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第136話 オルテュ平原の戦い(前編)

 魔物の前衛と主力軍がオルテュ平原に踏み込んだ時、前方から第4騎士団が猛烈な勢いで突入してきた。


「フォボス様、奴らは鋒矢ほうしの陣で突入してきます。中央突破を図るつもりでしょう。寡兵な奴らに取れる戦法は限られていますからね」


『ふむ、クレスケンよ。どう対処する?』


「はい、前衛と主力軍の厚さなら突破されることはありません。奴らを受け止めているうちに、後衛を迂回させ、敵の陣形の弱点である柄の部分を襲わせます。そして前後から挟み撃ちにすれば、全滅させられます」


(ただ、こちらの前衛部隊も相当な被害が出るだろうがな…)


『うむ、よかろう。全軍に指示を出せ』

「はっ!」


『やっぱり、クレスケン様は凄い』


 エンペラーとクレスケンのやり取りを見ていたルナは、羨望の眼差しで見つめるのだった。


 マークス率いる騎兵連隊はゴブリンキング率いる前衛部隊左翼に突入した。騎馬兵による疾さと打撃力をもって敵陣深く突き進み、ゴブリンやオークを中心とした魔物兵たちを蹴散らしていく。さらに、その後方から進んできた重装歩兵が蹴散らされた魔物を蹂躙しつつ進む。


「突き進めぇ! 魔物どもを皆殺しにするのだぁ!」


 マークスが大声を挙げて騎馬の上から槍を振るい、その度に何体もの魔物が切り裂かれ、胴体を貫かれて命が刈り取られていく。正に騎兵部隊は「矢」となって前衛部隊の奥深くに進んでいる。しかし、前衛部隊の総数は1万。その厚さに騎兵連隊の速度が落ちてくると、魔物兵は馬を狙って攻撃してきた。


「うわっ!」「ぐはぁっ!」


 馬を倒される度に投げ出された騎馬兵が、体勢を立て直す間もなく魔物兵に襲われ、1人、また1人と倒されていく。マークスは槍を振るいながら、この配下の兵が倒される様子に歯噛みしていると、後方から前衛部隊の先頭集団を蹴散らした重装歩兵と歩兵連隊が雄叫びを上げて前進してきて、騎馬を襲っていた魔物兵を倒し始め、魔物兵が混乱し始めた。


「今だ、連隊集合!」


 マークスは、これをチャンスと見て部隊を再編すると再び前衛部隊の奥深くに騎馬を走らせた。連隊の数は約3分の2まで減じたが、まだ十分に戦闘力は残っている。再び前進を始めたマークスの前にゴブリンキングが立ちはだかり、巨大な剣で馬の首を刎ね飛ばした。マークスは地面に投げ飛ばされるが、直ぐに体勢を立て直し、配下の騎馬兵に大声で指示を出す。


「私の事は構うな! お前たちはそのまま前進しろ! この化け物は私が相手をする!」

 指示を出し終えたマークスは大剣グレートソードを抜いて、ゴブリンキングに対峙した。


『よくぞオレ様の前まで辿り着いたな。だが。お前の武運もここまでだ!』

「ぬかせ化け物! 森の中で大人しくしてればよいものを。ここに来たからには生きて帰れると思うな!」


 ゴブリンキングはマークスの倍はある巨体で威圧してくるが、マークスは一歩も引かず、相手に大剣を向け睨み返す。キングは『死ね!』と叫びながら巨大な偃月刀をマークス目掛けて振り下ろしてきた。マークスは腰を落とし、下半身に力を入れ、全身の力で偃月刀を大剣で受け止めた。もの凄い力に押し潰されそうになるが、相手の力を受け流しながら剣を滑らせ、目の前に無防備に晒された太腿の筋肉を深々と斬り裂いた。


 太腿の筋肉を斬られたゴブリンキングは『グァアアア!』と大きな悲鳴を上げ、立っていられなくなり、思わず四つん這いの姿勢になる。マークスはその隙を見逃さず、大剣を大きく振りかぶって、ゴブリンキングの首に叩きつけ、首を斬り落とした。


「ゴブリンキングの首、副騎士団長マークスが打ち取ったぁああ!」

 マークスが大音声で叫ぶと、周囲の魔物兵は一斉に怯み、重装歩兵や歩兵が一気に畳みかけ、騎士団側が優勢になり始めた。


「マークスがゴブリンキングを倒したか、流石だな。後はキュクロプスだけだが…」

「伝令! 敵前衛左翼は我が方が優勢、間もなく突破できる見込み。しかし、敵前衛右翼はキュクロプスと多数のガルムによって重装歩兵が壊滅状態、現在、歩兵大隊が戦闘継続中!」


「不味いな。このままだと左翼が敵中に孤立する。弓兵隊を前進させ、右翼の部隊を支援させよ。矢の雨をもってガルムを排除するのだ。キュクロプスには投擲隊を向かわせろ」


「本体はこのまま前進! 左翼の空いた穴から敵の本体に向かう。後衛の第2から第4大隊は横及び後方からの伏兵に注意するように伝えるのだ」


 グレンは矢継ぎ早に命令を伝える。今の所、戦いは拮抗していると言えるだろうが、拮抗していては駄目なのだ。優勢に転じなければ、いずれ奴らに飲み込まれてしまうとグレンは考えている。


 前衛右翼では単眼の怪物、キュクロプスが巨大な鉄棒を振るって、右翼を攻めていた重装歩兵を壊滅させていた。重装歩兵は強固なプレートアーマーで身を覆い、剣や槍、弓矢の攻撃には強いが、打撃武器によって強い衝撃を受けるとアーマー内部の兵がダメージを受けて戦闘不能になってしまう。その弱点を突かれてしまった。また、魔犬ガルムのスピードにも付いて行けず、混乱している内にキュクロプスに倒されていった。


『ギャハハハ! 脆いぃ、脆すぎるぅ。お前らぁ、このまま左翼に展開して挟み撃ちにするぞぉ。ガルムたちぃ、進めぇ!』


 前衛右翼を率いるキュクロプスが魔物兵に前進を命じたその時、上空から大量の矢が降り注いで来て、ガルムやオークたちに突き刺さり、魔物たちは大きな悲鳴を上げて倒れていった。


『な、なんだぁ!』


 キュクロプスが鉄棒で矢を払っていると、今度は何本もの槍が飛んできて、がら空きになった胴体に槍が1本、2本と突き刺さった。


「よし、相手は怯んだぞ! 第2隊投擲開始!」

 大隊長の命令で、歩兵部隊から何本もの投げ槍が放たれた。


『ウガアアアアアァ! 人間のくせにいぃ!』


 何本もの槍を体に受けたキュクロプスが憤怒の形相で投擲部隊を睨みつけた時、単眼に槍が突き刺さり、後頭部まで突き抜けた。


「今だ! 右翼騎馬大隊突入、我に続け!」

 騎馬隊の大隊長が配下の部隊に命令し、麾下1千騎を率いて右翼の魔物兵を蹴散らしながら敵陣奥深く突入して行った。


『クレスケン、人間共もやるではないか。我が前衛部隊を突破するとはな』


 後方から戦況を見ていたフォボスが感心したように隣に控えるクレスケンに話しかけてきた。


「前衛部隊の被害はある程度覚悟していましたが、これは予想以上でした。死兵となった兵ほど強いものはありません。しかし、奴らの抵抗もここまでです」


『何か策があるのか』

「回り込ませていたグレンデルの部隊が間もなく敵の後衛を襲うはずです。また、主力軍の先頭にキマイラを配置しました。人間がキマイラに勝てるはずはありません」


『ふむ。では、人間共の戦いぶりを高みの見物と行こうか』


「はい」


(クレスケン様は人間なのに、同じ人間に対して容赦がない、何故かしら。ユウキと言う者の件と何か関係があるのかな…?)

 ルナは、冷たい目をして観戦するクレスケンを見て考えを巡らせるが答えは出なかった。


 左右両翼の前衛部隊を突破した第4騎士団の騎兵部隊は、敵主力軍を確認すると、突撃を開始したが、その前に獅子の頭に山羊の体と頭、蛇の尾を持つ体長6~7m、尾まで入れると全長10mにも及ぶ巨大な異形の怪物が姿を現した。


「な、なんだあれは!」


 騎兵部隊を率いる大隊長は突然見たこともない異形の怪物に動揺し、思わず、前進速度を緩めてしまった。それを見たキマイラはニヤリと笑うと、大きく口を開けて高熱の炎を騎馬部隊に浴びせかけ、たちまちのうちに大隊長を含む数十人の騎馬兵を燃やし尽くした。


「マークス副騎士団長大変です! 敵に見たこともない怪物が現れて、炎を吐き、騎馬兵を燃やし尽くしています。既に1個大隊が全滅しました!」


「何だと!」

 伝令兵は、怪物の姿をマークスに伝える。


「それはキマイラだ。伝説上のものとばかり思っていたが…」

「伝令、騎馬兵は下がらせろ、そして弓兵と投擲兵を前進させるのだ」


 マークスが敵主力軍の見通せる場所に到着すると確かにそれはいた。マークスは弓兵隊と歩兵隊を炎の射程外に配置する。騎馬部隊の残存兵も「我々も行きます!」と突撃隊形をとる。


「本当に存在したのか、キマイラ! だが、お前を倒さずして道は開けぬ」

「弓兵隊、矢を放て!」


 キマイラは自分に向けて飛んで来る矢に炎を吐いて迎撃する。


「弓兵、続けて撃て! 投擲隊前進、槍を放て!」

「騎馬隊突撃! 歩兵隊は抜剣、我に続け! 奴の炎は矢と槍の迎撃で我々に向かってこない。歩兵隊突撃!」


 騎馬部隊の残存兵を先頭に、第4騎士団の精鋭たちがキマイラに向けて突撃していく。獅子の頭は矢と投げ槍の迎撃で、突撃してくる兵たちに対処する余裕はない。マークスが「よし!」と思った時、今まで動きがなかった山羊の頭が騎兵部隊に向き、その目が怪しく光ると猛烈な風刃が吹き付け、騎馬兵を切り裂いた。


「怯むな、前に進め! 何としてもヤツに取り付くんだ!(くそっ、魔法まで使うのか。だが、取り付いてしまいさえすれば…)」

 マークスは走りながら檄を飛ばす。


 キマイラは炎と風刃で攻撃してくるが、騎士団員の闘志を止めることはできない。魔法で蹴散らされても遮二無二突撃して行く。

 そして、ついにマークスと十数名の歩兵騎士がキマイラに辿り着き、剣をその巨体に突き立てた。


『ギャオオオオオオオ! 貴様ら、我が神聖な体に剣を突き立てるとは、許さん!』


 キマイラが吠えるが、騎士たちは怯むことなく、剣を振るい、キマイラに傷を負わせていく。キマイラもまた、強靭な前足を振り上げ、騎士を切り裂き、大きな口で嚙み砕く。騎士が1人、また1人と倒れていくが、マークスは部下を鼓舞し、自身もキマイラの胴体や頭に傷を負わせていく。


「ぐはあっ!」


 キマイラの胴体に向けて剣を振るっていたマークスの体に尾の先端の蛇が嚙みついた。マークスは痛みに耐え、大剣で蛇の頭を切り飛ばすが、痺れて体が動かなくなってきた。


「くそ、毒か…。だが、こいつを殺すまでは倒れる訳にはいかん!」

「生き残っている騎士諸君! さあ、この化け物に止めを刺すのだ! 我が合図に呼応して剣を突き立てろ!」


「行くぞ、突撃!」


 マークスの合図で、生き残った数名がキマイラの懐に飛び込み、急所に剣を突き入れた。マークスもまた、最後の力を振り絞って、大剣で山羊の眉間を貫く。マークスの命を賭した攻撃で、さしものキマイラも力尽き、獅子の口から盛大に血を吐き出して絶命した。


「や、やった…。伝説の魔獣を倒したぞ」


 全身にキマイラの猛毒が回ったマークスもまた、地面に倒れ伏し、命尽きようとしていた。しかし、マークスはキマイラを倒したという満足感に包まれていた。


(エマ、すまん。生きて帰ることが出来なかった。お腹の子を強く育ててくれ、頼んだよ。最後に…、君の…、顔を見た…かった)


 ロディニア王国第4騎士団副団長マークスは、伝説の魔獣を倒した後、妻とまだ見ぬ子を想い、戦場に散った。


 マークスの死を見届けた数名の残存兵もまた「マークス副騎士団長に続け!」と雄叫びを挙げると、魔物の主力軍に突撃し、暴風のように暴れまわり、何体もの魔物を斬り倒した後、圧倒的な数に押し包まれて壮絶な戦死を遂げた。



 ルナは、目の前で繰り広げられた戦いを驚愕を持って見ていた。


(これが人間の戦い…。私たち魔物とは何かが違う。何が彼らをあそこまで駆り立てるの。人間とは一体なに?)



 第4騎士団本隊のグレンの元に、キマイラの出現とマークス戦死の報が届けられた。


「マークスよくやった! キマイラを倒すとは流石だ。お前の死に報いるためにも、この戦いに勝たねばならん」


 グレンは、敵も味方も前衛部隊が壊滅したことを受け、鋒矢ほうしの陣による中央突破を諦め、部隊を再編するため、全軍を後方に下げようとした。しかし、その背後には魔人グレンデル率いる部隊が接近を果たしており、最後衛の歩兵第4大隊に襲い掛かろうとしていた。


次回 第137話 オルテュ平原の戦い(後編)

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