第144話 北方荒野の戦い(後編:神剣「極光」)
「モーガン隊長! バルバネス先生! 空から、空から魔物が襲ってきます!」
カロリーナが慌てて、モーガンの側に来て上空を指さして魔物の接近を告げる。モーガンは「何だと!」と叫びながら、カロリーナの指さした方向を見ると、鷲の頭に獅子の体を持つ巨大な魔物1体と上半身は女性、下半身は鳥の姿をした魔物が数十体、学生を狙って接近して来ていた。
「あれは…、グリフォンとハーピーだ! 全員戦闘態勢を取れ!」
「弓を持つ者は整列! 防御魔法を持つ者は彼らの支援だ。急げ!」
モーガンとバルバネスが矢継ぎ早に指示を出す。モーガン指揮下の騎士が弓を持つ生徒の隊列を整え、射撃準備を指示している。
「今度はあたしの番だね!」
気合を入れて弓を構えたシャルロットの視界にカロリーナが1人進み出ていくのが見えた。
「カロリーナ危ないよ、下がって! 早く下がって!」
「グリフォンとは私が戦う。みんなはハーピーをお願い。グリフォンと戦っている間、私を守ってちょうだい」
シャルロットが大声で下がるように言うが、カロリーナは意に介さず、シャルロットたちに振り向くと、自分が戦うと言って、接近してくるグリフォンに対峙する。それを見たララとフィーア、ユーリカはカロリーナの側に走って来て武器を構え、魔法攻撃の準備をする。
「あなたも何かあるんですね。恐らくその背中のものでしょう。大丈夫、あなたが戦いに専念できるように、私たちが守ります」
ユーリカが、カロリーナに声をかけ、カロリーナも「うん、頼んだ」と返事をし、グリフォンを睨みつけた。
(一体、今度は何が起こるんだ…。)
モーガンとバルバネスが固唾を飲んで見守る中、カロリーナたちの前にグリフォンが巨大な羽を羽ばたかせながら着地した。着地したその姿は正に異形の怪物。地面からの高さは5mを優に超え、体長も7~8mはあるだろう。グリフォンは悠々とカロリーナたちを見下ろすと、辺りに響き渡る声で吠えた。
『矮小で愚かな人間どもよ、先ほどの魔法見事であった。だが、お前たちの抵抗もここまでだ。大人しく我らの餌となるがよい』
そう言い放つと嘴を大きく開いて炎のブレスを吐き出したが、カロリーナが防壁魔法を展開し、グリフォンのブレスを防ぐ。
「そんなロウソクみたいな火しか吐けないの? それじゃ私の防壁は通らないわよ」
(カロリーナ…、怖くないんですか? 相手は伝説の魔獣なんですよ)
フィーアが驚きの表情でカロリーナを見るが、カロリーナは平然と構えている。
(究極のアンデット「リッチー」のバルコムさんに比べたらこんな奴全然怖くない)
カロリーナもララも、バルコムを思い出してグリフォンを睨み返す。
『おのれ…、おのれ、おのれ、おのれぇえええ! 私をバカにするとは、その罪万死に値する! ずたずたに引き裂いてやるわ! ハーピーども、かかれ!』
上空に舞い上がったグリフォンがハーピーに指示を出し、ハーピーが急降下してきた。それを見た騎士団員が「矢を放て!」と命令し、生徒たちがハーピー目掛けて一斉に矢を放った。また、ユーリカは愛用のバルディッシュを中腰で構え、ララもフィーアも魔法をいつでも放てる体制を取る。
カロリーナはそんな周りの様子もお構いなしに、背中から一振りの大剣を抜いた。その剣は黄金色の神々しい光を放ち、昼の大地を一層明るくする。
「何だ、あれは!」『ぬう、何という力だ』
モーガンとグリフォンが同時に叫ぶ。
「神剣「極光」、私に力を貸して! 私たちに仇成す怪物を倒すのよ!」
「行け!」
カロリーナがグリフォンに向かって神剣を放つ、放たれた剣は高速で真っ直ぐグリフォンに向かい、その巨体を斬りつけるとグリフォンの背後でUターンし、再びグリフォンに襲い掛かった。
(な、何なんですかあの剣は! 意思を持っているんですか。自ら攻撃を仕掛けていくなんて、神剣? カロリーナは神剣って言いました。一体どこから…)
ユーリカが放心していると、ララが「ユーリカ危ない!」と叫ぶ。ユーリカが我に返るとハーピーの爪がすぐ側に迫っていた。
「うくっ!」
ユーリカはかろうじて爪の攻撃をかわすと、勢いが付きすぎて背中を晒したハーピーにバルディッシュを振り下ろし、一刀のもとに両断する。
「ユーリカ、油断しないで!」ララの言葉にユーリカは「ごめんなさい」と謝る。
カロリーナは両手を胸の前に組み、目を瞑って極光と意識を一つにしていた。
(さあ、あなたの本当の力を見せて。魔獣の首を取るのよ!)
高速で移動しながら体を斬り刻む剣にグリフォンは手も足も出ず、ダメージが蓄積していく。そしてついに、カロリーナの願いに呼応し、輝きを一層増した神剣「極光」がグリフォンに迫る。グリフォンは最後の力を振り絞り、炎のブレスを吐くが、神剣はブレスの炎を切り裂いて飛んで来る。
グリフォンは大きく目を見開いて迫る神剣を見た。次の瞬間、神剣はグリフォンの首を切断し、魔獣グリフォンは大きな地響きを立てて地に墜ちた。
グリフォンが倒れた時、ハーピーとの戦いも終わっていた。シャルロットたちの弓の攻撃とララ、フィーアの魔法でほとんどが撃ち落され、攻撃を交わして迫って来た数体もヘラクリッドやユーリカたちが倒し、被害も数名の生徒が軽い怪我を負っただけだった。
ララとカロリーナによるあまりにも一方的な戦いに、モーガン、バルバネス、騎士団員や学園の生徒たちは声も出ない。何とか意識を保ったモーガンは、教員たちに生徒を集めさせて休息を取らせるとともに、配下の騎士に命じて、魔物の生き残りがないか調べるよう命じた。そして、ララとカロリーナの側にやってくると2人に向かって話す。
「偵察兵の報告に会った未知の怪物とはグリフォンだったんだな。まさか、こんな魔獣がいたなんて信じられん。そういえば、第4騎士団はキマイラと遭遇したと報告にあった。まだまだこんな魔獣が出てくると思うとぞっとするな」
「それにしても、ユウキ君が魔物との戦いには君たちが必要だと言っていた理由が理解できたよ。積極的に撃って出るべきだと言っていた訳もね」
「ユウキがそんな事を言っていたんですか…。私とカロリーナの力が必要だと。でも、私たち本当は、ユウキのためにこの力を役立てたいんです」
「モーガンさん、ユウキは、ユウキはどこに行ったんですか? 任務って何ですか?」
「すまんな。それは私にも言えないんだ。彼女との約束だからね。だが、彼女は必ず君たちの元に戻って来る。それだけは言える。だから、彼女を信じて待つんだ。いいね」
「はい…」
ララとカロリーナは肩を落とすが、そこに戦いを終えた極光がカロリーナの元に戻って来た。「極光、ありがとね」と言ってカロリーナは剣を鞘に納める。
「凄い剣ですね、自分で戻って来るなんて。はあ、ビックリの連続です。ところでモーガンさん、これからどうするんです?」
フィーアが今後の対応について尋ねる。
「うむ、本来ならここで学園部隊の任務は終わりだが、私はミザリィ平原に移動して、第1騎士団に合流し、魔物の本隊と戦おうと思う」
「本隊と戦うんですか!」周りの教員や生徒も驚いてモーガンを見た。
「そうだ、ララ君やカロリーナ君、そして学園生徒の戦いぶりを見ると十分に戦力になる。情報によると、ハウメアーからの避難民を救出した第6騎士団も、第1師団と合流するために北上を開始したとのことだ」
「敵はこれまでの戦いで大きく兵を損ない、いまや侵攻時の6割程度になっている。傭兵隊と民兵隊を加えた第1騎士団に第6騎士団と学園部隊が加われば、数の上では互角。ララ君の魔法とカロリーナ君の剣があれば優位に戦えるだろう」
「王国と王国の民を守るため、ここが踏ん張り所なんだ。みんなの力を貸してくれ。頼む!」
モーガンは、全員に向けて頭を下げる。
「モーガンさん、いえ、モーガン隊長! 私とカロリーナは断られても行きますよ。私たち、どうしてもアイツ等を許せないんです。そして、犠牲になった多くの女性たちの仇を取りたい。魔物を、女性たちを食い物にした魔物たちを絶対に許さない」
「私もララと同じ。この極光でゴブリンエンペラーの土手っ腹に風穴を開けてやるわ!」
「ララ君、カロリーナ君、ありがとう!」
モーガンは感極まって、2人をギュッと抱き締めた。ララとカロリーナは「キャッ!」と小さく悲鳴を上げて、真っ赤になる。
「あの…、モーガンさん。それ位にしてくださる? あれを見て」
フィーアが指を差した方をモーガン、ララ、カロリーナが見ると、ヤキモチを焼いて頬をぷっくりと膨らませ、鬼の形相で睨んでいるユーリカがいた。
「ひっ!」ララとカロリーナは脱兎のごとく逃げ出す。モーガンは「ごめんごめん」と言いながらユーリカの頭をなでなでし、全員に向かって、大きく号令をかけた。
「さあ! 王国学園部隊、ミザリィ平原に向けて出発! これが最後の戦いだ!」
学園部隊の最後方からヒルデが1人とぼとぼと付いて行く。ルイーズが心配になって近づき、「どうしたんですか?」と尋ねる。
「うう、グス…、ララさんの魔法にびっくりしてちびった下着を替えようとしたらグリフォンが襲ってきて」
「はあ、襲ってきて?」
「余計にお漏らししちゃって、まだ下着替えてないんです…。うう、気持ち悪い上に恥ずかしい」
「どうしよう、ルイーズぅ」
「あちゃ~、もうアレですね。自然に乾くのを待つしかないですね」
「お漏らしエルフ…。意外とイケますね。ちょっと萌えました」
「バ、バカーーー!」
この2人だけ緊張感とは無縁だった。