第125話 再会、ユウキとバルコム
『もう泣くな。さあ、お前の話を聞かせてくれ』
「うん、あのね…」
ユウキは語り出す。ここを旅立ってから王都での生活、人との出会い、学園生活そして魔物や犯罪者との戦い…。指輪を通して聞いた話もあるが、バルコムは黙ってユウキの話に耳を傾ける。
「何度も話したかもだけど、ララ、カロリーナ、フィーア、ユーリカ、ヒルデにルイーズはボクにとっても大切なお友達なの。それに、みんなマヤさんの正体を知っているのに、ホントのお姉さんのように慕ってくれる、優しい子たちなんだ」
「ララやカロリーナはボクが異世界人だって事や、元は男の子だって事まで知っているのに、ボクを大切な友人だと言って、いつも側にいてくれる。それにね、ボクを住まわせてくれているドワーフの武器職人のダスティンさんは、ボクの事、自分の娘の様だって言ってくれるの」
『なに、それは聞き捨てならぬな。ユウキは儂の娘だと言うに』
「ふふふ、ヤキモチ焼かないで。ボクにとってはどちらも大切なお父さんだよ。この世界で迷子にならないように見守ってくれる、ボクの大好きなお父さん」
ユウキは、はにかんだように、頬を染めて笑顔を浮かべる。
「学園生活も楽しいよ。色々な出来事があって、泣いたり笑ったり…、んと、あれ、何か恥ずかしい思いの方が多かったような気がする。でも、楽しいことには変わりはないよ。全部友人たちのお陰なの。毎日が充実してた」
「だからね、ボクは、今の生活を大切にしたい。そして、自分の事を大切に思っている人たちを守りたい。これだけは絶対に譲れないボクの気持ちなんだ。そう思っていたんだけど…」
『……………』
「だけどね、時々思うんだ。ボクはどうも災いを呼ぶんじゃないかって。以前、ララに話した時は否定してくれたけど、居る筈のない場所で遭遇した強力な魔物との戦闘も一度や二度じゃない。ボクを性奴隷にしようと狙った貴族もいた。犯罪者集団とも戦った。変な集団に異端者と呼ばれたこともある。どの場面でも友達や知り合いを巻き込んでしまっているんだ。少し判断を間違えただけで命を落としそうになる場面も多々あった」
「そして、ボクには今、『黒い髪の魔女』って噂が立っていて、王国に災いをもたらす元凶だって言われてる。街の人たちは憎しみと敵意を持った目でボクを見て来るんだ。この間は街中で大勢の人から石をぶつけられた…」
「いいんだ、ボクだけなら。ボクが我慢すればいい。だけど、ララやカロリーナたちがボクのせいで、街の人から危害を加えられたら…、そう思ったら怖くなってしまう。もし、そんな事が起こったら、ボクの心は耐えられなくなるかも知れない」
「ボクは『魔女』って言われた時『違う。ボクはただの女の子だ!』って否定したけど、実は災いをもたらしているんじゃないか、本当は魔女なんじゃないかって…、ボクは異世界から来て、体を作り替えられて女の子になった魔女。そう思ったら無性に悲しくなって、どうしたらいいか分かんなくなった」
「おじさん…。ボク、どうしたらいいの?」
『…ユウキ』
『儂は、お前がここを旅立つとき、自分の道は自分で見つけるように言った。だから、儂は答えを出す訳にはいかん。ユウキがどうしたいか、答えはお前の心の中にある』
『ただ、お前がどうしても答えを見つけられないときは、マヤ達とここに居ればいい』
「ここに?」
『そうだ、ここにはお前を敵視する者はいない。望も側にいる。お前の答えが出るまでいても良い』
『だが、お前はそうは望むまい。だから、ここにいる間、ゆっくり考えなさい。わしはいつでもお前の話を聞いてやろう』
「おじさん、ありがとう」
『それから、自分の体を卑下するものではない。お前の体は、お前を助けるために望が命を懸けて差し出したもの。望の願いが詰まった宝物なのだ』
『お前は魔女ではない。1人の人間の女だ。確かに禁呪の力で男から女になったが、それは結果的にそうなった。それだけのことだ』
『自信を持て、儂が人間であった頃を思い出しても、お前ほどの美少女はいなかったぞ』
「ふふ、それは嘘くさいな~。1000年も前の事でしょ。覚えてるわけないよ。でも、ありがとう」
「ボク、少し考えてみるよ。また、お話ししに来てもいい?」
『いつでも来るがいい。ここの扉はお前のためにいつでも開けておく』
『今日はもう遅い。以前お前を寝かせていた部屋が空いている。寝具も整えている。そこで休みなさい』
「うん、ありがとう。お休みなさい」
『ああ、お休み』
ユウキが、部屋から出て行くのを見届けたバルコムは考え込んでしまう。思わぬユウキの話に自分も答えを出せずにいたのだ。
『…儂は、ユウキを外の世界に出したことは間違っていたのだろうか』
カロリーナは、与えられた部屋でベッドに入るとすぐ寝入ってしまったが、夜中に目を覚ましてしまい、そこから中々寝付けなくなっていた。
「少し外に出てみよう…」
物音を立てないようにそっと部屋を出て、寝巻のまま外に出る。台地の先まで進むと、眼下に月明かりに照らされた黒々とした森林地帯が地平線の彼方まで広がっている。
「凄い景色…。この国にこんな風景が広がっている場所があったなんて」
カロリーナが景色を眺めていると、後ろから足音が聞こえて来た。カロリーナは、振り向かず、眼下の景色を見ながら「誰?」と声をかけた。
『俺は助三郎だ』
「助さんか…。ねえ、ここにいた頃のユウキの話、聞かせてよ」
『いいだろう』
助さんは、自分がバルコムに召喚されてから、ユウキが旅立つまでの話をカロリーナに話して聞かせる。女の子になった戸惑いと、生きていくための決意、戦う力を手に入れるための努力と訓練、スケルトン達との日常を。
「ユウキ、けっこう充実した生活を送っていたんだね。あんた達がいたから寂しくもなかったんだ」
『生活は充実していたかも知れないが、寂しくなかったかと言えばどうかな?』
「どういうこと?」
『いや、お嬢は望様の墓参りを欠かさなかった。いつも何かを語り掛けていた。望様を失った寂しさを俺たちでは埋められなかったのではないかと思う』
『なあ、アンタたちから見てお嬢はどうなんだ?』
「そうね…」
「一言で言えば、危ういね」
『…………』
「ユウキは、美人で可愛い物好きで、おしゃれが大好きな、元男の子とは思えないくらい女の子らしい子よ。それに、大切な人を守りたいという思いが強くて、誰よりも人の絆を大切にする気持ちを持っている優しい子。大切な者を守るためなら、強敵にも立ち向かって行く強い心も持っている。それだけに、信じていたものに裏切られ、傷ついたら簡単に立ち直れない。誰か支えてくれる人がいないと、簡単に折れてしまう弱い部分も持っている。そんな子かな…」
「だから、私は…、私とララはユウキを支えてあげたいの。ユウキが大好きだから」
『あんたと話せて良かったぜ』
そう言って助さんは家の方に戻って行った。カロリーナは助さんの後姿をいつまでも見つめるのだった。