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第7話 宇宙人の子の事情

 柚香は、翌日からアルバイトに行くことになった。

 自宅から十分ほど歩いて、へお電の電停に着き、路面電車に乗って終点まで行く。そこから公園を少し上ったへお城の給湯室に出勤である。


 給湯室の扉には『へお城プロジェクト推進室』という貼り紙がつけられて、体裁が整った。

 柚香の勤務は、原則として朝九時から夕方五時まで。仕事内容は、基本的に宇宙人の子のお世話だ。

 休日などにもしも「着ぐるみ出演」となれば、手伝うことにもなっている。柚香のいない間は、康介が世話をする。

 朝、九時に給湯室に着くと、康介と交代する――はずなのだが。



 実のところ、毎朝、柚香はスムーズに起きることができない。

 ばたばたと支度をして、母親に呆れられている。


「柚香、もっとゆっくりご飯食べなさいよ。もう少し早く起きればいいのにね」


 その横で、スーツ姿の父親が弁当の包みを持って、ぼそりと言う。


「全く、落ち着きがない。そんなだから貰い手がないんじゃないのか」

「そんなこと言わないでよ」


 文句をつけながらも、柚香はご飯をかき込む。母親がぽつりと言い添える。


「全く、桃香(ももか)とは大違いよね」

「お姉ちゃんのことは関係ないでしょ」

「はいはい」


 適当に母が返事をしているのも非難したい。けれど、今は給湯室に九時に着くかどうかの瀬戸際だ。


 食べ終わって椅子から立ち上がる。父親はもう出勤した後だ。

 母親が洗い物をしながら尋ねる。


「急にアルバイトなんて始めて、大丈夫なの? 体調はどう?」

「うん、大丈夫よ」


 お母さんも心配してくれてたんだな。


 柚香は、姉の桃香と比べられたことを帳消しにしてもいいくらい、気持ちが回復した。


「三か月間だけで休日出勤もあるんだけど、日給がいいのよ。短期間だけだから、ちょっと思い切って働いてみようかと思ってね」


 母が振り向いた。


「それで、アルバイト先にはいい男の人はいないの?」

「はあ? いるわけないでしょ。お姉ちゃんのようにはいかないのっ」


 柚香の気分は勢いよく急降下した。


「残念ねぇ」


 母の声を聞きながらも、柚香は慌ただしく出かける準備を済ます。


 すると、柚香のスマホにメールが届いた。

 ちらりと覗いて、すぐに閉じる。

 友人からの『赤ちゃんが産まれました』という写真付きメールだった。最近多いような。親には間違っても見せられない。


「もう行くから。行ってきます」


 走って、へお電の電停に着く。



 路面電車は通勤時間帯とあって、やや混んでいる。時折ひどく揺れるわ、ギシギシとうるさい音が始終するわで、落ち着かないまま終点までやってくる。

 電車を降りると、公園のなかを走って、柚香は給湯室に滑り込む。


「アウトだよ、柚香」


 ドアを開けた康介の、わざとらしい冷たい声が響く。


「ええええええっ」

「もうちょっと早く来いよ。前の仕事のときもこうだったのか」


 康介の言い方はからかうようで、柚香も軽く答えようとする。


「違うよ。前は……」


 そこまで口にした瞬間、急に胃の重みを感じた。

 柚香にとって以前の仕事を思い出すのは、まだ気乗りしないことなのだろう。


「前は、周りの人より早く来てた。すごく神経使って、朝も早く目が覚めていたから」

「そうなんだ」


 康介の返事は、ただ受け止めてくれるような感じだった。


 柚香はため息を一つついた。


「その反動かな。今はすごくよく眠れてしまって。でも、康介はこれから役場だもんね。もっと早く来るようにするよ」

「へおっ」


 その声に、柚香は笑顔になる。


「おはよう、へおちゃん」


 この瞬間が柚香の一番癒されるときだ。


 宇宙人の子が大きな瞳で自分を見つめて挨拶してくれる。相変わらず「へおっ」か、それに近いことしか言わないけれど。

 柚香は、宇宙人の子の頭を撫でる。ふわふわした毛がたくさんで心地よい。両耳がぴくぴく動いて、「へおへお」と声を出す。

 本当にかわいい子だ。


 康介が鞄を肩に担ぐ。泊まり込みのせいか、通勤にしては大きな荷物だ。


「それじゃ、また夕方な。特に変わりはなかったから。へおちゃんのこと頼むよ」

「分かった。またあとでね」


 町役場に走って出かける康介に、柚香は手を振った。



 そのあと五時まで、柚香は宇宙人の子と一緒に過ごす。

 その間、康介は役場での仕事を確認してから家に帰り、五時に柚香と交代して朝まで宇宙人の子と過ごすのだ。

 

 宇宙人の子のことを二人は『へおちゃん』と呼んでいる。


「ねぇ、その名前って役場で勝手につけたんでしょ。本当の名前は何ていうの?」


 柚香が尋ねると、康介は考え込むようにしてから答えた。


「それがさぁ、よく分からないんだよね。どうもへおちゃんの種族の言葉は、音声と文字の他にイメージを送るものみたいで」


「イメージを送る?」

「そう。俺たちは名前といえば、音と文字だろう? 漢字に意味はあるけど、何かイメージを名前にしないよね?」

「音と文字とイメージの三つがある名前ってこと?」


 柚香の言葉に、康介は頷く。


「うん。そんな感じなんだけど、音もいろいろ地球とは違うみたいだし、イメージもよく分からないんだよ。へおちゃんの種族は、話したり文字にしたりする以外に、イメージをテレパシーで送ったりするのが普通のコミュニケーションらしい。でも、こっちはそもそもテレパシーなんてできないし。名前を呼ぶときに、発音してイメージも描くとかって、よく分からないだろ。本人はへおちゃんで構わないみたいだし」


「そうなの? それでいいと言うんなら、へおちゃんでいいけど。何だか安易すぎる気もするなあ」

「俺もそう思うんだけど、まあ今後のことを考えたらちょうどいいかなって」


 今後のこと、というのは、宇宙人の子にへお町のご当地キャラクターをやってもらうことだ。

 この先、着ぐるみとして観光客の前に出演してもらう予定なのだ。

 観光課では勝手に『へお城に住む、ゆるキャラのへおちゃん』ということにしてしまっている。


 今のところ、柚香は康介と交代で給湯室に来て、宇宙人の子が生活に慣れてくれるのを待っているだけだが。実情としては、柚香と康介が宇宙人の子の世話に慣れるのを待ってもらっている。

 

 ついでに宇宙人の子は、十二月十二日に両親が迎えに来て、自分の星に帰ることになっているらしい。


「詳しい事情はまだ分からないんだけど、三回先の満月の日というと、この日なんだよ」

「三回先の満月?」

「そう、その日に迎えに来るんだって。カレンダー見たら、十二月十二日だった。柚香のバイトもこの日までになると思う」


 康介が世話をするのもこの日までってことね、と柚香は心のなかでつけ加えた。


「満月の日に帰るって、何だかかぐや姫みたい。不思議だね」


 柚香はどこか宇宙の彼方に心を寄せる。


「九月十四日の満月の日に来たから、満月が何か関係あるらしいんだけど、へおちゃん、あまりその辺まだうまく説明できないらしくて。何か事情があるのかもしれない」


 それにしても、へおちゃんはどのくらいの年齢の子どもなのだろう。


「へおちゃんって身長138センチだったよね。人だと小学生くらいかなと思うけど、宇宙人からするともっと小さい子ってことになるの?」

「うん。地球の基準がどこまで当てはまるか分からないけど、幼稚園の子よりもっと小さいのかな。でも、地球の言葉っていうか、日本語をある程度知っていて、俺に伝えることができるんだよな。ただ、へおって言う以外何も喋れないようだし。分かりづらいな」

「確かに」


 地球の人間に何でも当てはめて考えるのは難しそうだ。

 ついでに耳が垂れていなければ、もう1センチほど、へおちゃんの身長は高くなる。


 へおちゃんたちの種族は、寿命が長いらしい分、子どもの期間も長いようだ。

 人間の子が一歳くらいから徐々に言葉を発するのとは違う。理解力はあっても、数年は「へおっ」としか話せないようだ。その分、イメージでのコミュニケーションが発達したのかもしれない。


 とにかく、かわいらしくて友好的な宇宙人。帰る日までしっかり守って、できることなら楽しく過ごしてほしい。


 柚香は心からそう願うのだった。

 

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