第118話 戦乱の序章
王都から外れた場所にある、今は利用されていない建物の地下室。ここに、5人の男女が互いに向き合って話をしている。マルムトと腹心のマグナ、護衛のアイリ。宗教団体「新世界の福音」の大司教イズルードと司教ゲラドだ。
「全く忌々しい女だ。ゴブリンキングの件と言い、誘拐組織の件と言い、悉く我々の邪魔をしおって、あの魔女め!」
忌々し気にテーブルを叩くゲラドを横目に見て、マルムトがイズルードに問いかけた。
「黒髪の女か。特に意識して行ったものではないだろうが、確かに誘拐組織が壊滅させられたのは痛かったな。その辺りはどうなのだイズルード」
「はいマルムト様、一時的に女の確保は難しくなりましたが、教団の女信者を500ばかり魔の森(黒の大森林)に送り込みましたので、魔物の増殖には問題ないかと」
「他の信者に騒がれる事は無いのだろうな」
「ご懸念は無用です。信者の中から孤児や身寄りのない者、表立って社会に出られない者を選んでいますから。それに、女たちも神の祝福が得られると喜んで魔物に身を差し出すでしょう…。ククク」
笑い合うイズルードとゲラド、それを見たアイリは気分が悪くなる。
「それで、今現在、魔物はどの位増えたのだ」
「はい、ゴブリンとオーク合わせて約3万ほど。群れはゴブリンエンペラーを中心として、魔の森の魔物を吸収し、総勢5万を超えると推察されます。その他、キュクロプスやキマイラ等の大型魔獣も多数取り込んでいるようです」
「こちらも6個騎士団の内、王都防衛の第1、北方守備の第4を除く4個騎士団を掌握した。魔物の軍団と合わせれば10万を超える兵が我が手中にある。マグナ、第1と第4を合わせた兵力はいくらだ」
「はい、第1が1万5千、第4が1万3千の計2万8千です」
「3万に満たない兵力、それも王都と北方に分散している。ハハハ、これで奴らの命運は尽きたな」
マルムトは満足そうに笑う。
「それで、決行はいつにいたしますか」
「うむ、今からだと初夏の麦の収穫期には間に合わんな。秋の穀物や野菜の収穫期に侵攻し、食料供給にダメージを与えつつ、一気に王都を制圧する!」
「イズルード、ゲラド、お前たちは信者と魔物を使って、今の内から麦の生産を妨害しろ。春小麦の収穫を黙って見過ごす必要はない。春野菜の畑も徹底的に荒らせ。家畜も殺すんだ。方法は任せる」
「それから、魔物を使って食料の流通経路を徹底的に阻害せよ。また、買い占めしていた食料の供給を止めるのだ。国民を飢えさせ、不安感を煽るだけ煽れ。国内を混沌の渦に巻き込め」
「ただし、我に忠誠を誓った騎士団には優先的に食料を提供するのを忘れるな」
「は、仰せのままに」
「マルムト様、王家の信用を失墜させるという私めの案、実行しても…」
「ああ、あの女の件か。構わん好きにしろ」
「はは、我が案を聞き入れていただき、有難き幸せ!」
イズルードとゲラドを部屋に残し、マルムトは護衛の2人と自室に戻る。自室には1人の男が待っていた。
「フォンス伯爵。待たせたな。それで首尾はどうだ」
「はい、我が息子クレスケンは密かに牢から脱獄させ、魔の森に送り込みました」
「大丈夫なのか? 送り込んで直ぐに魔物に喰われることはないだろうな」
「その時はその時です。だが、我が息子ながらクレスケンは狡猾な男。魔物に取り入り、軍団の一員として戦うでしょう。ある女に復讐するために」
「あれはもう駄目です。完全に気が狂ってしまった。復讐鬼となった息子の心に安寧をもたらすためには、戦わせるしかありません。私はそのお膳立てをするだけです…」
「わかった。好きすればいい」
マルムトは興味なさそうに言い、フォンス伯爵は一礼して立ち去った。
「……マグナ、クレスケンはあの女に勝てると思うか?」
「1対1では勝てないでしょう。実力はアイリよりも上です。策が必要でしょう」
「お前はどうだ?」
「正直、やってみないとわかりません」
「ふむ…。お前にそこまで言わせるとはな。やはり排除するに越した事は無いか…」
(その時は、私が必ず…)
マルムトとマグナの話を聞きながら、アイリは密かに闘志を燃やすのであった。
「フフ、ハハハハハ! 権力欲に溺れた小僧め、我々の手のひらで踊るがいい。お前が権力を握ったとしても、裏で王国を操るのは私達だ。せいぜい我らのために働いてもらおうではないか」
「ぐふふふ。イズルード様、いよいよ我らの願望が実現する時が来ましたな。この大陸を我が教義で染め上げ、新たな価値観による新たな世界を構築する。その時、我々の欲望は満たされる…。富と権力、そして色欲」
「そうだ、間もなくだ。だからこそ失敗は許されんぞ。ゲラド」
「ははっ!」
「くっ、ははっ、わははははは!」
薄暗い地下室に2人の男の笑い声が響き渡る。
ユウキ
第2部はここで終わり。今後のストーリーに繋がる話を中心として進んだよ。第3部以降は、ボクにとって辛く厳しい話が続くんだって…。
カロリーナ
ユウキの幸せを求める苦難の旅路はまだまだ続くよー。