第52話 宇宙船着陸
そのあと、無事に町長の車が来た。
町長は興奮気味で、わざわざ運転席から降りてくる。
「何か宇宙船がこの辺に来たみたいだけど、あっという間にいなくなったよな。見ただろう、徹太?」
「うそぉ。俺見てないよ」
「何だ、もったいないな。だけど、これでこの町はユーフォーが来た町として有名になるかもしれん」
町長は一人で腕を組んで考え込む。それから、気づいた。
「徹太、着ぐるみはどうしたんだ?」
「すみません、町長」
柚香は即座に謝る。
「実はさっきの宇宙船に、取られてしまいました。財政難なのに、本当に申し訳ないです」
「俺がいけないんだよ」
徹太が言い出した。
「俺がトイレに行くときに、着ぐるみを脱いだりしたからこんなことになっちゃったんだ。じいちゃん、ごめん」
脱がなかったら大変なことになっていたわけだが、町長に今ここでそんな話をしたら、心臓に悪すぎる。倒れてしまうかもしれない。
柚香は何を言ったらよいか迷うが、その必要もなかった。
「いやいや、大丈夫大丈夫」
町長は、孫に謝られると弱かった。
「徹太が気にすることは何もないよ。大丈夫だ。じいちゃんは強いんだぞ」
町長は徹太に強がってみせる。それからぼそっと呟いた。
「うーん、ユーフォーの町として財政を立て直すしかないなあ」
「あ、月が出てきた」
徹太の言葉に、柚香と町長も夜空を見上げる。
雲が途切れて、くっきりと丸い月が見えてきた。これなら、追っ手の宇宙船もしばらく来ないだろう。もっとも、しばらく着ぐるみがへおちゃんだと信じていて、戻ってこない気もする。
まさかあんな高速でやってきて、あっという間に取られるとは思わなかった。けれど、今になると逆に、向こうがきちんと確かめなかったのは幸いなことなのかもしれない。
「何とか、追っ手からは逃れられたようです。助かりました。町長も徹太君も、ありがとうございました」
柚香が丁寧に頭を下げると、町長は徹太に尋ねた。
「これからどうする? このまま運転して森林公園へ行くのも、道に迷うかも。帰り道ならまだ分かるんだが」
「ええっ」
徹太がひどく焦った声を出す。
「それじゃ、竹原君はへお電で森林公園へ行ってくれるかな。僕と徹太はやっぱり帰ろうと思うんだが」
町長の提案は、真っ当だった。
そのあとすぐに、鶴田さんから町長に連絡が来た。
鶴田さんは康介とへおちゃんと一緒に、無事に森林公園に着いているようだ。
「青い光の宇宙船、そちらに来ませんでしたか。すぐいなくなったみたいですけど、町長も大丈夫でしたか」
鶴田さんも、そう確認してきた。
「ああ、みんな無事だよ」
「よかったです」
確かに全員無事なのだが、柚香は一人で怖い思いをして、何だか損をした気分だった。
追っ手の心配もなくなったので、鶴田さんも帰ることになった。
「羽鳥君とへおちゃんが向こうで待っているそうだ。へお電が来たら、竹原君はそのまま乗りなさい」
鶴田さんとの通話を終えて、町長は柚香に話した。
「はい、そうさせていただきます」
「羽鳥君にも話してあるんだが、月曜日にへおちゃんのこと、報告を頼んだよ」
「分かりました。月曜日に改めて伺います」
柚香は町長と徹太に挨拶をして、電停へ向かった。
へお電の電停は東口のすぐそばだ。ちょうど、黄色のへおちゃんラッピング車両がやってきたところだった。
へお電は、だいたいいつも時刻表通りに運行している。あまり混み合わないからというのが最大の理由だ。
へおちゃんラッピング車両の運行時刻もほぼ決まっており、柚香は普段へお城への通勤で乗るときに、この電車に会うことはない。
たまたま、出会ったらラッキーと言われるこの車両がやってきたのだ。
この間見かけたのは、パン屋さんでポスターを発見したときで、かなりラッキーなことが起きている。
今回もきっとうまくいく。うまくいったら寂しいけれど、それでも、へおちゃんを両親のもとへ快く送り出そう。
車窓から、ぽっかりと夜空に浮かぶ満月を眺めて、柚香はそう考えた。
へお電は、ガタガタと相変わらず大きな音を立てて揺れながら、柚香を康介とへおちゃんの待つ場所へと運んでいく。
やがて路面電車は『森林公園前』に到着した。
午後六時四十二分。
柚香はほの暗い夜道を走り、森林公園の奥へ入っていった。
待ち合わせは、公園の西側広場。常緑樹の林のなかを通って、やっとたどり着いた。
しかし、見渡す限り誰もいない。鶴田さんのレンタカーももう去ったあとなのか、見つからなかった。
「二人とも、どこへ行ったのかな」
スマホを取り出して連絡しようとしたところ、後ろの林でがさがさと音がした。
風はもう止んでいる。何か生き物かもしれない。
そういえば、裏山の熊が平地で見つかったと騒ぎになったばかりだ。熊が降りてきて、森林公園に隠れているとか。
想像したら、背筋が冷たくなった。
林の木々が更にがさがさと揺れ動く。本当に何か生き物がいる。熊かもしれない。
たまらなくなって、手足がこわばり、柚香はスマホを取り落とした。
何かが出てくる。
どうしよう。本当に熊だったら!
柚香は急に腰が砕けたようになり、座り込んだままずるする後退る。
「おい、柚香」
「えっ?」
康介の声に、柚香はぴたりと動きを止める。
「へおへおっ」
林をかき分けて出ていたのは、康介とへおちゃんだった。
へおちゃんは焦げ茶色のコートを脱いでいて、康介がその服を持っている。
「ちょっと何でそんなところにいたのよ?」
柚香は慌てて立ち上がった。
「え? 一応、宇宙船が来る時間までは隠れていた方がいいかなと思って」
「へおっ」
「脅かさないでよっ」
「いや、脅かしてないって」
確かに康介は脅かしてないかもしれない。けれど。
全く何でわたしだけ、こんなに怖い目に遭うのよ。
自分の勘違いを棚に上げて、嘆きたい柚香だった。
時刻は午後六時五十六分。あと四分だ。
「本当に来るよね?」
思わずそう尋ねると、へおちゃんが大きな声を出した。
「へおへおへおっ」
「すぐそばに来ているって」
「そうなの。分からないんだけど」
康介の通訳を聞いても、柚香は何も感じ取れない。宇宙人の感覚がどうなっているのかさっぱり分からない。
いろいろ知りたいところだが、文明の遅れたお友だちなので、向こうもあまり詳しいことが教えられないようだ。
あと二分。
「どこかにいないかな」
康介が空を見上げる。柚香もさっきからあちこち上空を眺めている。
満月のせいか夜空は明るくて、遠くの宇宙船を探すのは難しいのかもしれない。
あと一分。
「本当に来るの?」
「大丈夫かな」
「へお」
へおちゃんの言葉は、大丈夫だよと言いたげな感じだった。
午後七時。
突然赤い光が前方の空に輝いた。銀色の円盤が下部から光を放ちながら、すでに地面へ降りてくるところだった。
へおちゃんたちの種族の宇宙船は、瞬時に移動できるほどの推進力を、音もたてずに自由自在に使えるようだ。
銀色に輝く宇宙船は、赤い光を徐々に消していき、森林公園の小さな丘に降り立った。
すぐに中央部分の扉が開く。
「へおおおおっ」
へおちゃんがたまらず駆け出す。
柚香と康介も追いかけていく。
宇宙船の開口部分から、ゆっくりと二人の背の高い人物が降りてくる。
目を凝らすと、へおちゃんと同じようにもふもふの毛がいっぱいの、うるうるした瞳の異星人だった。
人間に比べて、やや背が高くて大柄だが、やっぱりお友だちになりたいような。
大きいもふもふ。あったかそう。
十二月の寒い日には、包まれてみたくなるくらいである。
不思議なほど、未知の生物という感じがなく、親しみやすいのはへおちゃんと同じだった。





