第141話 第6騎士団参戦!
最後の突撃を敢行したマクシミリアンたち第1大隊の残存兵は、オークとオーガの混成部隊と激しく戦っていた。隊員たちは最大限の勇気を発揮して魔物を斬り倒して行く。マクシミリアンもロングソードを振るって、当たると幸いに魔物の首を刎ね、胴を切り裂いて地面に内臓をぶち撒けさせる。しかし、多勢に無勢な状況は変わらない。
「ロック! ロックがやられた!」、「くそっ、誰か手を貸してく…、ぐわあっ!」、「マックス! この豚野郎、殺してやる!」と隊員の悲痛な叫びと怒号が上がる度に、勇者の命の火が消えていく。
そして今、マクシミリアンは絶体絶命の危機にいた。周囲は既に魔物に包囲されている。
「残ったのは何人だ…」
「隊長を含め、7人です」
「いえ、8人です!」
そう報告してマクシミリアンの背中に背を預ける少女がいた。
「イ、イングリット! 君には避難民誘導の指揮を取れと言ったはずだぞ!」
「ハイ! 命令違反しました!」と明るく言う。
「命令違反しましたって…」
「ハイ!もうここまで来たら言ってしまいますね。私、イングリット・バーグマンはマクシミリアン様が大好きです! 心からお慕い申し上げています! 絶対にお嫁さんになりたいです! 先ほど初めて私の名前を呼んでくれて嬉しかったです! ですから、マクシミリアン様と一緒に戦って死にたいと思い、来ちゃいました!」
イングリットの告白に、マクシミリアンは目を丸くし、団員たちは口笛を吹く。そこに、別動隊の指揮官らしき、オーガが近づいてきた。
『お前たち、よくも我々の邪魔をしてくれたな…。あの大量の食料を逃がしてしまうとは何たる失態。フォボス様に合わせる顔がない』
(フォボス…? 誰だ、魔物軍の指揮官か?)
『こうなったら、そこの女をフォボス様に献上し、お前らの皮を剥いで肉を捧げるのみ。お前たちはフォボス様の血肉となるのだ。感謝しながら死ね』
オーガが攻撃の合図のため片手を大きく上げた。マクシミリアンが(父上、母上、みんなさようなら)と心の中で別れを告げ、覚悟を決めた時、南東の方角から大勢の魔物の悲鳴が上がった!
『な、何だ、何事だ!』
「一体何が起こったんだ?」
オーガとマクシミリアンが同時に声を出して、悲鳴が上がった方角を見る。すると、騎馬の大部隊が魔物の群れに突入し、オークやオーガを蹴散らしながら、マクシミリアンたちの方に突っ込んで来るところだった。
「あの紋章は…、第6騎士団か! 皆、救援が来たぞ。助かったんだ!」
マクシミリアンの声に、イングリットや残存兵は歓声を上げる。
「よし! 我々も戦うぞ! オーガの指揮官を打ち取れ!」
第6騎士団の参戦により一気に形勢は逆転した。魔物の別動隊は度重なる避難民や第1大隊との戦闘で、約3割の兵を失った所に、第6騎士団1万3千5百が突入してきたのだ。凶暴な魔物と言えど騎士団の打撃力の前にどんどん数を減らしていく。
魔物兵が打ち減らされていく様子を歯噛みしながら見ていた指揮官オーガに、マクシミリアンとイングリットが、斬り掛かった。
『ぐぬ!』
「観念しろ! お前に逃げ場はない! 潔く首を刎ねられろ!」
「そうだ、そうだ!」
かろうじて2人の攻撃をハルバードで防いだオーガの指揮官に、マクシミリアンが長剣を向けて言い放ち、イングリットも追従する。
「隊長! 周囲の魔物は我々が押さえます! そのオーガは頼みました!」
妻を愛していると叫んだ団員がマクシミリアンに声をかける。
『抜かせ!』
マクシミリアンは頭上に振り下されたハルバードをロングソードで受け止め、オーガの動きを止めた。その隙に背後に回ったイングリットが、勢いよく短槍を突き刺した。
『ギャオオオオオオオ!』
オーガは凄まじい悲鳴を上げ、ハルバードを落とすと背中から胸に突き抜けた槍を引き抜こうとして柄に手をかけたが、マクシミリアンが素早く振り抜いた剣で首を刎ねた。オーガの首は頸動脈から噴き出した血の圧力で高く舞い上がり、イングリットの腕の中にストンと落ちた。
自分の腕の中に納まったオーガの首と目が合ったイングリットは「きゃあああ!」と悲鳴を上げると、気を失って倒れてしまった。
「お、おい、イングリット大丈夫か。しっかりしろ!」
気絶したイングリットを抱きかかえて立ち上がったマクシミリアンの元に、生き残った6名の隊員が集まってきた。その中には突撃の際に「妻を愛してる!」と叫んだ隊員もいた。
周囲を見ると第6騎士団の本隊が到着し、魔物のほとんどは倒されていて、戦闘は残敵掃討の段階に入っているところだった。
「何とか生き残ったか…」
死線を潜り抜けたマクシミリアンは、今やっと一息つくことが出来たのだった。
そしてここにも、魔物の脅威が消えて胸を撫で下ろした男たちがいた。
「助かった…。どこの騎士団か分からねえが、これでカロリーナ嬢に旦那様たちを会わせることが出来る」
「ガイア君、オルテガ君、マッシュ君」
「旦那様! 喜んでください。これで王都まで逃げることが出来ます。助かったんです!」
「ああ、これも全て君たちが献身的に尽くしてくれたお陰だよ。本当にありがとう。これからもずっと、私たちの所に居てくれるかい。私はその恩に報いたい」
「旦那様…、有難いお言葉です。でも、オレたちだけでは守り切れませんでした。オレの仲間たちが犠牲になって逃がしてくれたお陰です。仲間がいなければ、最初のガルムの襲撃で終わっていたかも知れません」
「ああ、分かっている。事が終わって家に戻ったら慰霊碑を建てよう。領主様にも報告させてもらう。さあこっちに来てくれ、妻と子供たちも君にお礼を言いたいそうだ」
ガイアもオルテガもマッシュも、笑顔でお礼を言ってくる子供たちを見て、今度こそ本当に安堵するのであった。
マクシミリアンは副官イングリッドを伴って、第6騎士団司令部の天幕に来て、騎士団長ビッグス、副騎士団長フローラと面会し、経過報告を行っていた。
ビッグスは身長2m近い大男で、顔の半分を髭に覆われた筋骨隆々の戦士、副騎士団長のフローラは美しい金髪をショートにした美人だ。
「今入った情報によるとだな、第4騎士団は壊滅。グレンもマークスも戦死したとさ」
「魔物の本隊は真っ直ぐ王都に向かっている。ったく面倒くせえこった」
ビッグスが心底面倒くさそうに言う。マクシミリアンは王宮にいた頃からこの男と顔を何度も合わせているので、これがビッグスのスタイルと分かっているから腹も立たない。
「そうですか…。お2人とも戦死されたのですか…。私の隊も避難民誘導に割いた人数を足しても残ったのは200人ほど。第4騎士団は事実上消滅したと同じですね…」
「そうですね。でも、第4騎士団はその犠牲と引き換えに魔物の本隊を1万以上も減らしましたし、ハウメアー市の住民10万人を助けました。この成果は誇っていいと思います」
フローラが落ち着いた声で第4騎士団を讃えてくれ、マクシミリアンは救われた気持ちになった。
「それで、第6騎士団は今後どうされるのですか?」
「ああ、俺たちはここで一旦部隊の休養と再編を行った後、北へ向かって第1師団に合流する。俺様のいるロディニアの大地を踏み荒らす魔物どもを許しておけるか!」
「ふふふ、王都には団長の愛する奥方様と娘さんがいますものね」
「う、煩い! お前こそ旦那と息子がいるだろうが。いつも早く戻りたいって手紙書いてるの知ってるぞ」
ビッグスが大きな声で吠え、それを見たフローラが笑いながら話すとビッグスも言い返す。マクシミリアンは2人のやり取りを見て可笑しくなり、噴き出してしまった。
「笑うな!」「笑わないでください!」直ぐに2人のツッコミが入る。
「そう言えば、マクシミリアン様は今回の魔物の襲撃に際し、各騎士団の出撃を再考するよう極秘に文書が送付されたことをご存じですか?」
「いいえ、初めて聞きますが…」
「そうですか、私たち第6騎士団は無視したんですけどね。どうも第2、第3、第5騎士団は、理由を付けて出撃を見送ったようなのです。どうも、裏には、これだけではない動きがあるようなのですが、そこまでは私たちも分り兼ねていまして」
「そうですか…。確かに何か裏がありそうですが、私にもわかりません…」
マクシミリアンが憂鬱そうな表情でぼそりと答える。
「俺たち騎士団の役割はなんだ? 国と国民を守ることだろうが! 騎士団が胡散臭い話に加わって、国の危機に参加しないなんてフザケてやがる。オレはそんな奴ら絶対に許さねえ! この戦が終わったら目に物を見せてやるぞ。バカ者どもが! 奴らに第4騎士団の爪の垢でも飲ませてやりてえぜ」
ビッグスが熱り立って言う。マクシミリアンはビッグスに、一緒に同行させてくれるように頼んでみた。
「騎士団長、お願いがあるのですが、私も第6騎士団に同行させてくれませんか。所属の第4騎士団も、大隊も壊滅した状態では身の置き場がないのです」
「うん、そうだな…。司令部付でよければいいぞ。副官と生き残った6名も一緒に来たらいい」
「ありがとうございます! 感謝します」
「ところで、そこの副官のお嬢さんは、ずっと下を向いて黙っているが、体調が悪いのか? それとも何か不満でもあるのか?」
(マクシミリアン様にお姫様抱っこされた。マクシミリアン様にお姫様抱っこされた。もうドキドキが止まらないよ~。きゃあああ、恥ずかし嬉し~)
イングリットの思考は別の所にあった。




