第9話 毛糸のコミュニケーション
「何やってるの?」
康介の言葉に、へおちゃんは耳をぴんと伸ばして小さく「へお」と返事をした。
「……メッセージ作り?」
康介はひとり言のように話してから、柚香に説明する。
「このボードに紐を置くと、メッセージが作れるらしいんだ。ボードにちょうど合う大きさや材質みたいなんだよね、この毛糸が」
「鎖編みの毛糸がメッセージになるの?」
宇宙人の使うものといったら、もっと硬質のものしか思い浮かばないんだけど。
柚香は内心そう思いつつ、へおちゃんの様子を伺う。
へおちゃんは、ボードを畳の上に置き、顔を寄せて、長さが様々な毛糸を熱心に一つ一つ置いていった。ボードに数行並んだところで、へおちゃんは手を止める。毛糸の鎖編みは柚香の手元にはもう残っていない。
へおちゃんは尻尾をぱたぱたと振っている。
突然、ボードから淡い青色の光が弾けた。
「何っ!?」
康介と柚香は叫ぶ。
覗き込むと、ボードに数本の青い線が現れた。
「へお、へお、へお」
へおちゃんの声は満足げだった。
「会いたい、会いに行く……お母さんから返事が来たのか」
康介がゆっくりと話す。宇宙人の子のメッセージとその返答らしい。
『会いたいよ』と送ったのに対して『会いに行くよ。待っててね』と返ってきたという。
「そうなんだ」
柚香はじんわりと感激した。
宇宙人の親子の交流。まるで人間の親子みたいじゃない……って、本当にそっくりなんだけど。
実際には、康介にテレパシーで送っている以上、人間の感性に合ったものになるのかもしれない。
いや、親子のほんわかとした情愛は、宇宙にもどこにでもあるのだろう。
「よかったな」
康介は、へおちゃんの頭を二三度撫でた。
「へおへおっ」
へおちゃんも嬉しそうにして、耳をぴくぴく動かした。
この様子も、なんだか人間と猫か何かの交流にそっくりだ。こっちも宇宙に普遍的にあるものなのかもしれない。
柚香はほのぼのとした温かい気分になった。
「柚香、お手柄だな」
「へっ?」
不意の康介の言葉に、柚香は変な声を出してしまった。
「棒や紐状のものなら何でもできるわけじゃないらしいぞ。たまたまその毛糸で、太さもちょうどよかったみたいな感じだよ」
「そうなの」
ふわふわの毛糸が宇宙とのコミュニケーションに使えるなんて、何だかスケールがちぐはぐな気がするのだけど。
へおちゃんは、ボードのメッセージを何度か見つめたあとで、スイッチを切る。
柚香は、毛糸の鎖編みをなくさないように、小さな箱にしまっておく。
康介は、ボードを戸棚に立てかけておく。それから、鞄と一緒に持っていたコンビニの袋から、お弁当を取り出した。
「俺、お腹空いてるんだ。そろそろ夕食にしようよ」
「へおっ」
途端にへおちゃんが大きな声を上げる。すぐに食べたそうだ。
康介はそんなへおちゃんの様子ににこっと笑い、柚香に向き直る。
「それじゃ、柚香、また明日な」
「うん」
答えてから、へおちゃんにも挨拶する。
「へおちゃんも、また明日ね」
「へおっ」
柚香はへおちゃんの頭を撫でてから、給湯室をあとにした。
お城から出ると、むわっとした熱い外気にさらされる。ヒグラシの鳴く声が一層激しく響いてくる。
日が沈むには、まだ間のある時間帯だ。
へお電の電停へ向かおうとしたところで、柚香は一度振り返った。
今頃、康介とへおちゃんはコンビニ弁当を食べているのか。
そう考えたら、どこか心残りのある柚香だった。
翌朝も同じように、柚香は給湯室に出勤して、康介と交代する。
康介は、午前中一度役場に行って、これまでの観光課の仕事を少しこなしてから一旦帰宅するらしい。それで夕方になると、コンビニでお弁当などの食料を買って給湯室に来て、柚香と交代する。
へおちゃんと二人で夕食をとったあとは、付近にある町営プールの施設に行き、へおちゃんを洗ってあげるようだ。プールは九月上旬で営業を終えているが、町長が手配して特別にシャワーなどを使用できるようにしてくれたのだ。
寝るところは、やはり町長がどこからか布団を二組用意してくれた。
「へおちゃんがごろごろ転がるんだよね。気がつくと、畳で寝ているから二つくっつけて、何とか寝ているけどさ」
康介の本音はこうらしい。
「暑苦しいんだよね。冬場だったらよかったのになあ」
確かにへおちゃんは、もふもふだ。触って心地よいけど、寝ているときには、ちょっとくっついてほしくないかもしれない。
そんな感じで毎晩過ごし、朝はコンビニのおにぎりなどを食べてから、柚香と交代する、という日課になってるようだ。
今朝も、柚香はギリギリアウトくらいの時間に来て、康介と交代した。
康介を見送ってから、ごみ箱にコンビニ弁当のプラスチックの容器と、おにぎりの包みを見つけた。
「プラスチックゴミの捨てる日って、いつだっけ?」
入口のドアに、ごみ収集日の一覧表が貼ってある。確認したら今朝だった。収集車はもう行ってしまった後らしい。
「こういうところも、気にするようにしないと」
柚香の言葉に、へおちゃんが「へお?」と声を出した。
「大丈夫よ。康介もわたしも、ちょっと気をつけなくちゃねって話よ。それより、コンビニ弁当ばっかりでいいのかなあ」
声に出してみたら、余計に気になる。
昼食はパンでいいよと康介が言ってくれた。けれど、夕食や朝食が毎日同じようなコンビニ弁当やおにぎりらしいのも何だか気がかりだ。
残念ながら、柚香は家庭的ではない。
それに柚香が「コンビニ弁当ばっかりでいいのかな」なんて康介に口出しするのもおせっかいかもと思う。そもそも康介と一緒にご飯を食べているわけではないのだ。
一緒に食べるようなことがあれば、気にすればいいことじゃないかな。わたし、康介の彼女でも何でもないんだし。
そこまで考えて、柚香は思い出した。
そういえば、中学二年生のとき、同じクラスの子が「隣のクラスの羽鳥君のことが好きなんだけど」と柚香に話しかけてきたことがあった。
柚香にとって康介は、幼稚園から知っている男の子が大人になった、という感じだ。柚香の家から、康介の家は見える位置にある。
幼稚園バスにいつも一緒に乗り込んだし、小学校の登校班は一緒だったし、低学年の時は近所のみんなで一緒に帰ることもあった。
だから、その子の話を聞いても、あまりぴんとこなかった。
「ずっと近所なんだから、いろいろ知っているよね。好きな食べ物とかはどう?」
「さあ」
適当な返事をしたら、睨まれてしまった。
「もしかして、竹原さん、羽鳥君のこと好きなの? それだったら、諦めてあげてもいいけど」
何なの、それ。
本当はそう言ってやりたかったのだが、思わぬことで、柚香は何も言えなくなってしまったのだ。
その子は、二度と柚香に話しかけてこなかった。
別に嫌がらせとかされたわけではない。けれど、何もなかったかのように振舞われるのも、いい気がしなかった。それに、その子はすぐに別の男の子を好きになったらしい。
人を好きになるってそんな簡単なことじゃないと柚香は思ったものだ。
そういえば、康介って彼女いるのかな。
一瞬、そんな疑問を持ってしまった自分に、柚香は何だか不思議な心地がした。