第47話 英雄の町長 *
「着ぐるみに決まってんじゃん、ばーか!」
その声も言い方も、どう考えてもあのテツタだった。
暗くてはっきりしないものの、へおちゃんの頭の部分に、テツタの頭があるようだ。
へおちゃんじゃなくて、テツタの入った着ぐるみだったのか……。
柚香は急速に体中の力が抜けていくのが分かった。
「あの、これから給湯室に戻るんですけど」
康介が控えめに話す。
男二人はぽかんと口を開けていたが、やっと言葉を発した。
「あ、悪かったな。なんかその、おじさんたち、つまんない間違えしちゃったみたいで、ごめんな」
サングラスの男が着ぐるみに平謝りに謝ると、大柄な男が長いため息をついた。
「だから、宇宙人なんて嘘だって言ったじゃないですか。ネット上の変な書き込みを本気にするなんてどうかしてますよ」
「だから、勘違いだって言ってるだろう。俺だって、本気で宇宙人が給湯室に住んでいるなんて思っちゃいなかったよ。ただ噂を確かめたかっただけなんだ。もう分かったからいいよ。お兄さんにも迷惑かけたな。こんなところで仕事の邪魔をして」
「いいえ、もう行ってもいいですか」
「ああ。坊やも、本当にごめんな」
サングラスの男は、着ぐるみの肩をぽんぽんと軽く叩いて、寂しげに笑った。
宇宙人捕獲という夢が潰えた男たちは、とぼとぼと歩き去った。
康介は、男二人の姿が見えなくなると、着ぐるみの頭を持ったままのテツタに文句をつける。
「テツタ、何で打ち合わせの通りにしないんだよ。着ぐるみだと分かればいいから黙ってろって言っただろ。ばかとか勝手に言うもんじゃないぞ。あの男たちが怒り出したらどうするつもりだったんだよ」
「だって、全然着ぐるみだと思わないんだもん。あのおじさんたち、絶対ばかだよ」
「怖いもの知らずなほうが、よっぽどばかだよ」
二人の声を聞きながらも、柚香は緊迫した状況から解放されたばかりで、まだ思うように体が動かない。ふらふらしながら、何とか木陰から出る。それ以上は一歩も動けなかった。
康介が柚香の姿を見つけて驚く。
「あれ、柚香、ジョギング……?」
その後、康介は町長と連絡を取り、無事なことを知らせた。
本物のへおちゃんは、今は町長の車に乗っている。こっちへ向かっているとのことだ。
「テツタ、どうしてここへ?」
やっと人心地がついた柚香は、着ぐるみに事情を尋ねる。
「実は、あのあとへおちゃんと逃げている途中で、町長から連絡があってね」
康介が説明した。
***
へおちゃんと一緒に康介が西門へ向かって逃げているとき、町長から連絡が入った。
町長はいきなり告げた。
「実はさっき、鶴田君にばれちゃって」
「ええっ、ばれたって、まさかへおちゃんが宇宙人だってことですか?」
「うむ、まあそうだ」
「まあそうだって……」
鶴田さんは絶対に信じないという話ではなかったのか。
康介の言いたいことを無視して、町長は話を進める。
「鶴田君に、急いでそっちへ車を出してもらうことにした。逃げたところで、宇宙人だと思い込んでいたら、また探し出そうとするだろう? 役場にもう着ぐるみは届ているんだ。うちの孫がなかに入るから、羽鳥君と一緒に歩いてもらおうと思って」
「え、どういうことですか」
「僕の孫が着ぐるみに入るから、本物のへおちゃんと途中で交代して、それで追っ手に会えば向こうは宇宙人だと信じなくなるだろう?」
追っ手が着ぐるみを見れば、宇宙人だという疑いが晴れるに違いないという話に、康介は納得する。
「分かりました。その作戦で行きましょう。ところで、お孫さんにもへおちゃんのこと、話していますよね?」
「ああ、それについては、その、心配ない。だいぶ前に、徹太にはへおちゃんが宇宙人だってこと、言っちゃったからね」
「はあ? 言っちゃってたんですか」
康介は町長を追及したくなったが、そこまで余裕はない。
西門で待ち合わせて、へおちゃんと着ぐるみを着た孫の徹太が交代することになった。
着ぐるみに、あのテツタ――徹太が入っていることを知ったときは、康介も衝撃を受けたが。
***
「徹太が町長の孫だったなんて、本当に驚いたよ」
確かに小学四年生で亀野徹太君とはっきり分かっていれば、見当はつくところだったが。
「それで、そのまま着ぐるみの徹太と一緒にあの男たちに会って、何とか解決したんだよ」
「そうだったんだ」
康介の話を聞いた柚香は、まだ胸を押さえている。
「ものすごくびっくりしたんだけど」
「徹太のこと?」
「それもあるんだけど。あのね、わたし、近くで隠れていたんだけど、暗かったから着ぐるみに見えなくて。康介がへおちゃんと一緒に戻ってきたように見えてたんだよ」
「ええっ」
康介も徹太も驚いた声を上げる。
「本当にへおちゃんの頭が飛んだのかと思って、こっちは心臓が止まりそうになったんだからねっ」
柚香は一人で何も知らなくて、怒りたい気持ちがある。
それと同時に、ほっとするような、でも笑ってしまうような。
そのあと無事に鶴田さんが運転する車で、町長とへおちゃんがやってきた。
「へおちゃん、無事でよかった」
柚香はへおちゃんに抱きついてしまう。
「へおへおっ」
へおちゃんも柚香と会えて、嬉しそうにしている。
へおちゃんのぬくもりは、柚香に心地よい安心感を与えてくれた。
「あったかそう」
着ぐるみを脱いだ徹太が呟いた。
町長の孫だと知ってしまうと、徹太は本当に町長と顔立ちがよく似ていた。
徹太を給湯室に呼んだとき、康介がどこかで会った気がすると思ったのもよく分かる。町長とイメージが重なったのだろう。
徹太はそのまま、車に予め持ってきてあったジャンパーを着込んだ。
柚香はその様子を見届ける。
「徹太、せっかくだからへおちゃんと握手して」
「えっ?」
「着ぐるみじゃないって、もう信じた?」
柚香は徹太に向かって、にっこり笑う。
「うーん、じいちゃんから聞いてたんだけど、本気にしてなくてさ。お城で調べても、あんまり信じたくなかったんだよね。給湯室に行ったとき、本物の宇宙人だと聞いて、まじでびっくりしたよ」
「へおっ」
へおちゃんがうるうるとした煌めく瞳で徹太を見つめる。
「大丈夫。もう本物だって分かってるよ」
徹太はへおちゃんに向き合い、しっかりと握手をした。
こうして並ぶと、徹太とへおちゃんは背丈があまり変わらない。へおちゃんの頭の上に耳がある分、徹太のほうが少し低いくらいだ。
そのとき、車の反対側から町長の大きな声が聞こえてきた。
「そうかそうか。それはよかった!」
どうやら、康介と二人で話をしているところらしい。
町長は得意そうに続ける。
「いやあ、本当に危機一髪だったんだなあ。僕も小田桐君から聞いたとき、どうすればいいのかと真剣に悩んだんだ。とにかく、その場をごまかしてだね、急いで羽鳥君に連絡を取ったってわけだよ。いやあ、本当に無事でよかったなあ」
町長は一人で満足げだ。それに対して、康介が何度もこくこく頷いている。
「町長のおかげで、僕もへおちゃんも命拾いをしました。本当にありがとうございます」
「いやいや礼には及ばんよ。正義の味方としては、当たり前のことをしたまでだよ」
ん? 正義の味方ってなんだろう。
柚香は町長の言葉に引っかかりを感じた。
それに気づいた徹太が、柚香の耳元で小声で教えてくれる。
「じいちゃん、ヒーロー物大好きでさ。戦隊物とか特撮とか本気で見てるんだよ。その主人公になった気分じゃないかな」
「普通、ヒーロー物って孫が夢中で、おじいちゃんがそれに付き合うんじゃないの?」
「そうだと思うよ、俺も」
冷静な徹太と柚香、それから傍観者のへおちゃんと鶴田さんに対して、康介と町長の会話はお構いなしにヒートアップしている。
「町長がいなければ、へおちゃんも僕も今頃あの男たちに捕らえられて、悪くすれば殺されていたところです」
確かに康介の言うことはもっともだ。しかし。
「町長こそ、真の英雄です。この町を救うどころか宇宙人を救ったことで、地球人と宇宙人の星間問題にも大きく貢献されたのですよ」
「おお、そうか。僕はね、町長になって人々を救うヒーローになりたかったんだよ。お金がなくて諦めていたんだが。それが今回、宇宙にまで救いの手を差し伸べることができたんだな。本当によかったよかった」
町長はすっかり自分の行動に酔いしれているし、康介はそれを煽っているとしか思えない。
車の後部座席に置かれていたパン喰い競争の角材が、ころんと下に転がり落ちる。
康介と町長の会話を聞いて、他の四人は一様に呆れ果てていた。





