第140話 避難民の危機
「旦那様、奥様、魔物の本隊がやってきます! 早く馬車に乗ってください。お坊ちゃま方も急いで。オルテガ、マッシュ、早く出発の準備をしろ!」
ガイアだけでなく、使用人たちも慌ただしく出発の準備をする。魔物の別動隊主力は間もなく避難民の集団に追い付きそうだ。時間がない。ガイアは気ばかり焦ってしまう。
「ガイア君、お願いがある。いよいよとなったら君たちは子供たちを連れて逃げてくれ」
「私たちの事はいい。子供たちだけでも助けてくれ」
ガイアたちは旦那様の言葉を聞いて胸が熱くなる。しかし、ガイア、オルテガ、マッシュはカロリーナに大恩がある。その両親と兄弟だけは助けなければならない。でなければ、ガルムと戦った仲間たちの犠牲が無駄になる。3人は自分たちを盾にしてもカロリーナの家族を逃がすと決めた。
「旦那様、それは聞けません。オレたちはカロリーナ嬢に全員無事な姿で会わせると決めているんです」
「そうですぜ、旦那様、奥方様、諦めちゃなりません。さあ、早く出発しましょう!」
オルテガもマッシュもカロリーナの家族や使用人たちを励まし、馬車を出発させた。周りの人たちも大急ぎで馬車を走らせ始めている。
マクシミリアンは避難民の最後尾に、大隊800人と共にいた。別動隊主力とはまだ1kmほどの距離があるが、1万の軍勢による圧力は圧倒的な上、速度も向こうの方が早い。
「くそ、恐れていたことが起こったか…」
「大隊長、どう対処しますか?」
隊員が不安そうに隊長であるマクシミリアンを見る。マクシミリアンは全員を見回す。
(ここで私が不安になってどうする。危機に陥った時こそ、人間としての真価が問われる。あの時のユウキ君のように。彼女にみっともない姿は見せられない)
「諸君! 君たちは何だ?」
「は? 隊長、急に何を…?」
「君たちは何者だと聞いている!」
「わ、私たちは…」
「そうだ、君たちは何者だ!」
「私たちは王国騎士! 王国第4騎士団第1歩兵大隊の騎士です!」
全員が大声で叫ぶ。マクシミリアンも負けじと声を出す。
「そうだ! 私たちは王国最強の第1騎士団と並び称される、栄光ある第4騎士団の勇敢な団員だ!」
「我々は何物も恐れない。王国の安寧のため、王国民を守るため命を賭けて戦う!」
「隊員諸君、避難民の最後尾を守りつつ、王都に向けて移動する。急げ!」
「隊長、魔物の対処はどうしますか?」
「我々に仕掛けて来た奴のみ対処する。避難民を守りつつ戦うのだ。困難だが我々にはできる! それにきっと増援は来る。信じて戦うのだ!」
マクシミリアンの激に隊員の戦意は高まる。しかし、魔物は徐々に近づいてきて避難民の顔に恐怖が浮かぶ。
ガイアたちとカロリーナの家族は隊列の後方にいて、遅々として進まない隊列にいら立ちを隠せない。
「クソが! もっと早く移動できねえのか! このままでは…」
ガイアは毒づくが、荷台の子供たちの不安そうな顔を見て、にやりと凄みのある笑いを浮かべると子供たちを安心させるように言った。
「安心してください。オレたちが必ずお姉さんに合わせてあげますから」
魔物は目の前の大量の「人間」というエサに興奮を隠せない様子でギャアギャア喚きながら襲い掛かって来た。
「隊長! 魔物兵の先鋒が我々に取り付きそうです。数はゴブリン兵1千、その後方、やや離れた所にゴブリン兵2千、その後にオーク、オーガが続いています!」
「大隊抜剣! 避難民に取りついたゴブリンどもを排除せよ!」
マクシミリアンの命により、騎士団員が先鋒のゴブリンに襲い掛かる。数に勝るゴブリンだが騎士団員の攻撃力の前に抵抗らしい抵抗が出来ず、屍を晒していった。
「先鋒は退けたか…。次が来る前に王都に向けて進めるだけ進むのだ。副官、我々の損害はどのくらいだ」
「死亡12名、軽傷35名、重症9名です。重傷者は馬車に乗せて後送しました。軽症者は簡単な手当を受けた後、戦線に復帰しています」
「意外と被害が出たな…」
「何しろ、数は向こうの方が圧倒的ですからね」
(各個に戦っているうちはいいが、纏まって襲い掛かられたら厳しくなるな…)
「ガイアのアニキ! 魔物の先鋒は騎士団が撃退したみたいですぜ」
「そうか、とりあえず一安心だな。よっし、今の内に距離を稼ぐぞ!」
「旦那様、奥様、しっかり摑まっていて下さい!」
先鋒のゴブリンを撃退した第1大隊に、ゴブリンの第2波が襲い掛かってきたが、マクシミリアンたちはこの攻撃も撃退した。しかし、連戦による疲労のためか、1割を超える被害を出してしまっている。
(だめだ、このままでは保たない。しかし、避難民の隊列の速度は上がってない。だが、諦めてなるものか、絶対に生きて帰るんだ…)
マクシミリアンが配下の団員に指示を出している最中、オークとオーガの混成部隊2千が猛然と襲い掛かって来た。さらにその後ろに本隊数千が進んで来ている。魔物の猛襲に流石の騎士団員も怯んだ表情を見せている。マクシミリアンは覚悟を決めて隊員たちを見回し、剣を高々と掲げて大声で叫んだ。
「第1大隊の騎士諸君! 今こそ勇気を奮い立たせる時だ! 戦え、王国民のために! 愛する者、大切な者のために命を懸けよ! さあ、第4騎士団の意地を見せろ! 我とともに戦え! 今こそ勇気を示すのだ! 奴らに人間の強さを思い知らせてやる時だ!」
マクシミリアンの激に第1大隊の精兵たちは勇気が奮い起こされ、力が漲ってくる。マクシミリアンの秘めたる力「カリスマ」が発動したのだ。
オークとオーガの混成部隊が目を血走らせて襲ってきた。どちらもゴブリンとは比較にならない強力な魔物だ。
「迎え撃て! 避難民に近づけるな!」
マクシミリアンの命令一下、第1大隊の残存兵は「ウオオオオオ!」と雄叫びを上げて迎撃する。騎士団員の剣が唸りを上げて振られる度に、オークやオーガの首が飛び、体を深々と斬り裂かれて絶命する。マクシミリアンもロングソードで何体もの魔物を斬り倒すが、敵は多く、徐々に押し込まれて団員が1人また1人と倒れていく。
騎士団の防衛線に綻びが出たことで、避難民を襲う魔物が増えて来た。男たちは武器を取って迎え撃つが、ゴブリンならともかく、オークやオーガといった上位の魔物に対し、普通の市民が敵う訳がなく、いくつかの荷馬車が馬ごと引き倒され、男も女も子供もお構いなしに魔物に喰われていく。
「ぎゃあああああああ!」「お母さん怖いよ!」「た、助けてぇ!」
魔物に襲われた人々の悲鳴が聞こえる。しかし、ガイアたちは心を鬼にしてその声を無視し、馬車を走らせる。荷台のカロリーナの父や母、兄も弟妹たちを抱きかかえ、励まし続ける。
「うわあ!」「きゃあー!」後ろの荷台から子供たちの悲鳴が上がる。ガイアが振り向くと1体のハイオークが乗り込んできて、子供たちに斧を振り上げていた。
「オルテガ! マッシュ!」
「おうよ!」
ガイアの叫びに呼応したオルテガとマッシュが、ハイオークの胴体に槍を突き立てる。ハイオークは斧を振り上げたまま、体から血を吹き出して転げ落ちていった。
(何とか、何とか逃げ切らなければ、カロリーナ嬢のために…)
ガイアは必死に馬を操りながら、後ろから迫る魔物の群れを睨みつけるのであった。
避難民の最後方で別動隊本隊と対峙するマクシミリアンも危機に陥っていた。
「副官! 大隊の残存人数は!」
「225名!」
カリスマの力と団員の奮戦により、大分魔物の数を減らしたが、第1大隊も約7割もの兵を失った。しかし、いまだ正面には数千の魔物の大群がおり、後方には10万の戦えない避難民がいる。
「副官…、いや、イングリット、君はここから離脱しろ、避難民誘導の指揮を取れ」
「(マ、マクシミリアン隊長が初めて私の名前を呼んでくれた)大隊長はどうなされるのです」
「私は残った225名と最後の突撃をし、避難民が逃げる時間を稼ぐ」
「グレン団長は無理に戦うなと言った。しかし、私は戦端を開き、多くの兵を死なせてしまった。その責任は取らねばならない」
「ダ、ダメです。大隊長は生きて帰らなければなりません。最後の突撃は私がします!」
「イングリット、これは命令だ! 女のお前を魔物に蹂躙させる訳にはいかん。さあ行け、避難民を頼むぞ!」
「第4騎士団第1歩兵大隊は、これから最後の突撃を敢行する! 我に続けぇーー!」
「ウオオオオオ! 大隊長に続けえぇ!」
「第4騎士団万歳! 王国万歳!」
「退かぬ! 媚びぬ! 省みぬぅ!」
「妻よ! 愛してるぞー!」
マクシミリアンを先頭に、残存兵は思い思いに叫びながら突撃を開始した。1人残されたイングリットは、意を決してマクシミリアンの背中を追う。
「隊長ぉー! わ、私は隊長が好き! さっき初めて名前を呼んでくれた。死ぬなら隊長と一緒に!」
「ガイア! 騎士団が最後の突撃を始めたようだぜ!」
オルテガが、馬車に近付くオークに槍を突き刺しながら伝えて来た。
「そうか、これで少しは時間が稼げるな…。ありがとうよ」
ガイアは正面を見ながら、全滅を覚悟して後方で戦う騎士団に感謝するのであった。
次回 第141話 第6騎士団参戦!