第109話 カロリーナ、死の特訓
ユウキとカロリーナ、ユーリカの心に深い傷を刻んだ学園祭が終了し、2週間後に開催される武術大会が迫ってきた。
「ボク、すっかり忘れてたけど、カロリーナが選手だったね。ユーリカに任せていたけど、どうなの」
「うーん。剣技はそこそこですけど、絶対的な体力がないですね。まあ、体形が小柄だから仕方ないところがありますが」
ユウキは少し考えた後、「決めた!」と言って、ユーリカにこそこそ話をする。ユーリカはニヤリと笑って賛同してくれた。
その日の放課後、学園のグラウンドにユウキ、ユーリカとカロリーナがいる。3人とも訓練服を着ている。
「武術大会まで2週間しかない。このため、当面、体力づくりを中心にトレーニングするよ。剣技はユーリカの時みたいに騎士団に協力をお願いすることにしたから」
「カロリーナ、覚悟してくださいね」
「じゃあ、グラウンド20周するけど、カロリーナはコレ背負って」
「こ、これは何? イヤな予感しかしないんだけど」
「うん、土を詰めたバッグ。大丈夫、重さ10kgしかないから」
「ぎゃああ、人殺しぃー」
「人聞きが悪いなあ、まだ殺してないでしょ。これからだよ、これから。ね」
「さあ、行きますよ。時間がもったいないです」
3人はグラウンドを走り出す(荷物を背負っているのはカロリーナだけ)、2,3周でカロリーナはへたばるが、ユウキが周りに見られないよう気をつけながら治癒魔法をかけて体力を回復させて走らせる。それを繰り返し、何とか20周を走り終えた。
「お、鬼…、悪魔…、乳お化け…」
「うーん、まだ悪口を言う余裕がありますね。ユウキさん、あと5周行きませんか」
「いいね、行くよカロリーナ!」
「ぎゃあああ!」
「よし、次は素振り。この両手持ちのハンマーでやろうか、これも重さは10kgだよ」
カロリーナがハンマーを持ち上げる。
「お、重い…。う、腕がプルプルする。絶対無理…」
「ハイ! 500回始め!」
「お、鬼ぃいいい!」
夕日の沈むグラウンドに、カロリーナの絶叫が響き渡る。
朝、ユウキとユーリカがカロリーナを早朝ジョギングに誘うため、部屋に迎えに来た。
「さあ、カロリーナ城壁の上を走るよ。見晴らしがよくて気持ちいいよ。起きた起きた」
「ぜえはあ、ぜえはあ、うぐ…。ゲロゲロゲロ~」
「城壁の上は気持ちいいよねー。ね、ユーリカ」
「そうですね。あら、ユウキさん、城壁の上にカエルさんがいますよ。珍しいですね」
「あ、ボク知ってる。カロガエルって言うんだよ」
「まあ、可愛くない名前」『あははは』
(こ、こいつら~、今に見ておれ…。しかし、朝からゲロ塗れって、泣きたいよ…)
「カロリーナ、お風呂沸かしてもらっているから、一緒に入ろう。流石に臭いよ」
「え、1人で入りたい。でなきゃララと一緒に…」
「なんで? ボクたちも汗臭いから一緒に入ろうよ」
「うん…、わかった(乳お化けの2人と入ると敗北感が半端ないからなのよ。何で解ってくれないの!)」
それから毎日走り込みと、ハンマー素振りが繰り返された。へばるとユウキの治癒魔法で強制回復させられ、休む暇も与えられない。そのせいか、1週間ほど続けると、体力と筋力が付いてきた。
「うう…、腕も脚も太く硬くなってきた。これ、女の子の体じゃないよ。胸は全然大きくならないし。ユウキとユーリカは同じ訓練しているのになんで女の子らしい体付きなのよ。不公平よ! 不条理よ! 天は、天は我を見放したぁ!」
「まあまあ、落ち着いて。今日は第1騎士団の訓練所に行くよ。準備して」
「あの、ユウキさん、騎士団に行くんですか? 私も見学に行っていいですか」
「ん、ルイーズも興味があるの?」
「はい、実は私、魔法が使えなくて、剣を習いたいと思ってまして…」
「いいよ、一緒に行こうか」
「ありがとうございます!」
ユウキとカロリーナ、ルイーズの3人は連れだって、王宮側の第1騎士団の訓練所にやってきた。入り口脇にいる警備兵に声をかける。
「こんにちは、モーガン副騎士団長をお願いします」
「ああ、ユウキ君こんにちは。話は聞いているよ。副騎士団長は訓練所で待っているはずだから、行っていいよ」
「ありがとうございます」
「ゆ、ユウキさん凄いですね。騎士団とお友達なんですか?」
「うん、モーガン副騎士団長と知り合いでね。よく、訓練に参加させてもらってるんだ」
「ルイーズ、ユウキはね、モーガンさんにおっぱいを揉ませて篭絡したのよ」
「え、ウソ、イヤらしい。エッチですユウキさん!」
「カロリーナ、ウソ言わないでよ。確かにおっぱいは触られたけど、あれは事故だったのよ」
「でも、触らせたんだ…」
「ち、違うから。わざとじゃないからね」
訓練所に着いた3人は、早速、更衣室で着替えて、訓練室に入った。中ではモーガンと、騎士が20人ほど待機している。
「やあ、ユウキ君、カロリーナ君、久しぶり。学園祭の演劇、面白く見させてもらったよ」
「え、見てたんですか…」
「ああ、王子と王女の護衛でね。いや、ホントに面白かったな。あんなに笑ったの久しぶりだよ。フェーリス様なんか笑いすぎて大変だったよ」
「それはよかったです…。楽しんでくれて、ボクたちも本望です」
ユウキとカロリーナは言葉とは裏腹に気持ちが沈んでしまった。
「ところで、カロリーナ君の訓練だったね。ユーリカ君の時同様、20人抜きでやろう。一番効率がいいからね。じゃ、カロリーナ君こっちへ」
「はい…」
「カロリーナ、防御魔法忘れないで掛けてね」
「うん、わかってる」
「モーガンさん。この子、ルイーズって言うんですけど、剣を習いたいって言うんです。見てあげてくれませんか」
「あの、お願いします。私、魔法が使えないんです。だから…」
「ああ、わかったよ。私が見てあげよう。ユウキ君の頼みなら断れない。マクシミリアン様からも言われているからね。しかし、美人な子だな」
「鼻の下伸ばしちゃって。全く美人に弱いんだから、もう…」
カロリーナの訓練が始まった。カロリーナは中型剣バスタードソードを使う。しばらく前からユウキたちには内緒で、騎士団にお邪魔して剣技の訓練はしていたので、剣はそこそこ扱える。そこに、体力と筋力も付いてきたので、かなり戦えるようになった。また、カロリーナは優秀な防御魔法の使い手であり、自らに魔法をかけ、怪我を恐れず、騎士に飛び掛かって行く。
「いやああ! たああっ!」
カロリーナと騎士の剣がぶつかり、火花が飛び散る。何度目かの打ち合いの後、騎士の振るった剣がカロリーナの胴を捕え、「バシィイン!」と鈍い音が響く。防御魔法のお陰でダメージは少ないが、大きく飛ばされて倒れてしまった。
「うむ、以前より大分戦えるようになった。いいぞ!」
「じゃあ、次はわたしね」
カロリーナは男性騎士と交代した女性騎士に向かって、剣を叩きつける。女性騎士はレイピアの鍔の部分で防ぎ、鋭い突きで攻撃してきた。その全てを躱すことはできず、多数の突きを浴びて倒れてしまう。こうして、倒れては立ち向かい、立ち向かっては倒れるを繰り返し、最後の騎士の番が終わった。カロリーナは剣を支えに片膝を着き、肩で息をしながら、やっと終わったと思ったが、そこに思わぬ声がかかった。
「さあ、最後はボクだよ。思いっきりかかってきて!」
ユウキが剣を構えて立ちはだかる。
「すみませんモーガンさん」
モーガンは今、カロリーナを背負っている。
「いや、いいんだ。しかし、ユウキ君も容赦ないね。カロリーナ君、ボロボロじゃないか」
「あはは、カロリーナ、強くなっていたんで思わず本気になってしまって」
「ユウキさんって強いんですね。色々うわさは聞いていましたが、今日見てホントの事だと実感しました」
「ありがとうルイーズ。照れちゃうな…」
「ユウキ君、ルイーズちゃんと言ったかなこの子。いい素質を持っているよ。たまに訓練所に連れて来るといい。強くなるよ」
「わあ、いいんですか。ユウキさんお願いします。また、連れてきてください」
「私、ユウキさんに声をかけてもらってよかった。念願のお友達もいっぱいできたし、こうやって知り合いも増えました。ホントに嬉しい!」
ルイーズの楽しそうな笑顔を見て、ユウキも嬉しくなり、声をかけてよかったと思うのであった。
家に着いて、ベッドに寝かせたカロリーナを見て、ユウキは「頑張ったね」と声をかけ、頭をなでながら、ゆっくり治癒魔法をかけ、傷ついた体を癒してくのだった。