第145話 ルナとマヤ(ユウキvsクレスケン:前編)
王国の北東、戦場から遠く離れたこの場所は樹木が全くなく、丈の短い草があちらこちらに群生している。土地は半ば砂漠の様で、乾燥した固く締まった土が地平線まで広がり、雲が浮かんだ青空と一体となっている。ユウキはこの「グランデ・ステップ」と呼ばれる場所に来ていた。
「雄大な景色だけど、寂しい場所だな…」
「ここが指定された決闘の場所。確かに誰にも邪魔されずに戦うにはいい場所だね」
ユウキはネックレスに付いている黒い宝珠を取り出し、3人のアンデッドを想い浮かべる。暫くすると黒い霧が渦を巻きながら出現し、その中からマヤ、助さん、格さんが現れた。
「みんな、マヤさんから話は聞いていると思うけど、ボクにとって戦わなくてはならない相手が間もなくここに来る。ボクは絶対に勝ちたい。でも、1人じゃ無理かもしれない。だからボクに力を貸して」
『私たちはユウキ様がこの世界に来た時から、あなた様を助けるために呼び出された者です。私たちはユウキ様と常に一緒です。悲しいときも嬉しいときも、そして戦いの時も。マヤは常にお側にいます』
『そうだぜお嬢、水臭いことを言うな。オレはいつでもお嬢の味方だ』
『お嬢様…』
「あ、格さんは何も言わなくていい」
『ヒドイです。しかし、敢えて言わせてもらいます。お嬢様のおっぱいは最高であると。私は「乳の探究者」麗しいおっぱいを守るため、私は全力で戦いますぞ』
「だから言わなくていいって言ったのにぃ。もおー、ほら3人とも並んで」
ユウキはマヤ、助さん、格さんを並ばせると、両手を前に突き出して魔力を込め、3人を暗黒魔力で包み込んだ。しばらくして魔力は黒い輝きとなってバーストして消え、中から現れたのはユウキのイメージによって戦闘モードになったマヤたちだった。
「マヤさん可愛い! エロカッコいい!」
マヤは魔力で防御力を高めた黒をベースに色鮮やかな花柄があしらわれたセクシーチャイナドレスの装いに黒のハイヒール。そして武器は魔槍ゲイボルグ。かすっただけでも内部からズタズタに切り刻まれるという魔力を帯びた強力な槍だ。
『この格好は大分恥ずかしいですね。パンツが見えそう、というか横から見えてます。お胸はぴちぴちですね。大分強調されちゃってます。足元は「はいひーる」ですか、ここは地面が固いので大丈夫そうです』
「助さんは暗黒騎士をイメージしてみた」
助さんは、黒光りするフルプレートの上下一式。胸の部分には剣の意匠が施されている。胸の中央には黒い宝珠。鎧の上に内側はエンジ色、外側はダークグリーンのマントを羽織っている。武器は一定の確率で相手を即死させる魔剣デス・ゲイズ。
『この宝珠は?』
「助さんは魔法抵抗力が弱いから、魔法防御を高める効果のある宝珠を付けてみたの」
『おお、ありがたい! 感謝するぞお嬢』
「格さんは世紀末帝王風」
格さんの上は黒いレザーのタンクトップに、下はレザーのズボンとブーツ。刺々しい装飾の付いたマントを羽織り、目の部分だけ細く空いている二本角の付いた仮面を着用している。
『お嬢様、何ですかこれは?』
「だから、世紀末帝王風って言ったでしょ。お似合いだよ。ぷくくく」
格さんがマヤと助さんを見ると、2人ともお腹を抱えて笑っている。
『ほう…、デカくなったな、小娘』
「どこ見て言ってんのよ! ドスケベ!」
『いや、帝王風に言いたかっただけです。決しておっぱいの事を言った訳ではありませぬ』
ユウキは3人といつものようにふざけ合いながら、戦いに向けて自身の準備も行っていた。そして、日が真上にきた頃、因縁の相手が地平の影から現れた。オーグリスとゴブリンキング、魔人グレンデルを引き連れた人間の男が1人、ユウキを見つけて歩いてくる。
「久し振りだな、ユウキ・タカシナ。息災で何よりだ」
「クレスケン…」
(あれが、クレスケン様の復讐の相手「ユウキ」、女の子だったなんて…。2人の間に一体何があったというの?)
ルナはユウキを見て動揺する。ユウキは男だと勝手に思っていたこともそうだが、自分に優しくしてくれたクレスケンを、酷く憎んだ眼で見ていることに驚いたからだ。
「クレスケン、お前は自分の欲望のためにボクを狙い、ボクの大切な友人を危険にさらした。それだけでも許せないのに、今度は魔物に取り入って王国に攻めて来るなんて」
「お前のせいで、どれだけ多くの人々が苦しめられ、悲しんでいると思っている! どれだけの罪のない人々が死んだと思ってる! ボクはお前を許さない。今日、今ここでお前の命を断つ!」
ユウキはそうクレスケンに言い放つと、「白夜」を鞘から抜き放って構えた。白夜はユウキの想いに反応し、眩しく光り輝いている。
「ふ、ふはははは。何を綺麗ごとを言っているのだ、このバカ女は。いいか、俺はお前に関わったがために家も、地位も、金も女も全て失ったのだ。そして王国も追われた」
「オレは復讐したいのさ。俺から全てを奪った者達にな。そのためには何でも利用する。それが魔物であってもだ。王国の人間が何人死のうが俺様の知った事ではない。お前は屠殺された豚の数を気にするのか。アハハハハハ!」
「ユウキよ。お前はオレの命を断つといったが、その言葉そっくりそのまま返してやるぞ。お前だけはオレの手で殺してやる…。俺は自分の手でお前を殺さなければ気が済まん!」
(クレスケン様、これは本当にクレスケン様なの? あの日、わたしに優しく声をかけてくれた方とは別人だわ。恐ろしいほどの憎悪を感じる。だけど、だけど、わたしはクレスケン様に助けられた。だから、クレスケン様の目的を叶えるためなら、わたしは戦う)
改めてルナはユウキと3人の護衛を見る。
(え、ユウキの護衛って、スケルトン? 人間のユウキがなんでスケルトンを護衛にしているの? それに、あの女の人も生者じゃない。ユウキって一体何者なの?)
「キング、グレンデル、行け! ユウキの護衛を叩き潰せ!」
ルナが混乱している中、クレスケンは配下の魔物に命令する。2体の魔物は咆哮を上げてユウキたちに向かって行った。
『お前らの相手は俺たちだ! 格、グレンデルを頼む。俺はデカいのを殺る!』
『応! 任せられよ。わが拳にあるのは、ただ制圧前進のみ!』
助さんと格さんがゴブリンキングとグレンデルを相手取るために飛び出していった。
「ルナ、その剣でユウキを斬れ」
『は、はい!』
クレスケンの命令に、ルナは魔剣ダーインスレイヴを抜いて、ユウキ目掛けて飛び掛かった。ユウキはルナの姿をちらと見たが、直ぐに視線をクレスケンに移して微動だにしない。
『わたしをバカにしているの! 許さない、たああああ!』
ユウキに向けて振り下ろした魔剣ダーインスレイヴが「ガキイィンン!」と音を立てて止められる。
『あなたのお相手は私です』
槍の柄で魔剣を止めたのは、エッチな格好をした女性。胸もお尻もぱっつんぱっつんだ。剣を止められたことより、相手の格好に動揺したルナに、女性が話しかける。
『私はマヤ、私は高位の不死体。その魔剣は不死体には効きませんよ。ユウキ様の邪魔をするなら容赦はしません』
ルナに魔槍ゲイボルグを向けたマヤは、じりじりと前に出る。
(く…この女の人、きっと強い。でも、私は負けない!)
『うわあああああっ!』
気合一閃、ルナがダーインスレイヴを全力で振り抜く。しかし、マヤは余裕をもって槍を合わせ、ルナの攻撃を去なし、ダメージを与えることはできない。
『う、くそ…、当たらない!』
『未熟ですね。ただ、あなたには他の魔物とは違う何かを感じます。ですが、もう終わりです』
マヤは、ゲイボルグでルナの手を叩き、握力が緩んだところでダーインスレイヴを弾き飛ばした。そして、猛烈な突きを繰り出してルナを切り刻んでいく。槍で刻まれる度にルナは切られたところだけでなく、体の中も傷つけられ、痛みに悲鳴を上げた。
『きゃあああ! い、痛い、痛い、痛い。ああ…』
『お終いです。覚悟はいいですね』
マヤがルナの眼前に槍を突きつける。ルナは目をギュッと瞑るが、思わず涙を零してしまった。
(ルナのバカ。何で泣いちゃうの? クレスケン様の役に立たなかったから? それとも、クレスケン様ともう会えなくなることが寂しいから?)
ルナが、最後に一目と涙で潤む目でクレスケンを見る。しかし、クレスケンはルナを心配するそぶりも見せず、冷たい視線を向けて来るだけだった。その目を見たルナは、何故か悲しくなり、また大粒の涙を流すのであった。
『早く殺して』
ルナが早く自分を殺すよう、マヤに言葉をかけた時、ルナの体に暖かい何かが触れた。その暖かいものから、体の中を巡る魔力を感じ、気が付くと体中の痛みが消えていた。ルナは恐る恐る目を開けると、ユウキが優しく笑いながら、ルナに触れて治癒の魔法をかけていたのだった。
『ど、どうして…』
「どうしてかな? ボクにもわからない。でも、マヤさんが君を助けてくれって言うから」
ルナがマヤの姿を探すと、マヤはユウキが自分の治療をしている間、クレスケンが手を出してこないよう、クレスケンに対峙している。
「さあ、もう大丈夫だよ。痛いところはない?」
「マヤさん、この子はもう大丈夫。一緒に下がってて」
『あの…、どうしてわたしを助けてくれたの?』
『さあ、どうしてでしょうね。私にもわかりません。ただ…』
『ただ?』
『ただ、あなたには、ほかの魔物とは違う何かを感じます。私たちに近い何かをね』
『私はマヤ。あなたは?』
『ルナ』
『ルナ、聞いてください』
『私とあそこで戦っているスケルトンは、ユウキ様をお世話するため、私たちの主人から呼び出された者です。私たちは全員アンデッド。当然、心なんかありません。当初は命じられた事だけを行う人形みたいなものでした』
『……、何がマヤたちを変えたの?』
『ユウキ様との触れ合いのお陰です。ユウキ様が私たちに家族のように接し、話しかけてくれたことで、徐々に感情というものが芽生えてきたんです。ユウキ様は私たちを大切にしてくれます。だから、私たちもユウキ様を大切にしたい。その感情が私たちに「心」を与えてくれたんです』
『ユウキ様は素晴らしいお方です。誰よりも優しく、誰よりも人の絆を大切にし、大切な人を守るためならどんな危険にも飛び込んでいく勇気も持っている。そして…』
『そして?』
『見て分るでしょう、あの美少女ぶりを。私の作った食事を食べ、私の作った下着や服を着け、私が丁寧にお肌を磨いた結果、素晴らしい美少女になったのがユウキ様なのです。胸は大きく張りがあって、腰もキュッと締まり、程よい大きさで形のいいお尻からすらりと伸びる美しい足』
『完璧です。完璧美少女です! そう思うでしょう。わ・た・しが育てたんです』
『ああ、うん。凄いね…。マヤが、いろいろと』
『ルナ、あと一つだけ言わせてください。クレスケンは狡猾で卑怯な男です。あの男は2年前、ユウキ様を性奴隷にしようとしました。悪辣な手段でユウキ様の友人を危険な目に逢わせ、その結果、ユウキ様は深く傷つくことになりました。あなたが、どういう理由で彼に従っているか分かりませんが、きっと魔物に取り入るために、ルナも利用したに過ぎないと思います。そんな男です。信用してはいけません』
『マヤ…』
『クレスケン様は、仲間に虐げられていたわたしを助けてくれた。その時、わたしに向けられた優しさは本物。利用するために近づいたとしても構わない。だって…、クレスケン様と一緒に過ごした時間は、わたしにとって幸せだったから』
『わたしはクレスケン様の役に立ちたかった。結局、マヤに負けちゃって叶わなかったけど。クレスケン様、失望しちゃったかな…』
『でも、わたしはこの戦いを見届けたい。クレスケン様に勝ってもらいたい。ごめんねマヤ、助けてもらったのにこんなこと言って…』
『わかっています。お互いにこの戦いの行く末を見届けましょう』