助さん、格さんお願い」
助さんと格さんは、ユウキの魔法でできたクレーターの底に、ルナとクレスケンを運び、並べて寝かせると、マヤは2人の手を重ね合わせた。
ユウキは、ダーインスレイヴの破片を集めると、クレスケンの頭の先に置く。
「痛た」
『ユウキ様、どうされました?』
「うん、ダーインスレイヴの破片で指を切っちゃった。でも、もう大丈夫。治癒魔法で直したから。さあ、土を掛けてあげよう」
ユウキたちは、2人の上に土を被せて塚を作り、その上に墓標となる石を置いた。マヤは手を合わせて祈りを捧げた後、『さあ、行きましょう』とユウキに声をかけた。
『お嬢、次はどこに行くんだ』
「うん、ミザリィ平原に行く。魔物との決戦に向かうんだ! 3人ともまた力を貸してね」
『おお、任せとけ!』
『敵は全て下郎!!』
ユウキは格さんのセリフにクスっと笑うと、3人を宝珠の中に入れ、離れた所に繋いでいた馬に跨って南に馬を向けた。
馬を歩かせながら、ルナとクレスケンを埋葬した場所を振り返り、2人にそっと別れを告げる。
「生き物もいない、花もない荒涼とした土地だけど2人だから寂しくないよね…。助けてくれてありがとう、ルナ。さようなら」
「フォンス伯爵、約束は果たしましたよ…」