第5話 宇宙人のメッセージ
「町長、宇宙人だって本当に信じたの?」
柚香は尋ねた。
「最初はもちろん信じなかったよ。苦労してやっと話が通じたんだ。だけど、それでもゆるキャラに採用したいって話になっちゃって」
康介の言葉に、柚香は言わずにはいられない。
「町長って、何でも利用しようと思っているんだねぇ」
地元民どころか宇宙人まで採用に至るとは。
「それだけ町が財政難ってことだよ」
そうだとしても、柚香は未だに信じてよいか迷うところがある。でも、町長がかかわっているとなれば、間違いなく本当なのだろう。
「それで、宇宙人の子は? その子が出演するって、できることなの?」
「まあ、宇宙人の両親もだいたい許可してくれたからね」
「え、宇宙人の両親? どうやって訊いたのよ?」
いきなり空の向こうにいるはずの両親が出てきて、柚香は混乱する。
「実は宇宙人の子は今、俺限定で簡単なテレパシーができる。だいたいのことはその子に通じたと思う。それから、両親だけど」
「両親は?」
康介はやや考え込んだ。
「そっちも、交信方法が少しだけあったんだよ」
「なんか変だけど、未知との遭遇、なの?」
「うーん、ちょっと違うんだよね」
はっきりせずに、康介は話を続けた。
***
宇宙人の子が部屋にいる、と町長に話したら、康介はその日、定時前に帰宅できることになった。
「きみが今、保護者なんだろう」
町長は変なところに気を遣ってくれた。
康介としても、宇宙人が部屋にいることは気になって仕方がない。
自転車を飛ばして家に帰った。
「おい、いるか?」
自分の部屋のドアをそっと開けながら、康介は小声で尋ねた。
「へおっ」
元気な声が聞こえて、康介は安堵する。
宇宙人の子は、うるうるとした瞳を康介に向ける。垂れていた耳を立てて、小首を傾げた。どうやら特に変わりはなかったようだ。
しかし、部屋にあったティッシュボックスの中身が全部抜かれて、畳の上に散らばっていた。
「あっ、やったな」
「へお」
悪びれた様子もなく、宇宙人の子が声を出す。そのあと頭のなかにこんな声が響いた。
『もっとやりたい』
「うっ……」
康介としては、この子が退屈していたのが分かったので、無下に断れないのだが、断りたい案件だ。
「もうちょっとしたら晩飯だから、待ってくれよ。それより、明日へお城へ連れて行きたいんだけど、どうかな。あ、へお城が何か分からないか。大きな建物。あ、その前に車に乗れるのかな。乗り物大丈夫だよな?」
話をした結果、町長が明日宇宙人の子をへお城に連れて行ってみたいと言い出したのだ。
宇宙人の子は頭の上の三角の耳をぴくりと動かす。
『何でも大丈夫って、ママが言ってた』
「ちょっと待った。そればっかり言ってない? 本当かどうか、親に尋ねるほうがいいんだけどなぁ」
康介は返事を期待せずにぼやいた。ところが、宇宙人の子はさらに伝えてきた。
『ママのメッセージほしいの?』
「訊ける? もしかしてテレパシー、使うとか?」
宇宙人の両親は、今は宇宙船で他の星へ行っているそうだ。子どもを迎えに行く日は決めているらしいが。
どうやって交信するんだろうと康介は興味を覚える。
すると、宇宙人の子の毛並みがさらさらと動き、手のひらに何かを取り出した。
せいぜい四センチ程度の立方体の箱状の物だ。金属製らしく光って見える。
「もしかして、これで音声入るの? へおっとか言うので通じるのか?」
へおへおで分かるものなのか、康介は唾を飲み込んで、待ち構えた。
だが、予想に反して、宇宙人の子は銀色の箱を畳の上に置いて、広げ出した。折りたたまれて小さくなっていたようだ。
広がると、五十センチ四方の板状の大きなボードができていた。
「すごい物、持ってるじゃないか」
「へおっ」
相変わらず、返事はこればかりだけど。
「で、これどうするといいの? わっ」
康介は叫んだ。
青白い光がボードから放たれ、何か黒い文字が浮き上がってきたのだ。
「何? 日本語……ひらがな、かよ」
どんな宇宙人の言語が飛び出してくると思いきや、そこにはひらがなが書かれていた。
おともだち なかよくしてくれてありがとう なんでもだいじょうぶ いっぱいあそんでね
「何だか、幼稚園児か何かのメッセージみたいだな。宇宙人ぽくないなあ」
不満を抱きつつ、康介は宇宙人の子を振り返った。
すると、宇宙人の子はこう伝えてきた。
『お腹空いた』
結局のところ、親からのメッセージも『何でも大丈夫』らしい。
他には何も伝えてこない。とにかくしばらくこの宇宙人の子は、地球で暮らしている必要があるらしい。幸いにも地球人とそんなに変わらない体のようだ。
細かいことは、少しずつこの子に尋ねるしかないみたいだ。
康介は、その日も夕食を自分の部屋へ持ってきて、宇宙人と一緒に食べた。
ついでに、新しいティシュボックスを一つだけ持ってきてやった。
もちろん、全部抜かれてしまったが、もふもふした生き物が楽しそうにしているのを眺めていると、まあいいか、という気分になった。
前日と同じように布団を譲って、康介はぐっすり眠った。
翌朝、予定していた通り、朝早くに町長が車で迎えに来た。
康介の母親が気がついて、驚きの声を上げた。
「ええっ、ちょっと町長さんじゃないの。どうしたの?」
さすがに亀野町長の顔は知っているらしい。
「実は、仔犬を拾ってしまってさ、町長がちょうど飼いたいって話になって、車で迎えに来てくれたんだよ」
いまいちの嘘だが、何とか母親を納得させることができた。
宇宙人の子は、町長が用意した大型のバスケットに静かに入ってくれた。そのまま玄関へ運び出そうとする。
「意外と大きいのね」
「そういう種類なんだよ。町長なら飼えるって」
ごまかしごまかし運んでいくが、なかなか重労働だ。不慣れなまま玄関前まで来て、壁にぶつけてしまう。
「へおっ」
驚いた宇宙人が声を立てた。
「え、なんか変な声が……」
奥にいた母親が戸口を振り返る。
「え、ええっ、何も聞こえなかったよ」
「ううん、変な声、へおっとか聞こえたわよ。本当に犬なの?」
「いや、実は猫なんですよ」
「は?」
町長がまさか猫とか言い出すとは思わず、康介は大慌てだ。
「ち、町長、早くしましょう」
どもりつつ町長を急かす。
とにかく母親が不審に思って覗きに来ると余計にまずいので、早急に車を出してもらうしかない。
「町長、お願いします」
後ろの座席に、バスケットに入った宇宙人と一緒に乗り込む。
「よし、行くぞ」
エンジンをかけてから、町長は呟いた。
「最近鶴田君に運転してもらってばかりなんだよね。久しぶりに車動かしてるんだけどな。へお城ってどうやって行くんだったかな」
「えっ?」
康介は思わず声を上げる。
運転を代わろうかとも思ったが、隣にいないと宇宙人の子が不安になるかもと考えると、そうもいかない。
カーナビの使い方も分からないらしく、古い地図を取り出して町長は更に呟く。
「僕、運転するとすぐに道に迷っちゃうんだよねぇ」
「大丈夫なんですかっ?」
康介は慌てふためいた。
本当は猫とか変なことを言い出したことを責めたいのだが、まずは何事もなくへお城に着くことが先決だったのだ。
***
「何とか無事に着いて、今朝から宇宙人の子はへお城にいるんだよ。お城の給湯室なら住めないことはないからね」
康介は、締めくくりにそう話した。
「もしかして、へお城のゆるキャラとして、本当に給湯室に住むってこと?」
柚香は確認する。
「そうなんだよ。町長がどうしてもそうしたいって言いだして。でも、宇宙人の子がそこを気に入らなければ無理では、と話したら朝車で迎えに行くから本人に来てもらえばいいって話になって。結局バスケットに入れて連れてきたんだよ」
妙なところで亀野町長は本気だ。
「それで、宇宙人の子は大丈夫だったの?」
「うん、俺の部屋より広いせいか気に入ってくれたよ」
路面電車の放送が入った。
「間もなく、終点『へお城入口』、『へお城入口』。お忘れ物のないようにご注意ださい」
やがて電車はギイギイと音を立てながら止まった。
柚香は康介と二人でへお電を降りた。他に乗客は、ほんの数人しかいなかった。
古びた車両は、止まってしまうとまるで廃墟のように静かになった。