第135話 第4騎士団出撃!
王国第4騎士団が駐屯しているオルテュ砦は1万5千人の兵を収容可能な中規模の砦である。その司令官室に騎士団長グレンと副騎士団長マークス、各連隊長や大隊長が揃って、王都から届けられた情報について意見を交わしている。その中に、第1大隊の大隊長マクシミリアンの姿もあった。
「王都から届けられた情報によると、大森林に魔物の王国とも呼べる大集落が存在し、数万にも及ぶ軍団を形成しているらしい。しかも、軍団を率いるのはゴブリンエンペラーだという話だったな」
「しかも、王国内に侵攻して来る兆しも見えているということだが…」
「団長、その情報は確実なのですか。確かに魔物は増加傾向にありますが、我々で対処できている範囲です。それに、それほどの大軍団ともなれば、我々に察知されないわけがない。情報の質に疑問があるように感じますが」
「マークスの疑問は最もだ。だが、全く可能性が無いとも考えられない。そもそも、何故これほどまでに魔物が増える要素があるのだ?」
グレンの疑問にマクシミリアンが発言の許可を求める。
「2年前から王国内で女性の失踪事件が多発していたことはご存じと思いますが、その女性たちが魔物を増やすために使われているのではないかという話を聞いたことがあります。恐らく、その話は本当だったのではないでしょうか」
「俄かには信じられない話だ。しかし、強ち嘘とも言い切れない…。そもそも一体だれがその様な事をするのだ? 何が目的と言うのだ」
「目的は解りません。ただ、魔物が大挙して押し寄せれば、王国内は混乱し、国力は弱体化します。それを狙っているのでは…」
「何にせよ、最大限の警戒が必要だ。いつでも出撃出来るように各隊は準備を整えよ」
グレンがそう発言した時、伝令兵が慌てた様子で司令官室に飛び込んできた。
「騎士団長! 大変です。魔物が…、魔物の大群が筏でヌーナ河を下って大挙して上陸してきました。その数約5万。橋頭保を築き、真っ直ぐこの砦に向かってきています」
「何だと! 5万もの大軍が向かってきているというのか。何故今まで気づくことが出来なかったのだ。いや、そんな事はどうでもいい。直ちに迎撃態勢を取れ!」
グレンが慌ただしく指示を飛ばす。その時、別な伝令兵が会議室に走り込んできた。
「き、騎士団長! 魔物の一部がそのままヌーナ河を下っています。恐らく、ハウメアー市に向かっていると思われます!」
「ハウメアーに向かっているだと! 規模はどの位だ!」
「お、およそ1万!」
「くそっ! 魔物のくせに別動隊を編成するとはな。ただの魔物の集まりではないという事か。しかし、これはマズイ、マズイぞ。ハウメアーには冒険者と憲兵隊しかいない。これでは10万人の市民を守り切れない。みすみす魔物の餌にしてしまうことになる」
グレンは顔を青ざめさせ、思案すると、周りを見回してマクシミリアンを見た。
「マクシミリアン! 貴下の第1歩兵大隊を率いて可及的速やかにハウメアーに向かい、かの地の冒険者と憲兵隊の協力を得て市民の避難誘導に当たれ! 王都に逃がすんだ。1万の敵と無理に戦う必要はない。市民を無事に逃がすことだけに専念せよ!」
「はっ! 直ちに第1大隊と共にハウメアーに向かい、市民の避難誘導に当たります!」
マクシミリアンは敬礼した後に司令官室から出ると、大急ぎで大隊に向かう。
「ユウキ君、君の予想していたことが当たってしまった。これから王国はどうなるのだろうか。もう、生きて君に会えないかもしれないな。それだけが心残りだ…」
走りながらそう呟いて、ユウキがプレゼントしてくれたペンダントにそっと手を触れるのであった。
偵察兵によりもたらされた情報によると、魔物の主力軍はゴブリンキングとキュクロプスが率いる前衛が1万、その後ろに主力部隊3万5千、主力部隊はゴブリンエンペラーが直卒している。主力部隊の後ろに後衛5千と3部隊に分かれて侵攻してきている、また、主力軍の中には未知の魔物の姿も見えるとのことだった。
グレンはその情報を元に、第4騎士団1万2千5百(ハウメアーに1千を向かわせたために定員より少なくなっている)をオルテュ砦前面の平原に展開させ魔物を迎え撃つ体制を取った。
「敵は真っ直ぐこちらに向かってくる。ここを抜かれれば王都まで遮るものは何もない。我々が王国を守る盾であり、防壁なのだ。我々は寡兵だが、精強と謳われた第4騎士団。勇気と誇りをもって王国民のため、愛する者を守るため命を賭して戦うのだ!」
グレンの激に、隊員は「ウオオオオオ!」と雄叫びを上げる。
「明日の会戦は鋒矢の陣形で敵陣に突入し、中央を突破しつつ、ゴブリンエンペラーを倒す。敵より寡兵な我々が取ることができる唯一の作戦はこれしかない。楔の先はマークス、お前の連隊に任す」
「先鋒の栄誉を賜り、感謝いたします。必ずや敵の陣形を切り裂いて見せましょう!」
マークス副師団長が両手持ちのグレートソードを高々と掲げて、グレンに答える。
「会敵は明日の早朝だ。それまで十分に休め。遺書は大隊長がまとめて司令部に届けるように。以上!」
グレンはそう言うと、1人で司令部テントに戻り、作戦案を再考し始めた。暫くするとテントの入り口が開けられ、マークス副騎士団長が入って来た。
「団長…」
「マークスか」
「まだ、起きておられたのですか」
「ああ、後悔はしたくないからな。打てる手は最後まで打ちたい。王国を魔物どもに蹂躙されてたまるか。王都には生まれたばかりの可愛い孫がいるのだ」
「私もです。この前の手紙で妻が身籠ったと書いてありました。私に名前を考えてくれと」
「…すまんな。王都からの情報を私が軽視したばかりに」
「いいのです。騎士団に奉職した時から私は国に命を捧げています。それに、私は死ぬつもりはありませんよ。生きて帰ると決めていますからね」
「マークス、その通りだ。明日は奴らに王国騎士団の神髄を見せてやろう。「鉄壁マークス」の力、期待しているぞ」
「ははは、明日が楽しみですな」
マークスがテントから出ていき、再び1人になったグレンは、ハウメアーに送り出したマクシミリアンに思いを馳せる。
「マクシミリアン様、あなたは生きねばならない。あなた様こそ次代の王国を担うべきのお方。こんな戦いで命を落としてはなりません。ハウメアーの住民とともに無事、逃げて伸びてください。そして、第4騎士団の勇猛ぶりを王国民に伝えてください。王国のことよろしくお願いしますぞ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第4騎士団が展開するオルテュ平原に朝日が昇る。その美しい朝焼けの中から、禍々しい気配と共に、不気味な雄たけびを上げながらゴブリンエンペラー率いる魔物の主力軍が近づいてきた。
「縦に長い方形陣を取っているな。しかも、何という重厚さだ。エンペラーに辿り着くのは容易な事ではない。しかし、我々は戦って活路を見出すしかない!」
第4騎士団は既に鋒矢の陣形を取っている。先頭はマークス率いる騎兵連隊。その後ろに長槍と盾を構えた重装歩兵連隊が並列で続き、さらにその後ろの中央に歩兵連隊と弓兵隊、左右に騎馬大隊が展開する。
柄に当たる部分には、第2から第4歩兵大隊が縦列で配置され、横と後ろからの攻撃に備えるとともに予備部隊として追従する。騎士団長グレンは歩兵連隊にいて、全体の指揮を取る形だ。
「諸君、いよいよ合戦だ。命を惜しむな、名を惜しめ! 王国騎士団の底力、魔物どもに思い知らせてやろうぞ。王国に進攻したことを後悔させてやるのだ!」
「ウオオオオオ!」騎士団員がグレンの激に答える。
「行くぞ! 第4騎士団突撃せよ!」
次回 第136話 オルテュ平原の戦い(前編)