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第134話 王国侵攻

 大陸の最北に位置する脊梁山脈の麓に、この地の人々から畏怖を持って「黒の大森林」と呼ばれる森がある。この森には凶悪な魔物が生息し、入った者は二度と生きて出る事はない。

 この森の中にその王国はあった。ゴブリンエンペラーを頂点とする魔物の軍団。今、魔物たちは北方大陸の最大国家、ロディニア王国に侵攻しようとしていた。


 魔物の王国に集結したゴブリン、オークを中心とした軍勢に、オーガ、キュクロプスなどの上位種も加わって、その数は5万に達していた。その中心にゴブリンエンペラー「フォボス」が仁王立ちし、集結した魔物たちを見下ろしている。


 フォボスは身長5m、筋骨隆々とした体躯に鋼鉄製の鎧を着け、身長より長い巨大な戦斧を携えている。その威風堂々とした出で立ちは正に魔物の王に相応しい。


『我が元に集まりし者どもよ、時は来た! 今こそ我らが軍勢がこの大陸を支配し、我らが魔物の王国とするのだ。』

『人間は我らを容赦なく殺す。奴らは我らに情けなんぞかけぬ。良いではないか! 今度は我らが奴らを滅ぼすのだ。者ども、我らと敵対してきた人間達を殺せ! 食らい尽くせ! 奴らの町を焼き尽くせ!』

『人間を殺せ! 人間を殺せ! 人間をもっと殺せ! お前たちに求めるのは、このただひとつだ!』


 ゴブリンエンペラーの激に、終結した魔物たちは嵐のような雄叫びを上げる。


『ウォオオオオオ!』

『フォボス!フォボス!フォボス!』

『人間を殺せーー!』


 フォボスがサッと腕を上げ、魔物たちの雄叫びを止める。


『それでは、軍団編成と侵攻ルートについて説明をする。クレスケン!』


「ハッ!」

 クレスケンがフォボスの前に進み出て、軍勢に向き直り、大声で軍編成を伝達する。


「主隊はフォボス様を総大将に3万5千、先鋒にゴブリンキング、キュクロプスを隊長とした部隊の1万。後衛にグレンデルを隊長とする5千。計5万をもって、ヌーナ河を下り、北西のパノティア平原から上陸。王国第4騎士団駐屯の砦を攻略し、一気に王都に向かいます」


「別動隊としてオーガを主力とした1万をハウメアーに向かわせ、主隊の後方の安全を確保するとともに、住民を捉えて軍団の食料にします。ハウメアーの住民は10万ほど。当面の食料としては十分でしょう。また、ハウメアーは王国の食糧庫。ここを荒らせば継戦能力を低下させることになり、ダメージは計り知れません」


「なお、第4騎士団を攻略後は、主隊の一部を東に向かわせ、ラナン方面を押さえます」

「王都の防衛は第1騎士団と国王親衛隊5千。精強ではありますが、数は合わせて2万と少なく、我が方が圧倒しています。何より、我々には切り札がありますので、勝利は疑いようがありません」


『よし! 行くぞ皆の者。ヌーナ河に準備した筏に乗り込め!』

『ウォオオオオオ!』

 魔物の軍勢は一斉に移動を始めた。それを見てフォボスも満足そうに動き出す。クレスケンはフォボスの後ろから声をかけた。


「フォボス様」

『なんだ』

「第4騎士団攻略の暁には、私めに行動の自由を賜るという約束は…」

『分かっている。お前は復讐したい相手がいるのだろう。思う存分戦うがいい』

「感謝の極み」


 クレスケンはフォボスに一礼する。そのクレスケンに1体の美しいオーグリスが近づいて来る。


『クレスケン様、いよいよですね』

「ルナ、ああ、お前にも期待しているぞ」

(ユウキめ、今度こそ地獄に送ってやる。俺様をこんな目に逢わせやがって。必ずお前を殺してやる。そして、オレをこんな所に送り込んだ奴らに目に物を見せてやる…)


『はい、必ずお役に立って見せます』


 そう答えたルナは、クレスケンの瞳の奥に燃える炎を見つめながら(ユウキか…、どの様な者なのだろうか)とクレスケンの復讐の相手について思いを巡らせるのであった。



 ヌーナ河に無数の筏が浮かべられ、ゴブリンやオークたちが上位種の指示のもと整然と乗り込んでいる。その様子を見てクレスケンは一人想う。権力を欲し、ユウキを欲し、結局全てを失って地下牢に幽閉され、日も差さない中で復讐の念に燃える日々のこと。

 そんな自分に手を差し伸べてきたのは、意外にも父、フォンス伯爵だった。


 幽閉され、何日経過したかも考えられなくなったある日、地下牢に父が訪れ、こんなことを言ってきた。


「クレスケン、お前に1度だけ機会を与える。受けるか受けないかはお前の自由だ。ただ、このまま何もしなければ、お前は一生ここから出る事は無い」


「お前をこの国の北方「黒の大森林」に送る」

「大森林…?」


 フォンスはマルムトが王位簒奪を企てていること、昨今の王国内の混乱はマルムトとその背後にいる新興教団によるものであること、そして、魔物による王国の混乱を画策していることを話して聞かせた。


「それがオレに何の関係があるというのだ」

「今、マルムトは大森林に人間の女を送り込み、魔物を増やしている」


「はっ! オレもゲス野郎だが、そのマルムトって野郎も大概だな」


「魔物の中に、ゴブリンエンペラーに進化したものがいた。ゴブリンエンペラーは知性、武力、統率力に優れ、魔法まで使える究極の魔物の一つだ。その戦闘力は精鋭騎士団1個大隊に匹敵する」

「ただ、知性はあっても知識がない。お前は大森林に向かい、エンペラーに知識を与えるのだ。魔物の集団を「軍団」に育て上げるのだ。魔物による王国侵攻は1年後を目標にせよ。それまでに魔物たちを戦士に育て上げるのだ」


「魔物がオレの言うことを聞くか? 直ぐに殺されるのがオチだろう」

「その時はその時。お前に運がなかったということだ」


「……いいだろう、その提案に乗ってやる。どうせここにいても生殺しだ」

「オレはあの女、ユウキに復讐したい。オレをこんな目に合わせたあの女をな! そのためなら何でもする。悪魔だろうが魔物だろうが魂を売ってでも生きてやる」


「復讐のお膳立ては私がしよう。さあ、これを持って行くがいい」

「これは何だ」

「ダーインスレイヴ。ある教団が古代の遺跡から見つけたもので、一度抜けば相手を必ず死に追いやると言われる魔剣だ」


「ははは、正にオレにうってつけの剣だ。有難くいただくぞ」


(あれから直ぐに屋敷を出たのだった。それからもう1年か…。ユウキ、お前の首をオレの目の前に晒してやるぞ。その時が楽しみだ。オレに殺されるまで死ぬんじゃないぞ)



 筏に乗り込む軍勢を眺めながら、物思いに耽るクレスケンの側に控えているルナもまた、1年前にこの森にクレスケンが現れた時の事を思い出していた。


(わたしはオーガ族の中でも背も低く、角が小さいから力も弱くて、魔法も使えない役立たずだった。仲間に「能無しルナ」と言われ、蔑まれてきた。だから、いつも集落の外れの大きな木に寄りかかって泣いていたっけ…)


(いつものように泣いていたら、目の前に人間が現れた。わたしは「殺される!」と思ったけど、その人間は私を見て、「何で泣いているんだ」と聞いてきた。人間は、魔物と見れば問答無用に殺すと聞いていたから、わたしはビックリしちゃって、言葉も出なかった)


「お前はオーガ…、いや女だからオーグリスか。何故、こんな所で1人で泣いているんだ」

『……』

「言葉がわからないのか?」


『あの、わたしを殺さないんですか?』

「何故、お前を殺す必要がある」

『私が魔物、オーガだから。人間は魔物を見ると問答無用で殺すと聞いています』


「そうだな…。だが、今はお前を殺す理由がない。それより、何故悲しいのか聞かせてみろ。そっちの方が興味がある」


(わたしは、敵意のない優しげな眼を見て、何故か安心してしまって、今までの事やわたしの悩みを話してしまった。クレスケン様は黙って最後までわたしの話を聞いてくれ、こう言ってくれた)


「ふん、ちっぽけな悩みだな。お前は情けないヤツだ。何故、体を鍛えない。剣を学ばない。努力しようとしないのだ?」

「まあいい、お前、名はあるのか?」


『ル、ルナと言います』


「ルナか、いい名だ。夜空に輝く大きな星の名だ。お前の美しい瞳にピッタリだ」

「ルナ、お前にこの剣をやる。そして、体を鍛えろ。やり方は教えてやる」


『この剣をですか。凄い力を感じます。あの、本当にこれをわたしに?』

「そうだ、その剣は魔剣ダーインスレイヴという。その剣を持って体を鍛え、使いこなすのだ。そして、お前をバカにした奴らを見返せ」


『は、はい。ありがとうございます! あ、あの、あなた様のお名前は…?』

「オレか? クレスケン。クレスケン・フォンス。それがオレの名だ」


『クレスケン様…』


「ルナ、お前に頼みがある。オーガの長に会わせてくれないか。話したいことがあるのだ。いずれ、お前たちの王、ゴブリンエンペラーにも会いたいと考えている」


「あと、オレに魔物の世界の事を教えてくれないか」


(そうして、クレスケン様は、集落に住み着き、わたしたちの知らない知識を与えてくれ、段々と信頼を得て行った。わたしもクレスケン様のお陰で、剣も上達した。体も他のオーグリスの子たちと変わらくなって、バカにされることはなくなった。ただ、胸はもうちょっと大きくなって欲しかったな)


(わたしはクレスケン様の側に居られることが幸せ。彼のためなら死ぬことなんて怖くない。ユウキ、あなたを倒すというクレスケン様の目的を、わたしは成就させたい。その時が来たら覚悟してもらうわよ)


 ルナは、クレスケンの顔を横目で見ながら、彼のために、彼の目的を成就させるために、命を懸けて戦うことを心に誓うのだった。


 1人の人間と1人の魔物が見守る中、ゴブリンやオークたちを載せた筏は次々と河を下り始めた。

次回 第135話 第4騎士団出撃!

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