第142話 ユウキとマヤと夕焼け空
フォンス伯爵との面会を終えたユウキは職員室に行き、バルバネスに話は終わったことを告げた。
「んじゃ、もう帰るか?」
「えっと、まだモーガン副騎士団長はおられますか? いたらお話ししたい事があるんですけど…。できれば先生も一緒に」
モーガンは学園の第1会議室を臨時司令部にして、部下とともに詰めているとのことであった。バルバネスはユウキを特別応接室に戻らせて待つように言うと、自らモーガンを呼びに行った。
ユウキがソファに座って待っていると、バルバネスがモーガンを連れて入って来た。ユウキは先ほどのフォンス伯爵との話の内容を聞かせるとともに、この決闘を受けるつもりであることを話した。その上で学園の皆と離れて単独行動をしたいと許可を求めた。
「驚いた話だな…。しかし、あえて君が決闘を受ける必要があるのか? 無視してもいいように思えるが」
モーガンのもっともな意見に、ユウキは夏休みに故郷に帰った時、大森林の情勢を調べ、クレスケンは魔物の軍勢の軍師的立場にいて組織化を図った張本人であり、彼を倒せば魔物は烏合の衆と化すこと。そして何より、ユウキは自分の気持ちに整理をつけるため、どうしてもクレスケンと決着を付けたいことを話した。
「わかったよユウキ君、君を学園部隊のメンバーから除外する。単独行動の許可を与えよう。そうだな…、敵情偵察員として行動するということにしておくか」
「ユウキ、本当に1人でいいのか。ララかカロリーナを連れて行ったらどうだ」
バルバネス先生が心配そうに言う。
「ありがとうございます先生。でも、これはボクの問題です。1人でやり遂げたいんです。それに…、それにララとカロリーナは学園部隊に絶対必要です」
「モーガンさんお願いがあります」
「何だい。君のお願いは出来るだけ聞こうと思っている」
「ありがとうございます。北方の別動隊を発見したら積極的に撃って出てほしいんです」
「なに! 学生たちに戦えというのか?」
「ユウキ、本気か?」
「はい、できれば北方の別動隊を叩いた後、ミザリィ平原に移動して第1騎士団と一緒に敵主力と戦ってほしいんです」
ユウキのお願いにモーガンとバルバネスは言葉も出ない。
「こ、根拠は一体なんだ…」モーガンがやっとの思いで聞き返す。
「ララが…、ララが失われた古代魔法のひとつ「破壊魔法エクスプロージョン」を会得したからです。どうやって会得したかは聞かないでください。ただ、この魔法は一撃で数百、いえ、数千の魔物を消滅させる威力があります。究極の破壊魔法です」
「ただ、威力が大きすぎて味方にも被害が及ぶ可能性があります。そのためにカロリーナが必要なんです。王国一と言われる彼女の防御魔法が…」
「……その話は本当なんだね」
「はい、信じてください」
「バルバネス先生、ララがこの魔法を使ったら色々な人から奇異な目で見られるでしょう。ボクと同じように魔女に仕立て上げられるかも知れません。また、利用しようとする人も出てくるかもしれません。だから…、だからララを守ってください。お願いします」
「ユウキ、心配するな。Cクラスの生徒は皆オレの大事な教え子だ。ララのことは任せろ。だから、お前はお前の成すべきことを果たせ。そして生きて帰って来るんだぞ」
「はい…、ありがとうございます」
ユウキはバルバネス先生の優しい言葉に思わず涙を浮かべるのであった。
ユウキがバルバネスに送られて家に帰ってきたのは、間もなく夕方になろうかという時間だった。全員がユウキの話を聞きたがったが、ユウキは「大した話ではなかったよ」といって部屋に戻ってしまった。
「マヤさん、少しお話があるんだけど、一緒に来てくれない?」
ユウキは鞄を置いて私服に着替えた後、夕飯の支度をしていたマヤの所に行き、一緒に来てくれるようお願いすると、マヤは夕飯の準備をヒルデとルイーズに頼んで先に食べてていいと伝え、ユウキと一緒に外に出た。
ユウキはマヤを伴ったまま、西門の方に向かい、城壁の階段を使って上に登る。城壁の上から外の風景を見ると地平線の彼方まで真っ赤に染まった美しい夕焼け空が広がっていた。
「わあ、綺麗だね…、とてもいい眺め。崖の上の家を思い出すよ、あそこからの夕焼けもとっても綺麗だった」
『はい。ユウキ様はいつまでも夕焼け空を眺めていて、夕飯だって言っても中々家に入らないので困りました。ふふふ』
「結局、ボクを呼びに来たマヤさんと一緒に日が沈むまで夕焼け空を見てたっけね。懐かしいな」
「ボクね。風景の中でこの夕焼け空が一番好きなんだ。何か切なくなっちゃって…」
『……ユウキ様、何かわたしにお話があるのでは?』
「うん、実はね…」
ユウキは、学園でフォンス伯爵と話したことをマヤに聞かせた。そして、1人で決闘に赴くことも。
「クレスケンはきっと何か策を弄してくると思う。仮に純粋に戦いをするとしても、何かしらの仲間を連れて来るかも知れない」
「だから、マヤさん。マヤさんにも一緒に来てほしいの。助さんや格さんと一緒にボクを助けてもらいたい。こういう時に頼めるのはボクを育ててくれた3人だけなんだ」
『ユウキ様、もちろんご一緒させていただきます。ふふ、わたしとても嬉しいです。わたしの使命はユウキ様のお役に立つ事。お任せくださいね』
「ありがとうマヤさん。ボクも嬉しい!」
ユウキはマヤの大きな胸に飛び込み、手を背中に回してギュッと抱き締めた。マヤもユウキの背中に手を回して抱き締め、愛おしそうにユウキを見つめる。2人は夕日が沈み、辺りが暗くなるまで抱き合っていた。
暗くなって家に帰ったユウキとマヤはその足でダスティンの部屋に行き、事の次第を話す。ダスティンは難しい顔をして頷くとユウキにこう言った。
「ユウキ、今の話はお前の人生にとって乗り越えなければならない大きな壁の1つと思う。そして、お前はそれを打ち破り人間として成長すると信じている。だから行ってこい。そして勝って帰って来るんだ。お前とお前の大切な人たちのためにな」
「皆にはオレが上手く話しておく。心配するな」
「それとな、ユウキ。オレは民兵として戦いに参加することにした」
「オヤジさんが…? そんな、ボク心配だよ」
「ははは、これでも元Aクラス冒険者だ。心配は無用だぞ。それにオレもお前たちを守りたいんだ。みんな大切な娘だからな」
「オヤジさん、無理はしないでね」
「ああ、分かっている。お前も気をつけるんだぞ。マヤ、ユウキを頼むぞ」
ユウキはダスティンに抱きつくと「行ってきます」と言って別れを告げた。
その日の深夜、密かに身支度と準備を整えたユウキはマヤを宝珠に隠し、誰にも気づかれない様に家を出た。そして、西門前で待っていたバルバネスから馬を受け取り、後の事を託して西門から闇の中に消えて行った。
翌日の朝、ユウキとマヤの姿が見えないことに気づいたララやカロリーナが騒いでいる。ダスティンは全員にユウキはある任務を授かり、マヤと先に出かけたと告げた。そして、ユウキにはユウキの役割があるように、お前たちにはお前たちの成すべき役割がある。それを果たすようにと諭した。また、ダスティンも民兵として戦に参加することも話した。
「ユウキはお前たちの元に帰って来る。必ず帰って来る。ユウキはお前たちを何より大切に思っているからな。だからお前たちも自分の役割を果たすんだ。ユウキの帰る家を守れ。王都を守るんだ。いいな」