第50話 最終打ち合わせ
十二月十二日金曜日。満月の日。
へおちゃんが宇宙船で地球をあとにする日だ。
公園の木々はすっかり葉を落とし、冷たい風が吹いているものの、朝からいい天気だ。
へお城が閉館するまで、柚香とへおちゃん、午後からは康介も加わって、観光客の間を巡り歩いた。
夕方、三人は給湯室に戻り、へおちゃんにお土産を渡すことにする。
「まずは、写真だよ」
康介が数十枚の写真をまとめてへおちゃんに差し出した。
「へおっ?」
耳をぴんと立てて不思議な顔をするへおちゃんに、柚香も康介も話す。
「へおちゃんがいっぱい写っているでしょ。へお城とかへお電とかもあるよ」
「俺と柚香で撮ったのを集めたんだよ。帰ったら、パパとママにも見てもらいなよ」
「へおへお」
へおちゃんの瞳に、明るい色が浮かぶ。
「柚香にも、今度同じ写真渡すよ」
康介に言われて、柚香ははっとする。
「わたしの分もあるの? こっちも持ってくるね」
康介とこの先も会うことはあるんだと思うと、嬉しい。ただ、今はへおちゃんとのお別れが数時間後に迫り、寂しい気持ちが勝っている。
複雑な気分を払い、柚香はリュックサックから赤いリボンのついた白い箱を取り出した。
二十センチ四方あるがかなり軽い。
「へおちゃん、よかったらこれももらってくれる? 開けてみて」
「へおっ?」
へおちゃんは何だろうという表情で、柚香から箱をもらう。毛並みをさらさらと動かしながら机の上に置くと、赤いリボンを解いて蓋を取り、なかを覗く。
「へおっ、へおへおっ!」
「喜んでないで早く出せよ」
隣で康介が抗議する。テレパシーで中身は分かっているのに、へおちゃんが顔を近づけて覗き込んでいるので、康介には実物が見えない状態らしい。
「へおへおーっ」
へおちゃんは興奮気味に声を上げながら、ふわふわしたものを一つ、二つ、三つと丁寧に取り出した。
柚香が作った編みぐるみ三体だ。大きな目のかわいい宇宙人と男性と女性。
へおちゃんと康介と柚香。
「似てるかなあ」
柚香が二人の様子を窺う。
「へおっ」
「似てる! うまいなあ、柚香。びっくりしたよ」
「本当に。よかったあ」
柚香としては、自分が得意なこととはいえ、そっくりに作る点で結構苦労したのだ。何度か作り直して、やっと満足できる物になった。
それをへおちゃんと康介が驚いて見てくれる。胸が躍った。
「へおへおっ、へおへおっ」
「へおちゃんがありがとうって。嬉しいって言ってる」
「大事にしてね」
「へおっ」
次に、康介がコンビニの袋を持ってきた。
「へおちゃんの好きな豆腐、持ってきたぞ。三つあるから、パパとママと一緒に食べなよ。冷やして賞味期限をちゃんと見るんだぞ……って、地球の暦は宇宙じゃ分からないか。とりあえず、早めに食べろよ」
「ねぇ、その前に焼きそばパンを食べてよ」
柚香も康介に対抗して、役場近くのパン屋の袋を持ってくる。
「三つあるから、パパとママと一緒に食べてよ。お早めにね」
「やっぱりお土産の最後は食い物かあ」
康介がわざと呆れた声を出すと、柚香もへおちゃんも笑った。
そこへ扉を叩く音がした。
徹太も学校が終わって、こちらにやってきたのだ。
柚香、康介、へおちゃん、徹太の四人は、最終打ち合わせに入る。
みんなで食事をとりながら。
柚香が給湯室で作るご飯は、最後となった。
徹太がいてくれてよかったなと柚香は思う。三人だけだったら本当にしんみりして、寂しくてたまらない夕食になっただろう。
昨日、柚香が帰る間際に、へおちゃんが離れているときを見計らって、康介が言った。「明日、笑って送り出したいな」と。「そうしようね」と柚香は答えた。
そうできるといいなと思っているが、どうなるのか自分でもまだ分からない。
へおちゃんは楽しそうに鳥のつくねにぱくついている。
「へおちゃんのパパとママの宇宙船は、赤い光がついているそうだ。それで、追っ手の方は青い光がついているって話だ。要するに、赤い方の宇宙船にへおちゃんが乗れば任務完了。徹太、分かった?」
康介が説明する。
へおちゃんの話や両親とのボードでの打ち合わせで、そういうことになっている。
へおちゃんの両親の宇宙船と追っ手の宇宙船の違いは他にもいくつかあるようだが、難しくて分からなかったので、一番目立つ光の色で区別することにした。
「うん」と返事をしながら、徹太はだし巻き卵を口に入れる。
「ん、これおいしい」
徹太は紙皿に乗っていた自分の分のだし巻き卵を二つともぺろりと食べて、康介のお皿を覗く。
「あっ、羽鳥さん二つとも残ってる。俺に一個ちょうだい」
「絶対にだめ」
康介は自分の水色のお皿を持ち上げて、徹太から離す。
「一個くらい、いいじゃん」
「俺、これ好きだから最後まで取っておくんだよ。徹太なんかに絶対にやらない」
康介は本気で言っている。
「けち」
徹太はむすっとしている。
「それじゃ、わたしの分をあげるよ」
柚香は桃色のお皿から、自分の残りを徹太にあげた。
「へおへおっ」
へおちゃんまで欲しがる。
「へおちゃんは、鶏のつくねでいい?」
今度は康介がへおちゃんの黄色いお皿に取ってあげる。
「へおおっ」
へおちゃんは尻尾をぱたぱた振って、喜んだ。
これまで三人で楽しく夕食をとってきたが、最後は少しばかり賑やかだ。
「ところでさ、俺の出番ってあるの?」
徹太はだし巻き卵をもぐもぐさせながら尋ねる。康介が答えた。
「とりあえずない予定。っていうかあったら困るんだよな」
「なんだ、つまんないの」
徹太が口をへの字に曲げる。
「でも、徹太にも現場まで来てもらうことになるんだよね?」
柚香がきんぴらごぼうに箸をつけながら話すと、康介が小松菜のおひたしを口に入れてから、頷いた。
「うん。今日は晴れていて満月もよく見えるから、大丈夫なはずなんだけど、追っ手が上空にいる可能性がある。万が一、へおちゃんを追ってきた場合に、見間違えてくれると時間が稼げるからね。徹太には着ぐるみを着てもらって、柚香と一緒に森林公園まで移動してもらう。ただ、気がかりな点があって」
「えっ、俺の役に何か危険なことがあるの?」
徹太が身を乗り出す。言葉とは裏腹に、言い方はどこか楽しそうだ。
「そう、とても危険なことがある。なぜなら運転するのが町長、つまり徹太のじいちゃんだからだ」
「えええええっ」
徹太と柚香はのけぞる。
柚香はタクシーでも使うのかと勝手に思い込んでいた。よく考えれば、あまり人を巻き込むわけにはいかないのだろう。
「俺とへおちゃんは、別の車で鶴田さんが運転してくれる。森林公園までは安全が保証されている」
「羽鳥さん、ずるい」
「しょうがないだろ。知っているのは、俺たち四人と町長と鶴田さんしかいないんだから」
康介が素知らぬ顔で話す。柚香は文句を言いたくなる。
「危険すぎない?」
「そう言うなよ。町長には、地図を渡してちゃんと打ち合わせしてあるから」
「大丈夫かなあ。じいちゃん、カーナビの使い方も知らないし、方向音痴なんだよね」
徹太も納得できない。
「俺もいろいろ考えたんだぞ。俺が車を出すのが一番簡単だろ」
康介がそう言うと、柚香も徹太も大きく頷いて、次の言葉を待つ。
「俺が運転してへおちゃんが乗れば手っ取り早い。だけどこの場合、徹太がへおちゃんと同じ条件で移動するとなると、徹太を乗せて運転するのは……」
「うわああああっ、俺、まだ十歳だよ。まだまだ生きていたいよぉ」
冷静さを失った徹太が、頭を抱えて叫ぶ。
柚香は暗い声で呟く。
「ごめんね、頼りにならなくて。でも、わたしだって命は惜しいのよ」
「町長と鶴田さんも協力したいって言ってくれたから、とりあえずそれはなしでっ」
慌てて康介が取り持ってくれた。
柚香は、なぜ自分がペーパードライバーだと二人に知られていたのか、よく分からなかったが。
とにかく、鶴田さんと町長の協力のもと、康介とへおちゃんがこっそり森林公園に移動し、別に柚香と着ぐるみの徹太が分かりやすいようにして移動するということになった。
時刻は六時。それぞれ夕食を食べ終わった。
康介は最後に取っておいたものを、おいしそうに食べた。柚香は、お弁当を作り始めた最初のころに、康介がだし巻き卵を好きなのを知って、改良を重ねたことに心から満足した。
「そろそろ片づけて、移動の準備だな」
「へおっ」
康介の言葉に、最初に立ち上がったのは、へおちゃんだ。
「へおちゃん、パパとママに三か月ぶりに会うんだもんね、嬉しいよね」
柚香が話しかける。
「へおへおへおっ」
「何て言ってるの?」
徹太が尋ねる。
「嬉しい嬉しいってさ。よし、うまくやるぞ。一時間後には会えているはずだよ」
「うん、あともう少しだね」
柚香は微かに笑った。
本当は名残惜しい気持ちでいっぱいだ。でも、へおちゃんの様子を見ると、少しでも早く両親に会わせてあげたいと思う。
康介もきっとそう考えているだろう。





