第49話 水曜日と木曜日の給湯室 *
水曜日の夕方、徹太がいきなり給湯室へやってきた。
「じいちゃんが置いておけって」
大きな段ボール箱を引きずって持ってきたので、柚香も康介も驚いた。
「何これ?」
「へおちゃんだよ」
「え?」
「へおっ?」
へおちゃんまでがびっくりしたような声を出した。
「着ぐるみだよ。ここに置いておけば、みんなおかしいと思わないでしょ」
徹太は荷物を運んで体が火照ったようだ。手で額の汗を拭う。
「確かに。あの変な男たちみたいに不審に思う人がいても、証拠になるよな」
康介の言葉に柚香も頷く。
それにしても、徹太のような子どもが持つには嵩張っただろう。
「こんな大きなもの、どうやって持ってきたの?」
「鶴田さんが車に乗せてくれて、すぐそこまで持ってきてくれたんだ」
「そうなんだ。挨拶したかったのに」
柚香の呟きには構わず、徹太は話す。
「俺が入るとちょうどいいんだ。着ぐるみのへおちゃんが必要になったら、俺を呼んでくれよな」
どうやら、これが言いたくてここに来たらしい。
「町長、じゃなかった、おじいちゃんとは、お話しできた?」
柚香が尋ねる。
着ぐるみに入ってくれたお礼にと、町長は昨日、徹太を夕食に誘ったという。
町長の奥さんも初孫と疎遠になったことを気にしていたようで、町長と徹太はゆっくり話し合う機会を持てたとのことだ。
「うん、ファミレスでさ、何でも頼んでいいって言うから、ハンバーグとチョコレートパフェおごってもらっちゃった。俺がへおちゃんの代わりをやってすごく助かったって、何度も言ってくれたんだ」
「わたしたちもとても助かったよ」
「うん。じいちゃんは俺のこと、子ども扱いしすぎたって、言ってくれたよ。徹太は立派な役目を果たしてくれた、もう大人だって」
「そうなんだ。よかったね」
町長も孫に協力してもらって、少しは考えが変わったみたいだ。
「俺、着ぐるみが本物だとか宇宙人がいるとかなんて、絶対に信じないつもりだった。だって大人はそんなの嘘だと思うじゃん。信じたら子どもっぽいし、格好悪いと思ってたよ。でも、じいちゃんは、厳しい現実にあっても夢を見続けるのが本当の大人だって。それでヒーローになると一番格好いいんだって自慢してた。俺も何だか、ちょっとだけそう思うようになったよ」
町長もなかなかいいことを言うなあと、柚香も康介も感心する。徹太にもよい影響を与えたのかもしれない。
「だけどじいちゃん、すごくテンション高かったよ。僕は宇宙人を助けたヒーローなんだってうるさかったんだ」
次の徹太の言葉に、柚香も康介も町長の評価ががくんと落ちた。
「徹太も付き合わされて大変だったね」
柚香は同情する。
「でもさ、ヒーローや特撮は全部嘘だって言ってじいちゃんの夢を壊しちゃったから、少し我慢してあげるって決めたんだ」
「偉いね、徹太」
柚香が褒めると、徹太は笑ってみせる。
「だって、へおちゃんは本物の宇宙人だったんだからさ」
徹太がへおちゃんを見つめると、へおちゃんも深い湖の面のようなうるるるっとした瞳で徹太を見返した。
へおちゃんは、本当に夢のような素敵な存在なんだなと、柚香は改めて思う。
「へおへお」
「徹太もお友だちだってへおちゃんが言ってるよ」
康介が通訳する。
「うん、へおちゃんは俺の初めての宇宙人の友だちだよ」
「おっ、他にも宇宙人の友だち、作る気でいるな?」
「当たり前だよ。じいちゃんは、へお町とへおちゃんの住んでいるところが姉妹都市になるかもしれないって言ってる。俺、まだ十歳だよ。じいちゃんでさえ、人生これからだって大張り切りなのに、俺が大きなこと夢見ないと」
その言葉に、柚香も康介も顔を見合わせて笑った。
あとから「姉妹都市って本気で思ってるのかなあ」と、康介が責任を感じたように呟いていたけれど。
明日がへおちゃんの帰る日となった。
夕方、三人で給湯室に帰り着くと、康介は話した。
「そういえば今日、町長が今度の町長選挙に出馬するって聞いたよ」
「本当に?」
「亀野町長、すっかり元気になったみたいだよ、あのへおちゃん救出でね」
柚香も心からよかったと思う。状況からして、現職亀野町長が立候補すれば、当選する確率はかなり高いだろう。
「へおへおっ」
へおちゃんが康介に何か伝えに来た。
「そうだ、へおちゃんの両親と連絡を取らないとな」
康介が棚の隙間からボードを取り出す。へおちゃんは尻尾を振りながら、お馴染みとなった毛糸を持ってくる。
へおちゃんは、これまで毎日両親にボードで「会いたい」とメッセージを送ってきた。いつも「会いに行くよ。待っててね」という返信のあることが、へおちゃんにとっては大事なことなのだ。
「あれっ、これは」
康介がボードを開くと、ひらがなのメッセージが入っている。柚香も覗き込む。
たいようけいをみにいったら おってにみつかった まんげつでちきゅうにはおりないはずだけど ちゅういして
へおちゃんの両親の乗った宇宙船は太陽系を視察したが、追っ手の宇宙船に見つかってしまったらしい。
待ち合わせは、へおちゃんが落ちてきた森林公園に午後七時、となっている。ほぼ人がいなくて宇宙船の着陸にも便利ということだが、やや不安要素ができた。
「明日は晴れの予報だけど、森林公園までは用心して車で移動したほうがいいな」
「うん、そうだね」
康介の話に柚香も頷く。
「徹太にも連絡取っておこうか。万が一のへおちゃんの代わりってことで」
康介が提案した。この間、追っ手が現れたときのことを思えば、やはり代役は作っておくべきと二人は判断した。徹太は乗り気だし、着ぐるみも用意してもらったし。
柚香と康介はへおちゃんも交えて、着ぐるみの徹太を呼び寄せてどうするか作戦を練る。
徹太には明日説明して、何とかできそうな感じになった。
「それなら、徹太も一緒にご飯を食べた方がいいかな」
柚香は少し考えてから、話した。
「ご飯って、明日の夕食のこと?」
「うん、せっかくだから徹太にも食べに来てもらえばいいかなと思って。そこで説明すればちょうどいいんじゃない?」
「でも、柚香が負担にならない? 四人分だよ」
「大丈夫。そんなに変わらないから。それに、最初に作ったお弁当からしたら、進歩しているよね」
柚香は康介に向かって、にこりと笑う。
本当にこの二か月、よく作ってきたなあと自分でも思う。
すると、康介がためらいがちに告げた。
「前に、初めてつき合った彼女の話をしたことがあるだろ? 何かと世話してくれるタイプだったって」
「……うん」
康介が自分から彼女の話を持ち出すとは思わなくて、柚香は返事が一拍遅れる。彼女のことは、あまり話したくない過去のはずだ。
「高校のときは給食がなかったんだけど、彼女が毎日二人分のお弁当を作ってくるって言い出したんだよ」
「そ、それってわたしと同じなんじゃ……」
「同じじゃないよ」
康介は慌てたが、柚香は衝撃が大きすぎて、頭に石でもぶつかった気分だった。
もしかすると、自分は知らないでNGなことをしていたのでは。
「一度も作ってもらわなかったんだよ」
「えっ」
次の言葉は聞き違えたかと思った。
「お弁当作ってこられたら、何だかそれ以上干渉されそうで怖くて。でも、せっかくの好意を悪いなとも思っていたんだ。それで何かトラウマになったみたいで。その後も母親以外の女の人の料理を避けたい気持ちがしてしまって、一度も作ってもらったことがないんだよ」
「……そんなこと知らなかった」
柚香は小さな声でやっと呟いた。
康介が積極的な女の人が苦手だと言ったなかには、このことも含まれていたのだろう。
しかし、康介の声は意外と明るかった。
「柚香がお弁当を作ってきたのは急だったけど、結局へおちゃんがいたせいかな、全く大丈夫だった。自分のなかではすごく嬉しい出来事だったんだよね。今までだめだと思ってたことが楽しいことになって」
柚香もほっとして話す。
「そうだったんだ……。何だか、だめだと考えていたことがひょんなことでできるようになるって、サプライズでプレゼントもらったみたいに嬉しいよね。特に他の人が何でもないことが自分にはできなかったりすると、すごく悩むし辛いもんね」
不器用な柚香には気持ちが理解できる。
「わたしも自分では、料理なんてできないと思い込んでいたからね。おかげさまで嬉しい気持ちを味わっているの、わたしも一緒だから」
柚香の言葉に、康介は柔らかい表情を見せた。
「これまで、ありがとうな。へおちゃんも、一緒に食べてくれたよな。明日はゆっくり言えないと思うから先にお礼を言っておくよ。本当にありがとう」
「うん、こちらこそ」
「へおへおっ」
柚香とへおちゃんは、ほとんど同時に返事をした。
明日でこの給湯室で話すのも最後だ。だけど、康介は以前だったら話せないようなことも、言ってくれるようになったんじゃないかなと、柚香は思う。
そのあと、町長や徹太と連絡を取り、明日の準備を整えた。
いよいよへおちゃんが宇宙へ帰る日がやってきた。





