第48話 ばれないようにしてたけど
翌日、康介は亀野町長に呼び出された。
町長室に入ると、町長はまだ会議から戻っていなくて、鶴田さんだけがいた。
康介は鶴田さんに先にお礼を述べたあとで、思わず話してしまった。
「へおちゃんのこと、鶴田さんが信じたのが意外でした」
鶴田さんはにこりと笑った。
「わたくしも、自分で意外でしたよ」
そう言う鶴田さんは、いつもの近づきがたい印象がまるでなかった。
「実はこの前羽鳥さんから、町長が部署に口出しに行かなければ町長ではない、とお考えだったことを聞いて、すごく反省したんです。十年秘書を務めていても、わたくしはそんなこと考えてもみなかったものですから」
「いや、普通、町長がそんなこと考えないと思いますけど」
康介はつい口を挟んだ。
「でも、わたくし、周りの人に堅物だと言われても、自分ではそんなことないと思っていましたから、やはり考え方が柔軟ではなかったのだなと、つくづく感じたんですよ。それにしても、町長の傍にいるわけではない羽鳥さんがどうしてそんなことに気づいたのか、とても気になりまして」
「はあ」
「もちろん、町長と内密でお話されるときは聞かないようにしていたのですが、時々町長と羽鳥さんのお話を聞いているだけでも何だか、その……すごく変な話が多くて」
「そうですよね」
康介は笑えない。
確かに廊下ですれ違ったときも、町長は「へおちゃんはどうかね?」と度々尋ねてきた。「元気です。よく食べるんですよ」とか「このごろ、観光客と一緒にポーズをとってくれるんですよ」とか、自分も答えてしまっていたような気がする。
へおちゃんの世話をするようになって以来、同じ観光課の人たちには「町長に変な仕事を頼まれてしまったかわいそうな羽鳥君」と思われているらしい。みんなが康介には気を遣って話しかけてくれるようになっている。
もともと康介は喋るのが苦手な方だったのに、今ではすっかり打ち解けるようになって、助かっていた。
思えば、へおちゃんと出会ったころは町長室に入るのさえ身構えてしまっていたのに、最近はどこでも遠慮なく町長とも話ができるようになっている。
鶴田さんにへおちゃんのことがいろいろ伝わっていたとしても、不思議はない。
「お二人のお話や様子からすると、へおちゃんが着ぐるみでなくて、本物の生き物としか思えませんでした。わたくしの常識では考えられないことです。でも、これまでの自分を顧みて、もっと違った考え方をしようと努力しました」
鶴田さん、すごく真面目だな。康介はそう思って聞き入る。
「そうしたら、へおちゃんの着ぐるみを宇宙人だと言い張る人たちが観光課にやってきて、その話を聞いたときの町長の動揺ぶりがただごとではなかったのです」
町長、演技力ないな。康介は本気でそう思う。
実は、着ぐるみは段ボール箱に入って町長室に置かれていたらしい。
たまたまそれを発見してしまった鶴田さんは、なぜここにこんなものがあるのか、ずっと疑問に思っていたという。状況からして、町長が何らかの理由で着ぐるみを隠しているとしか思えなかったのだ。
「わたくしも、結局はへおちゃんのことを信じましたよ」
鶴田さんは、にこやかな表情をした。
町長の呼び出しは何かと思ったら、昨日の話の繰り返しだった。
「僕は宇宙を救ったんだ」とか何とか、だんだん妄想っぽくなってきている。
隣の席では、鶴田さんがくすくす笑っている始末だ。
鶴田さんが声を出して笑ったことがないというのは、単なる噂なのか、それとも今までのことだったのか。康介と町長は、鶴田さんのその様子にちらりと目を向けたが、町長はまだ自分の話に夢中だ。
だいたい鶴田さんが事情を知って、へおちゃんと着ぐるみを交換するように提案し、急いで車を出してくれたのが最大の貢献ではないか。徹太が着ぐるみに入るのを協力してくれたことも大きい。
町長だけの手柄とは言い難い。
康介は呆れつつも町長の話に何とかつき合う。しかし、話の区切りがつくと、一つだけやっぱり訊いておきたくなった。
「それにしても、徹太君にいつから話していたんですか、へおちゃんのこと」
「あ、ああ、それか。それは、なんだな、えーと」
途端に町長の言葉はしどろもどろになる。
「十月に入ったころかな、いやもうちょっと前かな」
「えええっ」
そんなに早い時期からとは思わず、康介は声を上げてしまう。
「僕も竹原さんも、へおちゃんが着ぐるみじゃないってばれないように、細心の注意を払ってここまで過ごしてきたんですよ」
「そ、そうか」
町長の焦ったような返事に、康介は更に言い募る。
「僕はともかく、竹原さんは毎日朝から夕方までずっと頑張って、へおちゃんが着ぐるみだとみんなに信じてもらっていたんですよ。ひどいじゃないですか」
「す、すまない。このとおりだ」
町長が頭を下げて素直に謝るので、康介もつい上がってしまった気持ちを抑える。
康介は、徹太のことを思い出した。
「お孫さん、何度もへお城に来て、へおちゃんが本物かどうか確かめていたんですね。僕も竹原さんも驚くほど、へおちゃんのことを観察していましたよ」
「そうなのか……」
徹太が何度もへお城に来て、へおちゃんのことを調べていたのは、町長も気づかなかったようだ。
「前はよく徹太と二人で遊びに行ったんだけど、このところは赤ん坊で忙しくて」
「そういえばそうでしたね」
「徹太とも会わなくなってな。もっとも、最近はクリスマスにサンタが来るぞとか言っても、そんなのいないと言うようになって、何かと話が合わなかったんだ」
「それはまあ、年齢的にサンタさんは正体知られていますよ」
「サンタは信じなくても、戦隊物ヒーローにも飽きてしまったのががっかりだったんだ。僕は徹太とヒーローの話をするのが楽しかったのになあ」
それは、町長の趣味を押しつけていただけではないのか。
康介は疑問に思ったが、黙っておいた。
「正義の味方も悪の組織も嘘で、宇宙怪獣のあの服だってみんな着ぐるみだって言い出すから、つい。へおちゃんは、本物なんだ、宇宙人なんだぞって言っちゃったんだ」
「そうでしたか」
何となく町長の言うことも分からないでもない。
徹太が様々な証拠を掴んで、へおちゃんがやはり本物だと知ったときに、逆にそこから逃げ出した気持ちも分からないでもない。
「徹太君、本気でへおちゃんが本物かどうか確かめていたんでしょうね。へおちゃんがアイスをつい食べてしまったのも見ていたし、転んで泣いているところも知っていたし、焼きそばパンが好きだと話しているところにもいたようで、本当によく見ていました」
康介がしみじみと話すと、町長がすかさず言い立てる。
「何っ、そんなこともあったのか。ばれそうなこと、いっぱいだったんじゃないか」
「あっ、ああ、まあ、そうですかね、ええと、でも、何とかうまくできたかと……」
今度は、康介の方がしどろもどろになる。
すると、ずっと聞いていた鶴田さんが口を開いた。
「ここまで羽鳥さんも竹原さんもよく頑張ってきましたよね。結局誰にも気づかれなかったんですから」
鶴田さんは助け舟を出してくれる。
「ですので、町長。無事にへおちゃんが帰ったら、お二人に夕食をおごったりとか何かなさった方がいいかと思いますよ」





