第45話 町長の事情
亀野町長は、このところ役場の各部署を渡り歩くのを、手控えていた。
以前は、自分の仕事や会議の合間のほとんどの時間を、各部署と話して意見をすることに使っていた。町長とは、そういうものだと思っていたからだ。
しかし、町長はそこまでやるものではないと言う者が現れた。
さらに、秘書の鶴田さんまでが部署ごとに報告書を提出させればだいたいの様子は分かるし、その全部を町長が面倒を見なくていいと言い出した。
自分の疲労という勝手な都合ながら、今はそれに従っている。
このちっぽけな町でできることなど、たかが知れているのだ。
町長は、気だるげに思う。
子どものころからヒーローに憧れ、ヒーロー物のテレビや映画に夢中になって育った。
初孫が興味を持ったのをきっかけに、また熱い思いを抱くに至ったが、所詮作りごとは現実にはならないのだと今は思っている。
町長の役目は、人々を救ったりする英雄に近いのではないかと思っていた。みんなの問題を聞いて意見を述べ、それを解決する正義の味方だ。
けれど、それは幻想に過ぎなかった。財政難とかでこれまでほとんど何も変えられなかったのだ。誰かを助けたり救ったりした記憶がない。
孫だって大きくなれば、ヒーローは偽物だと言い始めたではないか。
赤ん坊が家にいると、かわいくても世話がかかって仕方がない。なんだかんだで自分もすっかり消耗している。それが実情だった。
どうせもう、任期も満了なのだ。のんびりしていればいい。
会議のあと、町長はたまった書類を横目で見ながらも、何もやる気にならずに町長室でぼんやりしていた。
そのとき、突然扉をたたく音がした。
「はい」
町長は返事をしつつ、慌ただしく机の上に書類を広げて、老眼鏡を取り出す。眼鏡拭きでレンズを拭って、いかにも仕事中のふりをした。
鶴田さんが入ってきた。
「町長。観光課の小田桐課長がお話をしたいとのことなんですが」
「ああ、どうぞ」
観光課と言えば、最近すっかりご当地キャラのへおちゃんで盛り上がっている。その報告なら、聞いてやってもいい。
小田桐課長は、ひょろりとした姿を現すなり、話し出した。
「失礼します。町長、実は先週金曜日の夕方、うちの部署におかしな男が来まして」
「おかしな男?」
「はい。突然サングラスをかけた男が観光課にやってきまして、この町は宇宙人を隠しているんだろうって言うんですよ」
「宇宙人?」
町長はぎくりとした。
「そうですよ。信じられないですよね。しかも真剣な顔で、宇宙人はどこにいるんだって尋ねるんですよ。すごい冗談ですよね。もうおかしくておかしくて。うちの部署も他の部署も、みんな笑いが止まらなくて」
小田桐課長は、町長にもうけてほしくて、わざわざ話しに来たようだ。
動揺を隠し、町長は訊いてみる。
「訪ねてきたのは、何の関係者かね?」
「それがまた、面白くて。珍しい生物の研究者だけど、宇宙人を捕獲したいとか言うんですよ」
小田桐課長は、すっかり自分の話に気持ちが高ぶってしまったらしく、話し続ける。
最初は研究のためにぜひ宇宙人を見せてほしいとか何とか言っていたようだが、こちらの反応が真剣でないからか、余計におかしな芝居を始めたという。
「こっちの気を引こうとして、この町の宇宙人を解剖してみたっていいんだとか、変に物騒なことまで言い出すんですよ。芝居がうまいんです。本当にみんなで大爆笑でした」
「それで、そのあとどうしたんだね?」
町長は、心臓の鼓動が速まるのを感じた。これは本当にへおちゃんのことを何かで知ってしまった可能性がある。
「はい。わたしたちが大うけしたので満足したんでしょう。すぐに帰りました」
「そうか、そうか。それはよかった」
まだ疑問は残るが、帰ったのなら、本気ではなかったのだろう。
町長は一息ついたが、小田桐課長は訝しげな顔をした。
「よかった、ですか? 一体何の余興なのか聞きそびれて残念に思いましたよ。でもですね、またついさっきも、同じ男ともう一人、男が訪ねてきたんですよ。ちょっと大柄で力強そうな男でしてね」
「何っ」
「何でも男たちの話では、三か月ほど前、この町に宇宙船が落ちたって言うんです。そういえば、変な雷が落ちたらしい日がありましたよね。その話かと思うのですが、二人はすっかり宇宙船だと信じ込んでいまして」
信じ込んでいるんじゃなくて、事実だ。町役場としては、森林公園付近に落雷があったということにしている。実際、現場には特に何も残っていなかったらしい。
宇宙人の子の乗ってきた乗り物は、林に隠れて消えてしまったようなのだ。
「とにかく、役場としてはその冗談を笑ってあげることしかできなくて。でも、その人たちはますます演技に熱が入ってきて、変なことを言い出すんですよ」
「変なこととは?」
変なことというのが、本当のことだったりするかもしれない。町長は身構えた。
「それが、着ぐるみのへおちゃんのモデルは宇宙人だって言うんですよ。よくそんなおかしな説を真面目に話しますよね」
さすがに本物の宇宙人が着ぐるみの役をしているとは思っていないらしい。
町長は、胸を撫でおろした。
「それは変な話だな」
適当な相槌を打つ。
「しかもですよ」
観光課長は、得意げに話す。
「モデルの宇宙人を、へお町がへお城に匿っているって言うんですよ」
「な、何っ」
「笑いますよねぇ。それもどういうわけか、へお城プロジェクト推進室が怪しいって。お城の一階の給湯室でしたか、着ぐるみの置き場所で、スタッフが休憩場所にしているだけですよね。そう話したんですけど」
「話してどうしたんだね?」
町長は、汗が噴き出してくるのを感じた。その場にあった布を手に取り、額を拭う。
「話したら、一応見てきたいってへお城への行き方を訊かれたので、教えたんですけど。鍵がかかっているか分からなかったので、とりあえず備品に触らないように注意しておきましたよ」
町長は立ち上がった。
勢いで書類がぱらっと跳ね、下に落ちそうになる。慌てて手で押さえ、何とか机にとどめる。
けれど、明らかに目立った。こんなときに書類に裏切られるとは。
それでも、町長は冷静さを装う。
「急用を思い出した。すまないが、すぐに外で連絡をしたい」
「え、どうかしたんですか、町長」
小田桐課長が急な行動に、不審げな表情をしている。
「何かあったのですか」
鶴田さんが珍しく驚いた様子で、パソコンから顔を上げている。
まずい気はするものの、町長は構わずに「私用だ」とひと言告げて、足早に外へ出た。
自転車置き場までやってきて、スマホを取り出す。
町長は、すかさず康介に連絡して叫んだ。
「羽鳥君、今すぐへおちゃんを連れて、逃げるんだ!」
康介の驚く声に、すばやく説明する。
へおちゃんを捕獲しようとする人間が現れたこと。その男たちは宇宙人を殺して解剖する危険性があること。さらに今、給湯室に向かっているということを。
「分かりました。僕とへおちゃんとで、なるべくすぐここを離れるようにします」
康介の言葉に、「頼むぞ」と声をかけてから通話を切った。
「町長」
「うわっ」
突然の声に町長は飛び上がるほど驚き、後ろを振り返ると、鶴田さんがいた。
「な、何だね?」
「訊きたいのはこちらのほうです。眼鏡拭きで汗を拭っていて、少し変だと思ったのです」
「ああ、これか」
町長は、さっきポケットに入れたハンカチと思っていたものを出してみた。眼鏡拭きだった。
焦っているのが完全に分かってしまい、町長は秘書に向かってへらへらと笑う。
だが、鶴田さんは銀縁の眼鏡の奥を光らせる。
「町長。観光課の羽鳥さんとよくお話しているのでその憶測で申し上げますが、へおちゃんの着ぐるみって、本物の宇宙人なんですね?」





