第120話 ユウキの秘密
ダスティンがユウキを家に連れてくるころには日も落ちて真っ暗になっていた。流石にダスティンやマヤが目を光らせるだけあって、帰る間は襲われる事が無かったが、ユウキは心身ともに消耗してしまい、気の毒なほど落ち込んでしまっていた。
ララやフィーアたちは、ユウキが襲われた話は聞いていたものの、戻って来たユウキの傷だらけの姿を見て、「何でこんなことに…」と驚き、ユウキの元に駆け寄ってきた。
「ユウキ! 大丈夫なの?」と口々に言うが、ユウキは俯いたまま何も答えない。その姿を見て一層不安になる。
「お前たちにはオレが話をする。リビングに戻ってろ。マヤ、ユウキを部屋に連れて行って寝かせてくれ。それからしばらく付いてやってくれ。飯はオレが準備する」
女の子たちを連れてリビングに向かうダスティンに、マヤは『はい』と返事をし、ユウキを2階の部屋に連れて行った。
ダスティンは全員をリビングのテーブルに座らせると、冒険者組合で聞いたユウキが襲われた顛末とその背景を言って聞かせる。
「何ですって! ユウキさんが魔女? この国を混乱させる魔女ですって! 誰がそんな噂を流したんですか、許しません!」
珍しく、フィーアが気色ばんで大声を上げる。
「ユウキが黒髪の魔女…。黒髪の美少女でしょ! 何が魔女よ。ユウキが何をしたの? 魔物退治や誘拐犯組織を壊滅させたユウキを…。助けてもらった恩を忘れて!」
カロリーナが肩を震わせて悔し涙を流す。
(ユウキ、自分自身が恐れていたことが、まさか本当に起こるなんて……)
ララが難しい顔をして、怒りに震える2人を見つめながら考え込んでしまった。
「お前たち、ユウキは今ひどく傷ついている。しばらくそっとしてやってくれないか。頼むぞ」
そう言うと、ダスティンは夕飯の準備のため立ち上がり、ヒルデとルイーズも手伝うため、一緒に台所に入って行った。
「カロリーナ、あなたまで泣いてどうするんですか。私たちはいつも通り明るくユウキさんに接してあげましょう。今度は私たちがユウキさんを守るんです」
ユーリカがカロリーナの背中をさすって優しく諭すと、カロリーナも顔を上げて「うん」と頷く。その後は誰も口を開く事無く、黙り込んでしまうのだった。
ユウキはマヤに着替えさせてもらい、怪我をしたところに自分で治癒魔法をかけて治していた。しかし、体の傷は治っても、心に付いた傷は深く、自然と涙があふれ出てくる。
「マヤさん~、どうしてこうなっちゃったの? ボク何かしたの? ボク、王都に来て楽しかった。怖い目にも遭ったけど、王都の人たちみんなボクに優しかった。親切にしてくれてたのに、今日、ボクに向けられていた視線は…憎しみと敵意だった…」
『…………』
「怖かった。石をぶつけられたことより、あの視線の方が何倍も怖かったんだよぉ…」
ユウキはマヤの胸の中で、しくしくと泣き続けた。マヤはユウキを抱き締め、頭を優しく撫でながら考え込んでしまった。
(ユウキ様…、ユウキ様はお姉様を失った悲しみと後悔から、大切な人を守りたいという気持ちが強く、誰よりも人の絆を大切にするお優しい方です。そんな優しい方が、信じていたものに裏切られ、傷ついたら簡単に立ち直れない。私はどうしたら…。ユウキ様のお側に仕えておきながら、何て無力なのでしょう…)
マヤはユウキが泣き疲れて眠るまで優しく頭をなで続けた。
マヤがユウキを寝かせて1階に降りて来ると、ダスティンがマヤを待っていた。他の女の子の姿は見えない。
「全員部屋に戻った。マヤ、お前と話したいことがある。店の工房まで来てくれ。誰にも聞かれたくない」
マヤは『はい』と答えて、ダスティンの後に付いて行った。工房に入ると、ダスティンは内側から扉に鍵を閉め、椅子を2つ出してマヤにも座るように促した。
『あの、話したいことって何でしょう』
「うむ、今の王都はユウキには危険すぎる。いや、ユウキだけでない、ユウキと一緒にいるララやフィーアたちも危なくなる。もちろんお前もだ」
「だから、ユウキは王都から離れてもらおうと思っている」
『そんな、ユウキ様にここを出て行けとおっしゃるのですか! ユウキ様はここしか居場所がないんですよ!』
「大声を出すな。他の娘たちに聞こえる」
『すみません。でも…』
「王都を離れると言っても、夏休みの期間だけだ。その間にオーウェンが噂の出どころを調べ、何とかすると約束してくれた。オレもオーウェンに協力するつもりだ」
「だから教えてもらおう。ユウキは身寄りがないと言っていたが、実際にはお前がいる。しかも高位のアンデッドであるお前が」
『…………』
「実はな、国家憲兵隊もユウキの事を調べていたんだが、結局、王都に来る前はどこで何をしていたか掴めなかったと言っていた。なあ、教えてくれ。ユウキは王都に来る前、どこに住んでいたんだ」
『……わかりました。本来、ユウキ様が直接お伝えすべきことだと思いますが、そのような事を言っている状況ではないようなので、お話いたします。実は、ユウキ様は、元々この世界の人ではないのです。どこか別の世界から転移されてきたお方なのです』
「な、なに? 何だと?」
『ユウキ様は、7年前に異世界からこの世界に転移されてきた方なのです』
「(な、何を言っているのだ。この娘は?)異世界…だと…」
マヤは、ユウキが9歳の時、元の世界で起こった天災に巻き込まれ、その際に偶然できた時空の歪の影響で、この世界にユウキの姉と2人一緒に転移してきた事から現在に至るまでを話して聞かせた。禁呪の力で男の子から女の子に変化したことは伏せて。
『ユウキ様が元居た世界は、地球という世界の日本と言う国だったそうです。日本と言う国はイシュトアールより文明が遥かに進んだ世界だったそうで、山のように高い建物や王国の端から端まで半日もあれば移動できる乗り物、大勢の人を乗せて空を飛ぶ乗り物まで在るんだそうです。そして、そこに住む人々は皆、黒い髪と黒い瞳をしているとのことでした。これが、ユウキ様に教えていただいた全てです』
「と、とても信じられん。いや、確かに我々の知らない事を話したり、行動したりすることがあった。ユウキは異世界の知識として知っていたということか。お前が嘘を言っているとは思えんし、本当の事なんだろうな…」
『信じて下さって、ありがとうございます』
「で、あれば、お前の主人とやらの所に一時帰郷させるのが良いだろうな」
『ご主人様の所にですか?』
「ああ、そこなら他人の目に晒されることはないのだろう? なら、ユウキの安全も確保される。他の娘たちも実家に帰郷させよう。その間に、噂が消えるよう、何とかできればいいんだが…」
『そうですね…。分かりました。明日、私が話してみます』
「いや、オレが話す」
工房の扉に身を寄せて、ダスティンとマヤの話をこっそり聞いていた者がいた。
(ト、トイレに行こうと思ったら、ダスティンさんとマヤさんが2人で工房に行くのが見えたから、密会キター!と思ったけど、とんでもない話だった!)
「あ、ヤバッ! 2人が来る。隠れなきゃ」
扉の内側で鍵を外す音が聞こえたことから、急いでリビングまで戻って柱の陰に隠れた人影にダスティンもマヤも気づくことなく、それぞれの部屋に戻って行った。
2人が見えなくなったのを確認したカロリーナは、トイレに行くのも忘れて、リビングの椅子に腰かけ、盗み聞きした話を思い出している。
「ユウキにあんな秘密があったなんて…、ユウキが異世界人? 言われて見れば納得するところもある。でもそれが何だと言うの? ユウキは私の命の恩人で大切な親友よ。ユウキのためなら私は……」
「この話、きっとララだけは知ってるわね、勘だけど。よし、ララの部屋に行ってみるか」
「おっと、その前にトイレ、トイレ…」