第131話 父と娘
「ところで、ララたちは今ここにいて、学園の新学期に間に合うのかい」
最もなアドルの疑問に、ユウキは1枚の魔法陣が書かれた紙を見せる。
「ボクのおじさんから頂いた転移の魔法陣です。これを使って王都に帰ります。1回限りのものだそうですけど」
「転移の魔法陣だって! 見せてもらってもいいかい」
どうぞと、ユウキがアドルに魔法陣を渡すと、食い入るように見つめている。
「どうしたのお父さん?」
「いや、これは素晴らしいものだよ。転移魔法は古文書に記載があるものの、断片的な記述しかないため、再現不能な失われた魔法技術なんだ。それが私の目の前にあるなんて、感動以外の何物もないよ」
「ユウキ君、これを一晩貸してくれないか。もし、私にも再現出来たら、町の人を非難させる時に使えるかも知れない」
「そういうことであればいいですけど、この魔法陣の出所は秘密にしてもらえませんか」
「ああ、約束する。ありがとう」
アドルが興奮した状態で魔法陣を眺めているのを見ていると、レナとマヤがご飯にしましょうとパンとシチューを運んできた。いつの間にかロイも来ていて、食器を配膳している。レナが、食料が配給制になってしまって、あまり余裕がなくてごめんなさいと言うので、ユウキはマジックポーチの中に残っている小麦粉や保存のきく野菜類、干し肉といった食材を全部出して、レナに渡した。
アドルとレナは申し訳ないと言いつつ、喜んで受け取ってくれた。
その夜、アドルが自室で魔法陣の解析を行っていると、トントンと扉をノックする音がしてララが入って来た。
「お父さん。よかったら少しお話ししたいんだけど、お邪魔してもいい?」
「ん、ああいいよ、こっちに来なさい。ベッドに腰かけるといい」
「ありがとう、お父さん」
アドルはララの顔をじっと見る。そういえば最近、ララと会う機会も少なく、顔をよく見ることもなくなったなと思う。
「ど、どうしたの? 私の顔なんかじっと見て」
「ララはもう16歳か。時が経つのは早いものだな。もうすっかり大人だ。それに…」
「それに?」
「お母さんによく似て来た。顔も姿形も」
「私がお母さんに?」
「ああ、そっくりだ」
「へえ、そうなんだ。少し嬉しいかも。うふふ」
ララの恥ずかしそうに微笑んだ顔を見て、仕草も他人思いの優しい心も母親そっくりだとアドルは思う。学園に通う前はあどけない顔の子供っぽい子だったが、友人たちと触れ合うことによって大きく成長したのだろうか。
「お父さん。お母さんの話、少し聞かせて。お母さん、私が生まれて間も亡くなったでしょ。私、何も覚えてないの」
「そうだな…。お前のお母さん、メルは美人っていう程ではなかったが、笑顔の素敵な優しい心を持った女性だった。出会った時は学生で私より5つも下だった。町で見かけたメルを私が一目惚れしてしまってね。年甲斐もなく、猛烈にアタックして、結婚したんだよ」
「ヤダ、お父さんて結構情熱的だったんだね」
「ははは、あの頃はまだ若かったからね。それだけ、メルが、お前のお母さんが素敵な人だったっていうことさ」
アドルは、結婚してからのメルとの思い出を話して聞かせる。そして、子供が出来た時、明るく陽気な子になってほしいとの願いを込めて「ララ」という名前をメルが考えて付けたという。
「私の名前、お母さんが付けてくれたんだ…。ふふ、嬉しいな」
「ああ、ララという名前、私も気に入っているよ。本当に名前の通り育ってくれて嬉しいよ」
「ありがとう、お父さん!」
「ねえ、お父さん。私、来年学園を卒業したらお父さんの家業を継ぎたいと思ってるんだ」
「ん、ララは自分の好きな道を進んでいいんだよ」
「魔具師になることが私の進みたい道なの。実は、下宿先の武器店で、魔法石作りと武器と防具の加工やアクセサリー作りを手伝っているんだ」
「そこの親父さんが気難しいドワーフでね。しょっちゅうダメ出しされるけど、いつも「お前は筋がいい」って言ってくれるのよ。それに、私の加工した魔法石を付けた武器、防具で友達たちが活躍する姿を見ると嬉しくなっちゃって」
「段々魔道具作りが、面白くなってきたの。ねえ、いいでしょう」
「そうか、そこまで言うなら、卒業したら帰ってきなさい。実は私もララと一緒に魔道具作りをするのが夢だったんだ」
「ホント! えへへ、お父さんと一緒にお仕事できるなんて嬉しいな」
「ハハハ、私も嬉しいよ」
「そういえば、アル君はどうしたんだい。いつも仲良くしていたのに。何かあったのかい」
「ああ、アルね…」
ララは、一時、アルと恋仲まで行ったが、1年生の時の学園武術大会でアルが1回戦負けを喫してから、同級生男子と修行に明け暮れる日々を送り始め、自分の事はもう眼中になく、話もしなくなったことや一緒に修行をしている同級生男子と恋仲になった可能性を話して聞かせた。
「う~む、あのアル君がな。そんなことになっているとは…。ご両親が聞いたら何というか。実に人生というものは不可解だな」
「全くだよ。あ~あ、男に付き合っていた男を寝取られるなんて屈辱的過ぎる」
「ラ、ララ、その発言からすると、もしかしてお前、既にアル君と寝たとか…」
「はあ! な、何言っているのよお父さん! 私、そんな経験ない! まだ処女だよ」
「わあ、私ったら勢いでなんて恥ずかしい事を! お父さん聞かなかったことにして!」
「わ、わかった。いや、うん、安心したよ」
「も、もう。恥ずかしいなあ。お父さんのバカ」
「ハハハ、ごめんな。そうだ、学園生活はどうなんだい。聞かせてくれないか、ララがどんな生活を送っているのか」
「うん、いいよ」
ララはアドルに学園生活で起こった出来事、魔物との戦いを友人たちと乗り越えたことや学園祭で自分の考えた劇が大ウケだったこと、下宿先での日常、王女様とも知り合いになったこと、そして何よりユウキやカロリーナたちとの友情について、自分がどれだけ大切にしているか、手振り身振りを交え、夜が更けるまで話し続けた。
アドルは時折、相槌を打ちながらララの話を聞く。アドルは一人娘と久しぶりに持ったこの時間をとても幸せに感じた。そして、この時の娘との会話を生涯忘れる事は無かった…。