第121話 故郷へ
翌日、ダスティンは皆の前でフィーアに、ユウキの夏休みまでの欠席手続きをお願いし、今年の夏休みは全員実家に帰省するよう話した。
「夏休みまであと10日ほどなので、欠席は問題ないと思いますけど、初めてですね全員に帰省しろというのは」
フィーアの疑問に、ダスティンは、魔女を巡る噂がこれ以上広まれば、ここにいる全員の身に危険が及ぶ懸念があり、実家に戻った方が安全であること、冒険者組合で夏の間に噂の出どころを調べることを話した。
ユウキを除く全員が、学園に向かった後、ダスティンはマヤを伴って、ユウキの部屋を訪れた。
「ユウキ、入るぞ」
声をかけて部屋に入ったダスティンは、ベッドの上で膝を抱えて背中を丸め、悲しそうな目で窓の外を眺めているユウキを見て、胸が締め付けられる思いがした。
「ユウキ、少し早いがお前は今日から夏休みだ」
「それでな…、お前は暫くの間、王都から離れて暮らしてもらおうと思っている」
ダスティンの言葉にユウキはビクリと反応して、涙を浮かべた目でダスティンを見る。
「オヤジさんもボクを魔女だと思っているの? この国に不幸を呼ぶ魔女だって…。だからボクを追い出したいの? オヤジさんもボクを…、魔女だと…、ううっ」
ユウキが大粒の涙を零して泣き出した。ダスティンはユウキの肩を抱いて自分の話を聞くように、言った。
「違う、違うぞユウキ。いいか、よく聞け」
「……うん」
「よし、いい子だ。夏休みの期間、お前は元居た家、そう、王都に来る前にマヤと住んでいた家に帰れ。そして心の傷を癒してこい。そして元気になって帰って来るんだ」
「その間、オーウェンとオレは噂の出どころを探し出して叩き潰してやる!」
『ユウキ様、お姉さまとの約束を果たすまでお戻りにならないと誓った場所ですが、一度戻りましょう。今のユウキ様を見ていると私も心が締め付けられます。ご主人様にお話を聞いてもらいましょう。だから、ご主人様に会いに行きましょう』
「いいの…?」
「ああいいぞ。ゆっくり休んで来い。マヤ、明日にでも出発できるように準備してくれ。オレは馬車を借りて来る」
『さあ、ユウキ様、準備の前にご飯にしましょう。何も食べてないでしょう。あと、お風呂に入ってくださいね。美しい顔が涙の跡で酷い顔になってますよ』
ダスティンとマヤの優しい気持ちに触れ、ユウキは少し心が軽くなるのを感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、皆が学園に向かった後、裏庭に止めておいた馬車にユウキが乗り込み、マヤが御者席に座る。
「オヤジさん、行ってきます。少しの間留守にするけど、お酒飲み過ぎないでね」
「がっはっは! 少しは元気になったようだな。いいか、夏休みが終わる前には帰って来いよ。オレもお前がいないと寂しいからな」
「うん! オヤジさん。ありがとう。ボクもオヤジさん大好きだから、ちゃんと帰って来るよ」
「う、うむ」
『ダスティン様が照れている姿、初めて見ました』
「行ってきます!」
「おお、行ってこい」
王都の中央広場を抜けて、馬車は北門が見える位置まで来た。ユウキは馬車の中からレースのカーテンを閉め、中が見えないようにしている。
「早く、今までどおり普通に街を歩きたいな…。あと、みんなとサヨナラするの忘れた」
ユウキがそんな事を思いながら、カーテン越しに町の様子を見ていると、急に馬車が止まった。
「うわあ、何? 襲撃?」
ユウキが身を固くして警戒していると、馬車のドアをトントンとノックする音がする。
「ユウキ、開けてよ」
「ララ…、ララなの?」
ユウキが馬車のドアを開けると、そこに、ララ、カロリーナ、フィーア、ユーリカが立っていた。そして、私たちもいますよとヒルデとルイーズも顔を出す。
「水臭いわねえ、私たちに黙って行くなんて」
カロリーナが笑いながらユウキを小突く。ユウキは小さく「ごめんなさい」と言った。
「でも、どうしてここに? 学園はどうしたの」
「あのね、私とカロリーナ、ユウキに付いて行くことにした。いいでしょ」
「ええ!」
「私とユーリカさんも付いて行きたいところですけど、私、お父様の協力を頂いて、噂の出どころを調べてみますわ。食料不足の件も財務局なら情報もあるでしょうし、色々調べてみるつもりです」
「私はハウメアーに帰って色々調べてみます。家は商家なので何か情報が入っているかも知れませんので。時々、カロリーナの家も覗いてみますね(あと、ユウキさんの噂が地方ではどうなっているのかも調べたいです)」
「私とルイーズは、ダスティンさんの家に残ります。お世話もしたいし、店も開けなければなりませんから。ダスティンさんからは了解をもらいました。渋々でしたけどね」
「うん、オヤジさんの事よろしくねヒルデ、ルイーズ」
「はい!」
「じゃあ、ララ、カロリーナ、乗って」
「みんな、夏休みが終わる前には戻るから、元気になって帰って来るから。行ってきます!」
『いってらっしゃーい』
フィーアやユーリカたちに見送られ、馬車は北門を出て北方に向かう。宿泊込みで片道20日の長丁場だ。元の家にいる時間は10日程度しか取れない。それでも、久しぶりに故郷ともいえる場所に帰るという嬉しさに、ユウキは胸がいっぱいになった。
「何でララたちは、ボクが今日、出かけることを知っていたの?」
「実はね、ユウキが襲われた日の夜、トイレに起きたら、マヤさんがダスティンさんにユウキの秘密を話しているのを聞いてしまって、その話の中で、ユウキを故郷に帰す話も出たの。そしたら、昨日、ダスティンさんが馬車を借りてきたじゃない。これはと思って、ララに相談して…」
「私たちも行こうって決めたの!」
「ボクの秘密を…」
「うん、ユウキが異世界から転移してきた子だってこと。あ、他の子には言ってないよ」
「ありがとう、そうしてもらえると助かるよ。ねえ、カロリーナ、ボクの事気持ち悪くない? キライにならない?」
「はあ? あんたバカなの? 何で私がユウキの事嫌いになるのよ! 私はね、ユウキの事、大好きなの。あ、同性愛的な意味ではなくて親友って意味だからね。勘違いしないでよね」
「出た、ここでツンデレ…。でも、ありがとう。ボク、嬉しいよ」
「うむ、わかればよろしい。あと、ララから聞いて男の子だったことも知っているから」
「ええ、ララ! そこまで言っちゃったの?」
「ゴ、ゴメンね。だって、首にナイフを突きつけられて、全部喋れって脅されたから」
「カロリーナ…」
ユウキがジト目でカロリーナを見る。
「だって、ララだけユウキの事全部知ってて不公平なんだもん」
「何度でも言うけど、何度でも言うけどね、ユウキの事大好きよ。だから、ユウキの力になりたい。どんな時もユウキの味方でいたい。だから、ユウキの事全部知りたかったの」
「ふふ、カロリーナね、ユウキが襲われた理由を聞いて、ガチ泣きしちゃったのよ」
「わあ、ララ、それは言わないって約束したでしょ。もおー」
ユウキは、カロリーナの自分を想う気持ちがとても暖かく感じて、思わず涙を浮かべるのであった。