第139話 学徒出陣
魔物の大群が王国を蹂躙し、王都に迫っているという話は災厄を呼ぶ「黒い髪の魔女」の噂と相まって、一層混乱に拍車をかけている。国は、魔物に襲われる危険性があるとして王都からの脱出を禁じたが、それが国民を一層不安にさせ、誰もが家に閉じこもり、事の成り行きを見守っていた。
また、国は民兵の徴募を始めたが、王国では長く平和が続いたこともあり、徴募事務所に訪れたのは、退役軍人や引退した冒険者が中心で、応募は目標の半分程度に留まっていた。
そしてここでも…。
「クソッタレ! 王家の奴ら冒険者をなんだと思ってやがるんだ。便利屋じゃねえんだぞ」
「でも組合長、従うしかないですよ。コレ、命令書ですもん」
「リサ、ギルドマスターって呼べって言ってるだろ!」
「そんな事どうでもいいです。今、この組合には1862人の冒険者が所属していて、今集められるのは、1210人です。どうします?」
「どうしますってお前…、集めるしかないだろ。職員を総動員して、その1200人を今すぐ訓練場に集めろ。あとはオレが話す」
「わっかりました!」
王都各地で混乱が続く中、王国高等学園でも、大講堂に生徒を集め、ある重大な発表が行われようとしていた。
全生徒がクラスごとに並べられた椅子に着席して、発表が始まるのを待っている。その中でカロリーナとユーリカは浮かない顔をして床を見つめていた。
「カロリーナ…」ユウキがそっと声をかける。
「大丈夫だよ。ハウメアーの人たちは全員脱出したって発表があったじゃない。お父さんもお母さんも、兄弟たちもみんな無事だよ。それに三連星のみんなもいる。きっともうすぐ会えるよ」
「うん…。ありがとうユウキ」
ユウキはハンカチでカロリーナの涙を拭いてあげた。
「そうですよ。ユーリカさんも元気を出してください。避難民誘導に第4騎士団からマクシミリアン様の部隊が派遣されたそうです。間もなく王都に到着しますよ」
「ありがとうございますフィーアさん。そうですね、無事に王都に着くことを信じて待ちます」
「でも、第4騎士団の本隊は壊滅したって…」
ララの言葉に、皆押し黙ってしまった。
(マクシミリアン様。必ず無事に戻ってきてくださいね…)
ユウキは心の中でマクシミリアンの無事な帰還を祈るのだった。
大講堂の舞台に設置された演台に学園長オーベルシュタインが立った。生徒全員は無言で学園長の発言を待つ。
「生徒の諸君、本日は重大な発表がある。心して聞くように。始めに言っておくが、今から諸君が聞く話はロディニア王国の長い歴史の中でも初めての事だ。それに、これは私を始め、教職員全員が納得した話ではない。しかし、王国の危機を救うために必要と国が判断したものだ。だから我々も苦渋の決断をせざるを得なかった」
「ロディニア王国高等学園生徒に学徒出陣の命が下された。今時点で15歳以上の者は全員徴兵され、出兵することになった。残念ながら拒否することはできない。詳しい話は今から説明する」
学園長の思いも寄らない話に、生徒たちは騒めき、青い顔をして泣き出すものもいる。
ユウキは、魔物の侵攻を予期していた頃からこのような事態も考えていたので「来るべきものが来たか…」と冷静だった。
学園長が演台から降り、代わりに上がったのはモーガンだった。
「私は王国第1騎士団副騎士団長モーガン・ウェインだ。今、学園長から聞いた通り、今時点で15歳以上の者は王国に徴兵され、只今を持って我が第1騎士団の指揮下に入る」
「よって、これからは騎士団の命令が最優先だ。命令を拒否したり、部隊から逃亡した場合は軍法会議の上、処罰される。言っておくが敵前逃亡は問答無用で死刑だ。例外はない」
「今、魔物の主力部隊3万5千は王都から5日の位置にいる。我々は敵主力をもう少し手前のミザリィ平原で迎え撃つ予定だ。迎撃の主力は我が第1騎士団1万5千、傭兵部隊1千、民兵3千の計1万9千。相手には伝説の魔獣も含まれるという情報もあり、厳しい戦いが予想される。だが、第1騎士団は王国最強だ。我々は勝つ。王国の未来のために、愛する者を守るためにだ」
「また、主隊から分派した別動隊5千が北方のラナン方面に移動したという情報が入った。君たちは王都から1日北方に移動した街道に布陣し、この別動隊の動きを牽制してラナンと王都に向かうのを妨害するのが役目だ」
ラナン方面と聞いてララの顔が青ざめる。
「出撃は明後日早朝。それまでに家族と十分に話をしておくように。集合場所は北門前、準備物は各クラスの担任から指示される。何か質問は?」
「はい」とユウキが手を上げる。モーガンはユウキに「どうぞ」と発言を促す。
「ボクたちの指揮は誰が取るのでしょうか」
「うん、いい質問だ」モーガンはニヤリと笑い、
「君たちの指揮は不詳、私が取る!」と高らかに宣言した。
教室で担任のバルバネスから準備物の説明があった後、明後日の集合まで解散となった。帰り際、バルバネスは「オレもお前たちに同行する」言い、全員と握手をした。
ユウキたちが学園の正門前でヒルデ、ルイーズと合流し、馬車の到着を待っていたらバルバネス先生が声をかけてきた。
「ユウキ、ちょっと来い。お前に来客だ」
「え? ボクにですか?」
「ああ、ユウキ以外は帰っていいぞ。こいつはオレが責任をもって送り届ける。ユウキ、行くぞ」
バルバネスは、ユウキを学園の特別応接室に連れて来た。
「この中で、お前に会いたいという人物が待っている。オレは職員室にいるから終わったら声を掛けろ。家まで送ってやる」
そう言うと、職員室に戻って行った。
ユウキは、一体誰だろうと疑問に思いながら特別応接室の扉を開けると、1人の品のいい中年男性が窓辺に立って外を眺めていた。
「あの、ボクに用があるというのはあなたですか」
「ああ、そうだよユウキ・タカシナ君。私はフォンス伯爵。クレスケンの父親と言った方が早いかな」
クレスケンの名を聞いてユウキの体に緊張が走る。
「そう怖い顔をしなくてもよい。私は君に何かするために来た訳じゃない」
「…ボクに何の用です」
「まあ、座り給え」
ユウキがフォンス伯爵の対面に座ると、伯爵が話し始めた。
「クレスケンが君と君の友人に大分迷惑をかけたことは知っている。だが、謝罪をするつもりはない。その後、クレスケンは狂ってしまったからね。君を、自分を陥れたこの国の人間全てを憎み、復讐のためだけに生きる鬼と化したのだ」
「……自業自得です」
「そうだ。自業自得だ。しかし、息子は自分の責任を放棄し、相手を憎むことしか考えていない。自分の置かれた境遇が自分の責であることに気づいていない愚か者だ。だが、それでも息子なんだよ。私にとってはね…」
「だから、私は息子の願いを叶えることにした。復讐という願いだ。大森林に送り出したのもそのためだ」
伯爵は1枚の封書を懐から出し、ユウキの前に差し出した。
「これは?」
「クレスケンとの決闘の場を設定した。誰にも邪魔されない場所だ」
「君には受ける義務と責任がある。そして必ず勝ってもらいたい。私からのお願いだ。頼む、息子の魂を救ってくれ」
次回 第140話 避難民の危機