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第119話 魔女の噂

 ユウキたちが3年生になって間もなく、王国内に魔物が頻繁に出現して穀倉地帯、町や村を荒らし回り始めた。領地を治める領主は私設軍を派遣する一方、冒険者組合に討伐を依頼しているが、全てに手が回らなず、効果が上っていない。また、ハイオークやゴブリンチャンピオンといった強力な魔物も出現していて、冒険者にも少なからず犠牲者が出ている状況になっている。

 この影響で、食糧危機が本格化し始め、貧しいものはその日に食べる者さえ手に入らなくなり、病気が蔓延し、飢えて倒れる者も出始めていた。王家は財務局に命じ、備蓄食料の放出や炊き出しを行うも、日々、国民の不満は高まる一方だった。


 このため、学園も各学年の課外学習は全て取りやめ、通常授業と校内での戦闘訓練のみが行われている。また、食堂の利用も制限されたため、授業も午前中で終業している。


 そんな日が続き、夏休みも間近に迫ったある日、ユウキが珍しく1人で帰宅していた。


「食料品店の品揃えもかなり悪くなったな。空っぽの棚もある…。なんだか街の通りも少し汚れてきているような気がする。それに、ボクに話かけて来る人がいなくなった。少し前まではあんなに話しかけてくれたのに、ボクが話かけても無視するし…」

「何より、ボクを見る人たちの目、あの目は……」


 街の様子をぼんやりと眺め、考え事をしながら歩いていると、突然、頭に固いものがぶつかり、足元にコロコロと転がった。


「あいた! …い、石?」


 ユウキは周りを見回すが、人々は遠巻きに見ているだけで、誰が投げつけたか分からない。すると、今度は背中に石が当たった。


「痛い! だ、誰?」


 背中側を振り向いてみるが、やはり誰が投げつけてきたか分からない。そのうち、石が四方八方から飛んでくるようになった。多くは外れるが、何発かはユウキの体に当たる。


「痛い! や、止めて!」


 ユウキは止めるように叫ぶが、それでも石が止まる気配はない。ユウキはたまらず頭を鞄で守りながらその場から逃げ出した。しかし、後ろから多くの足音とともに、石が飛んで来る。


「な、何なの? ボクが一体何をしたって言うの? 痛! 痛い!」

「ど、どこか近くに逃げ込める場所…。そうだ、冒険者組合!」


 ユウキは冒険者組合に逃げ込み、バタン!と勢いよく戸を閉める。その様子に驚いた冒険者たちが一斉にユウキを見た。受付にいたリサが慌てて駆け寄って来る。


「ど、どうしたんですかユウキさん。うわ、怪我してるじゃないですか!」

「リ、リサさん…。ボクも何が何だか…。突然、石を投げつけられて…」

「とりあえず治療しますから、こちらに来てください」


 そう言ってリサはユウキを医務室に連れて行き、怪我をした頭や手に薬を付けて包帯を巻くと、ユウキをベットに寝かせて、組合長室に走って行った。


 医務室のベッドに横になって休んでいると、リサがオーウェンを伴って医務室に入って来た。オーウェンはユウキの姿を見て大層驚き、一体何があったんだと聞いてきた。そしてユウキから顛末を聞かされた途端、顔つきが厳しくなった。


「う…む、厄介なことになったな」


 ユウキが何のことか分からずに、首を傾げてオーウェンを見ていると、リサが真面目な顔をして理由を話し始めた。


「ユウキさん、今、王国内で食料不足が顕著ですよね。国も何とかしようとしていますが、改善の目処が立たず、国民の不安が高まっています」


「それと、ボクの事に何か関係があるんですか?」


「ええ、魔物の跋扈と食料不足は、この国にいる魔女のせいだって噂が流れているんです。魔女は魔物を使って国を混乱させ、王家は魔女を擁護し、権力強化を図っているという根拠も何もない噂です」


「魔女…?」


「そして、その魔女は、黒い髪をしていると言うんです」


「そんな! ボクは確かに髪の色は黒だけど、魔女でも何でもない、ただの女の子だよ! なんでそんな噂が流れているの? ボクは何もしていない。魔女じゃない!」


「落ち着けユウキ」

「でも…」

「根も葉もない噂って事はお前を知る者は解っていることだ。ただ、お前を知らない者はそうは思わない。そして、世の中、お前を知らない者の方が多いんだ」


「じゃあ、ボクに石をぶつけて来た人たちは、街の人たちはボクを魔女だって信じているの? そんなデタラメな噂を信じて…」


「ああ、多分な」


「そんな…。う、グスッ」

 ユウキは、オーウェンの話を聞き、どうしようもなく、悲しい気持ちになり、思わず泣き出してしまった。


「リサ、ユウキの家に誰か使いを出して迎えに来るよう伝えてくれ。このままでは危なくて1人で帰す訳にはいかん」

「はい、今直ぐに!」


 オーウェンが腕組みをして考え込んでいると、バタバタと廊下を走る音が聞こえ、ダスティンとマヤが勢いよく入って来た。そして、痛々しく包帯を巻いた姿で、医務室のベッドの上で泣いているユウキを見て息を飲む。


「お、おい、これは一体どういうことだ」


 ダスティンがやっとのことで声を絞り出し、オーウェンに問い質す。オーウェンが簡単に経緯を話すと、怒りで顔を真っ赤にして怒りを露にする。


「何だと! たかが噂でユウキをこんな目に逢わせたっていうのか!」

 ダスティンは大声を上げ、ユウキはマヤに抱きかかえられて、しくしく泣いている。


「大声を出すな。噂と言うのは案外馬鹿にならん。平時ならこんな話は悪質な冗談で済まされるだろうが、今の国内の状況を見ろ。国民の間に不安感ばかり積み重なって、どんな些細な事でも信じて広まってしまう。集団心理ってやつだ」


「ぐぬ…」

『ダスティン様、そろそろ、ユウキ様を連れて帰りたいです』


 マヤの言葉に、ダスティンが同意し、マヤがユウキを抱きかかえて立たせる。


「そこのねーちゃん。ユウキと酒場で待っててくれねーか。俺はこいつと、もう少しだけ話がある。おい、リサ、飲み物でも出してやってくれ。伝票は組合につけとけ」


 ユウキとマヤがリサに連れられて、医務室から出て行くと、オーウェンがダスティンに向き直り、話し始めた。


「こんな事は初めてか?」

「む、ああ。だから驚いて急いで来たんだ」


「危なねえな。今後もこういう事があるかも知れねえ。ユウキは1人で外に出さない方がいいな。それに、ユウキの友達やお前にも危害が及ぶ恐れがある」


「何だと! そんな事しやがったらオレがブチ殺してやる!」


「そういきり立つな」

「だがな、ユウキが実際に襲われたとなると、敵意がその周辺に及ぶ恐れは十分にあるんだ。だから物は相談なんだが…」


「なんだ」


「ユウキをしばらくの間、王都から離れさせることはできんか? そうだな…、夏の間だけでもいい。その間に、何とか噂の出どころを調べ、手を打ってみる」


「む、うむ…、だが、ユウキはオレの所しか身寄りがないんだ。行く所がないぞ」

「だが、王都に来る前は何処かにいたんだろう? 一応聞いてみろよ。お前の家にいる娘たちを守るためでもあるんだ」


「うむ、そうだな…、マヤにでも聞いてみるか…。だが、本当はオレはアイツを、ユウキを片時も離したくないんだ。守ってやると約束したんだからな」


「すっかりユウキの親父だな。あの「鋼の男」がねぇ。変わるもんだな」

「煩いわ!」


「はは、照れるな。さあ、もう行けよ。2人が待ってるぞ」

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